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今月(2016年3月)で週間将棋と有吉AKB共和国が終了する。 将棋は「妖星伝/半村良」を読んで興味を持った、将棋会館や将棋世界等で4回ほど初段を取ったが免状は買っていない、現在の免状申請料は初段32,400円で五段では108,000円。 将棋雑誌は最盛期と比べて「将棋ジャーナル」「近代将棋」「将棋マガジン」が消えている。 「将棋マガジン」は対局写真が美しかった記憶が残っている。 「近代将棋」はプロ棋士の棋譜掲載が高額になって発行者が困っていた記憶がある。 将棋雑誌を購入していた頃は中原誠さんが全盛期、中原vs米長、中原vs加藤、中原vs大山、谷川さんが加藤名人に勝利し名人になった、中原vs加藤や中原vs米長の名人戦は将棋会館や対局している旅館に観戦に行った時期もある。 女性棋士は蛸島彰子・山下カズ子が中心で藤森奈津子(旧姓中瀬)が人気があった、そして林葉直子・中井広恵・清水市代が女流棋界を席巻、現在は女性で奨励会3段も存在する。 羽生善治さんのグループが「チャイルドブランド」と呼ばれ出した頃に将棋に対する興味が無くなっていった。 羽生善治さんが7冠になったときや藤井システムが全盛のときはNHKの将棋番組でさえ観ていなかった、興味がF1に移ったがセナの死によりそれも興味を失った、趣味が結構変わっている(長続きしない)。 週間将棋が休刊になるので3月は購入しようと思っている。 有吉AKB共和国も3月で終わり、残念、AKBグループの勢いが弱まっているの印象はない、高橋みなみの卒業で一区切り着くのだろうか。 AKB48は第十二回研究生(15期生)オーディションが2012年12月から行なわれた、毎年行なわれていたオーディションが現在は止まっている、多すぎるの判断だと思う、新しい血は「AKB48グループ ドラフト会議」が2013年から2回行なわれている。 「チーム8/エケペディア」によると「AKB48 Team8」(各都道府県から1名ずつ選出)は2014年から始まっている、コンセプトは「会いに行くアイドル」でトヨタ自動車が活動全体を全面サポート。 他のチームとは異なっている。 今年も「AKB48選抜総選挙」があるそうで楽しみにしている。
2016.03.27
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君死にたまふことなかれ、すめらみことは戦ひに、おほみずから出でまさね、かたみに人の血を流し、獣の道で死ねよとは、死ぬるを人のほまれとは、おほみこころのふかければ、もとよりいかで思されむ。 (「君死にたまふことなかれ/与謝野晶子」より) 【1945年11月】~15日・02日:御召列車と満員列車、一時間の停電・04日:父や母の話では、ことしの稲のでき具合はいい年の七分できで、青籾が多く、籾にもふくらみがない、・・・、戦争で人手も足りなかったし、満足に肥料の配給もなかったので、田圃がすっかり荒れてしまった結果。「戦争は文明と文化の破壊であり、人類にたいする最悪の犯罪行為である」・06日:内地勤務の復員は十月半ばでほとんど終わったらしい、最近は外地の朝鮮や台湾あたりからもぽつぽつ帰ってくるようになった。陰膳は欠かしたことがなく・・・それを据えてからでないと、自分も箸をつけない、・・・葬式も出していない・07日:疎開者の落ち穂拾い。・09日:新しい天皇の制服(陸海軍の軍服を廃止)、天皇は敗戦の責任をとるだろう・10日:三菱財閥がかつて東条大将に1千万円を寄付が新聞が出ている、「戦争中軍閥と財閥は結託していた」、配給の煙草・13日:東京の食糧事情「先月の十日に配給になった主食といったら米が一人にたったの三キロ、それに玉蜀黍の粉が一キロ、魚はこの煙管ぐらいのあじが一匹、肉がやっと十五匁、調味料だって醤油が一ヶ月に一合五勺、味噌は一人二十匁、あとはふすまとか大豆粕とか、どんぐりだかなんだか得体のしれない粉がときたま配給」、「供出だけは完納してやってくれよ」・15日:京大卒の医学博士の話「敗戦の原因は・・・すべて軍国主義の罪です。・・・日本は民主主義に徹していかなければなりません。日本がこれから平和国家、文化国家として新しく生まれかわれるかは・・・あなた方青年の任務は重大」、こっちが恥ずかしかった・・・戦争中は大政翼賛会の役員なんかして幅をきかせていた。おれたち小学生に「君たちも一日も早く大きくなって皇国の護りについて、天皇陛下の大御心におこたえしなければなりません」「・・・アメリカとイギリスをやっつけなければ・・・」「日本は東亜の盟主」、汚れた手袋を裏返しにはめかえただけ〓勝手に独断と偏見〓 『旧約聖書「レビ記」19章9節から10節に定められた律法に、「穀物を収穫するときは、畑の隅まで刈り尽くしてはならない。収穫後の落ち穂を拾い集めてはならない。…これらは貧しい者や寄留者のために残しておかねばならない。」とある。』 (「落穂拾い/ウィキメディア」より) 「青籾が多く、籾にもふくらみがない」、疎開者は落ち穂を拾う、渡辺清は父母に「供出だけは完納してやってくれよ」。 掌を返したような。 天皇を始め皇族の男子は陸海軍の軍人、天皇は軍服を止めた。 小学生に、天皇の為に米英をやっつけろと言っていた大政翼賛会の役員だった医学博士が戦後は軍国主義の罪を主張し民主主義・平和国家を説く。 10日の「三菱財閥がかつて東条大将に1千万円を寄付したということが新聞が出ている」 「戦中派不戦日記/山田風太郎」の11月12日には 「米軍総司令部は、東条大将が三菱財閥からその邸宅と一千万円の贈与を受けたと公表し、その後郷古潔から左様な事実なしと訂正の申入れを受けた。事実のあいまいなるに拘わらず、がむしゃらに東条を悪漢にしてしまおうとする魂胆はここにも見えいている。」 渡辺清(1925年生まれ)と山田風太郎(1922年生まれ)、渡辺は1941年高等小学校卒業後に海軍に志願して戦争に行ったが山田は終戦時に医学生(徴兵検査は丙種、1944年に22歳で東京医学専門学校に合格)、天皇制に関し山田風太郎は「日本の珠玉」。 三菱財閥と東条英機の関係について、山田の主張がもっともと感じるが、「戦争中軍閥と財閥は結託していた」を完全否定する事はできないと思う。 「東条大将が三菱財閥からその邸宅と一千万円の贈与を受けた」 東条英樹の私邸は「世田谷の用賀」と「下北沢の代沢」にあって、用賀の私邸(及び隣接する東条関係の土地)は現在では「立正佼成会の世田谷教会」のようだ、私邸の一部なのか隣接する公園まで含むのかは調査不足だが可成り広いの印象。 「一千万円の贈与」、現在では3千倍として300億円、ビル・ゲイツの資産が792億ドルなのでありえるのか。 新聞は裏を取らずにGHQ発表を大本営発表のように記事にしたのだろう、日本の報道側も含めて全部東条が悪いの印象操作を行なっているように感じる。
2016.03.13
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2016年3月1日深夜放送の「AKBINGO!」はダンスロワイヤルの後半戦、審査員は前半戦と同様「FISHBOY」「エグスプロージョン」「パパイヤ鈴木」。 「AKB48・NGT48」「NMB48」「AKB48」のダンスが披露された。 「AKB48・NGT48」(藤田奈那・本間日陽)はバレイ風のダンス、藤田奈那がスタイルが良いのと本間日陽の曲線的な表現が美しいぐらいの感想。 「NMB48」(加藤夕夏・石田優美・西村愛華・沖田彩華)は「SKE48」のようなダンス、「SKE48」のように女を感じる部分はなくセクシーレベル、石田安奈/「SKE48」の年齢が19才は他と比較すると驚異。 「AKB48」(田野優花・相笠萌・市川愛美)は自分たちのレベルに合わせた無難な内容のダンスに見えた、余裕があるのか緊張感がないのか、難しさを感じさせない上手さなのだろう。 可能であればダンス内容を入れ替えて演じて欲しかった。 全体を通して、横山結衣/「Team8」のスローな動きの時でも濃密さを感じる密度の高いダンスに心が奪われた(ハハハ)、芸術ぽくないのも良かった。 5回の審査は結果的にVS「Team8」となった、「FISHBOY」は全て「Team8」勝ち。 しかし、「エグスプロージョン」は「NMB48」勝ちがあり、「パパイヤ鈴木」は「AKB48・NGT48」勝ちがある。 故に、夫々の審査員が選んだベストダンスは異なる、演出は必要か。 「Team8」(横山結衣・本田仁美・中野郁海)がダンスロワイヤルの勝者。 後半のチームは動作を置きに行っている感があった、またスピード感が少なく感じた。 横山結衣以外のダンスで好きなのは「SKE48」の山内鈴蘭だったが厳しい結果となった。 中野郁海以外の「Team8」のメンバー横山結衣・本田仁美は後半戦の放送には出演していない、中野郁海が代表として答えていたが横山結衣のコメントを聞きたかった。 運営側の期待に応えるのは大変なのだろう、だが山内鈴蘭にイラっとする感覚と似たような感覚を中野郁海に持ってしまう。 お互い他のダンスを事前に観ていたのだろうか。 他の状況下における横山結衣と山内鈴蘭と石田安奈の本気ダンスを観てみたい。
2016.03.04
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2016年2月23日放送の「AKBINGO!」はダンスロワイヤル前半戦。 審査員は「FISHBOY」「エグスプロージョン」「パパイヤ鈴木」、 戦うのは「HKT48」「Team8」「SKE48」「AKB48・NGT48」「NMB48」「AKB48」の6チーム、「Team8」の分類は特殊。。 「Team8」が「HKT48」と「SKE48」に勝利、来週は後半戦。 「Team8」のダンスは何度も観たくなる、「HKT48」と「SKE48」は好きじゃない部分がある。 「HKT48」(熊沢世莉奈・松岡はな)は熊沢世莉奈が目を伏せている状態が目立つのはチームが2人の為かもしれない、そうゆうものなのか、可能なら顔を上げるのがメインのダンスを見たかった。 「SKE48」(斉藤真木子・石田安奈・竹内舞・山内鈴蘭)では、ダンス前から山内鈴蘭の様子が変でダンス途中ではミスの傷を広げるようにキョロキョロ、うろ覚えの部分が散在しているように見えた。 負けが決定すると山内鈴蘭は涙声で何かを言おうとしたが、一緒に踊った竹内舞が「もう泣かなくていいよ」。 練習に参加する時間が他のメンバーより短かったのか。 山内鈴蘭のカルメのダンスは良かったと思う、結果的にマイナスイメージを背負うことになったが、他のメンバーが完璧だったとは思えない。 出だしは大人のダンス(他のチームと比べて)で良かったのに途中からワザとなのかシンクロ感が弱まった、「SKE48」は練習時間の割には内容を詰め込みすぎたのだろうか。 番組は楽しく見れた、いまいちはバラエティ的な対処や涙に逃げた場面、大変なのだろうがガチをつらぬいたほうが気持ちが良い。 後3チームのダンスが残っている、このまま「Team8」(横山結衣(15歳)・本田仁美(14歳)・中野郁海(15歳))が勝利するのだろうか、横山結衣(総監督の横山由衣とは別人)の存在感は強烈、ダンス内での世界が私には理解できないレベル、他のダンサーもそうで、勝手なことを投稿しているだけ。 来週、メンバー同士が競っているチームが出てくるとキビシイのか。 「HKT48」の熊沢世莉奈はチャンスをものできなかったのは残念、松岡はなは加藤綾子風の美人になるような感じ。
2016.02.26
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国民を直接・間接にマインドコントロールしていたのは指導層・マスメディア・論壇そして教師 「何事も天皇のためだという教師の教えをまっ正直に信じていて、それを疑ってみるだけの知恵もまだなかった」 マインドコントロールの核となるのが天皇の存在。 1941年に海軍に志願した少年兵の渡辺清は宮城を遥拝し謹んで天皇に言上した 「私は愈々明日帝国海軍の一員として皇国の海の護りに就きます。この上は粉骨砕身軍務に精励し、以て醜の御楯として本分を全うする心算であります。もとより私の体は天皇陛下よりお借りしたもの、いつの日か戦場にて必ずお返し申し上げます」 【1945年10月】・10月01日:「現人神」ではなくなった昭和天皇・10月03日:昭和天皇の意志による日米開戦・10月07日:新聞とラジオの豹変・10月11日:連合艦隊の解隊、一億総懺悔・10月14日:天皇は政治的にロボット?、停戦の決断も?、「かつての忠誠勇武なる水兵さんも変わったものね」・10月17日:村祭り、戦場からの母への手紙に出てくる「天皇陛下の御為」、天皇に戦場で命を賭けていた、<<戦時中なら死刑になりかねない言葉が続く>>・10月19日:稲刈り、自決に関して宇垣中将・東条大将など、第一次戦争犯罪人・10月21日:トルーマン発言、「天皇制の運命、選挙に問うのも一案」、「天子さんにむかってそんな罰あたりなこと言うもんじゃにゃあよ」、昭和天皇のマッカーサー訪問の意味の推測・10月22日:庭の菊が咲き始めた、マッカーサーの天下、「バスに乗りおくれるな」の標語、あと一月ちょっと満20歳、男女同権と参政権・10月24日:武蔵が撃沈された日、同年兵は一人残らず死んでしまった・10月25日:「歌御会」の題が「松上雪」、海戦の夢・10月26日:天皇責任と近衛公爵、金さんはこの暮れに朝鮮に帰る。・10月31日:遺骨の帰還、役所の前で出迎えている人が少ない受け容れ儀式もなし、マッカーサー司令部から遺骨迎えは内輪との指令、自分が先頭にたって旗をふって万歳万歳と見送っておいて敗けたとわかると「校長の野郎、ふるえあがっちゃって今日も知らん顔」〓勝手に独断と偏見〓 「バスに乗りおくれるな」とフランスに勝利したドイツに乗りおくれずに三国同盟締結、が対米戦前に主張されていた。・「昭和の戦争報道(40) 日独伊三国同盟と新聞メディア/前坂俊之」によると 『東京朝日』(十一月二十六日)の朝刊は「日独防共協定調印さる」「東西相呼応して赤化の脅威に対抗」「不動の国体擁護」と一面つぶして報道した。 『東京日日』(同日)朝刊の見出しも「日独防共協定成立す」「世界平和脅威の抑へ、画期的の我外交協定」「特定国を目標とせず、背後に特殊協定なし」と報じた。 戦後はマッカーサー・戦勝国のバスに乗りおくれるなの状況が発生している。 昭和天皇のマッカーサー訪問の衝撃。 9月30日「おれにとっての”天皇陛下”はこの日に死んだ。そうとでも思わないことにはこの衝撃はおさまらぬ」 10月1日「おれのこれまでの天皇にたいする限りなき信仰と敬愛の念は、あの一葉の写真によって完全にくつがえされてしまった。」 新聞とラジオは「聖戦完遂」「一億火の玉」「神州不滅」と公言していたが降伏後は、 「戦争ははじめから軍閥と財閥と官僚がぐるになって仕組んだものであり、聖戦どころか正義にもとる侵略戦争であった」と盛んに主張している、「新聞で本当なのは死亡広告だけ」。 宣戦の詔書「朕か陸海軍将兵は全力を奮て交戦に従事せよ」。 すべてを天皇のために、すべてを天皇の統治したもう祖国のために。 戦中・戦前に於いて渡辺清と同じ感覚を共有していた大日本帝国の国民は多数存在したと思う、昭和天皇もその一人ではなかったのか。 靖国神社や伊勢神宮への参拝と行幸と親拝、立場によって異なる、奉られている神との上下関係より異なる、死ねば神になるといっても神にも上下がある。 人は天皇のために戦って死ねば靖国神社の神になる、しかし「遺骨の帰還」に対して 『自分が先頭にたって旗をふって万歳万歳と見送っておいて敗けたとわかると「校長の野郎、ふるえあがっちゃって今日も知らん顔」』
2016.02.21
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一億総懺悔を首相である東久邇宮稔彦王(陸軍大将)が1945年8月17日の記者会見で主張、また9月5日の施政方針演説でも主張。 「前線も銃後も、軍も官も民も総て、国民悉く静かに反省する所がなければなりませぬ、我々は今こそ総懺悔し、神の御前に一切の邪心を洗い浄め、過去を以て将来の誡めとなし、心を新たにして、戦いの日にも増したる挙国一家、相援け相携えて各々其の本分に最善を竭し、来るべき苦難の途を踏み越えて、帝国将来の進運を開くべきであります」 反省者に天皇・皇族が含まれていない、文中の「神」は天皇の意か。 日本国民は戦時中に責任を取っている、責任を取らないといけないのは指導層たち及び其の周辺である。 【1945年9月】-2・09月02日:「天皇陛下が処刑されるかもしれない」、天皇の責任の取り方・09月04日:8月15日から戦闘停止だったがミズーリ号で降伏調印式が行なわれた、国敗れて山河あり・09月05日:復員して7日目だが一歩も外に出ていない、村には戦死者が多い復員後の挨拶回りに躊躇・09月07日:新聞発表で陸海軍関係の戦死傷者数は8月現在で約15万7千人、死におくれた無念さが胸を打ってあるれた、大本営は「皇土には敵の一指も触れさせぬ」と言っていた・09月10日:世話になった人、帰ってこない人・09月13日:東条英機大将が自殺未遂、東条が公布した「戦陣訓」の「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪科の汚名を残すこと勿れ」、復員船の乗務員としての誘いを断る・09月18日:人前で戦場の話だけはしたくない、言葉ではとても説明しきれるものではない・09月24日:畑仕事、戦場の情景、東条大将は生命をとりとめ新聞に「一発で死にたかった。時間を要したことを遺憾に思う。(略)陛下の御多幸を行く末までお守りしてどこまでも国家の健全な発達を遂げることが出来れば幸いである。責任者としてとるべきことは多々あると思うが、勝者の裁判にかかりたくない」・09月26日:同級生の復員兵、同級生で戦死したのは6人、徴兵年齢の引き下げでの戦地での戦死・09月27日:復員前の物資のぶんどり、全員ではないが士官・下士官・兵が行なった士官の方が大掛かりで巧妙だった・09月30日:天皇はマッカーサーを訪問、新聞に写真が大きく出る〓勝手に独断と偏見〓 戦中・戦前に於ける日本人の意識の一つ「神聖にして侵すべからず」なる天皇を頂点とした美意識・選民思想が敗戦により崩れつつある。 敗戦国の元首と国民の身の処し方が戦前・戦中の美意識とは異なる場合が表面化する、刑法から「皇室に対する罪」が削除されるのは1947年10月、治安維持法は1945年10月4日にGHQが廃止を要求したが東久邇宮稔彦王内閣は拒絶し幣原喜重郎内閣により廃止された。 所謂「人間宣言」は1946年1月1日の詔書だが敗戦及び昭和天皇のマッカーサー訪問(訪問は1945年9月27日、会見写真は29日付の新聞に掲載)等により天皇=現人神の構図は崩れたと感じられる。 阿南惟幾大将のように責任を果たして一人で亡くなった人もいると思えば、身柄を拘束されそうになって死んだ者、死ななくていい部下を引き連れて死んだ者、連合国に殺された者。 哲学者の三木清は治安維持法で拘留され1945年9月26日に48歳で豊多摩刑務所にて亡くなっている。 東条英機は身柄を拘束されそうになっての自殺未遂、東条が国民に主張していた美意識と正反対の行動だった。 対米戦を行なわなければ日本人が日本人でなくなってしまうの美意識が戦争を始めた理由の一つではないのか。 東条英機の自殺未遂と「戦陣訓」との差は日本国民にはきつかったと思う、指導層及び其の周辺は自らの責任を東条に押し付けるのをやりやすくなったのではないか。 「砕かれた神」の9月13日では、東条の自殺未遂は「恥」として捉えられている。 「軍人の最高位をきわめた陸軍大将が、商売道具のピストルを射ちそこなって、敵の縄目にかかる。これではもう喜劇にもなるまい。 東条はこの失態によって、彼自身の恥だけでなく、日本人全体の恥を内外にさらしたようなものだ。おれは東条大将だけは連合軍から戦犯に指名される前に潔く自決してほしかった。あの阿南陸相のように責任者なら責任者らしく、それにふさわしい最後を遂げてほしかったと思う。」 極東国際軍事裁判より殺された者には冤罪による判決があると思う、また死刑廃止論者は東条などに死刑が執行されたことに対して憤りを覚えていると思うがどうだろう。
2016.02.07
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【1945年9月】 大日本帝国の戦闘は8月15日に完全終了ではない、以下は昭和天皇の命令(奉勅、勅諭)の一部。・大海令第四十七号/昭和二十年八月十五日(抜粋) 何分の令ある迄対米英蘇支積極進攻作戦は之を見合はすべし──・大海令第五十号/昭和二十年八月十九日(抜粋) 一、大海令第四十九号に於ける一切の戦闘行為を停止すべき時機を海軍総司令長官指揮下部隊に在りては昭和二十年八月二十二日零時とす、但し支那方面艦隊に関しては追て定む──・勅諭/昭和二十年八月二十五日 朕帝国陸海軍を復員するに方り朕か股肱たる陸海軍に告く 朕深く時運に稽へ干戈をおさめ兵備を撤せむとす 皇祖考の遺訓を念ひ汝等軍人多年の忠誠を顧れは切切として胸次を刺す特に戦に殪れ病に死したる幾多の将兵に対しては□(りっしんべんに中)怛に勝へす 茲に兵を解くに方り一糸紊れさる統制の下整斉迅速なる復員を実施し以て皇国有終の美を済すは朕の深く庶幾する所なり 汝等軍人其れ克く朕か意を体し忠良なる臣民として各民業に就き艱苦に耐へ荊棘を拓き以て戦後復興に力を到さむことを期せよ── 小野田寛郎少尉の戦いは1974年(昭和49年)まで続いている。 任解除の根拠となった命令には「尚武作命甲第2003号」もあり戦闘停止は「昭和二十年八月二十五日」となっているようだ。 8月15日夕刻、駆逐艦早波の艦長が「天皇陛下におかせられては、ポツダム宣言受諾の御聖断をくだされ、本日正午ラジオを通じて降伏詔書を煥発せられた」(1945年9月4日の記述) 20歳の渡辺清は1945年8月末に復員(海軍生活は4年半)、実家は農家で両親は健在、しかし彼の村の戦死者は非常に多く帰郷の挨拶をして回るのに躊躇、渡辺は生きている事に罪悪感がある。 当時は就業者の半数ぐらいが第一次産業に従事していたよう、復員者の半数近くは渡辺清のような状況下だったと推察する。 都市生活は一部の者以外は困難な時代、色々な意味合いのヒエラルキー逆転が起こっていたと想像する。 「9月02日」は「天皇陛下が処刑されるかもしれない」、 「9月04日」は「降伏調印式」、 「9月30日」は「昭和天皇のマッカーサー訪問」 渡辺は戦地から農村、仲間を殺した米英に敗北し日本は占領されている、順応に困難な状態。〓勝手に独断と偏見〓 米英に敗北した大日本帝国、「天皇陛下が処刑されるかもしれない」なる危機感は日本人の多くが持っていたと思う、日本国民の多くは天皇制を支持していたと思う。 9月27日に昭和天皇はマッカーサーを訪問、二人の写真が新聞に掲載された、新聞社は掲載しようとし大日本帝国政府は反対、結局はGHQの意向により掲載されたと認識している。 「9月30日」には写真の感想として、(日記は若干のタイムラグがある。) 「モーニング姿の天皇は石のように固くしゃちこばっているのに、マッカーサーのほうはふだん着の開襟シャツで、天皇などまるで眼中にないといったふうに、ゆったりと両手を腰にあてがっている。足をいくらか開きかげんにして「どうだ」といわんばかりに傲岸不遜にかまえている。天皇はさしずめ横柄でのっぽな主人にかしずく、鈍重なで小心な従者といった感じである。」 自分の子供達(天皇の赤子)を殺した親玉にどう対応するのかの視点が存在する。 昭和天皇の初訪問では写真のインパクトが強い。 「おれは降伏詔書を発布された直後に天皇陛下は自決するのではないかと思った。敗北の責任をとる手段といえば、さしずめそれ以外にない。開戦の責任者である以上、そうするのがむしろ当然だと考えたのである。 ・・・ 天皇陛下は、御親率の陸海軍人がほぼ復員を完了し、人心が平時に復したときか、さもなければ連合国が軍事裁判を開く前あたりをその時期とみて、あるいは御退位するおつもりかもしれない。」 「戦争は天皇陛下の御命令で開始され、惨憺たる敗北を喫したあげく、最後も天皇陛下の御命令で終止符がうたれた。そして、その間たいへんな犠牲者を出したのだ。天皇の名によっておびただしい人命が失われたのだ。畏れおおいことだが、この責任は誰よりもまず元首としての天皇陛下が負わなければならない。」 戦後の日本に於ける加害者意識と被害者意識、自分だけが生きて帰って申し訳ないは加害者意識が強いと思う、新聞による天皇に対する一億総懺悔は国民が加害者が強調され加害者の加害者感は緩和されている。 昭和天皇は加害者・被害者どちらを表明するのか、渡辺の生き方にとっても重要な事。
