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ううぉ~!「約束の橋」懐かしいよ~!(^_-)-☆って思っちゃったよ(^^♪今日のNHKの『SONGS』は佐野元春さんだったんだけどオープニングでいきなり「約束の橋」を歌ってくれたんよね。この歌ね、フジテレビのドラマ『二十歳の約束』の主題歌でもあったんよ。『二十歳の約束』は稲垣吾郎さんと牧瀬里穂さんの主演だったんだけど、二人ともまだ10代のときのドラマなんだよ(^^)そらもう大好きなドラマだったんだよ(^_-)-☆観た人にしか分からないだろうけど、土手の上で吾郎ちゃんと牧瀬さんが、野球をやってるふりをして「カキーン」「カキーン」「カキーン」「カキーン」「カキーン」「カキーン」「カキーン」「カキーン」って言い合うシーンは僕的にはドラマ史に残る名場面だと思うのだけれど、今や知ってる人の一人も居ないのは寂しい限りだよ(^_^;)誰か覚えてないかなぁ~(T_T)ラストシーンがまた泣けてね、浜辺に吾郎ちゃんと牧瀬さんが寄り添って座ってるんだけど、牧瀬さんが二人の未来のことをニコニコしながら話し続けるのだけれど、吾郎さんはもう息絶えてるんよぉ…ドゥワァ~(T_T)そんな強烈な印象を僕に残した映像のバックには、いつも佐野さんの「約束の橋」が鳴ってたんよね。「約束の橋」を久しぶりに聴いて、『二十歳の約束』でいっぱいになっちゃった今夜の僕でした(^^ゞ【CD】佐野元春 / EPIC YEARS THE SINGLES 1980-2004 <2006/7/12>【収録曲】1.ガラスのジェネレーション2.アンジェリーナ3.ナイトライフ4.サムデイ5.ダウンタウンボーイ6.彼女はデリケート7.シュガータイム8.ハッピーマン9.スターダスト・キッズ10.グッドバイからはじめよう11.トゥナイト12.コンプリケイション・シェイクダウン13.ヴィジターズ14.ニューエイジ15.ヤングブラッズ16.ストレンジ・デイズ - 奇妙な日々17.シーズン・イン・ザ・サン - 夏草の誘い18.ワイルド・ハーツ - 冒険者たち19.警告どおり 計画どおり20.ナポレオンフィッシュと泳ぐ日21.約束の橋22.シティ・チャイルド23.雪 - あぁ世界は美しい24.ホーム・プラネット - 地球こそ私の家25.ジャスミンガール26.ぼくは大人になった27.また明日28.誰かが君のドアを叩いている29.彼女の隣人30.十代の潜水生活31.楽しい時32.ヤァ!ソウルボーイ33.ヤング・フォーエバー34.ドクター35.だいじょうぶ、と彼女は言った36.イノセント37.君の魂 大事な魂38.月夜を往け39.ガラスのジェネレーション 2006 (Additional recorded version)
2007年06月14日
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6日火曜日のお昼にテレビ大阪で再放送された「備後路伝説殺人事件」を録画視聴した。 これね、水谷豊さんが浅見光彦を演じたシリーズで、シリーズ物サスペンスとしての浅見光彦シリーズは、この日本テレビが最初なのね。 TBSもフジも、火サスの浅見光彦が終了したあとなんよ。 日テレは内田康夫先生を激怒させて、「日テレには二度と浅見光彦を撮らせない」と言われたから、たったの8作で終了してる。 日テレは作品のタイトルは変更するし、ストーリーも、その根幹に関わる部分も大きく変更してるし、僕が内田康夫だったとしても、日テレに撮られるのはまっぴらごめんと思ったやろな。 この「後鳥羽伝説殺人事件」も、1982年ごろに浅見光彦という警察庁刑事局長の弟を主人公にした物語として初めて書かれたものやった。 ウィキによると初版本は1985年発行となってるけど、「後鳥羽伝説殺人事件」は1982年に単発ドラマとしてTBSで2時間サスペンスドラマとして放送されてるので、この物語の初出がいつなのかは分からないけど1982年以前であることは確か! この後30年以上に渡り100作以上の作品が書かれるライフワークになるとは、内田康夫先生も夢にも思ってなかったやろね。 この物語は、光彦の妹が睡眠薬を飲まされてゴウカンされ、台風のためにがけ崩れを起こした民宿で生き埋めになって死んでしまうという、超悲惨な物語で、あの天真爛漫で爽やかな光彦のキャラに合わないんよね。 しやから、あの光彦のキャラは何作かかけて作りあがって行ったんよね。 だって、シリーズとして2作目の「平家伝説殺人事件」に登場する平家の落人部落の不思議少女佐和は、光彦シリーズ最初のマドンナなんだけど、光彦は佐和とのキスシーンがあるし、 そんなもん、奥手の光彦がそんなに手が早かったら、いつまでも結婚できないはずもないし のちのキャラの出来上がった光彦からは考えられないものね! でね、この日テレの「備後路殺人事件」のストーリー上の酷いところは、睡眠薬を飲まされてゴウカンされて生き埋めにされた「祐子」は、光彦とは全く関係のない女性として描かれてることなんよ。 原作では光彦の妹であり、警察庁刑事局長浅見陽一郎の妹でもある浅見祐子なのにね。 そりゃぁ内田先生も怒るよね。 だけど、あの爽やかキャラの光彦には、妹がこんな酷い死に方をしてるのは似合わないし良いかもな。 ちなみに、この「後鳥羽伝説殺人事件」の描き方で、もう一つ酷いテレビドラマがあってね、それはTBSで1クールの連ドラでやったやつなのね。 この連ドラ版では、犯人の桐山警部は東京で、浅見陽一郎刑事局長の部下として、ずっと浅見家に出入りしてる。 学生時代に浅見陽一郎警察庁刑事局長の妹をゴウカン致死に貶めておいて、その後警察官僚として就職し陽一郎の部下として長い間浅見家に出入りするなんて、そんなサイコパスで気色悪い話もないやんか! TBS、最低! で、この日テレ火サスの浅見光彦シリーズ「備後路伝説殺人事件」では、浅見光彦はソアラに乗ってる。 結構細かにロケハンをしたみたいで、ソアラをカッコよく取れる場所を探したみたい。 これなんか、陸地側の尾道大橋の下をくぐり、JR(当時は国鉄)山陽本線をくぐって2号線に出るところで、めちゃくちゃ画になる♪ 今のグーグルストリートビューを見ると尾道大橋の手前に「しまなみ海道」が掛かってるのが分かる。 放送されたのが1990年1月だから、撮影は1989年だから、バブル絶頂期で撮影予算が取り放題やったんやと思う。 そういうのを考えるとね、当時の2時間サスペンスには予算が有り余ってたてたんよね。 だから、本当に質の良いドラマになってるんやと思う。 あの、話は変わるのだけど、今深夜ドラマで放送されてる「テイオーの長い休日」という船越英一郎主演のドラマの第2話【分岐点は常に今!新人脚本家を救え!】を見た人いるかな? めちゃくちゃ良くてね、見てない人はネットで見て欲しい! 今のドラマ制作の苦悩が、ほんとによく表現されててね、せっかくの良い脚本が予算の都合でボロボロにされて行くのをテイオーが救う話なんよね。 脚本家が魂を注いで書いた本が、酷い映像作品になってるのを、僕は、もうそれこそ今やってるほとんどのドラマに感じるもん。 ドラマを見てての僕の口癖が「はぁ、これ、ちゃんと脚本を読んでロケハンした?こんな映像でどうやって感情移入できるんだよ?!」って、ほんま、いつも思う! だから、この昔の浅見光彦のドラマを見て、昔は金に余裕があって良いドラマが作れてるなぁ! と思った。 なんせ、有名な観光地がたっぷり出てくるから旅情サスペンスとしての魅力も余すと所なくあって、ロケ地巡礼をしたくなった。 浅見光彦では、その物語の舞台が日本中出てきて、好きな作品は何度も読むしロケ地巡りをしたくなる。