夢中人

夢中人

2010.07.09
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あのときのあたしは、どんなことだってできると信じていた。
もうどこへだって行けるし、誰にだって逢える。手に入らないものはなにもないんだ、と。
元彼、というあるひとつの拘束から解き放たれた先にある自由は、あらゆる可能性を秘めた光の塊だった。
そのドアがまさに今開くんだと、眼を見開いていたのだった。


そんなときに、彼に出逢ってしまったことを、今も不思議に思う。
彼は4年の不倫生活ですっかり曇ってしまった私の価値観をざぶざぶと洗い流すような、まさに“自由”(むろん私の考える自由に他ならない)をシンボル化したみたいな生活をしていた。
音楽を愛し、楽器を愛し、古いものを愛で。
話すことを、言葉を大事にして、決して他人に呑まれない。
まるで彼は、ずっと学生時代を生きているような空気感でそこにただ、存在していた。



そのとき、確かに私は恋に落ちていくときのあのスピード感を、感じていた。
恋が動き出すときの、コトリ、という音を確かに聞いた。



決して忘れない、あの不思議な夜を、あの埼玉スーパーアリーナ、Coldplayのジャパンツアーを。
誘ったのは彼だった。
そして、夜中まで仕事だったはずのスケジュールが異様に巻いて終わった私は、ふとその日がライブだったことを思い出して、彼にメールをしたのだ。
返事は速かった。
「よし、行こう!」その文面を、今でもはっきりと思いだせる。


うちの近所のコンビニで待ち合わせた。
ニットキャップを被って、高倉健バリのティアドロップのサングラスをかけて現れた彼の不思議なファッションセンス、その出で立ち自体がもう、存在感自体がもう、これまでのあたしの東京ライフにはなかった香りを芳醇に立ち上げていた。
それはそれはうきうきするデートだった。
こうやって誰か他の男の子と出かける日が来るなんて、想像さえもしていなかったから、あの不倫の末には、きっとあの人との明るい未来が待っていると信じていた、あの頃には。


沁みるような旋律、The Hardest Part,FIX YOU,そしてViva la vita。
「まるで映画を観たようなライブだった」と言った私を、いいな、と彼が思ったことを知っていた。
埼玉からの首都高の複雑なカーブ、それを抜けてゆく彼の以外にもうまい運転で、そのまま東京を通過し、別の友達のいる横浜のダイニングバーに行った。
そこで何人もの人と合流し、まるで彼の彼女みたいに、私は紹介された。
不倫の間、押しこめていた自我がまるで、まるごと解放されたかのようだった。

そんな私に福音のように降ってきた恩恵。
そんな新しい薫りそのもの、彼の向こうに見える新しい生活すべての眩しさに、私は憧れたのだろう。強く惹かれたのだろう。

なんとなくそれから毎日のように連絡をし始めて、三日に一回呑みに出掛けた。
まるでもう、恋人みたいだった。


ああ、あの人が連れてきたあのいくつもの夜たちときたら。

まさにエクスペリエンスだった、見慣れたこの街さえ、彼の肩越しに見れば異国のように艶を含んで物語を豊かに内包して見えた。
彼の生まれて育った街、何故かここを選んで棲みついてしまった私の、こんなにもそばで生きてきた彼の物語を。
妙な温度の熱に浮かされたような、それでいてどこかドライな、独特の色を持つ夜の数々よ。









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Last updated  2010.07.10 02:28:08


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