2016.01.24
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「砕かれた神―ある復員兵の手記―/渡辺清」は岩波現代文庫・評論社・朝日選書で出版されている。 日記形式で1945年9月2日~1946年4月20日が記されている。 「砕かれた神/渡辺清」記載の経歴によると 渡辺清は1925年静岡県生まれ。1941年高小卒後海軍に志願(5月1日)。1942年戦艦武蔵に乗り組む。・・・1945年復員(8月30日)。・・・1981年7月23日死去。 16歳の年に海軍に志願し翌年には武蔵に乗っている、天皇の為に米英と戦いたいとの考えての行動、軍人勅諭の精神を体し、忠実に大日本帝国兵士の本分を全う。 しかし敗戦の翌年1946年4月20日の記述では戦後の天皇の言動に、「アナタの何もかもが信じられなくなりました。・・・服役中アナタから受けた金品をお返ししたいと思います」 天皇の意志の表明としての詔書、開戦・終戦の詔書。 対米・英戦に対する宣戦と終結の詔書・米國及英國に對する宣戰の詔書(抜粋) 朕茲に米國及英國に對して戰を宣す朕か陸海將兵は全力を奮て交戰に從事し朕か百僚有司は勵精職務を奉行し朕か衆庶は各々其の本分を盡し億兆一心國家の總力を擧けて征戰の目的を逹成するに遺算なからむことを期せよ ・・・ 皇祖皇宗の神靈上に在り朕は汝有衆の忠誠勇武に信倚し祖宗の遺業を恢弘し速に禍根を芟除して東亞永遠の平和を確立し以て帝國の光榮を保全せむことを期す──ウィキソースより・大東亞戰爭終結の詔書(抜粋) 朕は帝國政府をして米英支蘇四國に對し其の共同宣言を受諾する旨通告せしめたり ・・・ 朕は茲に國體を護持し得て忠良なる爾臣民の赤誠に信倚し常に爾臣民と共に在り若し夫れ情の激する所濫に事端を滋くし或は同胞排擠互に時局を亂り爲に大道を誤り信義を世界に失ふか如きは朕最も之を戒む宜しく擧國一家子孫相傳へ確く神州の不滅を信し任重くして道遠きを念ひ總力を將來の建設に傾け道義を篤くし志操を鞏くし誓て國體の精華を發揚し世界の進運に後れさらむことを期すへし爾臣民其れ克く朕か意を體せよ──ウィキソースより〓勝手に独断と偏見〓 渡辺清は大日本帝国の統治者ある昭和天皇が現人神であることを信じ続けていたかったと思う。 また、渡辺清は戦争に生き残った事に関して亡くなった人々に対し罪悪感を感じている。 このような感情は誰しも持っていたのではないかと思う、人に責任を押し付けられない人は特に罪悪感が強く残ったのではないか、表舞台から去った人もいる。 また、一人で自殺した人や部下を引き連れて死んだ人。 昭和天皇は科学者の一面もあり進化論を信じていただろうし、自分が現人神では無い事も判っていたはず、自分の先祖が神でない事を認めていたかは知らない。 天皇制の存続の為には必要と考えていたのかもしれない。・終戦後の占領下での「昭和二十一年一月一日詔書」では(抜粋) 朕と爾等國民との間の紐帶は、終始相互の信頼と敬愛とに依りて結ばれ、單なる神話と傳説とに依りて生ぜるものに非ず。天皇を以て現御神とし、且日本國民を以て他の民族に優越せる民族にして、延て世界を支配すべき運命を有すとの架空なる觀念に基くものにも非ず。──ウィキソースより 詔書で戦中・戦前の天皇や選民思想を全否定、これを信じて(建前であっても)亡くなった人々に対して天皇や皇族達は大日本帝国国民にどのように懺悔したのか。 もし昭和天皇が、対米英開戦に反対することが正しいの認識であれば、靖国神社に祭られるのは戦争に反対し殺された人々だろう。 必ずしも、共産主義者を肯定しているのではない。 チャーチルが著書「第二次世界大戦3」p12にて共産主義者が『「資本主義的、帝国主義的戦争」を非難していたのが「今こそ第二戦線を」のスローガンを書きなぐり始めた。』、ソ連はドイツよりだったが独ソ戦が始まった為。 ソ連以外の共産主義者はイデオロギー優先の感がある、米国の核兵器は悪い核兵器だがソ連・中国の核兵器はそうでもないの感覚か。 「産経ニュース」によると、日本共産党の志位和夫委員長は2015年11月7日に核・ミサイル開発を進める北朝鮮と南シナ海で軍事的挑発を続ける中国について 「北朝鮮、中国にリアルの危険があるのではなく、実際の危険は中東・アフリカにまで自衛隊が出て行き一緒に戦争をやることだ」 と述べている。 国民の判断がイデオロギーや宗教やエリート主義に偏るのはよくない。
2016.01.10
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「Ex Machina」はアレックス・ガーランドの監督・脚本により2015年に英国で製作された SF スリラー映画である。本作はアレックス・ガーランドの監督デビュー作である。 (エクス・マキナ/ウィキペディアより) 「APPLESEED SAGA EX MACHINA/監督:荒牧伸志」ではない。 ヘリコプターでの会話「別荘には いつ着くんだ?」「2時間前から別荘の上空だよ」、もちろんホバリング状態ではない。 時速100kmで2時間だと200km、地形が氷河・川・森林と変化しているので高度を上げる時間も考慮する必要があるが東京大阪間が約500kmなので私には理解しがたい世界の話。 国立公園一帯が自分の所有地であるかのような生活環境に住むブルーブック社の社長ネイサンは高度な人工知能を有したアンドロイドの研究を行なっている、ソフト・ハードに於いて人間としてスムーズに動くアンドロイドが完成されようとしている、アンドロイドは女性型でセクサロイド(■行為が可能で■的な刺激に反応する)でもある。 主たる登場人物(?)はブルーブック社のプログラマーであるケイレブと社長のネイサン、そしてエイヴァとハウスメイドのキョウコの4人(?)。 アンドロイドであるエイヴァの形状は若い女性、ただ顔以外は金属と透明な物質で見た目で人間ではない事が認識できる。 人工皮膚やウィッグで覆うことでより見た目を人間に近づけることが可能、服を着るだけでも改善される。 ネイサンは人工知能とアンドロイドの体の改良に取り組んでいる、ケイレブはエイヴァの完成度を測る為に連れてこられた。 エイヴァにとっては危機が訪れている、人工知能の改善は初期化を伴い初期化はエイヴァにとって死を意味する。 エイヴァは創造主であるネイサンを憎み生き延びる術を考える。 ケイレブはネイサンとエイヴァに利用されている、だが道化を演じるだけではない。 日本では公開されていない、レンタルも見つけられずメディア購入で観るしかなかった。 1982年公開のブレードランナーはレプリカント(人造人間)との関係が描かれていた、見直してみたい。 現在、クローン人間は存在するのだろうか、また人間を超える人造人間或いはアンドロイドは存在するのだろうか。
2015.12.27
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外付けハードディスクを購入、無線LAN親機(Wi-Fiルーター)にUSB3.0で接続しNAS(ネットワークアタッチトストレージ :Network Attached Storage)で複数のPC等でデータを共有・保存用に使うのが目的、サーバ用のPCを稼働させる必要ないのがいい。 メディアサーバとしての機能も試してみた(グラフィクボードがないLinuxPCのよう)。 まずは無線LAN親機の機能により外付けハードディスク(3TB)をXFSでフォーマット、フォーマットの進行状況が見えなくて不安、ネットでは一日以上掛かったの情報もあった、結局6時間弱必要だった。 NTFSだったフォーマットをXFSにしたのはNASに於ける選択がXFSとFAT32しかなかったのとFAT32よりNASとしての制限が少ない為。 NASとしては、Windows8.1・Windows7・Linuxで使うことができ、また使用制限の為のユーザ・パスワードが登録できた。 使用制限はパーティション毎の設定のようでパーティションを一つにした為に使用制限の振り分けが出来なかった。 複数パーティションではNASが不安定になりそうだったのと、フォーマットをし直すと6時間があり断念。 有線LANと無線LAN(11ac:多分)のNASへのアクセススピードは4:1ぐらいで以外だった。 またPCでのネット接続の際、5GHzではなく2.4GHzで繋がってしまう時があるが、新しいWebぺージを開く時に可成りの速度の違いが体感できる。 無線LAN親機によるメディアサーバに関して、 今まではPCでメディアサーバを立ち上げてPS4等をクライアントにしてテレビに映すを行っていた、PCを起動しなくても無線LAN親機にUSB接続しているハードディスクを管理してくれるのは便利、ただNAS設定の際のパーティションに関する使用制限は何の意味もない。 PCのメディアサーバと無線LAN親機によるメディアサーバでは動作に異なるところがある、無線LAN親機では映像として見れないファイルがあったり、フォルダー移動に時間が掛かったりクライアント側がハングアップする場合もある。 また排他処理等がどの程度行われるのか怖くて試す気になれない、勉強不足も含めて制限付きの運用になりそう。
2015.12.13
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閑話休題 ポピュリズム(大衆主義)や平等主義を否定したエリート主義だった日本、日本国民はエリートに傅く奴隷のように感じた者もいただろう、一方的に大日本帝国が悪であると主張する者もいただろう。 しかし、米国・英国・仏国・ソ連・中国の人権に対する姿勢や他国に対する対応と大きな差はあったのだろうか。 大日本帝国のみが加害者とは思えない、基本はパワーバランスで成り立っているように思う。 大日本帝国が敗北し、米国によるマインドコントロールが始まる。 意識改革としては人権と国民主権が大きいと思う、人間は平等であり特権階級の廃止、国民の為に天皇・官僚・政治家・マスメディアは存在する。 ヒエラルキーを正常な状態する意識改革が必要になる、男女は平等であり長男に優位性はなく権利も責任も平等。 対米開戦に反対だったと言い出す人間、天皇の為に戦争で亡くなった人たちは靖国神社に奉られる。 天皇が戦争に反対だったのであれば、戦争に反対して亡くなった人たちは靖国神社に奉られ、戦争に賛同した者達は奉られない事になる。 共産主義者や国家神道に反対し殺されたり獄中死した者は靖国神社に奉られた者は多かったのだろうか。 東條英機の内閣で対米戦が始まり、対中戦が本格化したのは近衛文麿内閣のとき、参謀本部や軍令部は軍を動かせても予算は動かせない。 マスメディア・言論は国民を向いて情報を発信していたのか、北朝鮮のメディアが戦意時中の日本と言われる事があるが戦時中のマスメディアのようなものが正しいのではないか。 ポピュリズムを大衆迎合の意で使用し、大衆迎合の政治を否定する者も存在する、大衆迎合の反対語はエリート主義ではないが、国民の声を封印するような閉塞を感じる。 マスメディアは国民と権力者(エリート層)の接点のように思う、しかしTPOによって立ち位置を変えている。 生きていく事が重要は納得できるが、より大きな豊かさを求められると天下りと同じではないかになってしまう。 国家存続の危機と憲法を守るのどちらが重要かと問われると危機を乗り切る事が重要だが、政治家を信じるのは長期は怖い、国民が憲法で制御できない権力や自分達の利益を優先する団体は危険だ。
2015.11.29
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Android端末のソフト開発キッド『Moplus』で作成されたソフトをインストールするとバックドア(無許可の入口)もインストールされる。◇中国百度のソフト開発キットにバックドア _ ニュース _ トレンドマイクロ is702 2015/11/10 トレンドマイクロは11月6日、公式ブログで「脆弱性を抱えるソフトウェア開発キット『Moplus』、実はバックドア機能の実装が判明」と題する記事を公開しました。 それによると、中国の「百度(Baidu)」が提供しているソフトウェア開発キット(SDK)「Moplus」に、バックドア機能(ユーザに知られずパソコンに侵入する機能)が搭載されていることが発見されたとのことです。 トレンドマイクロによれば、Moplus SDKが組み込まれたアプリは、14,112個。そのうち4,014個がBaiduの公式アプリとのことです。これらのアプリを使っている端末は、最新のAndroid 6.0であっても、攻撃を受ける可能性があります。 当初「Moplus」は、深刻な脆弱性を抱えていることで問題視されていましたが、今回トレンドマイクロは、「Moplus」自体がバックドア機能を抱えていることを新たに発見。ユーザ権限なしに、「フィッシングサイトへの誘導」「任意の連絡先の追加」「偽のショート・メッセージ・サービス(SMS)送信」「リモートサーバへのローカルファイルのアップロード」「アプリをAndroid端末にインストール」を実行する恐れがあります。 Moplus SDKは非常に多くのAndroidアプリに取り入れられているため、1億人のAndroidユーザが影響を受けるとみられています。また、不正プログラム「ANDROIDOS_WORMHOLE.HRXA」などが、すでにMoplus SDKを利用していることも分かっています。── 「トレンドマイクロ(TREND MOCRO) セキュリティブログ」では以下の記事も投稿されている。 「脆弱性を抱えるソフトウェア開発キット「Moplus」、実はバックドア機能の実装が判明」 投稿日:2015年11月6日 「不具合を抱えるMoplus SDK、 Baidu 以外のアプリにも影響」 投稿日:2015年11月11日〓勝手に独断と偏見〓 Android端末の一部に中国百度によってバックドアが作られた、サイバーテロの前準備か、サイバーテロに国家・団体がどの程度係わっているのかは慰安婦問題と似たような感がある。 一方がバックドアを利用し、他方が混乱する情報を読み取らせ、両勢力がバックドアを必要としなくなった為に終息したのか。◇CNN.co.jp _ 米中首脳会談、サイバー攻撃問題などで合意 溝も(抜粋) 2015.09.26 Sat posted at 13:27 JST オバマ大統領は、サイバー攻撃による企業秘密などの窃取を行わないことで双方が合意したと発表する一方、こうした行為に加わったことが発覚した中国企業などに対しては、依然として制裁を科す準備があると警告。「サイバー攻撃をやめなければならないと述べた。習主席に伝え、米国民にも言いたいのは、言葉だけでなく行動が伴うかが目下の問題だということだ」と述べ、今後の進展を注視する意向を示した。── 朝日新聞デジタルでは「中国、首脳会談後もサイバー攻撃 米7社が被害」・中国人民解放軍陸水信号部隊によるサイバー攻撃 中国人民解放軍の海南島基地の陸水信号部隊が、米国や日本の省庁などへ不正にアクセスしていることが判明している。2010年7月6日に、米国の調査機関メディアス・リサーチは、「中国・サイバー・スパイと米国の国家安全保障」を発表、同報告書のなかで、2009年から2010年にかけて米国の政府・軍機関や民間企業に対して頻発したサイバー攻撃の発信源は中国人民解放軍海南島基地の陸水信号部隊(隊員数は約1100人)であるとした。─「サイバーテロ/ウィキペディア」よりの抜粋 国家機密、企業の秘密情報、個人のプライバシーが危険に晒され現時点に於いても重要な情報が盗まれているかもしれない。 Android端末への不正アクセス調査は、この機能を付け加えた「中国百度」に行われると早いと思う。 米国大統領は 「こうした行為に加わったことが発覚した中国企業などに対しては、依然として制裁を科す準備があると警告」 「言葉だけでなく行動が伴うかが目下の問題だということだ」。
2015.11.14
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呂不韋は秦王家の内乱を利用して呂不韋自身が国王になる事を目指す、キングダムの出だしでは王弟の反乱が利用される、今回は王母による反乱、反乱に対する呂不韋の関与は間接的で呂不韋の罪状は王母との不義関連になるかもしれない。 秦王政と其の父の荘襄王は呂不韋により秦王であることができた、呂不韋は秦王政の恩人である、また呂不韋四柱である蔡沢・昌平君・蒙武・李斯は呂不韋の失脚後も活躍するとなると秦王政が偉いのか呂不韋の人材発掘能力が素晴らしいのか。 呂不韋が秦国を運営し築いたものを秦王政が受け継いだのであって両雄並び立たずだったのかもしれない。 国家運営の方針の違いについて乱暴な解釈だが、 人の本質について秦王政は性善説を呂不韋は性悪説を主張する、中華の統一に関して政は武力で呂は経済、呂が戦争は無くならないと主張するに対し政は統一後は戦争の無い平等の世の中になるを主張する。 キングダムでは政は武力で呂に勝利する、呂の処遇は決まっていないので波乱があるかは判らない。 人の欲望を重要視しない平等は破綻すると思う、パワーバランスの世界に経済による統合を目指す自由主義か世界的な武力闘争による共産革命かの選択の主張のようにも思える。 キングダムは『週刊ヤングジャンプ』で連載されている、興味深い場面として「第450話 野盗の意地」(2015.11.5 no.47/10月22日発売) 「絶体絶命」「完全包囲」に於いて殿(しんがり)を置かず全員が脱兎の如く我先にその場から逃げさるに関して桓騎は、 「何だかんだで あの逃げ方が一番多く助かるんだよなァ」 の感想。 殿(しんがり)の存在は少しでも被害を少なくする為ではなく守るべき者(或は者達)が存在する場合に置くものであり、その場に於ける命の平等を前提にすると我先に逃げるが良いの主張に思える。 第40巻で主張された「戦争を無くす為に武力で中華を一つにする」、どのように描かれていくのか、出来れば秦王政を善人ではなく善悪両面を持つ者(目的の為に悪も必要だったではなく)として描いて欲しい。 話はかわるが、ちょっと気になった所 第40巻で昌平君を評する貝億の言葉 「誇張して言うなら 武力は蒙武 そして誇張なしに頭脳は李牧級。 ゾッとするであろう あの御方(昌平君)が『秦』ではなく生国の『楚』で立っていたとしたら」 第39巻では呂不韋が「貴公(昌平君)は本来人の下につくような人物ではない」 キングダムに於ける七国統一の終盤に関係する言葉、原泰久氏は巻を跨いで関係する事を散りばめているのかもしれない。 例えば、王騎のエピソードで・第7巻:【ひょう公】と王騎の会話 【ひょう公】- 王騎 亜水まで来い酒を飲むぞ 王騎- 残念ですが 用事がありますので 私はこれで 【ひょう公】- 王騎 酒じゃア 王騎- ココココ・第19巻:廉頗が亡くなった王騎との過去の会話を思い出す 廉頗- さァ上がれ出陣前並に酒を用意した 十日やそこらでは返さぬぞワハハハ 王騎- ココココありがたく すでに二日酔いですが「ひょう公」さんのせいで 王騎の「用事があります」は【ひょう公】の酒の誘いを断る為ではなく廉頗を訪問する予定があった事が解る。
2015.10.31
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敗戦後の日本で占領軍は間接統治を行なう、大日本帝国憲法の改正も天皇が勅命で議案を帝国議会に審議を命じている。 連合国最高司令官が大日本帝国政府への要求はポツダム宣言受諾による、国内に於ける法的根拠は「昭和20年勅令第542号」による、この時点で大日本帝国憲法は最高法規でなくなり、天皇は統治者ではなくなっていると思う。◇「ポツダム」宣言の受諾に伴ひ發する命令に關する件 (ウィキソースよりの抜粋 昭和20年勅令第542号 公布: 昭和20年9月20日 施行: 昭和20年9月20日 → 附則 貴族院承諾: 昭和20年12月8日 衆議院承諾: 昭和20年12月18日 朕茲に緊急の必要ありと認め樞密顧問の諮詢を經て帝國憲法第八條第一項に依り「ポツダム」宣言の受諾に伴ひ發する命令に關する件を裁可し之を公布せしむ 御名御璽 昭和二十年九月二十日 勅令第五百四十二號 政府は「ポツダム宣言」の受諾に伴ひ聯合國最高司令官の爲す要求に係る事項を實施する爲特に必要ある場合に於ては命令を以て所要の定を爲し及必要なる罰則を設くることを得 附則 本令は公布の日より之を施行す──〓勝手に独断と偏見〓 敗戦後の占領下に於いてヒエラルキーの逆転が部分的に行なわれている。 GHQは全てを決定できるわけではなく、米国や連合国の意向も尊重しなければならない。 平等と基本的人権が重要視する日本国の再構築が行なわれる。 もしマスメディアが報道の自由が戦時中に於いて著しく阻害されていたと主張するなら、マスメディアが権力や圧力に屈するのは当然が前提となる。 戦後の権力はGHQへと移行する、新聞を購読するのは大多数が国民であるため権力にするよるだけでは上手く行かない、国民が不完全な情報で賢明な判断をする事が重要。 特権階級はGHQやマッカーサーの意向だけへの工作では十分ではない、戦前・戦中の天皇ほどマッカーサーはオールマイティイではない連合国の意向も尊重しなければならない、天皇制の存続と極東国際軍事裁判に向かっての工作は重要である。 占領下のマスメディアに関して、マッカーサーと昭和天皇の並立写真を新聞掲載、読売新聞の労働争議、「閉ざされた言語空間/江藤淳」等をベースに調べればと思う。 戦争中に指導部が国民に知らせなかった不都合な真実をGHQが公表、「真相箱」は其の一つと思う、戦時中は何処の国も国民に不都合な真実を知らせているとは思わない、有色人種に関しての差別は存在する。 当時の日本は国民主権ではなく米国から見て封建的な国で人権に関して米国より劣っていると考えられていたのだろう。◇『「真相箱」の呪縛を解く』より(抜粋・纏め)△原子爆弾が広島に投下されたとき合衆国世論はどんなものでしたか/原子爆弾投下とアメリカの世論 合衆国では世論投票が非常に盛ん、連合国が勝利を博した前後のあわただしい頃には、原子爆弾に対する世論を正確に調べようとする人はいなかった、しかし総ての主要新聞、雑誌の特集記事の題材となった、また協会の説教の題目ともなった。 意見は2つに分類できる、原子爆弾の使用は容赦し難い且つ全く弁護し難い、原子爆弾は戦争を可及的速やかに終結させる手段で小型爆弾を連続投下して破壊するのと道義的差異はない、原子力エネルギーの動力化は科学の一大発展であった。・クエーカー派ウィリアムペン大学学長セシル・ヒンショウ博士 野蛮な、非人道的戦争方法、その使用は許しがたい──・仁科芳雄博士は1945年8月7日夜に玉木英彦に置手紙をしている、仁科は広島へ調査に向かう。 置手紙の一節には広島に投下されたであろう原爆に関して記されている。 「米英の研究者は日本の研究者、すなわち理研[理化学研究所]の49号館の研究者に対して大勝利を得たのである。これは結局において米英の研究者の人格が49号館の研究者の人格を凌駕しているということに尽きる。 ・・・ 理論上の次の問題を検討して置いてくれ給え、 『普通の水の代りに重水を使うとしてらウランの濃縮度はどの位で済むか、またそのウランの量は如何?』」── 仁科博士とヒンショウ博士はスタンスの違いか、『「真相箱」の呪縛を解く』の解説には朝日新聞の細川隆元編集局長は終戦の5日前の情報局総裁談話により「戦局は最悪の状態」なる情報を新聞社だけが知らされていた、が記されている。 科学者でもある昭和天皇は理研で原爆の研究が行なわれていた事は知っていたし原爆とは何かを知っていたと推測する、原爆は一発逆転の武器として期待されていたと考える。
