Do not "evade" the words that I chose
2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
全1件 (1件中 1-1件目)
1
自分名義にマジ感謝の。正真正銘のデベソの脇の最端の柵の直角の。最前列で見守り続けた私のオーラスでございました。左の先端にはいつも拓哉のペットボトルが置いてあり。フューチャーで飲むはずのその水を3日間とも拓哉は飲まなかったけど。最後のシャンパンファイトの時に。その全く同じ位置に置かれたグーグクリコを。半身をひねって後ろを向いて口でコルクを噛んで開けた拓哉の。その噛んだコルクの左の顎と左の上の歯の形を。誰より物理的に一番前で見た私は一体何に感謝をしたらいいのか。そしてお水は飲まなかった代わりに。そのフューチャーで怖いくらいの肉声で。怖いくらいの野太い声でジャンプジャンプジャンプと煽ったその声に。ああ拓哉はそうだ男なんだと今更ながら怖くなっていました。どんな時もどんな時も。拓哉と私の間には機材のコードが走り抜け。バンバカの前に脱いだ青の半袖の上着は。スタッフさんが大事に抱きしめすぐ目の前を通り過ぎ。脱ぎたての上着の袖先のぴんと尖った形に身体の残像はまざまざで。始終床と真横に飛ぶ5人の大量の汗の雫や。シャレオツで。全然問題なーい、と5人の腕が上下する度に。ザッザッ!ザッザッ!と衣装の擦れる音はかき氷を削っているかの様に荒く激しく。そして10$の圧巻の群舞では。ダンッ!ダンッ!と物凄い足音に心が震え。それは華麗なダンスでも軽やかな身のこなしでもなくてそんな形容は愚の骨頂で。5人の足が10本あるとこんなにも凄い音がするその事実に。プロレスの試合のリングの板の様な音に私はずっと震え続けていました。どうしても手離せないボロボロのうちわの他に。今回は初めてもう1枚別のうちわを作っていました。そして前日はビートフルの通路の最左端の御席でしたが、ココカラの剛の例のくだりが手が届くかの場所で行われたその時に。周囲をしばし探してた拓哉は私のうちわを見つけてくれて。2枚のうちわと私の顔を交互に数度往復してくれたばかりか、終盤には私が縦に持ったそれを下から上へと追ってもくれて。そしてファイナルは逆にどこも見ない感じでモニター姿に徹する中で、普通に視界に居る中で普通にそんな距離感で。2日連続で見つけて頂きありがとうとしか言葉は出ません。ローラが私の向かい側に居ました。頃合いを見てローラ~!と声をかけたら。両手で例のスタイルで返してくれた超ド級の美人のローラでしたが。はからずもそのローラのブログにはっきり写ってる自分の姿に、こんな形であの日の気持ちが残してもらえた御加護もありがたいばかりです。本当にみんなで頑張りました。いつもの私の友達はあえて休んだ私たちの分も全ステ制覇をしてくれましたし。何年ぶりかで会えた顔ぶれと各自の別れるその時は、まさかというか当然というか駅で涙は止まりませんでした。そうだ。友達が剛からタオルを貰ったんだった。 終演後に見せに席まで来てくれて私も顔をうずめさせていただいて。彼女は東京公演で私の客室を出たその日も剛と握手しているんですが、私に会った日はこういう事が起きるからと引き寄せたおすそ分けが嬉しかった訳です。楽しい楽しい5ヶ月間でした。ありがとうスマ。ありがとうタクヤ。初日にいただいたゴローさんの羽根を大切にガラス瓶に封じ込めて。私の気持ちも友達の気持ちもみんなの気持ちも封じ込めてます。こんなにいつも皆で思ってる気持ちをどうしても貴方に伝えたかったから、こうして直接伝えられた事ほど幸せな事は私にはないです。そんな大切な気持ちを受け止めてくれたタクヤを、これからもこれからもずっと皆で支え続けて守り続けて。7月には舞台挨拶の快活な貴方にまた皆で逢いにゆきます。幸せな幸せなツアーでした。これからもこれ以上にずっとずっと皆で愛を伝えてゆけます様に。
2015.01.15
コメント(0)