ボランティアキャリアコンサルティング

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キャリアコンサルタントひろくん

キャリアコンサルタントひろくん

◆私はカウンセラーであり、キャリアコンサルタントでもあります。
1.キャリアコンサルタントは国家資格の相談職です。(他に精神保健福祉士・社会福祉士・産業カウンセラー・メンタルヘルスマネジメントⅡ種・中高教員免許・ファイナンシャルプランナー2級・生活相談員(介護福祉士)等も所持しています)
2.人生の節目で、あなたが大切な選択をする場面で支援します。
3.主人公として大切な選択を行うのはあなた(相談者様)です。
4.私は「ひと」を大切にする姿勢を大前提としています。
5.仕事等で、ご返信の際に時間がかかるときがあります。
※相談を希望の方は 「hirokunsoudan@yahoo.co.jp」までどうぞ。取り扱い・個人情報保護等については国家キャリアコンサルタント・社会福祉士等の倫理綱領に基づきます。
※ヤフー知恵袋でもキャリアコンサルタントひろくんとして、活動しています。
https://chiebukuro.yahoo.co.jp/my?fr=common-navi
2026.05.28
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カテゴリ: 心理関係時事問題
日本人の姿勢が「一度きりの比較的軽度の失敗に対してさえ、極端に厳しく追及・批判する」傾向にある のはなぜでしょうか?

社会全体の道徳観が上がった成果 でもあります。また 過去の過ちを社会全体として検討し、改善を試みている一面もある ことでしょう。

例えば「虐待」は、無力な子どもを虐げる悪行です。従来から隠されたり、日の目を浴びてこなかった問題でしたが、近年これが明確に問題視されるようになりました。その結果、 社会全体が敏感になりすぎている のかもしれません。
・小さな暴力を見逃すと重大事件になる! 
・最初から厳しく介入すべきだ! 
・擁護すると加害容認になる! 
等の視点が強まっているのでしょう。「予防的過覚醒」の一種の状態とも感じます。(安全に生きる為に、敵やトラブルなどを素早く察知しやすいように神経を高ぶらせているわけです)

つまり、 その問題が軽いかどうか?など関係ない。少しでも社会(≒自分)に被害が出そうな場合、早期に必ず食い止めるべきだ!という考え方が反映されている のでしょう。

次に 相手が芸能人や有名人の場合も、強すぎる追及・批判が発生しやすくなります 。これらは 「道徳的理想像」をその人間に投影しようとするから だと思われます。 相手に対して「清く、正しく、美しく言動したり、振る舞うべきだ!」と強く思い込む心的姿勢 です。

例えば、今回のプロ野球監督の暴行事件。監督は国民的知名度を持っていました。ですから、 人々は無意識に自分の日常や価値があると思える事象と関連付けながら、父親像、指導者像、模範的人物像をその人間に投影します
すると、普通の人間なら「親子喧嘩でカッとなってしまった」で終わる話でも、 有名人の場合は「理想像を裏切った」という、“裏切り体験”として処理されやすい と言えるでしょう。ちなみに精神分析的な視線で捉えると、 「理想化から脱価値化」に移ったという防衛機制の変化 だと言えます。
多数がSNSを使用している社会では、「集合的沸騰(デュルケーム提唱)」が起きやすい と思われます。 SNSはキーワードだけを手短に、はっきりと、目立つように相手に伝える構造をしている ように思えます。その結果、正義感、攻撃衝動、共感や同調への強要、等が拡散・増幅されやすいようです。
善悪がハッキリしているように感じられる話題では、なおのことでしょう。その結果 「私たちは悪い奴をやっつける正義の味方だ!」という高揚感や快感を感じやすくなります。これを社会心理学では「怒りの利己性(モラルアウトレイジ)」と呼びます。
バランスがとれていると、健全な倫理感として働きますが、集団化等で偏ると、過剰断罪、人格全否定、永久追放願望に変質しやすい特徴を持っています。なぜならこうした人々は、 良いことをやっているという大義名分があるので、その裏で自分のストレスなどを「正義の鉄槌」などとして攻撃することで解消しているから なのです。


他人に自分の気持ちなどを反映させる投影という防衛機制は、他の形でも現れます。例えば「自分の抑圧を他人に投影する」という形でも現れるのです。
日頃から怒鳴りたい、殴りたい、感情的になりたい、等の衝動を、人々は社会人として日常で抑圧し続けています。 しかし ずっと抑圧していると、暴力をした人間=絶対悪として外部に投影し、「そいつ強く攻撃する」ことで、「攻撃衝動を解消する」「自分は善側だと強く感じられる」という安心感を得たくなる わけです。ですから恐ろしいことに、 日頃無難に振る舞っている、周囲からの評価が悪くないような人など、「本人の内的葛藤が強い人間」ほど、強烈な攻撃衝動を持っており、それを言動に転化させることがありうる のです。

最後に人々というよりも、 社会全体というもっと大きな視点で考えて みましょう。 現代社会は恐らく、「失敗を大目に見る許容量が低下」 しています。
しかし 現在は、孤立化、SNSによる相互監視、すぐに炎上する文化、リスク回避社会などが顕著 になりました。 人同士の信頼感・絆などは無くなっていて、お互いを尊重する風潮も消えつつ あります。(アメリカ的な個人主義に近づきつつあるという視点もありえますが)
そのため、 「一度の失敗」であるにもかかわらず「人格全体の否定」へと飛びやすい。 これは 認知行動療法でいう白黒思考の強まり と言えるでしょう。

もちろん、 被害者を酷く傷つける行為は、1回であっても許されざるものです。 単に肉体的な傷だけでなく、心理的な傷も大きく残り続けるような行為であれば、それは断罪されるべき と言えるでしょう。しかし、 行為の問題性は明確にして再発防止は意図すべきですが、人格全体を決めつけて否定しないという、客観的、多面的で、成熟した視点。すなわち中庸(バランスの取れた)視点が有効なのです