2015.10.18
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・平和安全法制等の整備について/内閣官房 平成27年9月19日、平和安全法制関連2法が成立し、同30日に公布されました。 また、これに関連し、国家安全保障会議及び閣議において、平和安全法制の成立を踏まえた政府の取組について決定をしました。─・平和安全法制とは、2015年5月に第3次安倍内閣が閣議決定し、第189回国会へ上程し、同年9月に成立した「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律」(平和安全法制整備法)と「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律」(国際平和支援法)の総称である。 平和安全法制関連2法案とも。マスメディア等からは安全保障関連法案(安保法案)、安保法制とも呼ばれている。─「平和安全法制/ウィキペディア」より◇「平和安全法制」の構成/内閣官房(「平和安全法制」の概要)・整備法(一部改正を束ねたもの) 平和安全法制整備法:我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律01.自衛隊法02.国際平和協力法 国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律03.周辺事態安全確保法→ 重要影響事態安全確保法に変更 重要影響事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律04.船舶検査活動法 重要影響事態等に際して実施する船舶検査活動に関する法律05.事態対処法 武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和及び独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律06.米軍行動関連措置法→ 米軍等行動関連措置法に変更 武力攻撃事態等及び存立危機事態におけるアメリカ合衆国等の軍隊の行動に伴い我が国が実施する措置に関する法律07.特定公共施設利用法 武力攻撃事態等における特定公共施設等の利用に関する法律08.海上輸送規制法 武力攻撃事態及び存立危機事態における外国軍用品等の海上輸送の規制に関する法律09.捕虜取扱い法 武力攻撃事態及び存立危機事態における捕虜等の取扱いに関する法律10.国家安全保障会議設置法・新規制定(1本) 国際平和支援法:国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律──〓勝手に独断と偏見〓 国会議員や報道関係者は関係書類を精読し自分なりに理解しているのだろう。 郵政関連法案のときはテレビの党首討論にて小泉首相が法案を読んだ事が無いと言い他の党首も同様なのか何も言わなかった。・内閣が国会へ「平和安全法制整備法案」を提出した際の提出理由 我が国を取り巻く安全保障環境の変化を踏まえ、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態に際して実施する防衛出動その他の対処措置、我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態に際して実施する合衆国軍隊等に対する後方支援活動等、国際連携平和安全活動のために実施する国際平和協力業務その他の我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するために我が国が実施する措置について定める必要がある。── 平和安全法制が違憲なら憲法改正により9条を変更し自衛権(個別的自衛権と集団的自衛権)・安全保障・軍隊を明記し集団安全保障にも言及すればよいと思う。 米国は1941年の大日本帝国の先制攻撃に対して上院・下院で対日戦を行なうかについて投票を行なっている。 (米国憲法第一条第八節[合衆国議会の権限]-11:戦争を宣言、第五条[憲法修正]:両議院の2/3が必要) 日本の武力介入が必要或は武力介入の継続が必要と政府が判断したときには、開戦後になろうとも国民が選んだ衆参両議員が判断する必要がある。 また、ミサイル攻撃等で国会議員の多くや大臣の多くが死亡した場合の日本国運営を考慮する必要がある思う。 「平和安全法制」の前に日本国憲法9条のみの改正を発議し衆議院で審議することはできなかったのか、それにより違憲かどうかの発言は少なくなり安全保障に関しての議論になる可能性が高かったのでは。 日本国憲法9条に必要なのは、安全保障と侵略の否定と軍事力による国際貢献と行政による軍事的な暴走を国民が止める事が出来るようにする事と考える。 憲法は国民が天皇と公務員に示した国家運営のガイドラインなのだから。 国民がマインドコントロールや洗脳されているとどうしようも無い、政府やマスメディア等を健全な状態にしておく必要がある。
2015.10.04
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「情報局」は1940年12月6日~1945年12月31日の間存在した。 情報局総裁は外務官僚出身者が多い、例外は終戦前後に総裁を務めた緒方竹虎(元朝日新聞社副社長)と下村宏(元朝日新聞社副社長、元日本放送協会会長)。◇「情報局」/ウィキペディア(抜粋) 情報局は、1940年12月6日に発足し(第2次近衛内閣)、戦争に向けた世論形成、プロパガンダと思想取締の強化を目的に、内閣情報部と外務省情報部、陸軍省情報部、海軍省軍事普及部、内務省警保局検閲課、逓信省電務局電務課、以上の各省・各部課に分属されていた情報事務を統一化することを目指して設置された日本の内閣直属の情報機関である。 国内の情報収集、戦時下における言論・出版・文化の検閲・統制、マスコミの統合や文化人の組織化、および銃後の国民に対するプロパガンダを内務省・陸軍省・海軍省・大本営陸軍部・海軍部などと並行して行った政府機関である。「内閣情報局」とも呼ばれるが、公式名称は「情報局」である。・任務および組織 国策遂行の基礎たる事項に関する情報蒐集、報道および啓発宣伝 内務省警保局の検閲(日本における検閲参照)業務の引き継ぎ。 新聞紙その他の出版物に関する国家総動員法第二〇条に規定する取締と処分(掲載の制限または禁止) ラジオなどの放送無線、電話による放送事項に関する指導及び取締 映画・蓄音機レコード・演劇・演芸の国策遂行の基礎たる事項に関する啓発宣伝上必要なる指導および取締 総裁-次長の下に第一部(企画 - 情報収集、調査)、第二部(報道 - 新聞、出版、放送)、第三部(対外 - 宣伝、報道、文化活動)、第四部(検閲)、第五部(文化 - 映画、演劇、芸術等)および官房を置いた。 第四部と第五部は統合、簡略化され、1944年には戦時資料室(国内動向と敵国動向の調査)を置いた。 内閣情報部所管の「新聞雑誌用紙統制委員会」(1940年5月設置)による用紙の割り当て・配給統制を通じて、全国の新聞社・出版社に対して影響力を行使し、記事の内容への介入など言論統制を図り、今に至る「一県一紙」を目指す新聞統制を指導した。 1942年には各県の新聞はほとんど一社に統合され、現在の新聞社はこの際の統合をルーツとする会社が多い。──〓勝手に独断と偏見〓 清沢洌に「日本思想界の独裁者」と呼ばれた鈴木庫三(1942年4月に情報官ではなくなる)の人物像の断片。・「新東亜建設と融和事業/鈴木庫三陸軍少佐」/中央融和事業協会機関紙『融和時報』第164号(1940年7月1日) 之[新東亜建設]がためには満州や支那に対しても融和同化の皇道精神を以つて臨まねばならぬことになる。 是に於いて国内の情勢を顧みるに、日本国内の融和は果して名実共に完成して居るかどうか。 未だにくだらぬ迷信や感情に捕はれて同じ血を分けた同胞を差別視する様な馬鹿者は居らぬか。 歴史的にみるも数学的にみるも、日本民族は過去3千年の間に、天孫民族を主流として完全に血液の連鎖ができて居るのだ。 又我国史を精査すれば半島や支那民族との血液の連鎖もある。 之程明瞭な証跡があるのにくだらぬ迷信や感情に支配されて居るのは、大国民の態度でもなければ文明人の態度でもない。 一日も早くかかる謬見を捨てて真の融和を完成し、半島に及び台湾に及び満洲、支那に及ばねばならぬ。─「言論統制/佐藤卓己」p10~ 軍人の多くが酒・芸妓等の宴会接待を喜ぶ傾向を示し、言論出版界は彼らの御機嫌を伺い利権を得る、鈴木庫三は之には批判的であった。 しかし軍と言論出版界の関係が饗宴を当然とした上での関係で、其れを否定することは困難だったようだ。 また、この時代に於ける日本人の天皇家を中心とする選民思想は建前あるいは本音で一般化され其れを前提に考えると上記の鈴木庫三の主張はまともに思える。 この時代、天皇制を否定する者は共産主義者の中でも一部だったと推測する。 この時代に於いて言論出版界が鈴木庫三に対して行なった事に関し言論出版界は嘘も方便的な言い訳を行なっている、鈴木庫三著『世界再建と国防国家』朝日新聞社刊(1940)があるようだが、朝日新聞社は素晴らしい内容だとは敗戦後には主張しないだろう、むしろ出版せざるをえない状況だったの主張になると推測する。 鈴木庫三を「日本思想界の独裁者」と主張するのは、国民総懺悔ではなく全ての責任を少数に押し付け自分達は被害者の主張になる。
2015.09.21
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・鈴木庫三(1894年1月11日 - 1964年4月15日)は、日本の陸軍軍人。階級は陸軍大佐。戦時中、情報局情報官として言論統制を行っていた人物として知られる。清沢洌曰く、「日本思想界の独裁者」。─(「ウィキペディア:鈴木庫三」より)・清沢 洌(1890年2月8日 - 1945年5月21日)は、ジャーナリスト、評論家。長野県生まれ。外交問題、特に日米関係の評論で知られ、またその太平洋戦争下における日記が『暗黒日記』として戦後公刊されたことでも名高い。─(「ウィキペディア:清沢 洌」より) 終戦の3ヶ月前に亡くなった清沢洌は「戦争日記(暗黒日記)/清沢洌」にて、清沢洌及びその周辺では「赤(共産主義)」≒「平等」の意として使われている、彼らの様なエリート層(知識階級)には「平等」を嫌っている者がおり無知な労働者と知識人には上下関係が必要と考えている。 戦中亡くなった人の日記は編者がいじらなければ、戦後の言い訳や編集が入ってなく貴重。◇「清沢洌の戦争日記(1942年12月9日~1945年5月5日)/作成者: 石井彰文」よりの抜粋<1943年>・6月18日:嶋中雄作君の話し。 近くの奥さんが交番に呼ばれ、「女中を使うなどは賛沢だ。明地(ママ)があったら、産業選手(ママ)に貸してやれ、掃除などしなくてもすむだろう」といったという。 右のような話しから見ても、社会の根底に赤化的流れが動いていることを知り得る。<1944年>・3月21日:先頃、避難荷物の検査があった。その検査官は、出入りの大工梅村であった。我等の隣組長を従えて、挙手の礼をして「よくできました」と讃めて行ったそうだ。 ワイフは「今までは、勝手口から出入りするのにも遠慮しましたのにね」という。<1945年>・4月20日:沖縄戦が景気がいいというので各方面で楽観説続出。株もグッと高い。沖縄の敵が無条件降伏したという説を僕も聞き、瞭も聞いてきた。中には米国が講和を申込んだというものがある。 民衆がいかに無知であるかが分る。新聞を鵜呑みにしている証拠だ。それは東京のみではなく地方でもそうらしい。・4月28日:正宗白鳥氏を訪う。・・・無知の農夫や労働者が、高い闇相場の金をとって、しかも王者のように威張り通す。・5月1日:。「どうしてドイツは頑張れなかったろう」と、どこでも不思議な問題として話しあっているそうだ。 新聞が、常に優勢らしく伝えるので、一般人にはそれが分らなかった。そして突如として現出した事件のように思うのだ。・5月2日:坂本氏(坂本直道:元満鉄パリ出張所長)のところに寄る。また、たまたま鳩山一郎氏あり。ティータイムに御馳走になりながら、ここでは極めて愉快に話す。 鳩山氏は「赤」が中心になっているといった。坂本君と共に「赤」を極端に嫌っている。 坂本君は東郷茂徳氏が外相になる前に立ち話しをしたことがある。東郷は戦争終結にソ連に期待しているようであった。ソ連をして口をきかせるために、樺太をかえし、共産党の公認等を条件とすれば充分だろうといったという。 坂本君はこれが反対で、もし左様なことをすれば、岡野(野坂参三の別名)の如き共産党員が乗り込んで来て、国内を滅茶苦茶にするだろうといった。──底本:橋川文三編『暗黒日記』〓勝手に独断と偏見〓 「今までは、勝手口から出入りするのにも遠慮しましたのにね」、ここから知識人の平等を主張する大衆に対する怒りが伝わってくる。 現在に於いて「ポピュリズム」が「大衆迎合」として使われる場合がある、使う人は自分達は大衆ではないの意識があって使うのだろう。 「清沢洌の戦争日記」からは戦前戦中に於いて特権階級や知識人等のエリート層(言論界・マスメディアを含む)は大衆を下に見て大衆と接しているように思える。 彼らは平等や基本的人権の尊重を望んでいたのだろうか、雰囲気的な優位な立場や既得権益を放棄する者は少数派と理解している。 しかし敗戦のような問題が発生すると大衆の責任を主張し自分達は加害者にもかかわらず被害者ズラをする、最も被害が出ているのが大衆であるにも係わらずだ。 芥川龍之介の友人が自分達も大衆だと言ったの記憶がある、私は自分を大衆の一人と言えるんですよ偉いでしょうと主張している感があり、自分達は大衆の上位が前提の主張と感じる。 陸軍の兵士は軍の中では多数を占め農民出身者が多かっただろう、陸軍は天皇の下に於ける日本人の平等を目指していたのだろうか、そして知識人やマスメディアは其れを「赤」として反発していたのだろうか。
2015.09.06
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Windows10はWindows8.1より使いやすい、Windows10として意識せずフワフワ使っていた。 2015年7月29日に始まったWindows10への無料アップグレード、私の環境下で良くない点として市販のセキュリティ対策ソフトがshutdownを遅くしている感、パソコンと周辺機器への電気は遮断して終わることにしているが明らかにshutdownが遅い。 新しい環境を楽しんでいたが、Windows10の致命的な不具合が2度発生した。 起動時にユーザのパスワードを入れる一つ前の画面(Enterでパスワード入力画面)にて処理がループしているような状態で画面が高速で点滅し電源ボタンを押して強制終了するしか無い状態になった。 購入した店に電話したが、保障とは異なる金がかかりそうなので頑張ってみることにした。 一度目はグジャグジャやっているとWindows10に戻った、しかし環境設定の最中に同じ現象が発生しWindows8.1に戻した。 当初、ネット情報でセキュリティ対策ソフトとWindows10との相性の問題と判断していたが、サイト「「Windows 10」累積アップデート、一部ユーザーに再起動ループの問題 - ZDNet Japan.html」によると「累積アップデート「KB3081424」」により「システムがクラッシュを無限に繰り返す状態に陥ってしまう」。 マイクロソフトのコミュニティでは◇Cumulative Update for Windows 10 for x64-based Systems - Microsoft Community.html Discussion Cumulative Update for Windows 10 for x64-based Systems (KB3081424) FAILED and took forever to uninstall xxxxxxxx started on August 6, 2015 Just received the first update to Windows 10 today and it failed to install. 458 people have recommended this discussion── また、サイト:「Windows10の累積アップデート「KB3081424」または「KB3081436」で再起動ループが発生した時の対処方法.html」によると、 「KB3081424」で発生した不具合は「KB3081436」でも発生する。・「MSが8月の月例パッチ公開、Windows 10の新ブラウザー「Edge」に関する修正など計14件 -INTERNET Watch.html」によると 日本マイクロソフト株式会社は12日、8月の月例セキュリティ更新プログラム(修正パッチ)に関するセキュリティ情報14件を公開した。脆弱性の最大深刻度は、4段階で最も高い“緊急”が4件、2番目に高い“重要”が10件。 また、Windows 10の更新プログラムは累積的となっており、1つの更新プログラムで複数の修正が行われる。たとえば、今回提供されたWindows 10の累積更新プログラム「KB3081436」では、今回公開された複数のセキュリティ情報(MS15-079、MS15-080、MS15-085、MS15-088、MS15-091、MS15-092)に関する修正が行われるほか、セキュリティ以外の修正も行われる── 不具合対処法を読んでみると今回の不具合は何等かのゴミによる問題があるようだ。 Windows10への無料アップグレードはサービスパックのようなイメージで行われた、前の環境をできるだけ残したアップグレードで、今までのような初期化がなかったのがこのような問題になっているように思う、新旧両方のOSを使えるようなインストールを行えば問題が少なかったのかもしれない。 次回Windows10のインストールでは「Windows 10 のダウンロード」でインストール用のDVD或はUSBを作成しディスクのフォーマットから始まるようなクリーンインストールを行いたいが2度のインストールが必要なようだ、安定するまで待ち状態。 「Windows XP Service Pack 3」ではリカバリーディスクでWindowsXPを再インストール、BIOSのOnboadLANが何故かDisabledに変更されていた。 現在はWindowsのUpdateに怯える日々。
2015.08.23
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「敵が万が一にもわが神州の地に来襲し来らんにはわれらは醜虜の辱めを受けんよりは肉親合刺し互に祖先の血を守つて皇土に殉ぜん」 上記は毎日新聞朝刊(1944年2月23日)の一節で「戦陣訓」の一部を切り取り独自の解釈をしているように見える其れとも信念の披露か。 この日の毎日新聞は「勝利か滅亡か 戦局はここまで来た」「竹槍では間に合わぬ 飛行機だ、海洋航空機だ」を主張。 「竹槍事件」も見方でイメージが異なり陸海の利権争いを利用した報道姿勢があり逞しくもある。 当時、戦闘機は陸軍・海軍が所有し日本空軍はない、海洋の担当は海軍で陸地上空附近の担当は陸軍と認識している。 毎日新聞の主張は当時の正論と推察、毎日新聞は制空権を維持できない海軍(陸軍ではなく)に人・物・金を回せと主張していると思う、記事を書いた海軍省担当キャップの神名丈夫を陸軍は殺そうとし海軍は守ろうとした。 このとき東條英機は内閣総理大臣・陸軍大臣・軍需大臣を兼任し参謀総長でもあった。 戦後の1949年、中央公論4月号等では◇鬼畜の言葉/宮本百合子/青空文庫(抜粋) 四月号の『中央公論』に「極東情勢の新展開と日本」という座談会記事がある。 ニューヨーク・タイムズ東京支局長リンゼー・パロット氏、AP東京支局長ラッセル・ブラインズ氏に対して日本人として鈴木文史朗氏が出席している、肩書はリーダーズ・ダイジェスト日本版編集長とある。 座談会はロイヤル長官の談話そのほかいくつかのトピックで進められているが「切迫せる人口問題」のくだりで、鈴木文史朗氏はいっている。一年に百万ずつもふえている日本の人口問題の解決法がゆきづまっている。「理想的なやりかたは、ひと思いに何千万を殺すか、自殺かだ。」パロット氏「そんなことは出来ない。産児制限と国の工業化が解決の一助だろう」。重ねて鈴木文史朗は「大家族をもっている月給取りは子供の少い上役より月収が多い。これは一面子供多産の奨励のようなものだ」といっているのである。 読売新聞の時評(美濃口時次郎)はいち早くこの卓見に同調して、労働者に家族手当を出すので子供を生む。家族手当をやめよ、賃銀を労働者一人の能率払いにせよ、と書いている。(五月九日)─初出:「青年新聞」 1949(昭和24)年5月24日号〓勝手に独断と偏見〓 「鬼畜の言葉/宮本百合子」での 「(切迫せる人口問題)、理想的なやりかたは、ひと思いに何千万を殺すか、自殺かだ。」 「大家族をもっている月給取りは子供の少い上役より月収が多い。これは一面子供多産の奨励のようなものだ」 主張する鈴木文史朗はウィキペディアによると「東京外国語学校卒業。1917年東京朝日新聞入社、パリ講和会議などで特派員として活躍。1942年常務。敗戦直後退社」 現在の朝日新聞等の記者はこのような発言はしないと思う。 ポピュリズム(大衆主義)の対義語であるエリート主義(資産、知、特別な訓練や経験、その他の属性などによって区別される個人の集団(エリート層)に対する信頼や態度であり、彼らが社会の中でより重要な役割を持ち、建設的な行動を行い、統治するに適した卓越した技術や能力や見識を持っている、と考える。)。 (ウィキペディアより) 戦中・戦後に於いて、新聞社の上層部はエリートに属しており、大衆はエリートの指導に従え、のような考え・感覚が前提にあると思う。 何等かの権力や勢力をバックにしなければ主張できない場合もあると思う、戦争が常態化している環境で理想に近づく報道は困難だったと思う(現在は別の問題が在ると思う)。 会社は存続し利益を生み出す事が重要、もちろん社員の生活に配慮することも必要、簡単に真実や正義の為に政府や軍部や進駐軍と戦うことはできない。 主張を貫くためには自社の頭のすげ替えも辞さないの発想を是とする上層部は少数派だろう。 自説を貫くというのは環境や主張内容によって尊敬できる場合もある、単なる頑固で融通性がはない場合もある、明確には分けられない。 また自分・自分達の利益やプライドが重要(優先)は否定しがたい。 自分も他人も信じることは難しい状態。 戦時中に於いても海外の情報を得るには大使館や領事館に駐在する文官・武官からの情報や新聞会社の海外拠点を通じての情報、海外放送等が指導層・エリート層には流れていたと確信する。 自分・自分達にとって不利な情報や損をする情報は流さないがあると思う、情報を精査し真実に近い報道を行なうことは困難なのだろう。 戦後直後の読売新聞社の読売争議や日本新聞労働組合連合によって新聞の体質は改善されたのだろうか。
2015.08.09