「箸墓幻想」や「神苦楽島」は好きで何度も読んで、かなりの田舎や山の上までロケ地巡りをした。 いつかは絶対に広島の三次駅の跨線橋を渡ってみたいと思う。 で、このドラマはソアラのカッコいい姿が出てくるドラマなんだけど、原作では光彦はソアラに乗ってない。 だいたいね、東京在住の光彦が、広島県の三次(みよし)駅で殺人事件が起きたと知って、すぐにソアラを運転して三次に行くし、ヒョイっと東京に帰るし、またすぐ三次に行く。 あのね、当時確かに中国自動車道が開通したばかりで東京から広島県三次までは高速だけで行けた。 でもね、まだ中国道はところどころ往復2車線の対面部分もあったし、大変なドライブやったと思うよ。 東名、名神、中国道で10時間以上かかったと思う。 原作では、光彦が初めてソアラを購入するのは、10作目の「「首の人」殺人事件」だから、1作目の「後鳥羽伝説殺人事件」ではソアラに乗ってない。 でね、じゃぁ原作では光彦はどうやって移動をしてたのだろう? と思って原作を読み返してみた。 読み返してみると、野上刑事を東京の浅見の自宅から最寄り駅まで車で送るシーンが、浅見光彦の初登場のすぐあとにあるのだけど”洒落たスポーツタイプの車”と表現されてるだけだった。 そして、光彦はなんと飛行機に乗って広島空港まで飛んでる! あの沖縄や北海道でさえも船で移動する、高所恐怖症の光彦が、あっさり飛行機に乗ってる。 後々かたまっていく数々の「浅見光彦」のキャラクターが、この第一作ではちっとも出来あがってない(^^♪ でね、この光彦が乗ってる2代目ソアラという車はね、初代ソアラの性能に関して白洲次郎がトヨタに沢山の文句を言って出来上がった車なんよね! ただね、白洲次郎が亡くなったのは1985年11月でね、二代目ソアラの発売の1986年1月に2か月ほど間に合わないで亡くなってしまったんよね。 でも正子夫人が、免許もないのに、好きな骨とう品を買うときみたく「買った」の一言で購入したのは有名な話! 今、ネットで検索したら、当時、その2代目ソアラに豊田章一朗社長と長男の豊田章男と正子夫人の3人が乗って、兵庫県三田市の白洲次郎の墓前に2代目ソアラの完成の報告に行ったって話が書いてあった♪ 良い話だよな。 白洲次郎を知らない人は検索してみてね♪ でも白洲の事を軽く書くと、戦前の学生時代はイギリスのケンブリッジに留学しヨーロッパ中をベントレー3Lスピードモデルで走り回ったり 戦後は、天皇陛下を馬鹿にしたマッカーサーに対して激怒して𠮟りつけたり 吉田茂首相の懐刀として、アメリカからの日本の自治権回復に尽力し その後は80歳までポルシェ911Sを乗り回してたり、面白い話満載の人♪ 僕が白洲を知ったのはNHKが、伊勢谷友介を白洲役でドラマ化した全3回かのドラマだったんだけど、まさか、戦前戦中戦後の日本に、こんなに背が高くスマートでカッコ良い日本人が居たなんて! だいたいさぁ、伊勢谷友介なんて人が演じるのはカッコ良すぎるやろ!と思った。 でもね、その後、白洲次郎の実物の写真をたくさん見たらね、伊勢谷友介よりもずっとカッコ良くてびっくりしたわ! とにかく2代目ソアラには、その誕生にそういう逸話があるので、このドラマで2代目ソアラの姿を沢山見れたのは嬉しかった♪ 上の動画でソアラがJRをくぐって2号線に向かう次のシーンでは譚海堂書店のシーンがあるでしょ。 原作では、譚海堂書店への聞き込みも野上刑事が一人で行ってて光彦は行ってない。 確かにドラマのように、野上刑事と光彦が別々に譚海堂書店にたどり着くというストーリーに必然的な意味を見出せないものね。 だからね、上の動画のように尾道大橋下からの絶好のロケーションをソアラを走らせたい為が故に、光彦にも尾道の譚海堂書店に行かせた事になる。 脚本いじりとロケハン隊グッジョブ(^^♪ そして、原作では譚海堂書店の店番は老人となってるけど、ドラマでは、片桐竜二さんだから老人じゃない。 片桐竜二さんは、水谷豊さんのドラマに必ず出てるから、出番が必要だったわけで、そんなわけで、まるっとこのシーンをでっちあげたんやろな(^^ゞ 野上刑事が一人で譚海堂書店に行ったシーンでは花がないものな。 無事に、水谷豊さんと片桐竜二さんのツーショットシーンも撮れたし、ソアラを尾道らしい所を走らせる事も出来たし、こういうのを見るとドラマって、沢山の工夫が込められてて、良いドラマになってるって事を実感できる(^^♪ 水谷豊さんと片桐竜二さんともう一人は野上刑事役の河原崎長一郎さん。 でね、この譚海堂書店というのが、この物語では重要な意味があってね、原作では「譚海堂書店」と大きく印刷された紙袋に商品を入れることになってるけど、原作では、包み紙に「譚海堂書店」に印刷されてることになってる。 だから、その「譚海堂書店」の包み紙で「芸備地方風土記の研究」という分厚い豪華本を包むという、ある意味少し重要な役割を片桐竜二さんに演じてもらってる。 それと、原作では木藤と池田は大阪府堺市諏訪ノ森西1丁の下宿で学生時代に一緒に生活してた事から木藤と池田の関係が分かるのね! で、その事を確認するために、光彦は堺の諏訪ノ森に来るんよ! それが、どうした? と思うだろうけど、実は30年以上の間に書かれた110作品ぐらいの浅見光彦シリーズの中で、光彦が大阪の泉州地方に来たのは、この第一作の「後鳥羽伝説殺人事件」の捜査で諏訪ノ森に来た、この一回きりなんよ。 なんかねぇ、内田康夫先生は大阪の泉州地方に興味がなかったみたいなんよね! 関空があるのに、全く来てくれない。 泉州地方の住人として、この事は寂しい事で、いつかひとこと言いたかった('_') 泉州地方というのは大阪の大和川より南部大阪湾に沿って和歌山までの地域のことで、旧国名は和泉国(いずみのくに)で古代より日本の中枢に近い史実や遺跡も豊富で、古典文学にも度々取り上げられてる。 世界一大きいお墓である仁徳天皇陵だってあるのにね。 アメリカ人のスピルバーグでも、インディ・ジョーンズの二作目「魔宮の伝説」を仁徳天皇陵で撮影したくて日本にオファーをかけたぐらいなのにね。 いくらぼやいても、もう内田先生は居らっしゃらないから書いてもらえないんよね…。
2023年06月16日
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事のおこりは一昨日の晩に、テレビでもうすぐ公開される映画『僕の彼女はサイボーグ』の番宣を見たんだ。その映画は綾瀬はるかさんがサイボーグの役なんだけど「神戸旧居留地」でロケがたくさん行われたって事を、そのシーンを流して紹介してたんだよね。「神戸旧居留地」というのは、1868年慶応が明治になる年に神戸に造成された外国人の住居や通商の場として設けられたところなんだ。旧居留地といえば、僕には英国人アーサー・ヘスケス・グルームの商館101番館の事が思い出されるんだ。昔、いっときグルームに夢中になっていろいろ調べたことがある。グルームは明治元年、ちょうど旧居留地が出来た年に日本にやってきた英国人で居留地101番で茶の貿易などをしてた人なんだけど、まだ日本に”別荘”なんて文化のない時代に六甲に別荘を建ててしまった人なんだ。当時の六甲山は人が入るような山ではなかったんだけど、グルームは六甲山でハンティングを楽しんだりしてたんだ。そんな中、六甲山の三国池からの眺望に感激したグルームはその地に別荘を建てしまったんだ!それは六甲山での初の人家だったものだから、今の別荘地としての六甲山の最初の別荘ということになったんだよね。グルームは神戸旧居留地101番地に商館を構えてたことから、そのグルームの山荘は「百壱」と呼ばれた。その後、六甲の開発に労をいとわなかったグルームのことを、麓の住民は親しみをこめて「百壱番の旦那」と呼んだそうだ。