ΤЯ∀ИCЁ

ΤЯ∀ИCЁ

短編小説:迷宮回廊



第1話 世界


人は時間が余ると、落とし穴にはまってしまう。
はまらない人間は、真に強い人間だけである―――。


 悠久の刻、最後の戦争を機に世界は平和に保たれた。
悠久の刻は、約143年続いたと言われる。無論、長く続いたからには死者は多く出た。
しかし、死者の魂は世界を大きく包み、世界を滅ぼそうと嫉んだ。
国々は同盟を組み、魂を沈め、闇を封印した。
世界は再び平和を迎えた、はずだった。
―――平和な世界に、やがて氷河期が到来したのだった。


 「平和・・・だなぁ・・・。」
緑生い茂る夏の森。小鳥の囀りが聞こえ、心地よい風が木を煽る。
その中、一人の人間の声がぽつり聞こえた。その声はドコとなく女性のような感じだった。
その森の中ではあたりにも無さそうな大きい岩の上にその声の持ち主は居た。濃い紅色に染められた綿のパンツに、黒いベルト。白いシャツの上にシワの無い黒いジャケットを着重ねていた。首には民芸品のような、熊の爪を象ったアクセサリーをかけていた。
髪は黒く、綺麗に腰まで伸びている。肌は白い。瞳は青く、透き通っていた。
「平和というものは暇でもある。またその逆もあるのだ・・・。そう、暇なのだ―――。」
黒く光る拳銃を太陽に掲げるかのように、指で銃を撃つ素振りを見せた。
「戦争は辛い、暇を生み出す現況だ。オレのような暇人には酷だね・・・。」
どんどん溢れてくるため息と共に出てくる独り言。
誰に喋っているのかも分からないほど、その人間は暇を持て余していた。

 「そうだ、正義の味方でもやってみようかな。カッコイイだろうな~・・・」
「そうだな、カッコイイだろうな。」
その人間の独り言に、誰かが言を付け足した。
「・・・誰?」
その人間の瞳に入ったのは、灰色のオーバーコートを着て、更にフードを被っていた。夏なのに、とその人間は疑問を抱いた。
フードを被った人間が言う。
「私は時間であり、暇であり、そして何にでもなれる。」
「・・・は?」
人間は首をかしげ、目を細めた。髪がサラッと流れた。
「私の名はアラン、悠久の刻より生み出されし闇。そなたは誰だ。」
「オレの名前?オレの名前は・・・。」
人間はハッとしたかのように目を大きく開けた。
まるで何かを恐れたかのような顔つきになり、手を頭に添え、震えた。
「オレ・・・?私・・・?ボク・・・?」
「まだ、そなたには名が無い。そうであろう・・・。」
アランは再び、口を開いた。呪文か分からない位の文字が一面に描かれ、こげ茶色の肌をした顔が一瞬、フードから見えた。瞳は灰色をしていた。
「悩め、悠久の刻を彷徨いし愚者。この一人しか居ない世界を崩し、現実に戻れ。それが今そなたに出来ることだ。夢から目覚めよ―――。」
アランはコートを振り払い、その姿は消えた。
 「・・・夢?・・・悠久の刻?」
人間は頭を抱え、そのまま小さくなった。
徐々に森が消え、空が消え、風も消え、そしてその人間の世界が消えた―――。



第2話 目覚め

 「君はまだ眠っている。そう、長い眠りに。」
茶色い長髪をした女性が、先ほどの人間が氷付けにされている壁に触れた。
その女性は人間と同じように透き通った碧眼を持ち、黒いジャケットと、白いシャツを着重ねて、濃い紅色に染められた綿のパンツに、黒いベルトを巻いていた。
木漏れ日が入り、その部屋は明るくなっていた。
丸い円盤をした机の上には何が書かれているか全く分からないほどに汚い字のノートや資料。飲みかけの珈琲。携帯電話が置かれていた。
「全く・・・氷河期を過ぎたというに氷付けになっている人間がまだ居たとはね。」
その後ろに居た人間は、無精ひげを生やし、ぼさぼさの髪の毛を貪っていた。
少し不潔感が漂うシャツに、黒いスリーブ。男性が、女性に語りかけていた。
 「悠久の刻を過ぎたらお次は『迷宮回廊』か、そして氷河期。世界は暇じゃないね。」
男性が皮肉そうに言いながらコーヒーを1口飲み、壁を見つめた。
「この子の目覚めは、恐らく近い・・・。そう感じるの・・・。」
女性は恍惚そうな顔をして、壁を撫でる。時折頬を当てていた。
「はいはい。そう言ってもう2年だな。シルフィア。いい加減この子が起きても良いんじゃないか?」
呆れたような顔をし、ちょっくら風呂行くわ、とポツリ残して部屋の奥へ進んでいった。
「う・・・うるさい!さっさと仕事行きなさいよ!!」
シルフィアと呼ばれた女性は頬を膨らまして、その男性に怒鳴った。
奥からシャワーからお湯が出る音が聞こえ始めた頃、シルフィアは気を落ち着かせて、再び壁に耳を当てていた。
しばらくしてシルフィアは呟いた。

 「君の名前は・・・なんていうの・・・?」

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