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「キングダム/原泰久」の39巻は2015年7月に発売された、とりあえず全巻そろっている。 秦で王号が採用されていたのは恵文王から政(始皇帝)の途中まで(+子嬰)、王の治世は 恵文王:前338-前311、武王:前311-前307、昭襄王:前306-前251、孝文王:前250、荘襄王:前249-前247、秦王政:前246-前221、<皇帝の治世>、子嬰:前207 皇帝の治世は 始皇帝:前221-前210、二世皇帝:前209-前207 昭襄王と秦王政の治世の間には2人の王がいるが期間は5年、秦王政は25年間王であり統一後に皇帝になっている、前漢の初代皇帝である高祖(劉邦)が皇帝に即位したのは紀元前202年、三国時代を経て司馬炎が西晋の初代皇帝として即位するのが紀元後である265年、卑弥呼が登場する三国史(魏書に魏志倭人伝が記されている)の著者は西晋の陳寿。 39巻では「加冠の儀」の最中、秦王政の成年式で各国へのお披露目も行なわれている、「ロウアイの乱」の黒幕は呂不韋の設定になっている。 呂氏四柱の昌平君が呂不韋と袂を分かつ事を表明し「ロウアイの乱」を鎮圧する、昌平君は楚の公子で人質として秦に赴いている。 「キングダム/原泰久」は原泰久氏による創作物であり、歴史の定説との違いは重要ではなく「キングダム/原泰久」の世界を楽しめばよいと思う。 「キングダム/原泰久」の40巻までは呂不韋主導による秦国運営、41巻からは秦王政による秦国運営になると予想。 主人公は李信と秦王政、他の登場人物も丁寧に描かれている、また必ずしも勧善懲悪ではない所が面白い。 「東周英雄伝/鄭問(著), 徳田隆(翻訳)」では、王翦(王賁の父)の扱いが「キングダム/原泰久」とは異なっている。 また、「王翦/ウィキペディア」では、「紀元前223年(始皇24年)、(王翦は)蒙武と楚を攻める。楚王となった昌平君は戦死し、項燕は自殺した。」 「項燕/ウィキペディア」によれば「紀元前225年、秦の武将李信が20万の大軍を率いて楚に進攻したが、楚の大将軍項燕はこれを破り、秦軍はほとんど全軍が覆没した。」 原泰久氏はどのように料理するのか、現在の不安材料として秦王政を完璧な人間として描きすぎているように感じる。 また、呂不韋と秦王政の対話(39巻)では、経済による支配を広める事を主張する呂不韋に対して、秦王政は武力による統一で戦国時代を終わらせる事を主張、人間の本質は光であり呂不韋の主張は人へのあきらめだという。 呂不韋の考え方は大東亜共栄圏とEUが混ざったような方向性と思う(ただ始皇帝は統一後に各国貨幣の統一を行なっている)。 呂不韋の考えは楚以外の国を秦国に従属させるのが前提ではないか、「キングダム/原泰久」では「合従軍」は呂不韋の野望に各国が対抗したものであり、李牧(趙)・春申君(楚)の認識が存在している、秦の昌平君の発案のように書かれているが昌平君は呂不韋四柱の一人であり呂不韋の承諾が得られていたと考える。 呂不韋は最も魅力的な人物として取り上げられている、また呂氏四柱の4人(蔡沢、昌平君、蒙武、李斯)は秦国の出身ではない、史実として呂不韋失脚後も秦王政は彼らを重用する、始皇帝が偉いのか呂不韋が偉いのか。 勝手な要望として、始皇帝といえば徐福(徐市)・長生不老(不老不死)があるが使ってほしくない、焚書坑儒や韓非(「韓非子」の著者)は正面から取り上げてほしい。
2015.07.19
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毎日新聞の竹槍事件では「大正時代に徴兵検査を受けた人間」(若くはない兵)が召集され硫黄島で玉砕・戦死したが記事を書いた新名丈夫記者は海軍に守られた。 刑法「明治四十年四月二十四日法律第四十五号」(其れまでの刑法は旧刑法(新刑法により「明治十三年第三十六号布告刑法は此法律施行の日より之を廃止す」))は終戦後に章等が削除されている。 理由は日本国憲法の「法の下の平等」に反するため、日本国憲法9条に反するため、等がある。 刑法第二編第一章(第73条~第76条)は「皇室に對する罪」(所謂、天皇と皇族等に対する大逆罪と不敬罪)、日本国憲法の「法の下の平等」に反するとして1947年に削除された。・「刑法(明治40年法律第45号)」第二編第一章「皇室に對する罪」 第73条:天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子又は皇太孫に對し危害を加へ又は加へんとしたる者は死刑に處す 第74条:天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子又は皇太孫に對し不敬の行為ありたる者は三月以上五年以下の懲役に處す 神宮又は皇陵に対し不敬の行為ありたる者亦同し 第75条:皇族に對し危害を加へたる者は死刑に處し危害を加へんとしたる者は無期懲役に處す 第76条:皇族に對し不敬の行為ありたる者は二月以上四年以下の懲役に處す── 「治安維持法」は1925年に「大正14年4月22日法律第46号」として制定され、1928年(昭和3年)に緊急勅令「治安維持法中改正ノ件」(昭和3年6月29日勅令第129号)により変更され、1941年3月10日に全7条が全65条とする全部変更「昭和16年3月10日法律第54号」が行われた、2度の変更により厳罰化(無期->死刑)が進む。・治安維持法 - Wikipedia.html治安維持法(昭和16年(1941年)3月10日法律第54号)は、国体(皇室)や私有財産制を否定する運動を取り締まることを目的として制定された日本の法律。当初は、1925年に大正14年4月22日法律第46号として制定され、1941年に全部改正された。とくに共産主義革命運動の激化を懸念したものとして発足したといわれているが、宗教団体や、右翼活動、自由主義等、政府批判はすべて弾圧・粛清の対象となっていった。──〓勝手に独断と偏見〓 「日本国憲法」 第36条:公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。 第38条3:何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。 連合国は「大日本国帝国憲法」下で何が行なわれていたかを知っていたのだろう。 敗戦までは天皇が唯一の主権者、その下僕である政府・軍部により国家が運営された、「治安維持法」等により不敬・反軍・厭戦や軍部の内部抗争で犯罪者が増える。 最初の治安維持法は「大正14年4月22日法律第46号」、共産主義から国体護持する為の法。 第一條は「国体を変革し又は私有財産制度を否認することを目的として結社を組織し又は情を知りて之に加入したる者は十年以下の懲役又は禁錮に処す」 「朕帝国議会の協贊を経たる治安維持法を裁可し茲に之を公布せしむ 御名御璽 摂政名 大正十四年四月二十一日」 「摂政名」があり後の昭和天皇が摂政として大正天皇の代理で裁可・公布している。・「昭和特高弾圧史 5」の「2・26事件をめぐる流言飛語(1936年)」によると(解説の断片・纏め)。 新聞社は号外を出そうとしたが、憲兵は銃をもって新聞社を回り号外発行を中止させた。トラック3台に便乗した反乱軍は、朝日新聞社を襲い「国賊朝日新聞社を破壊するのだ」と叫びながら、編集者や印刷工場を破壊した。この反乱軍にたいして、すべての新聞社は沈黙してしまった。 2・26事件では東京周辺に緊急勅令に基づくいわゆる「行政戒厳」が宣告されている。(「行政戒厳」は「戒厳令(明治15年太政官布告第36号)、改正:明治19年太政官布告第74号」で規定された戒厳ではない) 満洲事変は1931年、この辺りからマスメディアは軍部の影響を大きく受けるようになった。 翌年の1932年には海軍の青年将校主導による5.15事件があり犬養毅首相が殺害されている。 1936年の2.26事件では陸軍の青年将校主導により高橋是清蔵相が殺害され、鈴木貫太郎侍従長は重傷を負っている。 ペンは剣よりも強くはなかった、マスメディアは日本全体のリスクより個人や集団のリスクを重要視する傾向があったのか。 日本国憲法下では国民が基本的人権の尊重した国家運営を政府等に指示している。
2015.07.04
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Interstellar/DVDを観た、以下は感想のようなもの。 人類の危機に対して高次元生物からの干渉(救済の手)が行なわれる。 死につつある地球、人類の存続の為に地球からの脱出が高次元生物から提案されている、しかし人類は力不足の為に干渉を有効に利用することが出来ない。 高次元生物はさらなる干渉を個人レベルで行なう。 結局、人類は完全に干渉を利用することは出来なかったが干渉を利用した地球からの脱出を実現し、他惑星への移住も視野に入れようとしている。 高次元生物による干渉は独特でワームホールを作って人類の移住を促してみたり、時空を越えて重力を使った不安定な情報提供を行なったりする。 重力のコントロール技術取得の為に人類は犠牲が必要となる。 また全人類を救うことは困難でも数人なら可能との一部人類の判断、干渉を個人的に利用しようとする者により話がややこしくなる。 高次元生物は時間もx,y,zの様な座標として利用する事が可能、時間を+方向にのみ進む人類とは異なる、ひょっとしたら愛や生命も座標として捉えて活用することが可能かもしれない、超ひも理論とは何の関係もなくなってしまうが。 高次元生物からの情報は人類の認識できる時空に射影されてしまう、また時間を越えることが出来るのは重力のみという設定で、高次元生物からの情報・干渉は重力に頼る事になる。 映画では、居住可能な惑星探索を可能とする為にワームホールが高次元生物により提供されている、利用者は通過に於ける問題を高次元生物が全て解決して運用が前提での使用となる。 ワームホール通過先の宇宙に於いてブラックホールの干渉による経過時間のずれは一般相対性理論での説明と推測する。 高次元生物は人類の存続の為に愛を利用、愛は座標或はベクトルとして認識できアバウトでも干渉が可能の設定ようにも思う。 納得できななかったのは、登場するロボットのデザイン、人類が瀕死の状態で最小限の資源しか使えないの設定と思われるのでカッコイイ・カワイイなどの感覚を求めるのは違うのかもしれない。 問題点を沢山見つける人もいるかもしれないが、時代劇で馬が在来種でなかったらで映画を否定していたら楽しくない。 どの程度騙される事を容認できるかは作品による。
2015.06.20
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「AKB48 41stシングル選抜総選挙」の結果発表が2015年6月6日にヤフオク!ドームにて行なわれた。 投票総数は328万7736票、投票権は「40thシングル「僕たちは戦わない」初回限定盤・通常盤・劇場盤購入者」以外にも「各グループ公式携帯サイト会員」等がある、「僕たちは戦わない」の売上げは初週167.3万枚、投票権の半数以上がCD購入以外での取得と想像する。 1位から16位までの得票数合計は147万8955票、総得票数の半分弱となっている、しかし80位の本村碧唯が13116票で全体の比率としては低いが無視できる票数ではない、得票数グラフはx軸を順位とした0<底<1の指数関数の形状で80位附近での減少はほぼ100未満。 CDの購入が投票権を得る為や握手券を得る為にも係わらず、AKB48グループのメンバー以外の者達が利益を得るような構図が少なくなればと思う。 選挙結果は1位:指原莉乃 194049票、2位:柏木由紀 167183票、3位:渡辺麻友 165789票、4位 高橋みなみ 137252票。 印象に残ったのは武藤十夢(16位)と神志那結衣(46位)、16位以上のスピーチは長く感じたのが多い、卒業生の登場は好きではない。 上位グループでは、柏木由紀が2014年2月にNMB48チームNとの兼任が発表され、2015年3月にはNGT48との兼任が発表された、運営側から雑に扱われているの感がある、柏木由紀は高橋みなみ・北原里英(NGT48のキャプテンに就任予定)と同学年、この状態で2位はすごいと思う。 閑話休題 柏木由紀と手越祐也(ジャニーズ)の浴衣抱擁写真が6月11日発売の週刊文秋春に掲載された、数年前の事のようだ。 指原莉乃の事件も総選挙後に掲載、文春とAKB側とジャニーズ側で何等かの合意があったのか。 柏木由紀はAKB総選挙2位、手越祐也はジャニーズ総選挙では何位になるのか、手越祐也に関しては歌唱力がジャニーズの上位の印象しかない。 文春の写真の柏木由紀は微妙な表情、撮らされた? リスクが高いのは女性、柏木由紀周辺からの情報として書かれているが、柏木が流す可能性は手越より少ない。 手越祐也は柏木由紀に振られたのだろうか。 文春に売った人物(或は組織)の目的は金だけか。
2015.06.12
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新聞・報道を縛った一部の法に関しての概要・抜粋・「出版法」 公布:1893年4月14日法律第15号、改正:1934年5月2日法律第47号、廃止:1949年5月24日法律第95号 朕帝国議会の協賛を経たる出版法を裁可し茲に之を公布せしむ 第 3条:文書図画を出版するときは発行の日より到達すへき日数を除き3日前に製本2部を添へ内務省に届出へし 第 4条:官庁に於て文書図画を出版するときは其の官庁より発行前に製本2部を内務省に送付すへし 第26条:皇室の尊厳を冒涜し、政体を変壊し又は国憲を紊乱せむとする文書図画を出版したるときは著作者、発行者、印刷者を2月以上2年以下の軽禁錮に処し20円以上200円以下の罰金を附加す──・「新聞紙法」 公布:1909年5月6日法律第41号、廃止:1949年5月24日法律第95号 朕帝国議会の協賛を経たる新聞紙法を裁可し茲に之を公布せしむ 第11条:新聞紙は発行と同時に内務省に2部、管轄地方官庁、地方裁判所検事局及区裁判所検事局に各1部を納むへし 第27条:陸軍大臣、海軍大臣及外務大臣は新聞紙に対し命令を以て軍事若は外交に関する事項の掲載を禁止し又は制限することを得 第42条:皇室の尊厳を冒涜し政体を変壊し又は国憲を紊乱せむとするの事項を新聞紙に掲載したるときは発行人、編輯人、印刷人を2年以下の禁錮及300円以下の罰金に処す──・「新聞事業令 勅令第1107号」 1941年12月13日:公布・施行、1945年勅令第562号により10月6日をもって廃止 第一条:国家総動員法(昭和十三年勅令第三百十七号に於て依る場合を含む)第十六条の三の規定に基く新聞事業の開始、委託、共同経営、譲渡、廃止又は休止に関する命令及新聞事業を行ふ法人の目的変更、合併又は解散に関する命令、同法第十八条の規定に基く新聞事業の統制を目的とする団体の設立等に関する命令及当該団体に関し必要なる事項並に同法第十八条の三の規定に基く新聞事業の譲渡又は新聞事業を営む会社の合併に付ての租税の軽減に付ては本令の定むる所に依る──〓勝手に独断と偏見〓 「大日本帝国憲法」施行は1890年、「大日本帝国憲法」の上諭には「朕か在廷の大臣は朕か爲に此の憲法を施行するの責に任すへく朕か現在及將來の臣民は此の憲法に對し永遠に從順の義務を負ふへし」の記述があり「大日本帝国憲法」は欽定憲法。 「出版法」「新聞紙法」の公布は憲法施行後の明治時代で「朕帝国議会の協賛を経たる」が頭に入っている。 昭和1年(大正15年)は1926年、「新聞事業令 勅令第1107号」は昭和になっての公布で対米英開戦直後の勅令。 大日本帝国に於いて出版は法的に内務省の管轄下であり陸軍省・海軍省・外務省は新聞紙に関して影響力を持ち、皇室に関してはタブーが多かったと推測する、現在との違いはどの程度なのか。 戦前は主権は天皇にあり、政府・軍は天皇の下に存在したのであるから当然とも思える、問題は赤子と呼ばれた臣民だが主権者ではなく国民の為に天皇が存在するの発想は危険思想だったと推測する。 対米英開戦に関し、現在のマスメディアは国民も開戦を望んだ或いは開戦に熱狂したの主張をするときがある、現在に於ける一億総懺悔的な主張で国民に責任を押し付けて自分達の責任を曖昧にする。 軍部や大日本帝国政府の責任は当然が前提と思うが、天皇・皇族等の特権階級の責任については触れない、国民一人と天皇・皇族の一人とでは天皇・皇族の方が遥かに責任が重いのは自明でマスメディアも同様。 また特権階級(天皇・皇族等)で開戦を望んでいなかった(者もいる)の主張もある。 天皇が開戦を望んでいなかったなら、開戦責任・敗戦責任に関して国民は加害者側で天皇は被害者の論法が出現するかもしれない。 マスメディアが長年に渡り国民をマインドコントロール・洗脳、或はそれに加担して開戦へ持ち込んだ歴史をマスメディア自らが分析・発表することが重要、現在のマインドコントロールにも注意が必要。 海外情報や権力の中枢部の情報を独占し直接・間接に発信できたのは特権階級・軍部・官吏・マスメディアである。
2015.05.31
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国家による情報統制は戦時において強化される。・情報局、戦争情報局/ウィキペディアによると 内閣情報局(公式名称は「情報局」)は内閣直属の情報機関、各省の統一化を目指し1940年12月6日に発足。 戦争情報局(United States Office of War Information、略称 OWI)とは、第二次世界大戦期の1941年7月11日にルーズベルト大統領が設置した米国の情報・プロパガンダ機関。戦時情報局とも呼ばれる。──・「新聞雑誌用紙統制委員会設置に伴う閣議了解事項」/1940年5月17日 閣議決定 一、委員会は新聞雑誌用紙の一般的統制方針並に今後創刊せんとする新聞雑誌又は現在発行せられ居る新聞雑誌にして用紙の新規配給又は使用紙量の増加を申請せるものに付供給の要不要及供給数量に関し協議するものとす 二、委員会は内外地及満洲支那に於ける新聞雑誌用紙の調整に就ても協議するものとす 三、委員会は必要に応じ単行本の用紙の統制に就き協議を為すことを得るものとす 四、商工省は委員会の協議決定に基き供給者をして用紙の配給を為さしむるものとす─収載資料:現代史資料 41 みすず書房 1975.10 p.264、国立国会図書館 請求記号:210.7-G29 「新聞の戦時体制化に関する件」が1941年11月28日に閣議決定、12月13日には勅令「新聞事業令」が公布・施行、政府による新聞の統廃合が始まる。・「新聞事業令(昭和16年勅令第1107号)」の第五条は 左の各号の一に該当するときは主務大臣は当該新聞事業主に対し其の事業の廃止又は休止を命ずることを得 一 前条第一項の規定に依る命令又は同条第二項の規定に依る裁定に従はざるとき 二 第六条の規定に依る団体の定款又は統制規程に違反したるとき 三 当該新聞事業の運営が国策の遂行に重大なる支障を及ぼし又は及ぼすの虞あるとき─「中野文庫 - 新聞事業令」よりの抜粋・「新聞統制/ウィキペディア」によると統合後に於いての日刊紙は 全国紙:朝日・毎日・読売報知、 地方紙:一県一紙(北は樺太から南は沖縄まで)、 経済紙:東日本は日本産業経済、西日本は産業経済新聞、 外地:朝鮮は京城日報(日本語)・毎日新報(朝鮮語)、台湾は台湾新報(日本語)。──〓勝手に独断と偏見〓 「新聞事業令(昭和16年勅令第1107号)」等の勅令は天皇が直接発した命令、「大日本帝国憲法 第9条」では 「天皇は法律を執行する為に又は公共の安寧秩序を保持し及臣民の幸福を増進する為に必要なる命令を発し又は発せしむ但し命令を以て法律を変更することを得す。」 情報統制として「新聞事業令(昭和16年勅令第1107号)」、「出版事業令(昭和18年勅令第82号)」が出されている、また夫々に「新聞事業令施行規則(昭和16年閣令、内務省令第1号)」、「出版事業令施行規則(昭和18年閣令、内務省、文部省令第1号)」がある。 「国家総動員法 第十六条の三」に於いては 「政府は戦時に際し国家総動員上必要あるときは勅令の定むる所に依り事業の開始、委託、共同経営、譲渡、廃止若は休止又は法人の目的変更、合併若は解散に関し必要なる命令を為すことを得」 新聞事業者の抵抗は真実の報道が阻害される事の懸念か或いは利益か、 真実の報道に命を賭けている人もいただろうし、現実に戦争で沢山の人たちが無くなったり財産を無くしたりしている時代、平時とは真実の重みと影響が異なっている、しかし情報はエリートに独占されている。 用紙の統制が行なわれている、政府が新聞の発行を停止することは簡単と思えるが停止期間が長期に渡ると国民の不信感が高まり国民のコントロールが困難になると推察する。 新聞事業者は陸軍と海軍の両方から反感を持たれると立ち行かない状態になると思われる。 1944年の竹槍事件では毎日新聞が「大東亜戦争の勝敗は海洋航空兵力の増強にかかっており、敵の航空兵力に対して竹槍で対抗することはできない」と主張、執筆者の新名丈夫(当時37歳)を陸軍は硫黄島に送ろうとしたが海軍が庇っている、硫黄島の戦いでは戦死の確率が高いの判断と思われるので陸軍側は殺す為に硫黄島に送ろうとしたと推察する、之は海軍が善で陸軍が悪と主張しているのではない。 戦争反対ではなくても命令に反対意見を述べると殺される状況下の報道だった、戦争が行なわれている状況下での報道は真実を伝える事は困難であることが解る、しかし新聞や言論が戦争へと国民を誘導していなかったとは言えない。
2015.05.17
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半年間、朝日新聞の社説を読んでいる者と産経新聞の社説を読んでいる者にある出来事の評論を依頼すると、夫々読んでいる社説風の評論を行なうだろう、社説を信じていなくても馴染んでしまうと怖い。 其の後に逆の新聞社の社説を読むようにすると初めは違和感があるだろうが徐々に読む社説に染まっていく、毎年異なる新聞をメインにするのが良いと思う、飽く迄も私の勝手な主張。 多様性の少ない空間・時間はキビシイ、管理されているとすると恐ろしい。 マスメディア・言論は満州事変から敗戦まで報道にどのように向かい合っていたのか、また戦後の占領下に於いて日本が独立した後や現在に於いても困難でも真実の報道を第一義としているのだろうか。 商売として成立している報道は力はあるが独特の限界・制約があると思う。 報道及び其れを行なう組織に過大な期待や完璧な平等性・モラルを求めることは自分自身に対してと同様に困難。◇「記者クラブの歴史と問題点/前坂俊之」によれば(抜粋) 大正時代から昭和十年代にかけて、現在とほぼ同じ記者クラブの原形が形成された。当時「東京日日」(現毎日)の鈴木茂三郎の「新聞批判」などをみると、記者のゆすり、たかりの腐敗問題、官庁や業界との癒着など、記者倫理が問われ、記者クラブのあり方がすでに問題となっている。──◇「記者クラブ/ウィキペディア」によれば(抜粋・纏め) 記者クラブは当初、ほとんどは個人(記者)による直接加入で議会に対する取材の権利などを勝ち取ってきた。 日米開戦前、近衛文麿内閣の1941年5月に新聞統制機関「日本新聞連盟」が発足。11月28日に「新聞の戦時体制化」が決定され、日米開戦後に新聞連盟の設けた「記者会規約」により加盟は記者個人から会社単位となった。 戦後、GHQは記者クラブの解体を執拗にせまった。報道の自由や取材の自由を踏みにじる組織であるとして取材組織から世界一般の親睦団体への転換をせまった。これを受けて、1949年10月26日、 日本新聞協会は『記者クラブに関する方針』を作成した。記者クラブを「親睦社交を目的として組織するものとし取材上の問題にはいっさい関与せぬこと」と規定した。 1958年には記者室の使用を許可する大蔵省管財局長の通達が出た。── 戦後の占領下に於ける1945年10月15日:治安維持法・治安警察法・思想犯保護観察法など廃止、特高警察官罷免。 「記者クラブ」は国民の知る権利を阻害しているのだろうか、戦時中に政府が管理し易いように加盟を個人から会社単位にしたのなら、個人単位に戻せばと思う。 置かれた状況を考慮しないといけないが、国民を戦争に向かわせ、天皇の為に戦い死ぬことを礼讃していたマスメディアは存在した。 しかし戦争が敗北に終わると、国民が戦争を望んだ、敗北を天皇に懺悔しよう、自分・自分たちは戦争を望んでいなかった、の主張で「昭和天皇独白録」に於ける天皇の主張を代弁しているのかのようである。 敗戦後、沈黙する者、被害者面する加害者、マスメディア・言論は主軸をエリート主義(選良主義)からポピュリズム(人民主義)に変更していく事が求められるが、大衆迎合に走ったりエリート主義を主軸にする表現も存在する。 報道は真実を明らかにする事が重要と思う、前提として「弱きを助け強きをくじく」の姿勢が根底に流れている事が必要と考える、ただ弱いや強いは一定ではないので難しい。 自分達の利益・自分達の主張を優先する事はしかたがない(獄中で亡くなった或いは殺された者もいる)が真実より優先する事は故意であれば報道とは異なり故意でなく思慮不足であればマスメディア・言論であると胸を張れない、言論の自由と言うが真実と乖離した報道は原則として言論ではないと誰でも思う。 大日本帝国と占領下の日本のマスメディア・言論の断片を調べてみたい、言論の自由がなかったのか、言論がなかった(言い過ぎ)のか。 大日本帝国下でマスメディア・言論を縛っていたもの、自らの主張がブーメラン化し自らを縛ったもの、「大日本帝国憲法」は前提として、「国体明徴声明:1935年」・「国体の本義:1937年」の圧力の中で法的には 「刑法:第1章 皇室に對する罪」 「出版法法律15号」 「新聞紙法法律41号」 「新聞事業令(昭和16年勅令第1107号)」 「治安維持法」 「治安警察法」 「思想犯保護観察法」 「国家総動員法」 等があると思う。