その別荘が建ったのは明治28年(1995年)のことだから113年も前のことになるので、別荘はもう今は無いけど、グルームの足跡はいろいろ残ってる。でね、以前グルームのことを調べた時にはネットもカーナビも無かったし旧居留地に101番地を訪ねようとは思わなかったんだけど、一昨日旧居留地の映像を見てむしょうに行ってみたくなったんだ。だけど、昨日は昼から大雨になるって天気予報で言ってるもんだから、夜明け前に出発して神戸旧居留地と六甲山のグルームの別荘のあった六甲山三国池畔に行ってきた。旧居留地に着いたのはまだ5時頃だったんだけど、もう充分に明るくて人も車も全然なくてゆっくり見学できたよ。↓どの写真もクリックすれば大きな写真にリンクするよ。 グルームが100年ほど前に商館を構えてた旧居留地101番に現在は「三井生興スカイビル」が建ってた。仲町通りと江戸町筋の交差点の北東角で、その1階にはローソンがあった。「三井生興スカイビル」の江戸町筋側には「旧居留地101番」の金属プレートがあった。旧居留地から車で約40分でグルームが別荘を建てた六甲山の三国池に行けた。 このポイントは六甲山のガイドには必ず載ってる三国池の南側からの眺めで、以前は池の回りを一周出来たんだけど現在は東にも西にも回り込めずに南側だけしか池には近づけないようになってた。三国池の北側からの眺望。 北側からだと目の前の池中の島が邪魔をして池全体の見えかたが今一なんだな…。 この中島は100年ほど前にグルームが作ったんだそうだ。この写真の右手が西になるんだけど、この西側の岩の上からグルームは三国池に飛び込み水泳をするのが日課だったそうだ。三国池の近くの土の中から見つけて掘り出した「ミヤサキ」と掘ってある石柱。 グルームの妻は大阪の玉造の士族の娘宮崎直でグルームは妻との9人の子供たちにもすべて宮崎姓を名乗らせてたんだ。 最初にこの別荘地を借り受けたときの名義も長男宮崎亀次郎名義だったし、この石柱はグルーム家の土地の境界を示すものだと思う。もし、この石柱を見たい人が居たらお教えするのでメールくださいね(^_-)-☆グルームの法塔。 池の北側100mぐらいのところにある。 グルームの次男米吉の妻、宮崎春子が六甲山を開発するにあたって樹木や野性動物を傷つけたことを悼み、法華経を69384文字を小石一つに一字ずつを書いて埋めたそうだ。↓裏面に刻まれてる文字をそのまま書き出した。 「六甲山発展為法華経一部八巻二十八品六万九千三百八十四文字一字一石ニ謹寫此燈下ニ蔵ム 昭和七年三月建立 発願主 グルーム 宮崎米吉 有志者」そのあと、もう10年以上行ってない「グルーム地蔵」と「101番館(復元)」というところへ行こうとしたんだけど、以前は通れた道に柵がしてあって通れないんだ(>_<)なんとか違うルートで行けないものかと山の中をうろうろしてたんだけど、道がなくて諦めかけてたら、前の方にこの冬の大雪の日に助けてくれたあの山のつわもの(←過去記事参照)とさくらちゃんが散歩してるのが見えたんだ。思わず「サクラちゃ~ん!」って呼んだら、即効でサクラちゃんはその巨体を翻して駆け寄ってきてくれたよ(^^♪「どなたですか?」と僕に尋ねて来られた、つわものというか山の達人に、「この冬の大雪の日には、とってもお世話になりました」って、挨拶代わりにお礼を言ったら、達人は破顔して「ああ!あの時の!」ってすぐにおっしゃってくれた(^^♪ でね、「「グルーム地蔵」に行くルートが無くなってるんですよ(^_^;)」って達人に言ったら「あるよ」って、また『ヒーロー』の田中要次さんばりにそっけなく言ってくれちゃったよ(^。^)で、そのままサクラちゃんと達人で僕をその道の入り口まで案内してくれたんだ(^^)「また後で寄ってよ」と言ってくれた達人に、重ねて礼を述べて僕は教えてくれた道に入っていった。グルーム地蔵に向かう入り口を少し入ったところにサクラちゃんもついて下りてきたところ(^^)グルーム地蔵。外国人の子供が壊した地蔵をグルームが修理してここに祭ったんだそうだ。グルームの別荘「101番館」を復元したものらしいけど今は荒れ放題だった。 グルーム地蔵のすぐ近くにある。それから、一旦山荘に寄ってワインを手土産に達人の山荘を訪れた。達人は赤ワインが大好物ということで、めちゃ喜んでくれた(^^)あの大雪の日のお礼とこの日のお礼が出来てほんとに良かったと思う(^^)達人の山荘→これカッコイイでしょ!窓からの眺望は明石海峡大橋も見える。薪を積み上げて壁になってるのもカッコイイ!下の階は土間で工具がいっぱいと作業台があって垂涎ものだったよ!↓いつも達人と一緒のサクラちゃん
2008年05月25日
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今日TBS系『平家伝説殺人事件』の再放送があって観た。100を超える光彦シリーズの中でも、多分、名作中の名作と言われてる作品だと思う。ザッピングで、4チャンに合わせたら”わっ!平家伝説殺人事件や!佐和は誰がやってんねんやろう?”なんて思ったよ。まだ始まったばかりで、光彦はまだ藤ノ川に行ってなくてね、そうなると稲田佐和を誰がやってるのかがめっちゃ気になる。アサミストと話した事もないし、光彦シリーズの情報本を読んだ事もないから本当の事は知らないけど、浅見光彦にとって稲田佐和って女性は、唯一の特別な女性だと思う!だって光彦がキスした女性なんて佐和しか居ないと思うもん!初期の頃の光彦って、まだ普通の男って部分も残ってて、中期後期の超あかんたれ男とはちょっと違うんよね(^^ゞなんせ「平家伝説殺人事件」は探偵浅見光彦が登場して2冊目の本だからキャラがまだ立ってないんよね。でぇ、佐和をやってたのは黒川智花さんだったよ。黒川さんの佐和はとっても良かった♪”高知県西部の山奥、四万十川近くの平家の落人の隠れ里に住む平氏の末裔のちょっとオカルトの入ってる美少女”ええ設定やよなぁ…。小説家ってずるいよなぁ、こんなん嫌でも魅力が滲みでてきてまうもん(^^ゞよくよく考えたら、この物語、佐和が登場しない物語やとしても充分に成り立つんよね。しやけど、佐和が出てなかったら「平家伝説殺人事件」もただの推理小説で、浅見光彦シリーズ特有のしっとりした本になれへんかったと思うし、内田康夫さんも、この佐和あたりで光彦シリーズのなんかを掴みはったんかもしれへんな。このTBSの浅見光彦は沢村一樹さんの浅見光彦だったんだけど、昨日の「デカワンコ」で、ワンコの多部さんが重さんの沢村さんにオモロイ事行ってたよね♪「デカワンコ」は日テレやのに、ワンコが重さんに「浅見光彦、好きです」なんて、もう意味分からん事言うてるもんなぁ(笑)
2011年02月27日
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なんかさぁ、暴力的な人たちが「反対!反対!」って大騒ぎしてるやんか あのシュプレヒコールって、ぞっとするわ。 みんな、自分で考えたら良いやんか。 わけの分からない理屈を、拡声器で叫ばんとってほしいわ。 雨の中に子供を連れて来たりしやんときや。 子供は関係あれへんのに可愛そうや。 会社休んで何してるのん。 前なんか、十代の女の子のアイドルまで居てたやろ。 なんか昔アカデミー賞を取ったって作曲家が病気を押して演説に来たり…。 怖いよなぁ。 何にも分からん人たちが、ネットで騒いでるから自分もその気になってまうねんね。 僕、めちゃくちゃ怖い。 こんなに簡単に踊らされる人たちって、戦争が始まったら一番に志願して戦地に行ったりするんやろな。 いとうせいこうさんなんか、この状況を評価してるけど、僕、ホンマ怖いわ(>__
2015年09月17日