では、 現代社会の「失敗許容量」がこれほど低下してしまった理由 は、具体的に何でしょうか?
「失敗許容量(=多少の逸脱や未熟さを「人間なんだからやむを得ない」として吸収する力)」が低下している背景には、複数の社会心理的・構造的要因が重なっているようです。
単に 「みんな心が狭くなった」 という話ではなく、 社会システムそのものが、人を「減点方式」へ追い込みやすくなっている 面があります。これは30~35年ほど前に各大手企業が成果主義を導入し始めて以来、意図した成果主義ではなく、減点主義から脱却できないという現象にも現れ続けているようです。
1. 共同体の崩壊により、“再統合機能”が弱くなった
昔の地域社会や大家族には、
「あの人は短気だけど根は悪くない」
「酒で失敗したが反省している」
「普段は真面目」
といった、生身の対象を「全体像」で人を見る文化が残っていました。その結果、人間関係が長期的・多面的だったので、評価もそれに応じていたのです。

しかし現代は、核家族化、地域共同体の希薄化、転職社会、SNS中心の接触により、「断片情報だけで評価される社会」になっています。すると人は 、一回の失敗=その人の本質として認識しやすく なっているのではないでしょうか?
2. SNSが「怒り」を最も拡散しやすい
これは極めて大きいです。SNSアルゴリズムは、怒り、告発、スキャンダル、道徳的断罪を非常に拡散しやすいそうです。(ChatGpt ver5.2より)なぜなら、 人間の脳はネガティブ情報に強く反応するからだそうです。これは進化心理学でいう「ネガティビティ・バイアス」です。安心して生きていくために、人はネガティブなことに敏感に作られている のです。
結果として、冷静な擁護、バランス論、文脈説明よりも、怒りや蔑みの方が拡散されます。つまり社会全体が、“怒りを増幅する神経回路”の中に置かれていると言えるでしょう。 近年 アンガーマネジメント が個人単位で少しずつ普及している状況と矛盾 しており、皮肉なことです。

3. 「安全神話」の崩壊による過剰防衛
現代人は、実は慢性的に不安が強いといえるでしょう。情報を大量に入手できる上、ある程度の思考力が養われ、展望予測(将来どうなりそうか?予想すること)の力もある程度高まりました。その結果、様々な要素に不安を抱きやすくなったのです。経済不安、雇用不安、孤立、災害、将来不安、等が社会的要因(≒環境・背景)にあります。
不安が強い社会では、人は「危険」を過大評価します。すると、小さな問題も、将来の巨大リスクとして扱うようになりますね。これはまるで、認知行動療法でいう「破滅化(もうおしまいだ!)」という認知の歪みに近い ように思われます。
4. 「道徳」がアイデンティティ化した
昔は、宗教、地域、家柄、職業共同体、家父長制度的家庭などが、人の所属感を支えていました。しかし現代は、所属基盤が弱くなりました。(但し、自由とも言えますのでご注意を)
弱まった所属基盤の代わりにどうすればいいのか?「私は倫理的に正しい人間である」と思えることが、自己価値の支えになりやすいと言えます。つまり、他人を悪い人として断罪することが、自己肯定、集団所属、承認獲得につながるわけです。SNSでの“正義参加”には、この心理がかなり含まれています。
5. 「完璧であれ」という圧力が強い
現代は、表向きには多様性社会ですが、実際には失言しない、怒らない、ミスをしない、常に配慮する、常に清潔である、等が求められる場面が増えています。
しかも、それが24時間記録されています。 人々には逃げ場がなくなってい のです。いつ、 自分の人間ならではの未熟さ、幼さ、低能さがばれてしまうのか、気が気でありません。だから、他人の失敗にも厳しくなろうとします 。なぜなら、 「自分は毎日必死でばれないように慎重に振る舞って、抑圧すらしているのに、なんで他人にだけ寛容にならないといけないのか! と思えるだろうからです。これは精神分析療法的視点でいう 「反動形成」や「投影」という防衛機制 に近い面があります。


6. “許す余裕”そのものが減っている
言うまでもありませんが、現代はストレス社会です。ITが著しく発展したことが追い打ちをかけているように感じますが、 効率化の追求、少子高齢化による人間一人当たりの負担量の増加、ITにより逃げ場がない状況などによって、社会全体が疲れている と言えるでしょう。
かつての「人を総合的に見る社会」から、「リスクを管理する社会」への変化とも言えます。その結果、再起不能化、過剰な自己検閲(自分の評判のチェック)、炎上恐怖、本音喪失、相互監視等が強まり、社会全体の息苦しさにつながっている面があります。つまり、自分たちで余計に息がつまりやすいストレス社会を強化してしまっているのではないでしょうか?

【終わりに】
私たちは「人間」です 人間は不完全である ことを改めて思い出して、 まずは自分の日常生活において、少しずつ自分の弱さを許してあげる ように変化していくことが、遠回りなようでいて最も堅実な方法のひとつだと思われます。とりわけ資本主義的視点が強くなりすぎていると、その視点が人生の全てに影響を与えてしまいます。 ビジネス(に将来関連する)価値がないものは、不要な存在であるという考え方 (論理療法でいうイラショナルビリーフです)すら、あなたを支配しているかもしれません。
日頃から、少しずつ自分に優しくなること。それはひいては他人にも優しくなれることにつながる姿勢です。 そういう姿勢は、金、権力、名誉、成功、成果、魅力的な異性の獲得と性交渉、などに偏重して価値を置こうとする姿勢から解放される第一歩となることでしょう。





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Last updated  2026.05.28 00:25:59
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