Nostalgie

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エピローグ 「傷心」


そして、もうこの事件が記憶から薄れかけたある晩。「傷心」と題するエピローグが掲載された。その後、今度は本当に、かの素人探偵は筆を絶った。




小生は知ってしまった。
何故、かようにYさんの消息が気になったのか。
何故、Yさんのことを思うと息苦しくなるのか。
何故、Yさんを助け出すことに危険をも顧みなかったのか。
小生の心はわしづかみにされていたのだ。

あの光沢のある黒色の、とんがった乳房と、
ひきしまった腰と尻との放物線に。

あの阿片と眠り薬の紫色の煙りを吸い込んで以来、二人は離れた所に居ながら共有していたのだ。追う者と追われる者の恋心を・・・。
小生は告白せねばならない。
あの事件の真の犯人が、浮浪者某などではないことを、小生は知っているのだ。
読者諸君、ひとつの不思議に気づきはしないか?
何故、大富豪令嬢Fさんより、少女歌劇のトップスターより、天才少女バイオリニストより、美人モデル姉妹より、いっとう最初に誘拐されたYさんの羞恥の屍体が、ついに最後まで衆目にさらされることがなかったのか?
ここに恐ろしい秘密が隠されていないか?
あの悪魔の道化師が、間抜け探偵と同じく、Yさんに恋をしてしまったとでもいうのか。
いや、それなれば、あの恐ろしい変態の猟奇の殺人鬼が、他のどんな生け贄よりも恐ろしい結末を、Yさんのために用意したのではあるまいか。

ここから先は、ある特定の人へだけのメッセージである。今は、巡り会う術をもたない貴女への恋文である。道化師と黒眼鏡と、そして、貴女。小生は一度も同時に見たことがない。いや、一度だけ、道化師と貴女が共演したことがありましたね。
紫の煙りの向こう・・・・。
エクスタシーの彼方の貴女と笑う道化師・・。
あの時の道化師こそ、可哀想な被害者、浮浪者某だったのでしょうね。彼が、この素敵な物語に登場したのは、あの時、一度だけですね。
いや、小生は知っているのです。彼が、あの後、大金が懐にころがりこんだとて、仲間たちに大盤振舞いに及んだことを・・。貴女にとっては、さして大金でもなかったことでしょう。彼にとっては、最後の極楽、地獄堕ちのプロローグ。大金をもらって、全裸の美女をいたぶるんですもの。しかも、依頼人はいたぶられる美女自身。ちっとも犯罪の臭いなんかしないのですものね。
あとは、貴女の一人三役。
同じ猟奇の趣味を持つ小生を、目撃の証人にしたてながら、美しい獲物を待つ蜘蛛のように、貴女は次々と獲物を屠っていった。
あの大富豪の宝石商にとって、貴女は古くからのお得意さんだし、少女歌劇のトップスターにとっては、ファン倶楽部にも所属する大の後援者であったのだし、きっとバイオリニストにとっても、貴女はハートローネだったのでしょうね。あのモデルの姉妹は、貴女のレズビアンの恋人。しかも、二人は貴女を巡って恋敵だったじゃありませんか。どの被害者にも貴女はいとも簡単に近づくことができ、しかも、みんな貴女の恋人だった。
もし、貴女が、この日記を見ることがあれば、お願いだから告白してほしいのです。
いや、貴女こそが、あのフリーズした笑いの主であり、支那服と黒眼鏡、つば広シャッポウの男であり、エナメルのレヴューショウのヒロインであったこと・・・。そんな告白は、もう良いのです。その秘密は闇の底まで持っていきましょう。

そうではなくて・・・・・。
追う者と、追われる者・・・・。
ふたりは、確かにあの時間を共有したのだと・・・。
まぎれもなく、貴女もまた、小生を愛したのだと・・・・。
今、小生は尊敬と憧憬をもって貴女を憶う。

I LOVE YOU・・・・・・・.

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