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白い紙袋の中にたまが入ったから、カメラを入れてフラッシュをたいたんよね。そしたら露光過多になっちゃったよ(^_^;)でも、なんか面白いかなって思ったから載せちゃったよ(^^ゞ
2007年06月14日
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先週行った八方尾根スキー場の『銀色のシーズン』ロケ地を少しだけ回ってきたので載せてみた。↓どの写真もクリックすると、1000ピクセルまで大きくなるよ。銀たち3人がいつもたむろしていた所。『モーグルの町 桃山町営スキー場へ ようこそ』のゲートが残してある。その左上に名木山ゲレンデが見える。ゲートの右のピンクの建物は「望翠荘」という宿で、とってもお風呂が大きくて奇麗な宿で何度か泊まったことがある。右のオレンジっぽいピンクのおみやげ屋さんは、有名な老舗おみやげ屋さんの『シオール』。一番右端にはロシノールのコンテナが見える。おみやげ屋『マウント』。ここで買い物をしたときにレジのおじさんに「ここ、銀色のシーズンのロケに使われましたよね?」って尋ねたら「はい、ここの表で田中要次が、銀のまいたチラシを取ってました」って、ニコニコしながら説明してくれたよ(^^)祐次が滑った赤い手すり。この左の手すりを向こうからこちらへ滑ってきた。映画では、この手前にも、もうひとつ手すりをこしらえてあった。で、祐次が手すりから着地したときにバックに写ってたのが、この『白い小屋』というレストラン。大人数で八方を訪れたときには、帰りの日の昼食はいつもここでとってた。このレストランの裏の高台にあるヒュッテ『白い小屋』に今回泊まったんだけど、このレストランと同じ経営なんだ。この道沿いのカフェテラスFの駐車場経由でヒュッテ『白い小屋』に車で登れるのだけれど、そこは名木山ゲレンデの中腹になってて、『白い小屋』の乾燥室から出るとそこはもうゲレンデなんだ。ホテル『対岳館』ここがメイン舞台の旅館『はなみずき』。映画を観てすぐに分かったところは、ほかにも『信濃森上駅』や五竜の『エスカルプラザ』や『47』のベースやいっぱいあったんだけど今度また撮って来ようと思う。
2009年01月17日
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先週の記事で、「ミュージャック」のMCジューシー中島こと中島ヒロトさんが『ブス恋』に出てることに気が付かなかったって書いたんよね。でね、DVDを借りてきて確認したんだけど中々見つからなくて大変だったよ(>_____
2007年04月29日
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最近はあまり言われなくなったけど一昔前は「ら抜き言葉」を日本語の乱れみたいな捉え方をされる事がよくあったでしょ。だけど僕は昔から、”何を言ってんだか!言葉って変遷するに決まってるやん!言葉の変遷を許さないのなら日本人は古語で話さなきゃならないの?”みたいに思ってたから、全然気にしなかったけどね。で、まぁ「ら」というのは文法的にいろいろとあって、可能や尊敬や受け身や活用によっても「ら」が抜ける場合や抜けない場合があるらしいんだけど、そんな難しい話はおいといてと…。僕がね、前から気になってたのが島田紳助さんの京都弁なんだ。走れへん食べれへん寝れへん見れへん起きれへん紳助さんは動詞の可能の否定を表すときには、上のような「ら抜き言葉」を話すんよ。でね、とりあえず一番上の「走れへん」という言葉についてなんだけどね、「走れへん」というのは「走る」の可能の否定だから「走ることが出来ない」って意味で使ってるんよ。標準語だと「走れない」ってことだよね。「走られない」なんて言わずに、ちゃんと「ら抜き」が起こってて「走れない」って言うよね。これ、何も問題がないと思うでしょ。ところがね、多くの大阪人の話す大阪弁では「走れへん」は「走らへん」と同意なんよ。つまり標準語では「走らない」って事になる。つまり可能の否定ではなくて、ただの否定なんだ。だから大阪では可能の否定を表す「走ることができない」事を表現するためには「走られへん」というように「ら」を抜かないんよね。つまりね、大阪弁って変なんだよ。日本語から「ら抜き」が起こってるのに合わせて、各地の方言も京都弁のように、ちゃんと「ら抜き」してると思うのに大阪弁はかたくなに古い言葉を守ってるみたいなところがあるんよね。だから大阪弁では上に茶色字で書いた言葉は走られへん食べられへん寝られへん見られへん起きられへんという具合に「ら」を入れて話す人のほうが圧倒的に多いと思う。たとえば、さんまさんは出身は奈良だけど、完全に大阪弁だから赤字の「ら」を入れて話す。吉本新喜劇でも赤字のほうしか聞かないでしょ。以前は紳助さんの話す京都弁に違和感があったんだけど、あれだけテレビに出まくって機関銃のように京都弁を聞かされると慣れちゃうよね。だけど紳助さん以外には未だに、この使い方をほとんど聞かない。ブラマヨの小杉さんと吉田さんが京都出身で、小杉さんの口からは聞いたことがあるような気がするけど紳助さんほどは聞かないので意識して言わないようにしてるんじゃないかとも思う。大阪弁の「ら入れ言葉」の事をもしかしたら紳助さんはご存じないのかも知れない。ただ大阪人意外には何とも感じないことだろうし、紳助さんが大阪人を相手にしてないってことも考えられるけどね。それと、北摂は神戸阪神方面の、京阪というか北河内は京都方面の影響を受けて、ちゃんと「ら抜き」が起こって来てるかもしれない。だけど南河内泉州地方は、間違いなくこのことは言えると思う。隣接してる奈良、和歌山方面の方言で「ら抜き」が起こってるのかどうかを教えていただければありがたいんだけどな…。
2009年08月23日
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「踊る大捜査線」ファンには有名な話なんだけど、レインボーブリッジを封鎖して映画撮影をする事が不可能だったために、あの映画のレインボーブリッジ上のロケは、関西で行われた。 そこが、ここ、京都の久御山ジャンクション! ちょうど、この久御山ジャンクションが完成して開業待ちだった時が「踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」の撮影期間やんたんよね。 だけど、ここでの撮影は当然のことながら秘密裏に行われたので、地元の人たちも知らなかったみたいだ。 上の地図の久御山ジャンクションの南西(左下)に隣接するようにイオンタウン久御山というのがあるでしょ。 イオンタウン久御山にある映画館で「踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」が公開されたとき、テレビの取材で、映画の観客にインタビューに行ってた。 映画を見終わった直後の観客に「レインボーブリッジの撮影が、この映画館のとなりの久御山ジャンクションで行われた事を知ってるか?」 という質問に対して、みんな、ビックリ仰天してたのが可笑しかった(^^ゞ でね、この久御山ジャンクションは十字路のジャンクションなので、T字路のジャンクションに比べれば複雑になるけど、このジャンクションは誰が見てもスッキリしたシンメトリーしてる綺麗なジャンクションだと思う。 このジャンクション、好きやねん!(^^♪ 近所にある大山崎ジャンクションが複雑怪奇なだけに、このジャンクションの美しさは、ほれぼれする♪。 このあいだ、びわ湖バレイからの帰りに、京滋バイパス東行きから第二京阪道路大阪向けに久御山ジャンクションを通過したときのドライブレコーダーの動画をyoutubeに載せた↓ 上の地図でいうと左から進入して下方向へ抜けてる。 