夢中人

夢中人

2010.09.01
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2010-09-01 14:33:52


横浜・タイクーンにてアジア料理を食べながら紹興酒でくるんくるんに酔って、たくさんのことを話した昨夜、8月31日。
このまま帰っちゃうのか、ちょっと物足りないな、つまんないなと感じていた、酔ったあたしの手を引いて、Sさんは「いいとこがあるから、連れてってあげるよ」と海沿いの路地でクルマを停めた。
某出版社の編集者であるSさんとこんなふうにでかけるのは初めてだった。37歳、既婚。クルマの運転が素晴らしく上手く、細くて、猫が好き。
こういうサプライズに、あたしは本当に弱い。サプライズという名の引き出しをたくさん持っている、ということはたくさん遊んできたということ。人間関係におけるプレゼンテーション能力の高さは、経験からしか生まれない。

ひんやりと冷たいSさんの手を握り、足元も見えない灯りの消えたヨットハーバーをすり抜けて、繋留されたヨットたちのロープを踏み越え、立ち入り禁止の引き戸をこっそりと押して防波堤を登ったその先には、何にも遮られることのないベイブリッジが神々しくすとん、と夜の海に浮かんでいた。
すごいすごい、こんなとこあるなんて知らなかった、超きれい!とはしゃいだあたしを見て、飲めないSさんは「ね、いいでしょう、ここ。俺も久しぶりなんだよね」としらふでにっこり笑った。

頭上には緑に光る灯台、うしろには高速道路の高架たちに小さく切り取られたポートタワー。
ときに静寂を破るような水音で跳ねる魚、サテンのような海面につるつると反射する工場群のオレンジの光。
灯台の下に腰掛けて、肌をなでる夜風を愛でた。

激動の8月が今、終わろうとしていた。
9月まであと数時間、逝く夏を悼むような気持ちであたしたちは灯台の下に寝転がり、どちらからともなく手を繋いだ。そして軽く、キスをした。
それは心から甘く切なく、そして気恥ずかしく、あたしたちは身体を離してすこし、笑った。
どんなにキスが甘くても、あたしたちの間に恋愛は生まれない、そのことを知っていた。身体を重ねることなら、いますぐにでも出来る。だけどそういうことじゃない。わたしたちはきっと、友達以上の何にもなれない。
だからそうして、ずっと話していた。
今年の夏のこと、仕事のこと、昔のこと。
あたしの胸に昨日残った傷は、その夜の間だけすっかり癒えていた。いや、その存在さえもを忘れていたと言ってもいい。8月が、横浜が、この夜がくれた奇跡だった。

昨夜Oさんから、やっと電話が来た。
あまりに動向のおかしいOさんの携帯を、奥様が見ちゃったんだそうで。ああもう、どんくさいなぁ、なんで着信履歴消しとかないの!と内心呆れもし、この関係を清算するつもりはない、勝手な話だけどまた逢いたいという言葉に安心したりもした。あたしたちは結局、モトサヤという着地点を迎えたことになる。
存外落ち着いて話せたけれど、彼の言葉の端々に傷つくところがなかったとは言えない。今もその棘が、刺さって抜けない。うちの子が、うちの家のが、そういうのを本人の声で聞くのは辛かった。彼の生活の内側に、あたしは決して入れないという完膚なきまでの疎外感。
これだから不倫は辛いのだ。すべて受け入れること、そのうえで愛さなければいけないということ。いや、愛してしまったこと、完全なる自戒。だけどもう止まらない。


時刻は午前2時。
9月になっていた。





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Last updated  2010.09.01 22:21:34


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