2015.05.03
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「日本将棋連盟所属のプロ棋士(以下はプロ棋士で表記)」と将棋ソフトが団体戦で戦った、400m走をオリンピックのメダリストvs自動車の状況かは興味ぶかい。◇「将棋電王戦FINAL」第5局は阿久津八段の勝利 更新: 2015年4月13日 将棋電王戦FINAL(主催・株式会社ドワンゴ、公益社団法人日本将棋連盟)五番勝負第5局は、4月11日東京将棋会館にて、阿久津主税八段 vs AWAKE(アウェイク・開発:巨瀬亮一/将棋電王トーナメント第1位)で行われ、AWAKEの開発者 巨瀬氏の投了の宣言により、21手で阿久津八段の勝ちとなりました。 3月14日より始まった電王戦FINALはプロ棋士の3勝2敗の勝ち越しで終了しました。──日本将棋連盟のHPより 第5局は2015年4月11日に阿久津主税八段とAWAKE(開発:巨瀬亮一) により東京将棋会館で行なわれた。 対局の数ヶ月前にプロ棋士側にソフト・ハードが貸し出され、以降は原則ソフトは修正できない(貸したソフトと対戦ソフトは同じバージョン)。 この取り決めに関し主催であるドワンゴ側は人間とコンピュータが戦う事が平等ではないからと主張、普通に戦えばコンピュータが勝つが前提と思える。 阿久津八段はソフトを提供された後に公になったAWAKEの不具合を利用して有利な局面に導こうとした、これに対しAWAKEを開発した巨瀬氏は投了を告げた。 此の不具合が公になったのは、2015年2月28日のニコ生で中継された「電王AWAKE(ノートPC)に勝てたら100万円」に於いてで序盤でリスク少なく角を取る方法。 阿久津八段はニコ生より前に発見した(貸し出されて3日後)と主張、対局までの間に角の効率的な取り方と其の後の展開を見据えた構想などもAWAKEで研究したと推測。 対局の流れはAWAKEの不具合を誘う流れで進む、解説の藤井猛九段は阿久津八段が不具合の発生を狙っている事を指摘。 阿久津八段はAWAKEの不具合に関しては日本将棋連盟の決定に従ったのかもしれない、局後の阿久津八段からは不具合狙いは本意ではなかったが推測された。 また、巨瀬亮一氏の投了のタイミングはプロ棋士側が不具合狙いであった事をスポイルしている。 将棋タイトル七冠を独占したことがある羽生善治氏は「中村一八のスペシャル対談」に於いて 「勝ち負けだけで決めるんだったら、それこそ、ジャンケンでも何でもいいわけです。プロが勝負した過程は「棋譜」という形でしっかりと残るんです。勝負の過程で、あっこれはすごい一手だとか、これはまったく考えもつかなかった素晴らしい新手だとか、いいものをどれだけ後世に残せるのかが、僕にとっては価値のあることだと思っているのです。」 第2回・第3回の電王戦も団体戦でありコンピュータ側が勝っている(但し、前回の第3回では「やねうら王」のソフト修正問題があり、FILALの第2局では角の不成に対するソフトの不具合を永瀬拓矢六段が発見し活用している)、日本将棋連盟は「将棋電王戦FINAL」では勝利したかったのだろう、しかし将棋ソフトがプロ棋士を凌駕しているの印象を与えている、強いからプロ棋士というのは当然だが勝てばいいというものでもない。 将棋ソフトが新手を発見する時代になっている、人間対人間の戦いが面白いの一面があるが現時点での最強は誰か或いは何かを決めるのも楽しみではある、プロ棋士が主導で戦うプロ棋戦、素人枠や女流棋士枠が在るのであれば将棋ソフト枠があってもよいのではと思う、竜王戦に将棋ソフトが参戦し対局中以外は改良可になれば緊張感が出て人間が作る全く新しい将棋の戦い方が生み出されるかもしれない。 AWAKEを開発した巨瀬氏は対局を続ける事も可能だった、もしかしたら勝っていたかも知れない、しかし意味の無くなった対局として投了を選んだ、共存共栄は困難かもしれないの感を持ったのではと思う。 奨励会を1級で退会した巨瀬氏はプロ棋士に対して憧れと敬意を持っていたと推測する、相手の弱点を突いて勝利する事は当然だろう(例えば老齢の棋士に対し勝負を深夜に持ち込んで勝利する等、違うか)、しかし棋譜は残るんだよと言いたいと思う。 阿久津主税八段の2014年度成績は32戦14勝18敗(0.438)、A級から1勝もできず落ちてしまった、電王戦への出場者は将棋の成績が成績が良くなるイメージがある、来年はA級に戻ってほしい、藤井猛九段も名人に挑戦してくれないかな。 「週刊将棋 2015年4月22日号」では「電王戦 劇的結末でプロ勝ち越し!」。
2015.04.18
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テレビの無い時代。○「一晩1万円ナリ」(抜粋・纏め) 全盛期の昭和24年(1949年)ごろから27、8年(1953年)まで、赤線業者の鼻息はすさまじいものがあった。 ”1万円の赤戦”といわれたのは浅草吉原の「ロビン」である。1952年7月24日、1階のホールには7人編成の専属バンドに200人からのダンサーが踊りまくる華々しい幕あけだった。2階の赤線は、6畳3畳の2間続きに、下駄箱から風呂までついているという一戸建ての部屋どりで、それが32戸もあった。全国の主要新聞に”デラックス・キャバレー夢の吉原に誕生。近代女性求む”と大々的な広告を掲せた。 開店5ヶ月目の12月24日(クリスマス・イブ)に文化放送(現在はフジサンケイグループ)から”実況中継”を電波に乗せることに成功した。 表面上はキャバレー「ロビン」がスポンサーであったにしろ、れっきとした赤線が放送に乗り出したのである。 当夜出演したのは古川ロッパ・森繁久弥・丹下キヨ子・高峰麻理子・生田恵子・・・といった、当時人気の高かったスターたちであった。─「新版 国家売春命令」p115~(ウィキペディアの「文化放送」「テレビ」よりの抜粋)※文化放送:開局日1952年3月31日、開局時には「日本文化の向上を図るとともに、真善美の理想と正義、人道を基調とした健全な民主主義思想の普及、国家の興隆と民族の反映に資する」という理念を掲げていた。しかし、開局の際にNHKからレッドパージされた職員を大量採用した事で、労働争議が頻発。※1953年1月 - シャープが国産第1号のテレビTV3-14Tを発売。価格は175,000円。※1953年2月1日 - 日本放送協会(NHK)のテレビ放送開始(日本での地上波テレビ放送の開始)。〓勝手に独断と偏見〓 売春防止法の完全施行は1958年4月1日、売春の対価で良い生活をしている事に対する妬み僻みが存在する、売春関係者を下に見たい一面があるのだろう。 戦後に於いてパンパンやオンリーのラベルを背負って生きていくのはきつい、戦時中・戦前も同様な状況があったのではと推測する。 パンパンやオンリーは占領軍に対する売春でもあり、米英との戦いで近親者や友人を亡くした人たちにとっては認めることが困難な職業・行為だったと思う。 職業による差別は否定は前提、しかし性的なサービスを行なう業者がクリスマス番組のスポンサーになり森繁久弥などが出演しているのは大らかな時代に思える、皇太子明仁親王(今上天皇)御成婚のテレビ中継は1959年で此の頃に民放が開局している。 売春には期間限定にしても人身売買・奴隷制度の影がある、戦後に於いて民主主義を確立する為に売春も含めて人権にどのように向かうかが重要と思う。 また特権階級の削減、男女間や人種・民族間の差別を無くす事は基本(北海道旧土人保護法は1997年まで続く)。 「1946年1月1日に官報により発布された詔書」より 「茲に新年を迎ふ。顧みれば明治天皇明治の初國是として五箇條の御誓文を下し給へり。・・・ 朕と爾等國民との間の紐帶は、終始相互の信頼と敬愛とに依りて結ばれ、單なる神話と傳説とに依りて生ぜるものに非ず。天皇を以て現あきつ御み神かみとし、且日本國民を以て他の民族に優越せる民族にして、延て世界を支配すべき運命を有すとの架空なる觀念に基くものにも非ず。」 占領下になって始めての新年、昭和天皇と其の周辺は詔書で選民思想と現御神を否定、「天皇陛下バンザイ」と突撃し天皇に命を捧げた人たち、靖国神社に英霊として祀ればいいではない。 「天皇機関説事件」時に「国体明徴声明:1935年」・「国体の本義:1937年」ではなく「1946年1月1日の詔書」を出していればと思う、或いは「五箇条の御誓文」と同時はどうだろう。 (明治維新当時は選民思想と天皇が現御神は日本国民には一般的ではなかったと思う、約50年間の教育の成果だろう)。 不敬罪がなく、御真影・教育勅語の取り扱いで死人が出るはなく、「昭和天皇誤導事件」で自殺を図ることもない世界。 人権の尊重と其れを支える良質で平等性を有した教育を国民は支え続けなければならない。 人権の尊重を一部の者達にするのか国民か日本国に居住する市民か人類か、人間は平等であり競争に於いて優先順位が存在しない事が重要。 勿論建前がタップリで、国民へのサービスが仕事である政治家を含む公務員の人権への対応を重要視できる余裕有る環境を人類が享受できればと思うが、富の再分配で先進国の国民の生活レベルを下げる事が必要に思える人権の尊重は甘くは無い。
2015.04.05
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2015年1月発売の「Newton」と「日経サイエンス」の3月号でのSTAP関連に関する記事は「日経サイエンス」が「Newton」の10倍、「Newton」では「FOCUS」記事の一つとして2ページ、「日経サイエンス」では「特集 STAPの全貌」として20ページ。○「Newton 2015年3月号」p8・9、「STAP細胞は「ES細胞の混入」と結論」(項目の標題と注) 「故意か過失かの判定や、混入させた人物の特定は困難」。理化学研究所の調査委員会が報告・再現実験は成功せず。・STAP関連細胞はES細胞由来と判明・キメラもテラトーマもES細胞由来・小保方氏本人と共同研究者の責任を指摘※キメラマウス:受精卵から少し細胞分裂が進んだ胚盤胞の段階で別のマウスの細胞をまぜこみ、遺伝的にことなる2種類の細胞(今回の場合は胚盤胞の細胞とSTAP細胞)が混在した状態で成長したマウス。キメラマウスの体の各部でSTAP細胞由来の細胞(分化した細胞)が確認されれば、STAP細胞が多能性をもっていることを示す強力な証拠となる。※テラトーマ(奇形種):万能細胞をマウスに注射することでできる腫瘍のこと。テラトーマの内部には体の各部の組織ができるため、注射した細胞が多能性をもっていることの証拠となりうる。──○「日経サイエンス 2015年3月号」p34~53、「特集 STAPの全貌」(項目の標題) 発表直後からさまざまな疑義が指摘されたSTAP論文 ようやく科学的な決着がついた STAP細胞は最初からなかった これが結論だ◇幻想の細胞 判明した正体・精子が光るマウス・10年前のES細胞・繰り返しと欠矢・別のSTAP幹細胞もES細胞・テラトーマではない?・そのES細胞はどこから・光らなかった胎盤・「誰が」は特定できず・偶然の混入は可能か・細胞を使い分けていた?・本人の記憶しかない・遅すぎた決着◇事実究明へ科学者たちの360日 「STAP細胞」の正体は何か 理化学研究所が「調査の必要なし」と言い続ける中 公開の遺伝子データと共著者の細胞を手がかりに、科学の追及が始まった・衝撃の発表・暗転・遺伝子が語る実態・ミスから出た発見・STAP細胞の正体──注:胚盤胞は卵割腔形成後から着床前の胚形成初期に形成される構造のことである。 胚の次の形態である胚盤胞は、内細胞塊あるいは胚結節を持ち、外側に外細胞塊あるいは栄養膜が形成される。 内細胞塊は身体のあらゆる細胞に分化する能力を持つことが知られており、再生医療の分野で注目を浴びた。 この細胞を取り出し培養したものが、いわゆるES細胞と呼ばれるものである。 一方、栄養膜は胎盤や羊膜などの胚外組織に分化していく。 (胚盤胞/ウィキペディアよりの抜粋)〓勝手に独断と偏見〓 上記雑誌発売後、 「読売新聞 2015年3月16日配信」によれば、「理化学研究所は小保方晴子・元研究員の刑事告訴はしない方針を決めた」、2月10日に理研は小保方晴子・元職員は懲戒解雇相当と主張。◇「Newton 2015年3月号」によると、 2014年12月19日:理研がSTAP細胞再現実験不成功発表、12月26日:理研が依頼した調査委員会がSTAP細胞はES細胞の混入等を発表。 STAP細胞はES細胞由来或は其の可能性が高い、ES細胞由来では不可能である胎盤について調査委員会の桂委員長は12月26日の会見で「論文の実験で光っているのは胎児の血液など胎盤以外のものだった可能性があるという見解を、専門家から聞いている。」 STAP幹細胞・FI幹細胞・キメラマウス(STAP細胞やSTAP幹細胞由来)・テラトーマ(STAP細胞由来)は若山研で作成されたES細胞と小保方研に残っていた由来不明の細胞だったと発表。── 「刺激惹起性多能性獲得細胞/ウィキペディア」より STAP細胞に増殖能を持たせたものをSTAP幹細胞、胎盤形成へ寄与できるものをFI幹細胞と呼ぶ。 公開遺伝子データ解析により明らかにされた矛盾:FI幹細胞(FGF4誘導幹細胞)のものとされるmRNAデータが、ES細胞が9割、胎盤になる能力のある幹細胞であるTS細胞が1割が混ざった特徴を持っていた。 「決定的な判断をすることは困難」、理研と理研依頼の調査委員会が調査し量刑を決定、説明では「可能性が高い」「由来不明の細胞」(マウス管理は不十分、証明には厳密性がない)と捜査権の有無以前の問題、しかし「疑わしきは罰せず」・「推定無罪」ではない。 明確になった事だけで十分処分は可能の判断だが解明までには至っていない。
2015.03.22
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○GHQの「公娼制度廃止に関する覚書」が日本政府に渡された(1946年1月21日)・覚書 1.日本に於ける公娼の存続はデモクラシーの理想に違反し、且全国民間に於ける個人の自由発達に相反するものなり。 2.日本政府は直ちに国内に於ける公娼の存在を直接及至間接に認め、若しくは許容せる一切の法律法令其の他の法規を廃棄し、且無効ならしめ、且該当法令の趣旨の下に如何なる婦人をも直接乃至間接に売淫業務に契約し若しくは拘束せる一切の契約金並に合意を無効ならしむべし。 3.当覚書を遵守する為に発令せらるる法規の最終準備完了と同時に其公布前に諸法規の英訳2通を当司令部に提出すべし。・「覚書実施についての細目の指示」(7カ条の大要) 売淫というものは合法的な仕事とは認められないが、ひとつだけ例外を認める。それは生計の資を得る目的で、個人が自発的に売淫行為をすることまでは、禁止しないということである。覚書は売淫という行為することによって、女性がドレイ扱いされることを禁止し、防止するのが狙いであるから、どんな女性でも自分の意志に反した売淫行為の契約などにしばられることはないのである。もし、その契約があるとすれば、今日ただ今から一切無効となることはもちろん、契約によって生じた金銭的な貸借から衣類・食糧・住宅にいたるまであらゆる負債もご破算となる。そして、この覚書に違反するものがあれば、どしどし起訴する─「新版 国家売春命令」より〓勝手に独断と偏見〓 「1947年度に吉原の業者140軒が納めた税金は総額5千万円、浅草界限での長者番付では、接待所の経営者達が1位から3位まで独占、業者はピンハネで懐ろを肥やしていた。 ・・・ 明治初期と思われる吉原の記録では娼妓の稼ぎの配分方は9対1の比率、泊り5円の料金のうち花魁の手取りは50銭、玉割りは次第に花魁に有利になった。 ・・・ 警視庁は1946年1月12日の保安部長通達で『業者の取り分100分の50以下』と指示 ・・・ どのシマも急ピッチで復興していった」 (「息を吹き返した赤線地帯」/「新版 国家売春命令」p96~の概要) 1947年度の本予算は1145億円(補正込み2142億円)、慰安婦は業者や公務員の所得に貢献している。 「ポツダム宣言」より 「日本国政府は日本国国民の間に於ける民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障礙を除去すへし言論、宗教及思想の自由並に基本的人権の尊重は確立せらるへし ・・・ 前記諸目的か達成せられ且日本国国民の自由に表明せる意思に従ひ平和的傾向を有し且責任ある政府か樹立せらるるに於ては聯合国の占領軍は直に日本国より撤収せらるへし」 GHQは年季奉公による強制売春・拘束に対し人身売買・ドレイ扱いの認識を示し開放を指示。 占領軍の一面として 「慰安所をやっていたときは、進駐軍の兵隊にめちゃめちゃにされた。・・・金を払わずに遊ぶ兵隊の数が非常に多かった。・・・注意でもしようものなら、いきなりピストルをぶっぱなして、逆に金を巻き上げて行く奴がいる。片っぱしから部屋の備品を放り出し、障子やフトンをひき裂くなどの暴れ方だ。・・・おろおろしている女をなぐりつけ、業者を蹴飛ばして出て行く兵隊もある。」 GHQの通達への日本政府の対応・「公娼制度廃止に関する件」(警視庁の通達1946年1月12日)抜粋・概要 貸座敷及娼妓は之を廃業せしめ之等廃業者に就ては私娼としえ家業継続を認め、公娼制度を廃止致す。 3.接待婦の稼動場所及住居は前記1による地域内に限定。 4.接待婦が其の就業を以て債務弁済するを内容とせる貸借契約はこれを禁止。 5.遊興料金の配分率は当分の間接待婦の取分100分の50以上、業者の取分50以下ととする。 6.性病予防に関しては其の施設検診等性病予防規則に依らしめ、業者及接待婦をして病毒伝播防止に努めしむる。── 日本政府は赤線などでの売春を奨励、接待婦の稼動場所限定は良いとして住居限定は住居の確保が困難の意とは思えない。 敗戦後の食糧不足、破壊された生活空間、多くの死傷者、紙幣の価値は1/3000になっていく、国民の貯金は意味がなくなり日本政府の借金は大した物ではなくなる。 戦争の為と国民から集められた物資は支配層と其の周辺で分配される。 大日本帝国は戦争遂行に特化していた、敗戦で軍事関係者の多くは職を失い農業に戻れる者や公務員以外は職が少ない。 RAA・公娼は廃止されるが私娼は残る、売春防止法の完全施行は1958年。
2015.03.08
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「アジョシ」は韓国映画、英語では「THE MAN FROM NOWHERE」と表現されている、アジョシは親しいとは言えないおじさんの意のよう。 映画「アジョシ」は、少女(ソミ)にアジョシと呼ばれる質屋の男(テシク)が監禁された少女(ソミ)を助け出す物語。 映画の中のエピソード: 路上で警察官に叩かれているソミ、ソミは鞄を盗むことに失敗していた、警察官の「ママはいない?」の問いかけにソミは通りかかったテシクを指さす、テシクは無視してその場を去る。 駄菓子屋でテシクはソミに「怒ったか? なぜ盗んだ?」、ソミは目の前の駄菓子を盗み駄菓子屋を駆け出て行く、碁を並べていた駄菓子屋の親父は「産むだけじゃ親とは言えん・・・サービスだ」とテシクから金を受け取らない。 追いついて来たテシクにソミは言う 「アジョシ 私が恥ずかしくて知らんぷりしたんでしょ? 私は平気だよ、・・・、私を”物乞い”とからかう子よりアジョシの方が悪い でも嫌いにならない アジョシまで嫌いになったら私の好きな人がいなくなっちゃう それを考えると ここが痛くなるから嫌いにならない」 テシクは妻を亡くしている。 テシクが妻の死を見たのは、生まれてくる二人の子の服を購入し店を出た時。 麻薬抗争に巻き込まれたソミの母、ソミも巻き込まれ臓器売買の組織に売られる、「知らんぷり」が出来なくなっているテシク。 ジャン・レノ、ナタリー・ポートマンの「レオン」の影響はあるのだろうが、好きな作品、特にソミ役のキム・セロンがよかった。 (「ニキータ」は観ていない。) 音声は韓国語で日本語字幕(必要でない人もいるだろうが)で観た方がいい、音声が日本語だと違和感がある。
2015.02.21
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大日本帝国では敗戦で連合国に占領され日本女性は国政参政権を得る、それまでは特権階級・エリートの代表集団である貴族院が反対していた。 1948年12月10日に第3回国連総会において「世界人権宣言」が採択された、ソ連は棄権、日本共産党は「世界人権宣言」に対して当時はどのような主張だったのだろう。 「世界人権宣言」第二条 一項 「すべて人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも受けることなく、この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる。」 米国では男女、黒人白人、人種、文盲テスト等による差別が存在し、1971年に差別の無い選挙人登録が可能となった。○姦通罪/ウィキペディア 姦通罪とは、婚姻して配偶者のある者が、他の者と姦通することにより成立する犯罪。・日本 日本においては1880年7月17日に布告された旧刑法(明治13年太政官布告第36号。1882年1月1日施行)353条に規定され、1907年4月24日に公布された刑法(明治40年法律第45号。1908年10月1日施行)183条に引き継がれたが、現在では廃止されている。 姦通罪は必要的共犯として、夫のある妻と、その姦通の相手方である男性の双方に成立する。夫を告訴権者とする親告罪とされた。また、告訴権者である夫が姦通を容認していた場合には、告訴は無効とされ罰せられないものとされた。夫が告訴するには、姦婦との婚姻を解消し、または離婚の訴を提起した後でなければならない。再婚または離婚の訴の取下は告訴の取消と見なされる。内縁の夫のある婦女が他の男子と私通しても姦通罪は成立しない。正妻のある男が他の婦女と私通しても姦通罪は成立しない。・廃止 第二次世界大戦後、1947年(昭和22年)5月3日に施行された日本国憲法には男女平等が定められ(14条)、姦通罪は同条に違反するとされた。一部には「妻のある男性にも平等に適用するように改正すれば、憲法に違反しない」とする意見もあったが、同年10月26日の刑法改正によって姦通罪は廃止された。──○「迫水久常 インタビュー 1974年4月20日」/「戦後秘史 2」p255~の抜粋・迫水:・・・沖縄が没落したのが6月21日だから、すぐそのあとの6月下旬の閣議でね、おもしろい話が出たんだ。いよいよ本土は戦場になった。男どもは鉄砲で戦争させるのがこれは当然、しかし女性というのは、大和民族を子孫に伝えるために保存しなくちゃいかんと、ある閣僚が言い出したんだ。しかもアメリカ兵が上がってきたら、必ず女性との間に問題が起こる、大和民族の純潔を守るために、なんとか方策を講じなければいかんじゃないかという話なんだ。・大森:だれがいい出したんですか、それは。・迫水:(立憲)民政党の桜井兵五郎。それはみんなそうだと。・・・(女子の)集団疎開という案はいろいろ研究したけれでもできないなということでもってぐずぐずしていたんです。7月初めになってもなかなかいい案が立たないということで、じゃ女子も自分で防衛してもらう以外手がないということになったんですよ。そしたら誰だったか忘れましたけど、安全カミソリの刃を女性全員に配布しようと・・・(全員配布には枚数が足りないの説明)・・・なぜ安全カミソリの刃を配給するかというと、みんな女にそれを紙入れの中にもたせておいて、いよいよアメリカがやってきたら、それでちょん切らせようとこういうわけなんだ。・大森:竹ヤリ以上だ、これは。敵の竹ヤリを切るわけだ。・迫水:・・・もし戦争がつづいていたら、日本の女性というのが、どれだけ▲▲▲▲を産んでいたことか、ねえ。・大森:そうですよ。・・・・迫水:▲▲▲▲を産んだのが、またたくさん出てきて・・・大和民族というのは純潔でなくなっていると思うよ。それで純潔であるのは、ぼくは天皇陛下のおかげだと思っているんだ。だから、女性よ、ことに天皇陛下を大事にしなさいと(笑)。──〓勝手に独断と偏見〓 迫水久常の例は、人権・差別に関する1974年(戦後19年目)と平成の隔たりを示している。 戦前・戦中・戦後、日本国民の人権は支配層であるエリートにとって最重要ではない、日本国民は消耗品との視点・対応が伺える。 占領・日本国憲法・独立を経て平成となり戦後教育で育った公務員が多数を占め、政治家・官僚の多くが天皇に仕えるから国民に仕えるへ意識がシフトしていると思う。