道路のサイドに埋め込まれてる白のマーカーランプが流れるようで綺麗!(^_-)-☆ ちなみに、びわ湖バレイに向うときは、この久御山ジャンクションを第二京阪道路から阪神高速京都線方面へまっすぐ抜けた、 上の地図でいうと下から上にまっすぐ抜けただけ。 その動画もyoutubeに載せた↓ これね、頭上を左右に抜けてる道が5本あるでしょ。 この5本の道の意味は、一番上の地図を見れば一目瞭然で手前から ◎一本目―右から上へ抜ける道 ◎二本目―上から左へ抜ける道 ◎三本目―京滋バイパス ◎四本目―下から右へ抜ける道 ◎五本目―左から下へ抜ける道 上に載せた、京滋バイパス東行きから第二京阪道路大阪向けのyoutubeの道は、 ◎五本目の道を走ってるって事が一目瞭然! 美しいジャンクションというのは意味も分かりやすくて気持ち良い!(^_-)-☆ シンメトリーしてる十字路のジャンクションとしては、久御山ジャンクションと別タイプの佐賀県の鳥栖ジャンクションっちゅうのも綺麗! 鳥栖ジャンクションの地図も載せておくね(^^♪ かっこ良いジャンクションや!(^_-)-☆ しやけど、こんなにカッコ良いジャンクションやのに、昔、福岡方面から長崎方面に行くのに失敗して、九州道を南下してしまい久留米インターでUターンしたという苦い思いでがあるねんなぁ…(^_^;)
2012年03月11日
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僕にとって読んでて近いところがいっぱい出て来る臨場感がめちゃある本だったな。って、物理的、空間的に近いって意味なんだけどね。主人公は京都に住んでて実家は西宮の甲陽園なんだけど、冒頭で実家に帰るときに宝塚の逆瀬川から川沿いに六甲山方面に登り甲山森林公園経由で西宮の甲陽園に降りるルートを走ったんよ。このルートね、この前走ったとこだったんよね!『にぎやかな天地』のその部分を見せると、みんな「おっ、あそこの道だな!」ってすぐに気がついて分ってくれるんよ。ちょっとしたドライヴコースなんよね(^^♪阪急甲陽園線の終点が「甲陽園」その一つ手前の駅が「苦楽園口」なんだけど、この「苦楽園口」にある「トースト」というパン屋さんも重要な意味を持って出てくる。苦楽園口には昔、友人が住んでてかなり詳しく知ってるところだし、どの道を歩いてるのだろう、なんてことまでイメージして読むことができたよ。それにしても輝さんの本には、西宮市の芦屋市に近い部分がやたらと出てくる。今まで僕が読んだ輝さんの本を思い返してみたら、海側から山に向かって「香露園」「夙川」「苦楽園口」「甲陽園」「甲山」って具合に海から山まで網羅してるよ。そのくせ芦屋市が出てきたことはないし、西宮市も芦屋市に近い部分しか出てこないんだから面白い。この辺りが舞台となる輝さんの本をたくさん読んで来て思うんだけど、「阪神大震災」というものは輝さんにとっては語っても語りつくせないほど大きな意味を持ってるんだろうなってことなんよ。『にぎやかな天地』のなかでも、「阪神大震災」は登場人物たちに多かれ少なかれ、その生き方に影響を及ぼしている。阪神間に住む人たちにとって「阪神大震災」というのは、日本人にとっての第二次世界大戦のように大きな影を落としてるんだろうな…。で、『にぎやかな天地』という本なんだけど凄い本だったよ!人の理不尽な死というものを背負った人たちが何人も登場する。自分がまだ母親のお腹の中に居るあいだに、父親が泥棒と間違われて掴まれた拍子に頭を打って死んでしまうとか、父親がまだ小さな自分と母親を残して、子持ちの人妻と心中してしまうとか、妻と息子夫婦と孫を一度に事故で亡くしてしまうとか、そんな悲しい過去、しかも怨みを持って行きようがないような「人の死」を背負った人たちの心がほどけていく様が、読んでるこちらへ、ちゃんと伝わってくるんよ。最初の方から何度か出てくる「死というものは、生のひとつの形なのだ」という、なんだか哲学的なキーワードが、だんだんとリアリティを持ってくるんよ。登場人物たちは長い間もがき苦しむんだけど、どんなに絶望的な出来事でも、それが未来において幸福へと転換していったりしたときには、過去の出来事を違う意味を持って見つめなおすことも出来るんだよね。読んでるこちらの心の霧も晴れていくようなそんな思いを持たせてくれるような本だったな。
2007年06月15日
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昨日は”「割り箸の十字乗せ」の事をネットで調べたりしない”と書いたんだけど我慢できずにネットで検索してみた。っていうのが、ブロ友のひさけいさんにコメントをいただいて、そのいただいたコメントの情報だけでも知ってる人→奈良県に一人(ひさけいさんの友人)。知らない人→奈良県に一人(ひさけいさん)・福岡県に一人(ひさけいさんの御母上)・愛知県に一人(ひさけいさんの御父上)なんて、沢山の情報を得ることが出来たので、ネットで検索したらかなりの事が分かるのじゃないかと思ったんだ。ところがね、「割り箸の十字乗せ」の事を書いてられる方は結構いらっしゃるんだけど、ほとんどの方は住んでらっしゃる所を公開されてないんだよ(^_^;)そんなんで、日本地図に塗り絵をして「分布地図」を作ろうと思ったけど、ほとんど情報無しの白い所ばっかりの「分布地図」になってしまった(^_^;)『 「割り箸の十字乗せによるしゃっくりの止め方」 を知る人の分布地図』○赤→知ってる人が居る。○ピンク→知ってる人も知らない人も居る。○黄色→知らない人が居る。○ブランク→情報無し。サンプル数が増えたら、全部ピンクになってしまうかも知れないけど、少ないサンプル数なら、こんな分け方でも分布状況のおおよそは見えてくるんじゃないかと思ったんだ。願わくば、この記事をごらんになった方(一)「割り箸の十字乗せによるしゃっくりの止め方」をご存知であるかどうか?(二)御出身の都道府県名はどこなのか?上の二点だけでよろしいので教えていただければ、ちったぁ塗り絵の進んだ日本地図が出来るんで教えて下さいm(__)m匿名でも全然構わないんで、どうかみなさん宜しくお願いしますm(__)mこの地図はフリーページに載せて、情報が増えれば逐一更新して、行く行くは立派な分布地図にしようと思う…、ってゆうか、立派な地図になれば良いんだけどな…(^_^;)※最後に、昨日書いた「割り箸の十字乗せによるしゃっくりの止め方」をもう一度ちゃんと書いておくね。お茶をいれたお茶碗の上に割り箸を一本置き、その上に交差させて十字になるようにもう一本置く。すると、お茶碗を上から見ると四分割されたように見えるよね。つまり一つのお茶碗に四つの飲み口が出来ることになるんよ。で、お茶碗の上に十字に乗せた割り箸をずれないように両手で固定しながら、四分割された一つの飲み口に唇をつけてお茶を少し飲む。次にお茶碗を90度回転させて隣の飲み口から、またお茶を少し飲む。続いて、お茶碗を同じ方向に90度回転させて、また少しお茶を飲む。これを何度か繰り返すと、お茶碗を一周か二周させるあいだにはしゃっくりは止まるんだ。
2009年01月28日
