東日本大震災、あれから9ヶ月。
3月11日で心の中の時計が止まったままの人たちがたくさんいらっしゃる。
私が避難して一夜を過ごした中学校。
校舎の大時計は、2時46分を指して止まったまま。
その校舎に毎日足を運び花を手向ける人たちがいる。
中学生14名が亡くなった、ご遺族の方々。
今、遺族会が発足したことをある記事で読んだ。
その中で語られた母親たちの言葉に涙が止まりませんでした。
「息子は、あの日必死に走って中学校へ向かった。その途中で津波にさらわれて亡くなった。だから息子が目指したかった中学校にになんとしても慰霊碑を建ててあげたい」
「私ね、12日の朝、もう6時から水浸しの街に入ってね、息子探したのよ。でも不思議だよね、今になって思うと、道に横たわっていたたくさんの遺体には全く目がいかなくて覚えていないのよ。たくさんの遺体が横たわっていたのにね。 それはね、私がずっと息子が生きていることを信じて探し続けたからだと思うんだ。だから遺体には全く目がいかなかった。ひたすら動いている人、生きている人を目で探しながら街を歩き続けたの。」
「本当に探したね、これでもかってくらいに探したよね~!」
「そうだった、本当に、本当に探し続けたよ、うちの子どもを・・・。」
「でも、遺体安置所で見つけたんだ・・・。」
私もあの日を忘れない。
あの夜、明かりもなく寒さと不安の中を過ごした教室、夜が明けるのをどんな思いで待ったか、朝明けの中、目に飛び込んだ景色は無残な街の姿
何もかも想像を絶する出来事で、現実の事だとすぐには心が認識できない。
それでもあの朝の空気の臭い、泥の中を歩く時の足音、心にしみこんでいる。
今あらためて、子を探す親の思いに触れ、涙が止まらない。
絶対忘れてはならない。
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