2015.02.08
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餓死者が出る敗戦下で戦争孤児が存在し、女性・少女が家族の柱とならなければならない状況もあったと想像する。 海軍・陸軍による防波堤は崩壊、マスメディアが米英鬼畜と主張していた米英等の占領軍相手の慰安婦を大日本帝国政府が求める、米英との戦いで親族を亡くした人達や生活基盤を失った人達、男性の尻拭いを女性がしている状況。○「昭和のお吉たち」/「新版 みんなは知らない 国家売春命令/小林大治郎、村瀬明」p46~(抜粋・纏め)◇アメリカ兵に暴行され、悪質ブローカーにだまされた16歳の少女の話◇寄宿舎完備、高級優遇の話につれられた女学生の告白◇戦争でおちぶれた元外務省高官の娘◇ふとした夫の過ちから慰安婦になった警察官の妻◇慰安婦からパンパンになったY子の告白 「小野園」の料金はショートで100円、オールナイトが300円だった。1ドルが15円ぐらいだったころなので、兵隊にとっても、この玉代はベラ棒に高かった。それでも、戦地帰りは一斉に突撃してきた。 だから、R・A・Aは儲かって儲かって仕方がなかったろう。おまけにあたしたちは、歩合制をとっていなかったのだ。 協会の偉い人たちは「国策的事業だから政府から融資をうけたのだ。そのため営利的なピンハネはできない仕組みになている」と説明するが、部屋代・食費・配給される衣料費・日用雑貨・化粧品--これだけ引かれて、残りは小遣いなのだが、その大半は”つまみ食い”に消えてしまう。一日に40人もの相手をさせられては、あてがい扶持の食事や、”労務者”用特配の黒っぽい餅だけでは、とても間に合わない。 同時に、働けば働くほど病気やケガをする率も高くなるが、その場合も、費用は一切自分負担で、お金は残るどころの段ではなかった。勢い、兵隊と馴染みになって、タバコや化粧品を手に入れて、売ったお金を小遣いにした。中には、オンリーになって、やめて行く人もあった。顔触れも僅かのうちに、ずい分変わった。 ・・・ 忘れもしないのは昭和21年3月27日のことだった。昼ごろ目をさますと、突然、全員集まれ ・・・ 「GHQの指令で、今日限り、ただいまから慰安所は一切オフ・リミットになったから、皆さんは適当に職を捜して立退いてもらいたい。皆さんの犠牲で、多くの一般婦女子の純潔が護られたことは歴史的事実であって、その努力に対しては必ず後世の人たちによって報いられるに違いない。心から感謝する。どうか国のために尽したということを誇りと慰めに、お別れしてほしい・・・」 寝耳に水とはこのことをいうのだろうか。にわかに信ずることはできなかった。「そんな勝手なことってあるもんかい」「もとのサイズにして返せ!」「退職金をよこせ、退職金」。蜂の巣をつついたような騒ぎになった。 ・・・ 二人は「小町園」を出た。下着類の入った風呂敷3つに雑嚢1つ、それがあたしたち二人の”貞操の代償”のすべてであった。 駅の方に歩いて行くと、三人連れの女たちとすれ違った。白い目であたしたちを眺めながら「あれ慰安婦よ、進駐軍相手の・・・」とささやく声が耳に入った。 ・・・ あたしたちは、その夜から稼がなくてはならなかった。「仕方がないねエ。もう堅気にはなれないし、体で稼ぐよりしょうがないよね・・・」。 そして、その夜からあたしたちは兵隊相手の街娼になった。 ・・・──〓勝手に独断と偏見〓 慰安婦への「ピンハネ」は一般的な構造なのだろう。 「占領軍の兵隊に暴行された16歳の少女」の存在・生活環境をブローカーは警察からの情報で知ったのか其れとも新聞、米兵に暴行されたら米兵を罰せよではなく慰安所で働けが当時の現実か。 結局、政府公認の占領軍相手の慰安所はダメで自由恋愛というオブラートに包めばよいとなる。 「本人が納得していればよい」の主張、納得せざるを得ない状況の場合は多々ある。 当時に於いては戦争に負けなければ、戦争をしなければこんな事にはならなかったのケースが殆どだろう。 「国策的事業だから政府から融資をうけたのだ。そのため営利的なピンハネはできない仕組みになている」は嘘で、GHQの指令でRAAは「皆さんは適当に職を捜して立退いてもらいたい。」となり、就職の斡旋もない。 戦場で亡くなった従軍記者・画家・僧・看護婦は靖国神社に祀られる。 「その努力に対しては必ず後世の人たちによって報いられるに違いない。」を主張するなら記念日を創るか、それとも靖国神社等に銅像や記念碑を建立するのがよい。
2015.01.24
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BABYMETALの『LIVE AT BUDOKAN ~ RED NIGHT & BLACK NIGHT APOCALYPSE ~』は日本武道館での2日間のコンサートが収録されている。 『「ももクロ春の一大事2014 国立競技場大会~NEVER ENDING ADVENTURE 夢の向こうへ~」Day1/Day2 LIVE Blu-ray BOX』は4枚の Blu-ray、BABYMETALはBlu-rayが1枚。 BABYMETALの曲が少ない為か、 LED ZEPPELINはアルバム「LED ZEPPELIN」と「LED ZEPPELIN II」を1969年の1月と10月にリリースしている、アルバム「BABYMETAL」は2014年2月26日リリース、2015年中に「BABYMETAL II」がリリースされるかもしれない。 「RED NIGHT & BLACK NIGHT」では多弦で演奏する神バンドがバックを務める。 BABYMETALの日本武道館でのLiveをBlu-rayで見て先ず感じたのは日本武道館では狭すぎる、2015年1月10日に「さいたまスーパーアリーナ」でコンサートが行なわれた、Blu-rayの発売が楽しみ、幕張メッセでのLiveが6月に行なわれるようなのでそっちでもいい、高品質の音と映像で彼女達のパフォーマンスを伝えて欲しい。 ファンになったのは「紅月-アカツキ-」を聞いて、「SU-METAL」以外の「YUIMETAL」「MOAMETAL」は口パクではないかと思っていたが基本自身で歌っている、失礼な先入観で見ていた。 「RED NIGHT」では「YUIMETAL」が途中で消えてしまう(舞台から転落したようだ)、次の曲から復帰するが翌日の「BLACK NIGHT」に比べて曲数が少ない(アンコールがなかった)のは、「YUIMETAL」の体調を優先したからかもしれない、「YUIMETAL」が消えている間の「SU-METAL」「MOAMETAL」には当然かもしれないが異なる緊張感が発生しているように感じた。 「RED NIGHT & BLACK NIGHT」は良かった(狐様は好きでない)、彼女達が完全燃焼したかは別、本人達はやり残した(足りない)事が沢山あるの感があった。
2015.01.12
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○「米占領軍とRAA」/「慰安婦と戦場の性/秦郁彦」166p~169pの抜粋・纏め 「良家の子女」を守るため、連合軍兵士用に「性の防波堤」をという思いつきで、内務省は有力業者に話しをつけ、警察力を動員して「特殊慰安施設協会」(RAA)を結成する。 大蔵省に頼んで3千万円の緊急融資を受け、米軍第一陣が到着する前日の1945年8月27日、東京大森の小町園に第一号が誕生、朝日新聞などに報じられた。 「急告 特別女子従業員募集 衣食住及高級支給、前貸にも応ず」の募集広告に応じて、千数百人の女性が集まった。 8月18日付で警保局長から全国の警察部長へ流された通牒を見ると、この種の「性的慰安施設」にふさわしい女性は「芸妓、公私娼妓、女給、酌婦、常習密売■犯者等・・・」とあるが、食うや食わずの世相だったから、戦争未亡人や恋人に戦死されたシロウト女性もどっと押し寄せた。 開業直後の小町園の混乱ぶりは相当なもので、女性一人につき、一人最低15人から最高60人までの米兵を相手とする有様だったが、9月末から東京各地の旧遊郭を動員したので、混雑は緩和されたという。・<表5-3>米進駐軍専用慰安婦 地域、人員数、時点、呼称 北海道、770、-、特殊慰安婦 新潟県、276、45.10.25、接客婦 東京都、1360、45.8.28、慰安婦 横浜市、355、-、接客婦 横須賀市、358、45.12.31、接客婦 兵庫県、1182、45.12、慰安婦 広島県、725、45.11.30、慰安婦出所:主として各県市の警察史によった、いのうえせつ子『占領軍慰安所』(新評論、1995)、『季刊戦争責任研究』第13号、14号(1996)の吉見義明・尹明淑論文(注)山形県酒田市の例のように戦勝国民となった朝鮮人、中国人専用の慰安所も開設されている。 1946年1月、公娼廃止を指令するGHQ覚書の発出をきっかけに、3月頃までに米軍用慰安設備は閉鎖された。性病が爆発的に広がったせいとも、米本国に報道され家族の抗議で問題化したせいだともいう。 1945年9月4日付けで、内務省保安課長から各府県の警察へあてた「米兵の不法行為対策資料に関する件」と題する通牒には、婦女子強▲事件の実情を紹介したあと、「慰安所は表面連合軍司令部としては公認せざる所なる如きも自衛方法として斯種施設は絶対必要なり」と述べ、場合によっては移動式慰安所も考慮せよと指示していた。 ・・・部隊によっては正面から要求してくる例も見られたからである。 朝日新聞の木更津支局長だった明石清三によると、1945年9月12日、市長室に武装した米軍将校3人が押しかけ、「女を提供してもらいたい。すぐ血液検査をする。30人以上」と迫った。──〓勝手に独断と偏見〓 「従軍慰安婦/吉見義明」p194~の「敗戦直後の連合国軍用慰安所」ではRAAに触れて、 「右翼の積極的介入」では笹川グループや元大日本赤誠会岩手支部長の菱谷敏夫と連合国軍用慰安所に関して触れ「連合国軍相手の慰安所設置に関しては、警察・右翼・売春業者が連携していたのである」としている。 これは「敗戦日記/高見順」の記述「企画経営者が終戦前は「尊皇攘夷」を唱えていた右翼結社であるということも特記に値する」に符合。 「慰安婦と戦場の性/秦郁彦」によると、朝日新聞もRAAの慰安婦募集を掲載、また連合軍が慰安婦を要求していたことも知っていた。 「山形県酒田市の例のように戦勝国民となった朝鮮人、中国人専用の慰安所も開設されている」は興味深い記述。 連合国軍の為の慰安婦の存在は、連合国による婦女暴行を軽減することができたのか。 当時は(現在も)日本への駐留軍の軍人の犯罪に対して日本の警察は力を十分に発揮できない、泣き寝入りしかなく連合国軍による事件自体も報道されるのは一部だったと推測する。 連合軍への慰安所や性サービスが日本国の女性の為だけとは限らない、しかし慰安婦の方々の行為は婦女暴行を軽減する事には役立ったと思う。 現在に於いても敵国民の人格を精神的・肉体的に否定するような行為が男女関係なしに行われていると思う、戦争・戦闘という行為は人権を否定している、人権の為に戦うの主張もある。 戦争状態で、人も殺した、明日には死ぬかもしれない、人を殺さないといけないの状態で現実的な慰安は必要(仮想現実の慰安が可能になるかもしれない)、異常な状態で通常と変わらない精神状態の維持は困難。
2014.12.31
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『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の公開は1995年11月18日。 「すべてがFになる The Perfect insider/森博嗣」「有限と微小のパン The Perfect outsider/森博嗣」の初稿完成時期は1995年12月と1997年6月。 「マトリックス (映画)」の日本公開は1999年9月11日、バーチャルリアリティ(Virtual Reality)が一般に広まる時代で、森博嗣やマトリックス は『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の存在に触発されたと思う。 「有限と微小のパン The Perfect outsider/森博嗣」では「コンピュータを駆使しても、将棋の名人にはかなわない・・・チェスやオセロは、コンピュータの方が強いみたいですけど」の微笑ましい会話がある。 2014年3月から始まった「第3回将棋電王戦」では日本将棋連盟のプロ棋士vsコンピュータだったが1勝4敗でコンピュータ側の勝利、事前に「第3回将棋電王戦」本番用ソフト・ハードをプロ棋士側に3ヶ月以上前に貸し出し、貸し出し後プログラムを変更しない(ソフトの一つである「やねうら王」のバグ修正が対局の21日前に行なわれた)でありハードの制限等があるでハンディありの戦いだった。 完全な存在が創った宇宙と不完全な存在が創ったバーチャル空間では意味が違ってくる、不完全な存在か完全な存在かは視点(立場)による事になる、卑近な例では社長は社員にとって完全に近い存在の場合があるが会社を離れると完全度は格段に落ちる、その会社と関係ない人は存在を意識しない事が殆ど。 もし、マトリックスのようなバーチャル空間が創れたとして、マトリックスでマトリックスを創った文明以上の進化は制限されると思える、例としては現在理解出来ていない宇宙現象や物質・エネルギーをマトリックスに導入できない。 しかしバーチャル空間特有の科学は発達する可能性がある、宇宙の解明はバーチャル空間の解明で可視光線や他の惑星・恒星に対する認識が異なると思うからだ。 マトリックスのような人間をエネルギー源として使用するのであれば、人間は人工生殖なのかクローン技術なのか、確かパラダイスのような空間では上手くいかなかったとしていたの記憶がある。 今回の「有限と微小のパン/すべてがFになる」#9は製作者側がやっとやる気になったと思わせる出だしだったが、また事件現場で武井咲(西之園萌絵)がしゃしゃり出るのパターンを採用している、綾野剛(犀川創平)をメインにするともたないのだろうか。
2014.12.17
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○RAAに関する記述等/「敗戦日記/高見順」p425~(抜粋)◇1945年11月14日 外へ出ると細雨。「銀座見物に行きましょう」と伊藤君を誘った。雨でもアメリカ兵は銀座に土産物買いに出ていた。小箱をかかえているのにつづけて会った。人形の箱だ。 ・・・ 松坂屋の横に Oasis of Ginza と書いた派手な大看板が出ている。下にR・A・Aとある。 Recreation & Amusement Association の略である。松坂屋の横の地下室に特殊慰安施設協会のキャバレーがあるのだ。 「のぞいて見たいが、入れないんでね」というと、伊藤君が、 「地下二階までは行けるんですよ」 地下二階で「浮世絵展覧会」をやっている。その下の三階がキャバレーで、アメリカ兵と一緒に降りて行くと、三階への降り口に「連合国軍隊ニ限ル」と貼紙があった。「支那人と犬、入るべからず」という上海の公園の文字に憤慨した日本人が、今や銀座の真中で、日本人入るべからずの貼紙を見ねばならぬことになった。 しかし、占領下の日本であってみれば、致し方ないことである。ただ、この禁札が日本人の手によって出されたものであるということ、日本人入るべからずのキャバレーが日本人自らの手によって作られたものであるということは、特記に値する。さらにその企画経営者が終戦前は「尊皇攘夷」を唱えていた右翼結社であるということも特記に値する。 世界に一体こういう例があるのだろうか。占領軍のために被占領地の人間が自らいちはやく婦女子を集めて■■屋を作るというような例が--。支那ではなかった。南方でもなかった。懐柔策が巧みとされている支那人も、自ら支那女性を駆り立てて、■■婦にし、占領軍の日本兵のために人肉市場を設けるというようなことはしなかった。かかる恥かしい真似は支那国民はしなかった。日本人だけがなし得ることではないか。 ・・・ 戦争は終わった。しかしやはり「愛国」の名の下に、婦女子を駆り立てて進駐兵御用の■■婦にしたてている。無垢の処女をだまして戦線へ連れ出し、■■を強いたその残虐が、今日、形を変えて特殊慰安云々となっている。◇1945年11月15日 川端・中山両氏と東京駅へ行くとちょうど電車の出たあとだった。 ・・・ そうした文学話をしていると、前の席の人たちが、すッと立って帽子を取って最敬礼をする。 「・・・?」 振り返って歩廊を見た。歩廊で汽車を持っている人たちもみな直立不動の姿勢だ。 向うのホームに、見なれない立派な列車がついている。車に菊の御紋が光っていた。 天皇陛下がおかえりになったのだと知らされた。 ・・・ 昔だったら何時間か前から警護の巡査や憲兵が駅に沢山出ていて、天皇陛下の特別列車がおつきになる頃は駅になど私たち一般乗客を入れはしなかったろうと、その変化に驚かされた。 ・・・ 宮様のお通りでも一時間ぐらい平気で街頭で待たされたものだが。──〓勝手に独断と偏見〓 「世界に一体こういう例があるのだろうか。占領軍のために被占領地の人間が自らいちはやく婦女子を集めて■■屋を作るというような例が」 大東亜戦争は大東亜共栄圏による自存自衛の確立をドイツに認めてもらう戦い、国民を犠牲に国家運営の安定を求めた戦い。 敗戦後に戦争を遂行した勢力が行なうことが、一般国民から占領軍将兵の慰安婦を募ること。 「連合国軍隊ニ限ル」の貼紙がある特殊慰安施設協会のキャバレーが銀座の松坂屋の横の地下3階にできた。 日本人男性は自分達の情けなさの象徴が増える、占領軍に依り婦女子が日常的に▲▲される世界になる認識が強かったとも言える。 昭和天皇の戦後の巡幸は1946年(昭和21年)神奈川県 2月19日 ~ 1954年(昭和29年)北海道 8月23日、昭和23年はなし、沖縄への巡幸は行なわれなかった。 敗戦までは、「宮様のお通りでも一時間ぐらい平気で街頭で待たされたものだが。」、戦後でも直後は「直立不動」、戦後の巡礼の警備は初期に於いてはMPで「直立不動」「土下座」は無くなっていったと推測する。 占領下、天皇は「朕」は使わなくなる、敗戦と占領軍による日本の民主化が進んでいると考える、不完全でも人権や平等が重要な要素になりだした。 現在の「文化勲章親授式」に於いての総理大臣の立ち位置は天皇の下僕の感がある、総理大臣は国民の下僕の長であっても天皇の下僕ではない、見届け人として参加ぐらいの立ち位置がよいと思う。
2014.12.07
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「すべてがFになる The Perfect insider/森博嗣」の初稿完成時期は1995年12月、1月17日の阪神・淡路大震災の頃は携帯電話は一般的ではなかった、11月23日にはMicrosoft Windows 95の日本版がリリースされ、インターネットとGUIのパソコンと携帯電話が一般的になりつつある時代。 DNA鑑定は、1990年の足利事件、1997年の東電OL殺人事件等があり不安定な状態。 「UNIXを介してFTPしてますから、フロッピィは使いません」が会話に出てくる、当時Linuxは一般的ではない。 19歳の西之園萌絵はゼミ旅行に参加しキャンプでビールを飲む「研究所の人が持ってきたビールの半分を彼女が飲んだんです。」、「煙草は吸わない方が良い。君はまだ未成年だろう?」と注意され「もうすぐ、20歳です」と答えるような時代、未成年の飲酒は大目に見られるが喫煙は問題視されている、現在では問題になる表現なのか。 実写テレビ版、主なCASTは武井咲(西之園萌絵)、綾野剛(犀川創平)、早見あかり(真賀田四季)、水沢エレナ(国枝桃子)。 小説で西之園萌絵は自分の思い通りにならないとXXXという我が儘な側面を持つ娘として描かれている、それを純粋と捉える者もいる、男性からは好かれるタイプの女性の設定のよう。 実写テレビ版は武井咲のプロモーションビデオの要素が強い演出がされていると感じる。 テレビドラマとして楽しみたいので、どこにでもドヤ顔で出てきて構図の中心は武井咲がいる等の演出はウザく感じる、もちろん製作者側の問題で個人としての武井咲の問題ではない、指示された演技を自分なりにこなしてOKを得ていると推察する。 武井咲はビジュアル的にはレベルが高く存在感もある、にも拘らず演技中の武井咲に好感を持てない、演出に問題があるとしか思えない、プロモーション型の演出で好感度を下げようとしているのか。 2001年に放送された木村拓也主演の「HERO」ではこのような感覚はなかった、微妙な違いだと思うがもう少し物語重視にしてもらうと楽しめるのにと思う、或いは武井咲サイドは女性の演者と演技で戦うことを避けているのではないか。 真野響子や早見あかりの演技に光があたる状態では番組に於ける武井咲の色が薄まる或いは消える、ゲストに場面を提供しているのか演出が演者の戦いを避けているのか。 第6話「すべてがFになる[後編]」では、早見あかりの存在感で武井咲の色が薄まり、綾野剛が生き生きしだし、ドラマとして楽しめる内容になったと感じた、番組後半ではイラッとくろことはなかった。 所属事務所への配慮やゲスト的な扱いがあると思うが、同じ力で演出された女と女の戦いの方が面白いと思う。 本作に於いては武井咲と綾野剛では不完全で、もう一人存在感のある主要人物として扱われる女性の俳優が必要と感じた。 早見あかりの存在感は強烈、まだ全部を出していないようなのりしろを感じる、作品的には顔の輪郭や体型はもう少し絞った方が良いように思う。 ももクロではどのような存在感を発揮したのだろう、雰囲気としてはアイドルではない、ももクロ時代はかなりの葛藤があったのではと思う、早見あかりには作品・環境に恵まれて俳優として存在感を発揮してほしい。 武井咲の事務所はオスカープロモーション、ももクロや早見あかりの事務所はスターダストプロモーション。 「市川美織/ウィキペディア」によるとNMB48の市川美織はかつてスターダストプロモーションとボックスコーポレーションに在籍していた。 有吉AKBラジオ局で市川美織はAKB48に入るまでに2度事務所をクビになっており、一つ目の事務所からは「次から来なくていいです」という書類が届いて母親に言えなかったと発言している。