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「ちはやふる」って映画の「―上の句―」「―下の句―」が先月テレビで2週連続で放送されたでしょ。 主人公の千早を広瀬すずさんがやってた映画! あれ、二週連続見たんやけど、面白かった♪ かるたは僕がまだ小さい子供の頃は家族でよくやった。 姉や母は100首全部覚えてたから、小さい子供の僕は全然取られへんかったけど、おはこの札だけは必死に取りにいったりしてたな。 そんなんで、映画はごっつぅ楽しめた。 覚えてた歌も映画の中で出て来たしね♪ でね、―上の句―で、「千早ぶる 神代もきかず竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」 が在原業平が贈った愛の歌だって事を、上白石萌音さんが広瀬すずさんに、学校の屋上で情熱をこめて説明するシーンがあったやんか! 竜田川の川面一面に真赤な紅葉が埋め尽くされて流れるアニメなんかが挿入されてて、ごっつぅキレイで感動的なシーンやった! でね、だったら、その竜田川ってのが、どこにあるのかが気になるやん! で、調べたら、竜田川は大和川の支流で奈良県生駒郡斑鳩町にあって、もみじの名所として昔から有名なところなんだって。 すぐ近くには法隆寺がある。 なんや! めっちゃ近いやん! と思って行ってきた。 紅葉の季節やないけど、シーズンオフやから空いてるやろうしね(^^♪ 竜田川の両岸が竜田川緑地になってて、「竜田公園無料駐車場」が25号線のバイパスが竜田川にかかる橋の近くに作ってある。 バイパス自体が最近できた道みたいなので、手洗いも新しく綺麗な駐車場やった。「竜田川のもみじの由来」って由緒書きを見て歴史の深さに恐れ入ったわ! なんせ、その一行目に書いてあるのが、第十代天皇崇神天皇が龍田明神に行幸された時に始まってるねんもん! あのね、崇神天皇というのんは、実在する最古の天皇であるって説が有力やったりする天皇やねんね。 しやから、竜田川のもみじは、日本の最初から有名な、もみじの代名詞みたいなところやったんや! どうも、竜田川を知らなかった僕が無知過ぎたようやわ! だって、持統天皇様かて歌に詠んでるっちゅうねんから、ここは押さえとかなアカン場所やったって改めて思った。 ↓北向き上流側 ↓南向き下流側 ↓25号線のバイパスから下流側 ↑正面に見える山が三室山 この三室山の下の石垣に歌碑が埋め込まれてる。 百人一首には、竜田川を詠んだ歌が、業平が詠んだ「ちはやぶる」のほかに、もう一首あるねんね。 その歌は、能因法師の詠んだ歌で 「嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は 竜田の川の 錦なりけり」 と、この歌は竜田川と三室山の両方を詠み込んでるねんね。 ↓だからやと思うんやけど、三室山の下に、業平と能因法師の詠んだ二首の歌碑が設けてあるんよ! ↑右に歌碑、左に少し離れたところに「みむろ山」の碑がある。 歌碑の左下にあるのんは、僕が置いた物(^^ゞ ↓その部分のアップ ↑これね、映画「ちはやふる―結び―」のパンフレットやねん。 実は、この日の朝一に「ちはやふる―結び―」を映画館で見てから、竜田川に向ってんわ(^^♪ パンフレットなんか買うつもりはなかったんやけど、何年かに一回しか映画館に行けへんのやし、記念に買ってしまった♪ で、せっかく買ったんやから、ちはやぶるの歌碑の上に「ちはやふる―結び―」のパンフレットという、アホな写真を撮ってみたわけよ(^^ゞ ↓これは、三室山に少し登ったところから、竜田川の上流方向を臨んだもの。 でね、―結び―で広瀬すずさん(千早)が着てる赤い着物はもみじ柄やったんよね。 で、この赤い着物って、―下の句―のエンディングにあった未来のクイーン戦の時に千早が着てる着物とおんなじやったんよ! この着物は―下の句―のエンディングにちょっと出てきただけやねんけど、あまりの美しさに、めっちゃ印象的やった着物やった。 もみじ柄が、ごっつぅ綺麗な着物でしょ! それと、今回斑鳩町を訪れて、どこにももみじがあってマンホールまでもみじ柄やったのが面白かった。 やっぱり、僕が知らんかっただけで、竜田川の紅葉は超有名で、この地を代表するようなものやったんよね。 しやけど、現地にお店がまったくなくて、記念の物とか食べ物をなんにも買えなかったのんが寂しかったな。 たとえば「もみじ饅頭」とか「もみじスマホケース」みたいなもんを売ってたら絶対買ったと思う(笑) 奈良って、ほんま商売っ気がないよね。 京都なんかだと、千年の歴史があるとかいうて、もっともらしい物をいっぱい作るような気がするやん! しやけど奈良は、っていうか斑鳩なんかは1400年以上の歴史があるのに、ざーとらしい物はなんにも作らへんって思う。 奈良の、そういうところが好きやねんけど、ちょっと寂しいって思うこともあるな(^^; #ちはやふる #ちはやふる―結び― #広瀬すず #竜田川 #嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は 竜田の川の 錦なりけり #千早ぶる 神代もきかず竜田川 からくれなゐに 水くくるとは #在原業平 #百人一首 #かるた #歌碑 #斑鳩 #奈良 #三室山 #みむろ山
2018年04月19日
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宮本輝著『錦繍』より最後の七行。(新潮社ハードカバー本) この手紙を封筒に入れ、宛名を書いて切手を貼り終えたら、久し振りに、モーツァルトの三十九番シンフォニイに耳を傾けることにいたします。さようなら。お体、どうかくれぐれもお大切に。さようなら。かしこ 十一月十八日 勝沼亜紀 有馬靖明様『錦繍』の最後の手紙の日付が今日11月18日だってことを覚えてたので、今日読み終えるように、ってゆうか、この前読み終えて、すぐに最初から読んでたんだよね。いわゆる中毒だな(^_^;)『錦繍』中毒にかかっちゃったよ(^^ゞ11月18日って、もうこんなに寒いんだよな。亜紀の住んでる香露園は六甲おろしが吹いて、もっと寒いだろうな。こんな季節に、こんなダブルに「さようなら」なんて書く手紙を書いちゃぁ、寂しくてやりきれないよな。香露園に行ってから読んだ今回の『錦繍』が一番心に沁みたよ。「住宅街を抜け、四辻を右に折れ川の方に向かう」なんて記述も目に浮かんだもんな。モーツァルトなんか僕には少しも分からないくせに、今、39番をかけて書いてるんだけど、これ聴いてると全然筆が進まないよ(^_^;)んなわけで、今夜はブログは切り上げて、モーツァルトの39番に耳を傾けることにしよっと(^^♪
2007年11月18日
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昨夜は、1月に記事に書いた大泉洋さんのバラエティ番組『水曜どうでしょう』「ヨーロッパ20ヶ国完全制覇」の最終回だったんだ。初回を偶然見て、イタリアのローマからユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬まで車で行くって番組だったのでとばしとばしだけど、見てたんだ。その時に書いたけど、ロカ岬に到着するところのロカ岬でのロケを見たいって事だけだったんだよね。でも、この番組のあまりの軽さとあほらしさに、最終回まで見たとしても”ロカ岬の映像はどれくらいあることやら…(^^ゞ”って、その時書いたんだ。で、昨夜、その待望の最終回で、いよいよポルトガルの海岸に出たんだ。つまり大西洋だ!で、車を停めて「ゴール!」って叫ぶんだけど、そこは間違いで、次に灯台を目指したら、そこはただの灯台だってことでまた間違いで移動するんだ。で、やっと岬にたどり着いて「ゴール!!」って先ほどより大きく叫んで岬の先まで歩いて行くんだ。ところが、そこは違う岬でロカ岬じゃなかったんだけど「ほぼ最西端」ってテロップが出て記念撮影をして『完』の文字が画面右下に出て番組が終わってしまったんだ。”ロカ岬の映像はどれくらいあることやら…(^^ゞ”って書いたけど、それどころか、行き着きもしなかったんだよ(>_<)そげな~!!(>_<)僕のなかで、ほのかな期待として、ロカ岬に着いた4人のうちの誰かが「ここが、地終わり海始まるところなんだよな…」なぁんて台詞を言ってくれないかなぁ…、って思ってたんだけどな…(^_^;) だけど、きっと、これぞ、この番組の真髄なんだろうな…(^_^;)
