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この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。
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イエイツはいつもイブラヒムの気に食わない、嫌な言い回しをする。それでも、イブラヒムは、ぐっと堪えた。何しろ、相手は、世界最大の旧投資大銀行の会長だ。シルバーマン・サックスは、リーマンが消え、相対的に地位がより確かなものとなった。天下に恐いものなしだ。
「会長。分かりました。それではそう言ってみましょう」
「おう、有難う。頼むぞ。念のためだが、それで、お前の言うそう言うとは」
自分で頼んだことだから、十分に分かっている筈だが、確かめたかったのだろう。
「とにかく、大儲けになる。出来るだけ早く協力して貰えれば、より大きな儲けが転げ込む、でしょう」
イブラヒムはイエイツの言ったことを繰り返した。
「ああ、そうだ。ただ、言い方は気をつけてな」
「会長。子供じゃないんですから、それくらいは分かっていますよ」
「いや~、済まん。済まん」
イエイツがぼりぼりと髪の毛を掻いている姿が、イブラヒムにははっきりと頭に描けた。バツの悪い時には、そんなしぐさと照れ笑いで、この男はこれまでずっとやって来た。
「それじゃ、会長。朗報を待っていてください」
「おう、待っているぞ」
イブラヒムは受話器をおいた。
アルバハのスルタンは、相変わらず着々と財政再建を進めている。イスラム暦での新年も一一月一六日に無事始まった。イスラムでは、新年よりもハッジ(大巡礼)を締めくくるイード・アル・アドハー(犠牲祭)の方がより重要で盛大なパーティが行われる。大変な出費を伴ったがなんとか終えることが出来た。この大祭は、既に年末の一一月六日(イスラム暦の一二月一〇日)から四日間に亘って行われた。
スルタンは、台所は火の車だったが、そんなところは微塵も見せなかった。大祭には、シェイク家らしく大盤振る舞いをしたのだ。大祭の間は、誰彼かまわず、集まって、明け方まで大宴会を続ける。その代わり、皆、昼間の内に寝て、これに備えている。そうでなければ、とても体が持たない。
街中完全に夜と昼が逆転する。
とにかく、賑やかだ。今年は特に養蜂業者のグループが賑やかだった。彼等は、断崖の城に閉籠もって、リヤドのサウジ家の重鎮アブドルアジズを楯に、ロイヤルファミリーを譲歩させた。スルタンの後ろ盾には、サード国王がいるとは言え、以前ならば考えられないことだった。
アブドルアジズから利権を取り戻したことも、シェイク家の財政再建に寄与した。彼等は、城で、ヤシンの作曲した歌を唄っていた。「沙漠のたそがれ」も唄いたかったのだが、発禁となっているので、さすがに唄わなかった。
彼等の作った輪の中にはヤシンの姿があった。ヤシンも一緒に唄っていた。ヤシンの顔は生き生きとしていた。
スルタンは、そんなヤシンの姿を見て微笑んでいた。
そして、苦しい篭城を成功させたのは、あるいはヤシンかも知れないなどと考えていた。敬虔なモスレムで、コーラン一辺倒のスルタンは、音楽が好きでは無かったし、到底理解は出来なかったが、目の前の光景を見て、ヤシンの歌の影響力の強さに改めて驚かされていた
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