2014.11.26
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「敗戦日記/高見順」1945年11月13日に登場する新聞記事、読売新聞の社説と朝日新聞のコラム「青鉛筆」。○新聞記事/「敗戦日記/高見順」p423~◇1945年11月13日・昨日、読売の社説にローマ字採用論が出ていた。 「漢字を廃止するとき、われわれの脳内に存在する封建意識の掃蕩が促進され、あのてきぱきしたアメリカ式能率にはじめて追随しうるのである。文化国家の建設も民主政治の確立も漢字の廃止と簡単な音標文字(ローマ字)の採用に基く国民知的水準の昂揚によって促進されねばならぬ。」 というのである、大反対である!・・・「民主主義」の名の下に、バカがいろいろ踊り出る。・新聞が新しい「暴力」として立ち現われた。「青鉛筆」欄(朝日新聞の朝刊社会面に連載されているコラム)にこんな記事が出た。 「久米正雄氏らが進駐軍相手にはじめた鎌倉の高級土産物店はいつか本欄で紹介したが、古物商の鑑札を受けてゐなかつたため開店早々一時店を閉め、2,3日前鑑札が下りたので改めて店開き。 これで堂々(?)と古物商で商売が出来るわけだが、店先に久米氏筆で『朝日新聞御推奨』の張紙が出たのは恐縮した。 早速この貼紙はお取り外しを願つたが、本欄で紹介したのはべつに「御推奨」の意味ではない。その昔、たしか久米氏のい製造した微苦笑といふ言葉から微笑を差引いた気持ちでちよつと紹介したまでのことである。念のため。」 土産物屋は久米さんが「はじめた」ものではない。それを「はじめた」ものとしていかにも悪意にみちたゴシップを出した。それで久米さんは憤慨して「朝日新聞御推奨」と書いたのだ。朝日では、驚いて、その張紙をひっこめてくれと交渉して来た。そしてこの第二のゴシップである。 最初のゴシップのときは、久米さんが「はじめた」ものと、朝日が勘違いして書いたのかも知れないと思ったが、張紙事件で朝日は久米さんが「はじめた」ものでないことは、ちゃんと知ったはずだ。しかるに、その事実を曲げてあくまで「久米正雄氏が進駐軍相手にはじめた・・・」と書いている。事実を曲げて、あくまでも久米さんを傷つけようというのだ。暴力だ。 私は朝日だけは信じていた。戦争中もできるだけ「客観的報道」をするよう努めているとみた。その態度に敬服していた。しかるに、この暴力はどうだ。朝日もまた、「新聞」だったのだ。──〓勝手に独断と偏見〓 読者を真実から遠ざけ冤罪(濡れ衣)を誘発させようとしたり自分達の利益・プライドを優先する報道を『暴力』としている。 朝日新聞は久米正雄氏に『暴力』を振るったの主張。 「敗戦日記/高見順」は新聞全般に不信感があり、信じてきた朝日新聞も同様だったのだと憤慨している。 似た構造を持つ真実との乖離・ミスリードする事件として「吉田調書」事件。 2014年5月20日、朝日新聞は朝刊にて福島第一原発事故の政府事故調の「吉田調書」を入手したと発表。 「東日本大震災4日後の2011年3月15日朝、福岡第一原発にいた東京電力社員らの9割にあたる約650人が吉田昌郎所長の待機命令に違反し、福島第二原発に撤退した」と報じた 門田隆将氏による『虚報』『誤報』の指摘に朝日新聞社は・「週刊ポスト記事に朝日新聞社抗議 吉田調書めぐる報道」/朝日新聞デジタル 2014年6月10日05時54分 朝日新聞社は9日、週刊ポスト(小学館)が6月20日号に掲載したノンフィクション作家門田隆将氏による記事「朝日新聞『吉田調書』スクープは従軍慰安婦虚報と同じだ」について、報道機関としての朝日新聞社の名誉と信用を著しく毀損(きそん)するとして厳重に抗議し、訂正と謝罪の記事の掲載を求める文書を送った。 門田氏は朝日新聞が5月20日付で報じた「所長命令に違反 原発撤退/政府事故調の『吉田調書』入手」の記事について「『誤報』である、ということを言わせていただきたい」などと批判した。これに対し朝日新聞社は「記事は確かな取材に基づいており、『虚報』『誤報』との指摘は誤っている」と指摘した。── 朝日新聞社は「記事は確かな取材に基づいており、『虚報』『誤報』との指摘は誤っている」とし、訂正と謝罪を求めた。 しかし、政府は9月11日に「吉田調書」を公開、 同日、朝日新聞社は「命令違反で撤退」という記述と見出しは間違った表現として記事を削除、「前提となる事実が覆ったと認識しており、誤った事実に基づいた抗議ということで、撤回、おわびしたい」と述べた。
2014.11.16
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RAAの正式発足は1945年8月28日、皇居前広場で「特殊慰安施設協会(後に国際親善協会と改称)設立宣言式が行なわれた。」 指導委員会は内務省・外務省・大蔵省・運輸省・東京都・警視庁等の各関係機関をもって組織す。・趣意書(全文) 畏くも聖断を拝し、茲に連合軍の進駐を見るに至りました。1億の純血を護り以て国体護持の大精神に則り、先に当局の命令をうけ東京料理飲食業組合、東京待合業組合連合会、東京接待業組合連合会、全国芸妓屋同盟会東京支部連合会、東京都貸座敷組合、東京慰安所連合会、東京練技場組合連盟の所属員を以て特殊慰安施設協会を構成致し、関東地区駐屯部隊将士の慰安施設を完備するため計画を進めて参りました。本協会を通じて彼我両国民の意志の疎通を図り、併せて国民外交の円滑なる発展に寄与致しますと共に平和世界建設の一助ともなれば本協会の本懐とするところであります。 本協会は右の趣旨に基き、直に運営を開始致します所存で御座居ます故、何卒御賛同の上大いに御出資を賜り、如上の使命達成に万全の御支援を御願い致します。 昭和20年9月 特殊慰安施設協会──○「新版 みんなは知らない 国家売春命令」よりの抜粋・纏め◇女体一本槍作戦決まる(RAAのスタート)・RAAの準備段階に於いての警視庁保安課に対しての提案(1945年10月20日) 1.まず女を集める。この女たちによって、進駐軍将校の慰安を第一にっせること。 2.新施設とともに、現存の各遊郭もそのまま利用する。 3.そのほか待合・貸座敷など接客婦のいる場所を利用すること。・捕捉 A:新設の施設には現存施設からも接客婦を供給するが、当然それだけの人数では足りないと思われるから、必要な人員を東京や近在から集めたいが許してもらえるか B:当分の間、日本人の慰安利用は遠慮願いたいが、どうか 警視庁の坂信弥総監は「よかろう、存分にやらせなさい」◇「池田勇人主税局長(のちの首相)」の一声・RAAの役員 理事長:宮沢浜治郎、副理事長:大竹広吉と野本源冶郎、常務理事:秋本平十郎、以下東京料飲組合の幹部がズラリと役員に名をつらねる。・日本政府による5千万円の貸付金の保証 内務省から大蔵省を通じて日本勧業銀行が貸付ける形式をとった。(5千万円を限度に、業者の振出す手形を勧銀が割引く方法で話がまとまった) このとき大蔵省側の中心人物が池田勇人主税局長 5千万円の貸付担保には、RAAを構成する7団体(芸者屋・待合・貸座敷・接待所・慰安所・遊戯所)の組合員の特殊預金(戦時火災保険金を凍結されたもの)の証書をあてた。・運営資金 当初は宮沢氏のポケットマネー20万円。 第一回:3千万円が9月6日に貸出しされた。 第二回:3百万円が翌年1946年1月10日、以後はストップ。──〓勝手に独断と偏見〓 「指導委員会は内務省・外務省・大蔵省・運輸省・東京都・警視庁等の各関係機関をもって組織す」 RAAの様な組織には表向き関係したくない思うが、当時は利権があるのか敗戦責任を感じているのか、行政機関がそれなりに関係している。 RAAの慰安婦は公務員では駄目なのか、戦時中の慰安婦で海外等の戦争が行なわれた地域で亡くなられた人たちは靖国神社に奉られたのだろうか。 貸出しは1946年1月10日でストップした、GHQは日本勧業銀行の監査を行いRAAへの貸出しを不良貸付けとし不正追求。 大蔵省は「ごもっともであるが、実はこれはあなた方の将兵を慰安するという特殊目的から、例外扱いとして貸付けているのだ」。 GHQは「その配慮はまったく無用。今後は一切このような特別貸付けは停止すべきである」 米10kg:1938は2円80銭、1950は990円のインフレが進行。・新円切替は1946年2月16日夕刻に幣原内閣が発表した戦後インフレーション対策として行われた金融緊急措置令をはじめとする新紙幣(新円)の発行、それに伴う従来の紙幣流通の停止などに伴う通貨切替政策に対する総称である。 発表翌日の17日より預金封鎖し、従来の紙幣(旧円)は強制的に銀行へ預金させる一方で、1946年3月3日付けで旧円の市場流通の差し止め、一世帯月の引き出し額を500円以内に制限させる等の金融制限策を実施した。これらの措置には、インフレ抑制(通貨供給量の制限)とともに、財産税法制定・施行のための、資産差し押さえ・資産把握の狙いもあった。─「新円切替/ウィキペディア」より抜粋
2014.11.09
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昭和20年度の国家予算は約292億円、翌年度は約1,191億円。 RAAへの5千万円融資、昭和20年度の国家予算の0.17%の融資額を使った占領軍向け慰安協会が発足。 平成26年度一般会計予算は約95.9兆円、皇室費所管 (皇室費(皇室費))の概算要求額は約55億円、内閣府所管 (宮内庁(宮内庁))の概算要求額は107億円で計約160億円で国家予算の 0.017%。 計算方法に於ける問題点や昭和20年と平成26年を比べる事への問題はあると思うが、現在の皇室の維持に必要な10倍の金額の重みを「特殊慰安施設協会」は使う。 終戦直後(1945年10月30日)発表の皇室財産は15億9061万5500円で昭和20年の国家予算の5.4%。 これは現金、有価証券・土地・林材・建物のみで発表で美術品・宝石および金銀塊の額を含んでいない。○「5千万円の女体防衛作戦/新版 みんなは知らない 国家売春命令」よりの抜粋・纏め◇昭和20年8月21日の閣議(首相官邸にて)、警察と慰安施設・閣議出席者:東久邇首相、重光葵外相・大東亜相、山崎内相、津島蔵相、米内海相、岩田法相、千石農商相、中島軍需相、小日山運輸相、松村厚相・文相、説明者はマニラ会議の全権委員・軍使の河辺虎四郎陸軍中将・報告概要:終戦処理に関する連合国の諸要求・議題の一つとして:連合国将兵のセックス処理・近衛文麿国務相の発言「婦女子を性に飢えた兵隊たちから守ること、これが対策は緊急に立てられなくてはならない」・河辺中将の発言「彼らの軍規はきわめて厳しい。沖縄では婦女暴行で十年の刑を言い渡された兵もあるというし、またかつて欧州上陸軍の行方不明者中、約半数は婦女子を暴行したカドで死刑に処されたものだそうだ」「おそらく米軍はそのような慰安施設をわが方から申出しても受入れることはないであろう」・閣議の結論:近衛国務相の意見に従った・閣議後に近衛は単独で警視総監板信弥(のちの大商証券社長)を呼んで対策を依頼「日本の婦女子をぜひ守って下さい。この問題は、部下に委せることなく、あなた自身、陣頭に立って指揮してもらいたい」・時を同じくして、内務省警保局長から無電の秘密通達が全国の各警察署長宛に発せられた。 「警察署長は左の営業について、積極的に指導を行い、設備の急速充実をはかるものとす。 記 性的慰安施設・飲食施設・娯楽場(カフェー、ダンスホール)等、営業に必要なる婦女子は、芸妓・公娼妓・女給・酌婦・常習的密淫犯者をもって、優先的にこれを充足するものとす。」◇警視庁、業者を招集・警視庁が中心となって、業者代表と懇談(8月18日/警視庁の記録による) 警視庁保安課は東京料理飲食業組合の宮沢浜治郎組合長・渡辺政治総務部長・辻穣相談役に伝えた(課長の高乗釈得の説明) 「占領軍の進駐に伴い、政府筋は占領軍と日本の婦女子の件で頭を悩ましている。保障占領とはいいながら、戦後には略奪や暴行がつきもの、どんな事態が起こるかわからない。そこで4千万の大和撫子の純潔を守るための”防波堤”をつくることが、ぜひ必要である。そのためには芸娼妓・酌婦など商売女をかり集め、アメリカ兵のセックスの欲望を組織的に解決する慰安施設を作らなければならない。しかも、この問題は急を要することであるし、業者の皆さんの力を借りなければ、到底できるものではない。どうか力を貸してもらいたい。もちろん、われわれとしては、全面的な援助を惜しむものではない・・・」・閣議(8月21日)で「慰安施設提供に関する件」を正式決定したという説がある、東久邇内閣の元閣僚へ確認すると「さア、昔のことだから忘れてしまった」と答えた。──〓勝手に独断と偏見〓 占領軍向け慰安施設の設立・運営は日本政府・警視庁の指導・保護下、表向きは東京料理飲食組合。 戦時中の海外にいる日本人(職業軍人・徴兵された軍人・軍属・従軍者(僧侶・記者・カメラマン・医師)等と推測)への慰安サービスも同様の構造を持っていたと推測する。 戦時中の慰安所は主に現地の女性に対する防波堤としての慰安サービスとの主張がある。 「戦後日本の公娼制度廃止における警察の認識/藤野豊/敬和学園大学」によると、 「1946年1月21日、GHQは・・・日本政府に対する覚書「日本における公娼の廃止」を発し」 GHQは日本政府に人身売買と強制売春の廃止を求める、占領軍に対する自由売春や占領軍による暴行は公にしないが前提に思える。
2014.10.29
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特殊慰安施設協会は大日本帝国政府発起、占領軍相手に売春等を行なう組織。 「鬼畜米英」を主張していた新聞、「鬼畜米英」を慰安する女性募集を掲載する。○特殊慰安施設協会の発足と1945年9月4日の新聞、協会の概要・毎日新聞 急告-特別女子従業員募集、衣食住及高給支給、前借にも応ず、地方よりの応募者には旅費を支給す 東京都京橋区銀座七ノ一 特殊慰安施設協会・東京新聞 キャバレー・カフェー・バー ダンサーを求む 経験の有無を問はず国家的事業に挺身せんとする大和撫子の奮起を確む最高収入 特殊慰安施設協会キャバレー部・特殊慰安施設協会は、第二次世界大戦後、連合国軍占領下の日本政府によって作られた同軍兵士の相手をする売春婦(慰安婦)がいた慰安所である。 英語では Recreation and Amusement Association と言い、RAA の頭字語で知られた。直訳は「余暇・娯楽協会」であり、日本語の名称との間で意味が大きく異なる。・8月17日に成立した東久邇内閣の国務大臣近衛文麿は警視庁総監坂信弥に「日本の娘を守ってくれ」と請願したため、坂信弥は一般婦女を守るための「防波堤」としての連合軍兵士専用の慰安所の設営を企画した。 8月18日、内務省は同省警保局長橋下政実によって「外国軍駐屯地に於る慰安施設について」(「外国軍駐屯地における慰安施設設置に関する内務省警保局長通牒」)、および「外国駐屯軍慰安設備に関する整備要項」を各県に行政通達し、警視庁は花柳界の団体と打ち合わせを行った。─(「特殊慰安施設協会/ウィキペディア」よりの抜粋) (一書に曰く) 「広岡敬一によれば、内容の詳細は広告に記載されておらず、これを見てやってきた女性の多くは水商売の経験のないもので、大半は仕事の中味を聞いて去っていったとされる。」 「アメリカ軍が日本に進駐した際、最初の10日間、神奈川県下では1336件の強■事件が発生したこと( Schrijvers, Peter (2002). The GI War Against Japan. New York City: New York University Press. p. 212. ISBN 0814798160)。 占領直後の性的暴行や強■の件数については確定していないが、藤目ゆきによれば上陸後一ヶ月だけでも最低3500人以上の女性が連合軍兵士によって被害をうけた(藤目ゆき「性の歴史学」p326)。」〓勝手に独断と偏見〓 RAA(Recreation and Amusement Association)の日本語表現は「特殊慰安施設協会」、実体として性的サービスが存在する。 親族や知り合いが米英と戦ったり親族を失った者が「鬼畜米英」の慰安を行なう。 近衛文麿に代表される国民を戦場に送り出した者達のグループ(特権階級・エリート層)は占領軍への性的サービスを急ぐ。 国民の防波堤として特権階級・エリート層・公務員からも慰安婦を出す感覚はない時代、敗北責任は国民が取れの意識か。 現実的な対応として性的被害を少なくしたい、占領軍に裁かれる対象から除外してほしいから国民を犠牲にする、自分達が占領地等での実体からの結論、単なる利権、等が混在していると思う。・「細川日記(下)」p432~には不可解な記述(1945年8月21日)がある(マニラ会談へ河辺軍使に随行した一通訳の話) 彼等(米軍)の軍規は、極めて厳正にて、沖縄にて強■嫌疑の者が、現に10年の刑に服役中なりと。又欧州上陸軍の行方不明中、半数は強■せる為死刑となりたる者にて、家族の不名誉を思ひ、行方不明とせるものなりと。娯楽設備につき仏当局が、米軍に申出たる所、キッパリ断りたる例あれば、我方も斯の如きことを為すべからず、等々語れり。── フランス当局が米軍に申し出た「娯楽設備」は慰安所の事だろう、米軍は表向きは慰安所を断ってはいるが、フランス当局の提案はフランスでの米軍人による婦女暴行が多発していた事を思わせる。 フランスは慰安所により米軍人の婦女暴行が軽減されると判断していたのだろう。 日本軍に比べると米軍の方が軍規に厳正の主張等、「一通訳」の報告は米国側の建前を其のまま報告したと推察する。 近衛文麿の「日本の娘を守ってくれ」(8月17日)と其の後の日本政府の対応が早い、急ぐ必要があると思うが、近衛自身が「鬼畜米英」主張していて其の責任を取ろうとしているのか。
2014.10.19
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・1945年8月28日、皇居前広場にて特殊慰安施設協会(RAA)の設立宣誓文が読み上げられた。 ・・・時あり命下りて、我らが職域を通じ、戦後処理の国家的緊急施設の一端として、進駐軍慰安の難事業を課せられる、命重くかつ大なり。・・・”昭和のお吉”幾千人かの人柱の上に、狂瀾を阻む防波堤を築き、民族の純潔を百年の彼方に護持培養するとともに、戦後社会秩序の根本に、見えざる地下の柱たらんとす・・・・RAA本部の銀座表通りの門前の大きな立看板 「女子事務員募集! 年齢18歳以上25歳まで。宿舎、被服、食糧全部当方支給。新日本女性に告ぐ! 戦後処理の国家的緊急施設の一端として、進駐軍慰安の大事業に参加する新日本女性の率先協力を望む」○鏑木清一(RAA情報課長としてRAA開店準備段階から参加)への有馬将祠記者による取材・鏑木清一の経歴 慶応大学法学部卒、文芸春秋の編集者、陸軍宣撫班員(宣撫:占領地で、占領政策の目的・方法などを知らせて、人心を安定させること。/デジタル大辞泉の解説)・鏑木清一の述懐(RAAの募集に関して) 女の募集で最初に目をつけたのが、芸妓や娼婦などプロ女性でした。吉原の大竹広吉が古い名簿を探しだしてきて、郷里に帰っていた女たちを呼びもどしました(吉原遊郭は、3月9日の大空襲で焼野が原と化していた。吉原病院に50名ぐらい残っていただけだった)集まったのはこのほかに38名で、なかには40がらみの老女もいた。これがすぐ動員可能の”第一線部隊”となったが、どうしても足らぬので、一般募集することになったのです。 募集看板を出すと、18歳から25歳までの年齢制限をつけたのに、衣食住保証がきいたのでしょう。若い女がぞろぞろ集まってきました。いま東芝ショールームの2階になっているところで、毎日面接をやったが、2、3百人の大行列ができた。総務部の連中が面接をやった。総務部の連中が面接をやった。私は背後で面接を見ていた、面接には言葉使いに苦労していたようです。面接に来た女性の中には、カフェーの女給の経験者もいたようだが、ほとんどが素人娘で、会社の事務員や戦災娘が多く、接客婦という言葉の意味を知らなかった。 職種には、接客婦とダンサーの2種類があることを説明したが、この説明がたいへんだった。”昭和のお吉”になるんだといっていた。亭主と一緒に応募にきてカンカンに怒って帰った女もあったが、衣食住つきの誘惑には勝てず、応募してきた女のうち、九分九厘が承知した。衣料は、東京都が責任をもって集めた。食糧は、なにしろ激しい肉体労働のことなので毎食白米を与え、スキヤキもたっぷり提供した。住のほうでも、接客する料亭の中に一室を与えるようにした。 女の収入も悪くはなかった。ショート・タイムで30円、泊まりは百円。これをRAA側と女で折半していた。キャバレーは、一回踊るチケットが2円だった。私の給料は1800円だから当時としては悪くなかった・・・・鏑木清一の述懐(RAAの接客) RAAの店の内部は、広い日本間をカーテンで支切り、大量に接客させたが、一人だけ気の毒な女が出た。それは品川の”見晴”という店にいた19歳の娘で、銀行に勤めていたそうだが、実家が戦災で焼けたために応募してきた。処女だったようだ。最初の客が黒人兵だった。よほど大きなショックを受けたらしく、最初の黒人兵の客を一人とっただけで、あとはなんといわれようとも部屋に篭り切ったまま、絶対に客をとろうとしなかった。翌日、行方不明になった。女を監督している取締主任たちが八方探したがわからなかった。駐在所から連絡が来た。その娘は京浜急行の電車に飛びこみ自殺をしていたのです。ほかの女に感づかれぬように苦労していたが、RAAが存在していた期間を通じ、自殺したのはこの娘が一人だけだった。ほかの女は、2,3人の客をとると慣れてしまった。私は女はこわいと思った─「戦後秘史 6/大森実」の「池田勇人が引き受けたRAAへの政府融資」の項に於いて〓勝手に独断と偏見〓 「女はこわい」なら男は鬼畜。 「池田勇人が引き受けたRAAへの政府融資」によると、 「当時、関東地方に進駐してきた米兵数は12万人、米兵の個人消費ドルは1億5千万ドルといわれたが、米兵消費ドルの大部分が、この種の性処理慰安施設に吸い込まれていった・・・」 1945年度の国家予算は約292億円、1ドル=15円とすると1億5千万ドルは22億5千万円、この協会は巨大利権。
2014.10.05