2008年03月16日
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ここんとこ『大日本人』のプロモーションで、「いいとも」から「さんまのまんま」まで、よくもまあこんなに出るわ!って思ってたけど昨日の「SmaSTATION!!」は面白かった(^。^)香取さんが松本さんにした質問で「松本さんがやった唯一の連ドラが中居君と競演したやつだったのは何故なのか??」ってめちゃ不思議がって訊いてた。あっ、そういやぁ何かあったなぁって考えたんよね。で、思い出したよ『伝説の教師』だ!『伝説の教師』は、ききしにまさる凄いドラマだったもんな!毎週、松本さんと中居君のからみの部分はめっちゃ面白かった(^^)松本さんが台本にないアドリブを言ってるのはまるわかりなんだけど、中居君が乗っかって、アドリブを被せ気味に返すんだから松本さんも楽しそうにやってたもんな(^^)あのドラマの成功は松本さんと中居君という二人の天才が居て初めて成り立ったものだと思うな。昨日の香取さんとの話のなかでも松本さんは「あれは普通のドラマやなかったし、好きにやらさせてもらったし、中居君もうまいこと乗ってきてくれた」ってそんな風に言ってた。昨日の「SmaSTATION!!」を見て、『大日本人』より『伝説の教師』を思い出して、見たくなってしまったよ(^^ゞ
2007年06月04日
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物語は50歳のおもちゃ会社に勤める瀬戸雅人という独身男性が、シルクロードを観光する旅の途中、中国南西部カシュガル近郊の村で姿を消してしまい、血の繋がりのない弟が、その地を訪れるところから始まる。奇数章は、弟、瀬戸紀代志の一人称で語られ、偶数章は、失踪前に瀬戸雅人の子供をお腹に宿した樋口千春という女性の物語として三人称で語られてる。別の人の一人称や、別の人の三人称で交互に語られるというのはあるけど、こんなのは初めてだったので、おやっと思ったな。 物語は失踪した瀬戸雅人の足取りを追いながら進むのかと思いきや、大半は過去の物語なんよね。瀬戸雅人のあまりにも不幸に見える生い立ちから、雅人の精神世界を、弟、紀代志が探求していくような物語でもあったように思う。脚が不自由で、しかも盲目の母親せつと一緒に八歳まで物乞いをしていた雅人。にもかかわらず、少しも不幸そうでなかった雅人。黄河の源流にあると云われる「星宿海」と呼ばれる星の数ほど湖が集まっているところに子供の頃から惹かれていた雅人。「星宿海」というのは本当にあるのか?何故にそれほどまでに雅人は「星宿海」に惹かれたのか?そうではないんだけど「星宿海」をめぐるミステリーみたいな感じもしてぐいぐい読まされちゃったよ。読み進むうちに、なんとなく見えてきそうな瀬戸雅人という人間の精神世界なんだけど、それがこれから生きる樋口千春や千春と雅人のあいだに生まれた娘せつに、ある意味というか意思が働いてるみたいに、導いていく。あれよあれよと読み終わってみたら、めちゃくちゃ面白かった。輝さんの本って読後感がいいんよね(^^)いろいろ大変だったけど、きっとこの人たちなら立派に生きていくだろうって、そんな思いがポワ~ンと心に残るんよね(^。^)まさに宮本小説の醍醐味満載の情緒あふれる本だったな(^_-)-☆
2007年05月06日
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1996年1月から3月までフジテレビで放送されたドラマ『白線流し』を僕はこよなく愛してるねんね。 白馬方面にスノボに行くたびに、松本に寄り道をしてロケ地探しをやった。 当時はネットがなかったので、すべて自分ひとりで探した。 今なんかは、ドラマで放送なんかされたら、もう即座にネットに情報が流れてしまうでしょ。 しやから、自分でロケ地を探し出す楽しみなんかなくなってしまって面白くないよね。 「白線流し」のロケ地も、今現在ほとんどすべてが住所と地図と写真が晒されてしまってる。 こんなにちゃんと晒されてしまってると、ただの観光地みたくて、「金閣寺」とか「大阪城」とか「奈良の大仏」とかと変わらへんやんか。 いつでもあるんやし、好きやとしても別に慌てて行かんでもかまへんと思うんとちゃうやろか? でもね、実は、いつまでもあるとは限らなくて、消滅したロケ地もあるんよ。 たとえば、茅乃(遊井亮子さん)が蹴とばした電話ボックスは、跡形もなくきれいに消えてしまった(>_<) 慎司(中村竜さん)とまどか(京野ことみさん)が勉強してて、財布を忘れたことに気がついたレストラン「グルメドール」は別の店になってしまってた。 渉(長瀬智也さん)の住んでたぼろアパートも取り壊されてしまってて、ソーラーパネルを屋根に並べた瀟洒なアパートに生まれ変わってた。 そして極めつけは、園子(酒井美紀さん)の家「七倉医院」も取り壊されてしまった。 白線ファンの人たちも、渉のアパートと園子の家が無いのであれば、松本への聖地巡礼も気が乗らなくなったんとちゃうやろか? 七倉医院については、確か僕がこのブログを始めた頃やから13年ほど前に、取り壊しの噂を聞いた。 そして、その後、本当に取り壊されたって聞いた。 もうネットが普通の時代やったから、七倉医院の取り壊しの話は、すぐに伝わった。 その時に、七倉医院の石垣のかけらを持ち帰ったとゆう白線ファンの人とネットで繋がって羨ましかったなぁ。 で、今はというと、スマホのストリートビューで日本中津々浦々まで見れるわけで、取り壊されて駐車場になってしまってる事も誰でも見れるわけやんか。 しやから、七倉医院に行くと言っても、ただの七倉医院跡に行くだけで、そんなもん感激も何もないやんか。 では、あるけどね、この4月18日から20日まで滞在した松本のホテルが、なんと七倉医院跡の190メートル南にあるホテルで、歩いて2分のところやったんよ。 そりゃぁ行くでしょ! でね、行ってみたら、確かに七倉医院は跡形もなくなってしまってて、駐車場になってた。 ではあるけど、石垣の一部が残ってることに気がついた。 なんと、取り壊しから10年以上経ってるのに、石垣の一部が残ってるやなんて、びっくりしたわ!(^^ゞ 石垣は右側(南側)が比較的たくさん残ってた。 これが、この4月20日に撮影した石垣↓ そして、これは20年ほど前に撮影した写真↓ そして、これがドラマ「白線流し」内の七倉医院のスクショ↓ でね、この石垣の前に、多分石垣の隙間を埋めていたと思われる石のかけらが落ちてたので持ち帰った(^^♪ これ↓ 10年前に、石垣のかけらを持って帰った人の話を羨ましく思ったのが、まさか10年後に、自分も持って帰れるとは夢にも思えへんかった♪ で、石垣の左側(北側)は、石は一つしか残ってないのだけれども、明確に同じ石だし、その石の左側の渉(長瀬智也さん)が座ってるコンクリートの部分もはっきりと分かって嬉しかった♪ コンクリートの段の上に渉が座ってるスクショがこれ↓ ↑渉を見てるのが園子(酒井美紀さん)。 これが20年ほど前に撮影した写真↓ 上の写真をトリミングしたのがこれ↓ (赤↑が残ってた石垣の石) (青↑が渉が座ってた場所) これが、この4月20日に撮影した写真↓ (赤↑が残ってた石垣の石) (青↑が渉が座ってた場所)
2019年04月24日
