劇場通いの芝居のはなし

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2019.06.17
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カテゴリ: 演出ノート(3)
この作品は仏教思想が底に流れています。特に「死生観」です。
「死」は恐ろしいことです。しかし、誰も逃れることができない宿命です。この作品は死がそばにあり、免れられないこと、そしてだから、死ぬまでは精一杯生きてゆくべきこと、自分の死が他の者の助けとなるなら、それは意味のある死であること、更に死は個の終わりであっても、全体として、命は続いてゆくこと。こうした考えが見えてきます。

始まりの場面で、子どものトノサマガエルであるブンナは、ガラスの瓶の中に閉じ込められています。子どもたちは、明日の授業で「カエルの解剖」をするので、その実験材料にするために、彼を捕まえました。ブンナにとって既に、死はすぐ近くの現実的なものとして存在します。
わたしたちにしても、死は確実にやって来ますし、案外と近くにあるのかもしれません。しかしそれに気づかず、或いは考えないようにして、死から遠いところにいると信じて暮らしています。閉じ込められたブンナの姿は、そんなわたしたちの「楽観」に、そうではないと言っているようです。芝居の中では、死は「トビ」の姿を借りて、常に存在を誇示しています。いや、姿は現しませんが、羽ばたきと鳴き声が迫ってきます。

私的なことですが、わたしは十歳以前から、死をとても怖がっています。夜、寝床に入って、自分がやがて死ななければならないと考えると、とても怖く辛くなって、子どもの頃は、よく泣きそうになりました。こういう「死ぬのが怖い病」を患っている人は、結構いるようです。落語家の桂枝雀さんも、そうだったと聞きました。「死ぬのが怖い病」は、治しようがありません。死なずにすむことはできませんから。この病のポイントは、死そのものが怖いというよりも、死ぬと考えることが怖いのです。ですから、この病から逃れる方法は、死ぬと考えないことです。しかし、どうしてもすぐに、死を考えてしまう。そうであれば、この病から完全に逃れる方法は一つです。それは、逆説的ですが、死ぬことなのです。実際、そういう理由で自死する人もいるそうです。
わたしの場合、今でも死を考えるととても怖くなりますが、子どもが生まれてから、少しましになりました。自分にかかわる新しい命が続いてゆくと考えることは、大きな慰めになります。また、宇宙のエネルギーの総量が一定だとして、新しい命が生まれるために古い命が消えなければならないのなら、自分の命がなくなるのも意義あることだと、考える様にもなりました。そうした考え方は、『ブンナ』に表されるものに共通しているように思います。

この死生観を土台に、登場するそれぞれの動物たちの、死との向かい合い方の違いをはっきりさせて、どのように生きて死ぬかを観客に考えてもらいたい、そして生きていることのうれしさを歌やダンスにこめるということを、演出のコンセプトにしました。それは第一回も第二回も同じです。





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Last updated  2019.06.17 09:00:10


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