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・花岡事件は、1945年6月30日に秋田県の花岡鉱山で中国人労務者が蜂起し、日本人を殺害し、その後鎮圧された事件。戦後、過酷な労働環境について損害賠償請求裁判が提訴された。 政府は産業界の要請を受け、1942年11月27日に「国民動員計画」の「重筋労働部門」の労働力として中国人を内地移入させることを定めた「華人労務者内地移入に関する件」を閣議決定。 「一九四四年国家動員計画需要数」に中国人労務者3万人の動員計画が盛り込まれた。 鹿島組により1944年7月以降に現地移入した中国人は986人に上り、1945年6月までにうち137人が亡くなった。 彼らは過酷な労働条件に耐えきれず、1945年6月30日夜に、国民党将校耿諄の指揮のもと800人が蜂起し、日本人補導員4人などを殺害し逃亡を図った。 7月1日憲兵、警察、警防団の出動により獅子ヶ森に籠っていた多数の労働者も拷問などを受け弾圧(殺害)され、総計419人が死亡した。死体は10日間、放置されたあと、花岡鉱業所の朝鮮人たちの手で3つの大きな穴が掘られ埋めらた。 この後も中国人の悲惨な状況に変化は無く、7月に100人、8月に49人、9月に68人、10月に51人が死亡した。─(花岡事件/ウィキペディアよりの抜粋) 日本の支配階級は主張する「これらの中国人は決して俘虜でなく、自由人として募集されたものだ」・昭和20年4月現在の一人一日当たり平均賃金は(「一医師の報告 高橋実」より) 内地人男子:4円13銭、 朝鮮人:3円96銭、 中華人:3円48銭、 婦人労働者(一時は900名も使用されていた):1円94銭。──〓勝手に独断と偏見〓 1945年6月頃の朝日新聞の現状認識と主張は、沖縄戦は「離れ島消耗戦」、「本土決戦、一億の肩に懸る 我に大陸作戦の利 挙国全戦力投入も可能」。 相手国に革命等のとんでもない状況が発生したり、隕石が大西洋に落下し連合国が戦争どころではなくなったり、日本が複数の原爆を完成させてアメリカ本土にでも投下できる可能性があるなら講和を主導的に行えるかもしれない。 制海権・制空権を担っている海軍にできるのは過大戦果(台湾沖航空戦など)を報告し、より戦局を悪化させること。 日本敗北を願う者からすると、戦争は終盤になりつつあるが沖縄のような戦いを本土で行なうと簡単には終わらないの感があったのではないか。 国体護持を全否定しそうなソ連の侵攻があれば日本は講和に向かうの感覚はあったのだろうか。 本土決戦に進むに於いて米国はソ連に頼り、英ソ中は米国の援助に頼って戦ってきた、米国の原爆実用化で米ソの関係は変化するが米ソの分裂により日本有利の状態を望むことは困難な状態だったと思う。 前回の資料「全員蜂起」の記述には前記の他に下記の内容の記述もある(大雑把な概要)・鹿角タイムス主筆阿部真平:消防と警察に捕まって花輪警察署に4名連行されたが八路軍の幹部だという人に対し花岡鹿島組からきた男によって暴行がなされ息がとまり組の病院から医者を呼んで注射して息をふきかえした。 俘虜の人たちは大根やサツマイモなど空腹のため畠の中からむいて生のままでたべたそうだけれども、農民は同情して見て見ぬふりをした。・花輪町役場経済課に勤めている前田ヨシ(当時は花岡小学校に助教諭として勤めていた):花岡町共楽館前を通りかかると、・・・、炎天下でやせおとろえてまるでガイコツのようになっていた中国人に、座らせてその間に三角棒を通してぐるぐるまわしたり、革のむちでたたいたりして拷問しておった。 当時の現場には・・・多数見にきて黒山のような人の群れであった。 また、蜂起者の計画は、米軍俘虜収容所の監視日本軍を攻撃して武器を奪い米国俘虜を解放、同和鉱業花岡鉱業所関係の中国人・朝鮮人を解放し山にこもって抵抗する。 目的は、日本軍国主義に打撃をあたえ、真近にせまる日本の敗北の日まで抵抗する。 Eテレで2014年7月12日に再放送された「戦後史証言プロジェクト 日本人は何をめざしてきたのか 第2回 鶴見俊輔と「思想の科学」」では、「花岡事件」について中山寮を出る際と思うが「日本人補導員4人」が中国人に殺されている。 「この(事件)後も中国人の悲惨な状況に変化は無く、7月に100人、8月に49人、9月に68人、10月に51人が死亡」、労働者は消耗品の感覚なのだろう。 では、戦場及び国内に於ける慰安婦はどうだったのだろうか。
2014.09.27
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STAP細胞の実験が行なわれている現状から、クローン人間は既に存在しているのではないかと思える、実験や臓器提供に使われているのではないか。 当然、クローン人間に人権はあると考える、国際連合総会で採択された「世界人権宣言」の「すべての人民」の一人である。 故に、クローン人間に対する実験や臓器提供者にする事は犯罪である、では臓器のみだったらどうだろう、其の臓器が脳だったらどうだろう。 自分自身のクローンだとしても別人であり、その臓器を使う事は犯罪だろう、再生医療も倫理的な問題をクリアー出来る技術、例えば出産直前の赤ん坊を作るのではなく、部分的な細胞を作り治療に役立てるという技術が必要なのだろう。 「理化学研究所の高橋政代・プロジェクトリーダーらが、iPS細胞(人工多能性幹細胞)から網膜の細胞を作製し、目の難病である加齢黄斑変性の患者に移植する手術を行った。術後の経過は順調だという。」 ([社説]iPS細胞移植 再生医療普及への試金石だ アラカルトニュース yomiDr. ヨミドクター(読売新聞).htm より) 今後の移植手術等を考えて法的な制限・整備が必要と思う。●「日経サイエンス」:2014年9月号(7月25日発売)「研究倫理 STAP幹細胞はどこから? -若山研のES細胞の可能性、遺伝子配列の詳細解析へ-」(7月13日執筆)の「急転」「混乱の理由」からの抜粋・纏め 2014年・6月16日:若山氏側の主張:STAP幹細胞を第三者機関に依頼して調べた結果、(10株の)うち8株が「若山研には存在しないはずの細胞」だったと明言、「15番染色体にマウスを緑色に光らせるGFP遺伝子が挿入されていたが、そうした細胞を若山研で扱ったことはない」が理由。・6月22日:若山氏側の検証ミスが若山氏に伝えられる :Nature論文撤回が決定していた、撤回理由から「15番染色体にGFPが入っている」を削除・7月02日:Nature論文撤回○若山研にいた親マウス(3番と18番染色体について)◇129系統マウス・若山マウス:18番(両方)にCAG-GFP・蛍光色素のないマウス◇B6系統マウス(岡部マウス):3番(両方)にCAG-GFP、アクロシン-GFP○129系統マウス(若山マウス、蛍光色素のないマウス)とB6系統(岡部マウス)の子マウス(3番と18番染色体について)【若山マウス×岡部マウス】◇3番・129:・B6:CAG-GFP、アクロシン-GFP◇18番・129:CAG-GFP・B6:【蛍光色素のないマウス×岡部マウス】◇3番・129:・B6:CAG-GFP、アクロシン-GFP◇18番・129:・B6:○若山研がクローン技術を利用して作ったES細胞(遺伝的な親が3匹いるマウスの作成)、生まれるはずの無いマウスの存在として◇1)129系統のマウス(メス)×B6系統のマウス(オス)->F1マウス(オス)の体細胞から核だけ取り出す(X:129、Y:B6)◇2)B6系統のマウス(メス)->卵子からX:B6の核だけ取り除く◇3)◇1と2により作られたES細胞(核なし卵子はB6メス、染色体Xは129メス、染色体YはB6オス)──〓勝手に独断と偏見〓 若山(Oct4(未分化)が活性化したら緑色に光るマウスを準備)->小保方(Stap細胞作成)->若山(Stap幹細胞を作成)のマウス及び実験の流れに於いて、若山氏は小保方氏が提供したマウスではないマウスを使用したを主張し、当初はNature論文撤回の理由にもなっていたが、撤回直前に若山氏の主張は覆され若山氏はNature撤回理由から削除した。 「日経サイエンス」によると、 「若山氏が誤って岡部マウスと129系統マウスを掛け合わせ、新生仔マウスを作って小保方氏に渡した可能性も完全には否定しきれない。」 「遠藤氏は、小保方氏らが公開していた遺伝子配列データ(現在は非公開)が若山研のES細胞と一致するかどうか再解析に着手し、この中にもアクシロン-GFPを持つとみられるものがあることを突き止めている」 小保方氏と若山氏によるNature論文が主張するSTAP細胞・STAP幹細胞が作れなかったとしても、若山氏が用意したマウスと同じものを用意しないと、小保方氏の主張を否定することは困難と思う。 論文の検証だけで終わってはフェアーではない、小保方氏の実験過程に問題があったで終わる可能性がある。
2014.09.15
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Nature論文の検証が行なわれている。 若山(A)->小保方(B)->若山(C)、(B)で結果が出ないと(C)の検証の意味が無いとすると、(A)が明確でないと(B)の検証も検証と言えないかもしれない。 若山マウス・STAM細胞・STAP幹細胞等の再現を行なうのだろうか、若山氏が小保方氏に渡したマウスは何か、小保方氏がSTAP細胞と主張している物は何か。 鶏の無精卵からヒヨコを誕生させる試みに於いて、有精卵を無精卵として渡されての試行でヒヨコ誕生を実験の成功と勘違いしても仕方が無い面もあるだろう、これに類することが行なわれたかの有無を確認してほしい。 2014年9月号の「Newton」(7月14日までの情報)と「日経サイエンス」(7月13日までの情報)の記事では、STAP問題の責任の所在に関して両誌とも今後の検証待ち。 関連情報として 7月11日の毎日新聞「STAP論文:ネイチャーの論文撤回理由 若山氏が修正」 7月22日の朝日新聞デジタル「STAP細胞解析結果は誤り 若山氏、会見内容を訂正」 Nature誌のSTAP細胞論文撤回の顛末をどのように見るか、「Newton」・「日経サイエンス」・「NHKスペシャル」を比較したいが、まず「研究倫理 STAP幹細胞はどこから? -若山研のES細胞の可能性、遺伝子配列の詳細解析へ-/日経サイエンス(9月号)」の記事をベースに勉強。●「日経サイエンス」:2014年9月号(7月25日発売)「研究倫理 STAP幹細胞はどこから? -若山研のES細胞の可能性、遺伝子配列の詳細解析へ-」(7月13日執筆)の事実認識及び主張概要○現状に於ける認識:概要・GFP遺伝子が15番に入っていたというのは、若山氏と第三者機関の解析ミス、ミスに気づいたのは理研の遠藤高帆上級研究員(【新生仔マウスにはあり得ない染色体異常】を突き止めた)。・7月13日までで最も可能性が高いのは、STAP幹細胞が大阪大学の岡部勝教授(現在は同特任研究員)が作ったB6系統マウスと、若山氏の研究室で維持していた129系統のマウスを掛け合わせた雑種マウスの細胞だったというシナリオ、親となる2種類のマウスはSTAP細胞の実験が行なわれていたとき若山研に存在した。 雑種マウスが一連の実験時にいたかは不明(若山氏は否定)。 雑種マウスの細胞から作成されたES細胞(胚性幹細胞)は若山研究室に保存されていた。・謎のSTAP幹細胞は、若山研由来の可能性が高い。ただし若山氏が作って小保方氏に渡していた新生仔マウスの細胞とはGFPの入っている位置が異なる。○遺伝子の挿入位置をなぜ間違えたのか(囲み記事)・6月公表の解析でGAG-GFPの挿入位置を15番染色体と誤認した原因 解析した細胞には、CAG-GFPだけではなく、アクロシンという遺伝子のプロモーターにGFPが結合した配列も挿入されていた。アクロシンはマウスにもともとある遺伝子で、その位置が15番染色体だったため誤認。・解析の目的 CAG(下流に結合した遺伝子を常にオンにする配列、CAGが付いたGFPは常に緑に光るタンパク質を作っている、通常のマウスには存在しない)が付いたGFP遺伝子(CAG、GFP)がどの染色体に入っているかを探す。・方法の原理 GFPを開始地点として、その外の配列を調べていく・誤認の理由 実際はアクロシンプロモーター(下流に結合している遺伝子をオンにする、通常のマウスでは15番染色体にある)が付いたGFP遺伝子(Acr、GFP)とCAGが付いたGFP遺伝子(CAG、GFP)が連結して入っていた。 <次項に続く>──〓勝手に独断と偏見〓 小保方氏に対する否定的な情報発信に於いて若山氏は混乱を発信している、若山氏によるマウスの管理精度は高くないのだろう。 2005年に若山研ではB6系統×129系統のマウスからES細胞が作られていた、これが10株の内の8株のSTAP幹細胞の有力候補と「日経サイエンス」は主張している。
2014.09.07
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理化学研究所は2014年8月27日に「STAP現象の検証の中間報告について」を公表した。・HP:STAP現象の検証の中間報告について 理化学研究所 2014年8月27日 独立行政法人理化学研究所 STAP現象の検証の中間報告について STAP現象の検証の中間報告について、資料を公表いたします。 ・STAP現象の検証の中間報告 ファイルは「m12document20.pdf」 ・STAP現象の検証の中間報告(スライド資料) ファイルは「i3document21.pdf──○「STAP現象の検証の中間報告(スライド資料)」より◇1ページ <STAP現象の検証の中間報告>・実験総括責任者: 独立行政法人理化学研究所発生・再生科学総合研究センター 特別顧問(相澤研究ユニット研究ユニットリーダー兼務) 相澤慎一・研究実施責任者: 独立行政法人理化学研究所発生・再生科学総合研究センター 多能性幹細胞研究プロジェクトプロジェクトリーダー丹羽仁史 2014年8月27日 独立行政法人理化学研究所◇2ページ <検証実験の目的> ■STAP現象が存在するか否かを一から検証する。 ■論文に記載された方法で再現性を検証する。 (リンパ球からの多能性細胞誘導の検証) ■論文に記載された方法とは異なる、より厳密な細胞追跡法 を用い、STAP現象の有無を検証する。 (Cre-loxPシステムを用いた検証)◇11ページ 分化細胞特異的Cre組み換え酵素発現による恒常的子孫細胞追跡法◇16ページ(最終項) <今後の検証方針> 論文記載の方法 ハーバード大学で公開されている方法 など の範囲で条件を検討する <検討すべき条件> マウスの遺伝的背景 C57BL/6, 129, C57BL/6x129 F1 臓器 脾臓、肝臓、心臓 ストレス処理方法 毛細管通過刺激(trituration法)、ストレプトリジン(SLO) 種々の酸処理──〓勝手に独断と偏見〓 小保方氏は「Oct3/4-GFP の蛍光の出現」=「STAP細胞の出現」として主張していたと思う、若山氏によって「多能性細胞誘導現象」=「Oct3/4-GFP の蛍光の出現」として作られたマウスが提供されていたからの認識と思う。 では、「多能性細胞誘導現象」≒「Oct3/4-GFP の蛍光の出現」であれば、何が起こっていたのだろうか、若山氏から提供されされたマウスは何だったのだろうか。 若山氏からの提供でないマウスだったとすればどこから来たのだろうか、誰が作ったのだろうか。 中間発表(2014年8月27日)の「検証実験の目的」ではSTAP現象の存在を検証としている。 故に前提となる若山氏からのマウスが適切だったのか、小保方氏がSTAP細胞と認識した細胞から若山氏がどのようにしてSTAP幹細胞を作り出したのかは対象外。 今後の検証で興味があるのは「マウスの遺伝的背景」、9月号の「Newton」「日経サイエンス」に登場してくる129系統とB6系統と其の掛け合わせによるマウスに関して。 これにより、若山氏と小保方氏のマウスのやりとり(若山氏が担当の小保方氏の作業の前工程と後工程について)と、小保方氏・笹井氏が何故STAP現象が発生していると思ったのかが明確になればと思う。
2014.08.28
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STAP細胞論文発表時(Nature2014年1月30日号)の論評●natureダイジェスト2014 03よりの抜粋・纏め○外部刺激でも体細胞を幹細胞化できる/DAVID CYRANOSKI 2014年1月30日号 Vol.505(596):翻訳 船田晶子 Nature2014年1月30日号に再生科学総合研究センターの研究チームが発表した2編の論文に於いて、驚くほど簡単な方法で多能性細胞を作製できること、また其の細胞は胎盤にまで分化可能なことを実証した。 細胞を低pH環境などのストレスにさらすこの方法では、より短時間に高効率で多能性細胞を作り出すことが可能な上、その細胞はiPS細胞よりも幅広い分化多能性を持つ。 小保方晴子は笹井をはじめとする研究者たちを納得させるのに、5年を要した。 「多能性」を実証するために、作製した細胞に蛍光標識を付けてマウスの初期胚に注入し、それを仮親マウスの子宮に戻してマウスが生まれるのを待った。 小保方はマウス・クローン作製技術の先駆者である若山照彦の助けを借りて、数百匹のマウスを作ったが蛍光はかすかで注入した細胞が生き残っただけの可能性を否定できなかった。 若山は小保方に成体マウスではなく生まれたてのマウスに由来する完全に分化した細胞にストレスを与えることを提案、全身が緑色に光るマウス胎児が得られた。 懐疑派を納得させるには、得られた多能性細胞が「成熟細胞から変換されたもの」であり、かつ「すでに体内にあった多能性細胞ではないこと」を証明する必要があった。 小保方は、白血球の一種で塩基配列から分化成熟した細胞である事は明らかなT細胞(※1)を使って多能性細胞を作り出した。 小保方は、ビデオを使ってT細胞から多能性細胞への変換を捉えた。 小保方は、この現象を「刺激惹起型の多能性獲得;STAP」と名付け、この方法で再プログラム化された細胞をSTAP細胞と命名した。 STAP細胞は胎盤組織も形成できる、この能力はiPS細胞にも胚性幹(ES)細胞にもない、若山は胎盤形成能力によって、クローン作製が劇的に容易になる可能性があると言う。 小保方は現在、体内での細胞の再プログラム化が、幹細胞の活動にどう関係しているかを調べたいと考えている。また、マウス成体やヒト成人から採取した細胞でもSTAP細胞への変換を成功させようと研究を重ねている。○iPS細胞をしのぐ万能性を確認/日本経済新聞編集委員 永田好生(日経サイエンス2014年4月号掲載記事) 小保方ユニットリーダーは、多能性細胞に特異な遺伝子Oct4が発現すると緑色の蛍光を発する遺伝子操作したマウスの脾臓からリンパ球を分離し、酸性溶液(pH5.7、37℃)に30分間浸した。生き残った25%の細胞のうち約30%が2日以内に蛍光を発して初期化を起こし始め、7日後に数十個が凝集した。 <STAP細胞の多様性の例、胎盤や卵黄膜への分化能力などについて> 一方で、STAP細胞は増殖せず、大量に作成できない。さまざまな培養条件から、胎盤への分化能力は失いながらもES細胞と同様の多様性増殖性を持つ「STAP幹細胞」と、全能性に近い多能性を保ちながら増殖可能な「Fgf4誘導性(FI)幹細胞」の2つの細胞株を確立したという。・簡単な手法に衝撃 <略>・大胆な発想と情熱と <略>・再生医療への貢献に期待 <略> <中山教授のコメント:略>──※1)T細胞:リンパ球の一種、骨髄で産生された前駆細胞が胸腺での選択を経て分化成熟したもの。(T細胞/ウィキペディアより)〓勝手に独断と偏見〓 マウスを若山氏が用意->STAP細胞を小保方氏が作製->STAP幹細胞を若山氏が作製、若山氏はマウス・クローン作製技術の先駆者。 検証は小保方氏と若山氏の一連の流れに対し必要。 若山氏が用意したマウスは適切か、小保方氏が作ったのはSTAP細胞か、若山氏はSTAP幹細胞を作ったのか。 クローンマウスはES細胞・STAP幹細胞どちらから作られたのか。 ES細胞でもiPS細胞でも作られない胎盤への分化可能は何故か。 「iPS細胞をしのぐ万能性を確認」の記事では 『「分化した細胞の状態を拘束する鎖をほどいてしまう、何らかのスイッチがあるのではないか」というのが研究グループの仮説』 当時は『ES細胞と同様の多様性増殖性を持つ「STAP幹細胞」』、ES細胞とSTAP幹細胞は似ている事を主張。
2014.08.17
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Nature誌への論文撤回に小保方晴子氏が同意し撤回したのが7月2日。 6月、理研と若山照彦氏(6月16日の記者会見にて)は「若山研究室のマウスから作られておらず由来が不明」とした。 Nature誌への論文撤回理由として「若山研究室になかったマウスに由来する」が当初記されていたが、若山氏はNature誌に変更を依頼、変更依頼時点で若山氏・理研は「若山研究室になかったマウスに由来する」は確実ではないの認識を持っていたのだろう。 そして7月22日、理研と若山氏は「遺伝子の特徴が若山研のマウスと一致する可能性がある」と訂正した。 6月16日、7月2日、7月22日、「若山研究室になかったマウスに由来する」は変化していく。 この、「若山研究室になかったマウスに由来する」なる主張は小保方晴子氏に論文撤回を同意させるために仕組まれた様に思える。 独断と偏見の疑問として、若山氏が小保方氏に提供したマウスは実験に於いて不適切なマウスだったのではないか、小保方氏のSTAP細胞があるの主張と笹井のSTAP現象が存在の主張は若山氏が適切なマウスを提供していたのであれば当然の結論だったのではないか。 理研等の検証で、マウスによるSTAP細胞の有無の検証だけではなく、若山氏が提供したマウスはどのような特性を持っていたのかが明確になればと思う。○【STAP問題】「とんでもない話だ」 理研訂正を小保方氏代理人が批判 - MSN産経west 2014.7.23 14:20 [STAP細胞] STAP(スタップ)問題で理化学研究所が、小保方(おぼかた)晴子研究ユニットリーダー(30)の研究室に保管されていた細胞の遺伝子解析の結果を誤りだったと発表したことに関し、小保方氏の代理人を務める三木秀夫弁護士は23日、「(誤った結果により)小保方氏は捏造(ねつぞう)の烙印(らくいん)を押されたのに、とんでもない話だ」と批判した。大阪市内で報道陣の取材に答えた。 小保方氏はこれまで「若山照彦山梨大教授に渡されたマウスでSTAP細胞を作った」と主張。一方で理研は6月、細胞の遺伝子解析をもとに「若山研究室のマウスから作られておらず由来が不明」と発表し、同教授も同様の見解を表明した。 しかし理研、若山氏とも7月22日になり「遺伝子の特徴が若山研のマウスと一致する可能性がある」と訂正。三木弁護士は「小保方氏がマウスを持ち込んだかのように言われ、断罪された」と強調した。── また、「Newton」では4月号、6月号、9月号でSTAP細胞の記事がある。 2014年4月号「STAP細胞とは何か?」編集部:赤谷拓和、協力:笹井芳樹・若山照彦、情報入手期間:記載なし 2014年6月号「『STAP細胞』深まる疑念」編集部:板倉龍、協力:記載なし、情報入手期間:4月15日までの情報 2014年9月号「白紙にもどったSTAP論文」編集部:宮内諭、協力:記載なし、情報入手期間:7月14日までの情報 Newton側の担当者はそれぞれ異なっている、4月号の協力には笹井芳樹・若山照彦と記されているが小保方氏の名はない。
2014.08.10
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2014年8月5日、笹井芳樹副センター長の自殺。 Nature誌に発表されたSTAP細胞に関する2論文の作成において、マウスの用意や実験を行なっていたのが主に若山照彦氏(及び若山研究室)と小保方晴子氏であるの前提であれば、検証にそれほど影響は出ないと思う。 検証は論文に関係しないメンバーで行ない、論文に係わった者は検証チームの質問に答えることで検証をスムーズに行なうことが求められるのではないか。 現状、STAP細胞の問題を今回の事件で検証は困難になった等を主張(或いは検証困難を既成事実化)し幕引きにしようとする勢力が存在すると思う。 笹井氏が死を選んだタイミングと7月27日放送の「NHKスペシャル 調査報告 STAP細胞 不正の深層」は関係があるのだろうか、理研による検証実験の中間報告が8月中に行なわれる事が大きなプレッシャーだったのか、笹井氏は死によって責任を取ろうとしたのか。 小保方氏宛ての遺書の「STAP細胞を必ず再現してください」、笹井氏は検証期間中に小保方氏がSTAP細胞再現が可能と信じていたのだろうか、信じていたのなら死を選ばないと思えるし死を選んだ理由が他にあることになる。 死を選んだ場所がCDBに隣接する先端医療センター研究棟の階段踊り場、数通の遺書の存在は発作的(極めて短期の)ではないの感。 学校でのイジメで教室を死に場所として選んだ生徒とは意味が異なり、笹井氏が最も愛した空間を死に場所に選んだのではと思う。 合掌
2014.08.06
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