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確か、4月か5月ごろやったと思うけど、コロナなんか年寄りだけ隔離して、それ以外の人は普通にしたら良いとTwitterに書いてんね。 そしたら、研修医が飲み会をやってクラスター化してるし、あんな馬鹿者がいっぱい居てるから普通にしたらアカンと言われ、賛同を得られへんかってんね。 それで、あぁ、こりゃアカンわ。 やっぱ、みんな、考え方自体が凝り固まってて僕の考えは分かってもらわれへんと思った。 例えば、PCR検査の意味を百回聞いても、理解する気のない人がほとんどでしょ。 もう、ほんま、議論する気にもなれへんぐらい根本から人の話を聞こうとせぇへんもんな。 今のデータは知らないけど、2か月ぐらい前までは10代20代で、コロナで亡くなった人は糖尿病のお相撲さん一人だけやってんで。 死んだ人が糖尿病の肥満体の人一人だけやのに、日本中で、ステイホームしてた頃、アホちゃうかと思った。 怖いのんは年寄だけやねん。 若い人には、交通事故やインフルエンザよりも、軽く考えてええのんとちゃう? もう1回繰り返すけど10代20代で亡くなった人は、糖尿病の肥満体の人が一人だけやねんで。 ほんま意味分からん! そして、その意味が分からない事をTwitterでぶつけても、どうも通じてないんよ。 ちなみに、僕は年寄りやから、めちゃくちゃ怖いよ。 頑張ってステイホームを続けようと思ってる。 ただ、若い人は夜の町だろうが、風俗だろうが、100%普通の暮らしをしたら良い。 ただし、年寄りとの接触は、完全に絶ってもらわなアカン! それさえできるんやったら、自由にしたら良いと思う。 たださぁ、僕、テレビで恐ろしい光景を見たんよ。 ビーチに水着姿の若者たちがたくさん繰り出してるねんね。 それはええわいな! ばんばん遊んでくださいませ! で、若者たちがビーチに入る時に体温検査をしてるねんね。 その検査員が白髪交じりの老人なんよ。 そして、検査を受ける若者たちは、その老人検査員にマスクを付けずに接近して体温を測ってもらってる。 冗談じゃないよ! なんにも分かってないやんか。 老人は外に出たらアカンよ! この無茶苦茶な光景を見て、僕は、この国終わってると思ったわ。 死なない病気を怖がってる若者も、平気で若者と接してる老人も、どっちもアホやと思う。 とにかく老人は、外に出るな! 若者は老人と会うな! この2点だけで、他は全て自由にしたらええのに、どうして、そんな簡単な事がでけへんのん? テレビで映ったビーチの映像だけで、あんなえげつない間違った光景を見せられてほんま僕、絶望したよ。 とにかくさぁ、コロナがどんな病気か見えて来たし、一人一人がどうしたらよいのかも分かって来たんやから、報道は、ええかげんコロナ以外の事を報道してよ! 例えばアメリカと中国の領事館閉鎖合戦なんか、普通に考えたら戦争の前段階の動きでしょ。 専門家を呼んで、今の状況説明、これからの予想なんか、いっぱい知りたいよ。 尖閣の問題なんかも、これなんか、ほんま世論を動かすことが中国に対する抵抗力になると思うのに、何にも報道せぇへんやんか。 今日なんかも台湾の李登輝元総統が亡くなりはったことなんかも、コロナのニュースを全部飛ばしても李登輝さんの事をやったら良かったんとちゃう? ほんまに、もう正体がだいぶと分かって来たコロナの報道はあきたわ。
2020年07月31日
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永井路子さんがめちゃくちゃ好きになってしまった!だいたいさぁ、今年は里中満智子さんに夢中になってたってのに、また好きな人が出来てしまったよ。僕って、好きな作家さんは4年に一人ぐらいしか出来ないんよね。なのに、今年はえらいことになってしまって、オリンピックが一度に二回来たような感じだよ(^。^)このあいだ、ぽっけのびすけっとさんに教えてもらった永井路子さんの『美貌の女帝』を読んでとっても感動したんだ。そのあとに、家に”女帝”のことを書いた本があったと思って探したら箱入りハードカバー本の『栄光の女帝と后』ってのを見つけたんだ。その本には、たくさんの女流作家さんが、いろんな女帝について書いてらっしゃるんだ。「卑弥呼」田辺聖子「推古女帝」永井路子「皇極(斉明)女帝」阿蘇瑞枝「持統女帝」田中澄江「光明皇后」阿部光子「称徳(孝謙)女帝」山本藤枝「藤原安子」赤木志津子で、「持統女帝」「光明皇后」「皇極(斉明)女帝」という順番で読んでいったんだけど、なんだかちっとも面白くないんよ(^_^;)”やっぱ小説じゃない文章は学校の教科書みたいで、興味があってもそんなに面白く読めるもんじゃないなぁ(^_^;)”なんて思ったんよね。で、次に「推古女帝」を読んだらね、これが面白いの何のって、目から鱗が落ちるような事がいっぱい書いてあって、そりゃぁもう素敵な文章だったんよ。でね、書いてる人の名前を見たら永井路子さんだったんだ。つまりね、『美貌の女帝』が面白かったのは、今、僕が興味津々な”女帝”の話だから面白かったのではなくて、永井路子さんの文章だから面白かったんだって事にハタと気がついたって訳なんだ(^^♪”こりゃぁ、もう、絶対、永井路子さんの本を読まなきゃ!”って思っちゃうよね(^_-)-☆で、古本屋さんに行ったら、永井さんの本があるはあるは!しかも、面白そうな内容の本がいっぱいあるので、もう、大人買いしてしまったよ(^^♪で、この一番上の『茜さす(上下巻)』って本なんだけど本の裏に書いてあるこの本の内容がね”著者初の長編現代小説”ってんだよ!”へっ?現代小説?”って不思議に思った。だって『茜さす』で思い出すのは”あかねさす むらさきのゆきしめのゆき のもりはみずや きみがそでふる”って額田王の歌だもんなぁ!で、表紙を開いたら折込ページになってて、そこに”壬申の乱コース地図”ってのが載ってるんだ!その折込を開いたら”飛鳥地図”ってのが載ってる! それを見た時には、この本がどんな話なのかは分からないけど、もう今すぐにも読み出したいって思ってしまったね(^_-)-☆で、読み終わったんだけど、超超素敵な本だったよ!僕の生涯ベスト3に入る本に間違いないよ!ほかにも読みたい本がいっぱいあるっていうのに、読み終わってすぐに頭から再読に入っちゃった(^^ゞさっき、ネットで『日本書紀』と『万葉集』を注文した。今度の再読には、『日本書紀』と『万葉集』をぜひ手元に置いておきたいんだ。だから早く届いてくれなきゃ困るんだけどね。物語の内容も書きたいけど、文庫で上下巻に分かれて900ページぐらいの長編だし、とてもどんな話かなんか書けないけどさわりだけ書くね。4年制の、お嬢様女子大文学部4年生のなつみって子が主人公なんだ。なつみは「万葉集」のゼミをとってて、例の額田王の「あかねさす むらさきのゆき~」を授業で報告しなくちゃならなくて苦労するってのが本の冒頭ですぐに出てくるんだ♪そんなんで、この本のタイトル『茜さす』が額田王の歌だってことを草々に分からせてくれるんだ♪で、その、なつみが額田王の歌の事を真剣に思ううちに、気持ちはしょっちゅう飛鳥に飛んじゃうんよ(^^♪だから読んでるこちらも、ちゃんと理解するためにしょっちゅう系図を広げたりして、読書がすんなり進まないってのはあるんだけど、楽しみながら飛鳥の理解が深くなっていくってのは嬉しいしね(^^)”古代史が好きで万葉集が好きで、さららが好き!”みたいな女子には、このなつみの生き方はよだれが出るほど羨ましいだろうな。きっと、この本、さらら好きの女子のあいだでは、超有名な本に違いないな(^_-)読後感がまためちゃ良いんよ!最後の4行なんか、もう眩し過ぎたよ!”なつみ~!かっこ良いよ~!”って(^_-)-☆
2009年05月14日
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