朝は和食

動脈付近裂傷事件

◆動脈付近裂傷事件◆

中学二年の10月上旬、いつも通り授業が終わったので部活に行こうとした・・・正直行きたくはなかったが。
俺は剣道部だった。体育館内に部室があり、バスケ部の部室と隣だった。
部室の見えるところまで行くと、なにやら剣道部の部室の前でＳ（同じ剣道部）がバスケ部にからかわれてた。
Ｓが部室のドアを閉めてもバスケ部の連中がまた開けるなどといった、いたってくだらないことだった。このドアは、（部室）内からだとドアを押して閉めるタイプで、 上半分にガラスが はってあった。
Ｓにしてみればかなり迷惑だっただろう。
・・・顔を見ればわかった。アレは相当頭にきてる。だがそれがまたおもしろいらしく、バスケ部はしつこくちょっかいを出してきた。
もちろん、閉められたドアを開けたのだ。勝手にドアが開いてちょうどいいと思った俺は部室の中に入ろうとする。
すると憤怒の形相のＳがドアを閉めようと登場。この顔を見ると、なんとなく無性にからかいたくなってきた。
俺にまだ気付いてないらしく、ドアを閉めようとする。・・・怒ってるせいか、すごい勢いで。
俺は重い防具を担いでたから素早く中に入ることも、後ろに下がることもできなかった。このままでは激突してしまう。
だから手を前に出して、ドアを止めるしかなかった。
人間、咄嗟に目の前のモノを止めようとすると、高さなど調節するヒマがない。肩のラインのところまで一気に腕を上げてしまった・・・ドアの、ガラスのあたりだ。
次の瞬間、ガラスの割れるイヤな音が響く。その割れるガラスの目の前にいた俺は思わず目をつぶる。
恐る恐る目を開けてみると、 俺の右腕はガラスを突き破って いた。
周りはさっきまでと違って、物凄く静かになる。この時点でパニックだったに違いない。先生にこっぴどく怒られる、そう確信した。
ゆっくり右腕を引く。割れたガラスに注意しながら。
ようやく腕が見えるとこまできた。・・・どうやらケガをしたようだ。右手首から血がポタポタ垂れていた。
後で知ったが、 あまりに興奮しすぎると痛みなどは感じなくなる らしく、たしかにこのときは腕から痛い感覚は伝わってこなかった。
傷口あたりを見てみる・・・すると、キレイに、パックリと切れていた。少し骨が見えるくらいに傷は深かった。
夢かと思った。現実でこんな大怪我するものとは思えない・・・しかし間違いなくこれは現実に起こったことだった。
ここでもガラスが割れた後の静寂が継続している。まるで時が止まったようだった。
俺は傷口を見て驚いたが、この後をどうすればいいのか迷った。
『う、うわぁあ！！』と叫ぶとなんだか情けないし、かと言ってこのまま黙ってても事は進まなかった。
だから、 その間を 取った。
「・・・うわぁあ」
『！』をつけるほどではない程度の「うわぁあ」だった。今思えば、棒読みのような感じだった気がする・・・。
しかしそれで、急に時が動き出したかのように周りが動く。
「お、俺、先生呼んでくる！！」
Ｕ（剣道部の仲間）が言って走ってゆく。普段とは違って、物凄く焦った口調だった。
ガラスの割れる音を聞いて見にきたのか、バレー部の女子が来る。
しかし俺の傷を見ると、物凄く驚いた顔をして両手で口元を覆う。
ちなみにこのとき、叫んだら俺に悪いと思って、手で口をふさいででも叫ばないように頑張ってくれたらしい。両手で口を覆ったのではなく、ふさいでいたのだ。
このとき、一体何をすればいいのかわからず、これほどの傷を負いながら、
『とりあえず保健室かなぁ』 などとバカげたことを考えていた。
意外に早く、Ｕが先生を連れてくる。先生はガラスの割れる音を聞いてすでにこっちに向かっていたらしい。
「おい、トイレから紙持って来い！」
「え、まるごとですか！？」
「まるごとだぁ！！」
来てすぐ、先生は周りの生徒に言う。このとき、流石大人だなぁと思った。
救急車を呼ぶから、運びやすい場所に身を移すことにした。
「防具（袋）についた血、拭いといて！！」
剣道部の仲間にそう叫びながら連れてかれるようにその場を後にする俺。早く拭いといて欲しかった・・・乾いてしまったら、落とすの面倒になるからだ。
先生に止血をしてもらった。二の腕あたりと、脇の下あたりを押さえられて、 痛みは感じないくせにくすぐったく は感じた。
このときに気付いたが、結構血が流れている。バトルマンガだとこれぐらいの血はよく流れているが、実際見ると流石に不安になった。
・・・急に、めまいがする。ちょうど立ちくらみのように・・・しかし、立ちくらみと違って耐えてるとどんどん周りが見えなくなってくる。
「あ・・・・やべ、めまいが・・・・。」
「お、そうか、じゃあ横になるか」
そう言って、横になる。するとどんどん周りに色が戻ってくる・・・いつの間にか人だかりができている。
先輩や後輩もいた。後輩の女子なかに俺が死ぬんじゃないかと心配してるのがいたが、同級生の一人が、
「腕切ったくらいじゃ死なねぇよ」
と冷ややかに一言。俺も死ぬ気はまったくなかった。だが俺はそいつが嫌いだったから、もう少し動揺していてくれると面白かったんだが・・・・残念だ。
先輩と目が合うと、一応あいさつをする・・・腕から血を大量に流しながら。
先輩は流石に予想外だったようで、すこしうろたえた後に
「あ、あぁ」
と言った。
Ｓとも目が合う。どうやらそいつも小さな怪我をしたらしい。一応『大丈夫か』と聞いておく、ダメなはずないが・・・。
他にもたくさん人がいた。体育館から距離が物凄く遠い部からも人が来ていた。・・・・・もちろん好きな人もいた。
ガラス割ってから10分も経ってないはずだ、なのにこれだけ情報が早く流れるとは・・・。
救急車が到着。生まれて初めての救急車の前に、生まれて初めての担架だった。これが思った以上に気持ち良かった・・・このとき 担架で登校したい と思った。思ってた以上に気持ちよかったのだ。
そして病院に着く。腕に麻酔を打たれ、傷口に残ってるガラスの破片を取ってもらい、１０針ほど縫った。初体験ばかりだ・・・・。
薬をもらうのを待ってる間に、痛みを感じてきた。どうやらやっと落ち着いてきたらしい。今更だが、激痛だった。一定のリズムで激痛が手首に走る。
そのたびに思わず顔をしかめる。
薬のなかに痛み止めの薬もあり、家に帰ってから早速それを飲んでみたが何の変化もない。
仕方なく寝るしかなかった・・・・それが唯一痛みを感じない方法だ。

次の日の朝、教室に入ると
「大丈夫？」「大丈夫か？」「大丈夫なん？」
とみんなが言ってくる。もう学校中に広まっているようだ。
この日朝会があって、もちろんこのことが取り上げられた。
その話になると、右手首に包帯を巻いている俺にみんなが顔を向ける。
どんな顔すればいいのかわからないから、とりあえず笑ってごまかす・・・笑い事じゃないだろうに。
とりあえず、後は傷を治すだけ・・・と思ったが、まだ終わってはいなかった。
担任に呼び出される。もちろん、関係者全員。この場合は俺とＳだ。
なにやら書類を出し始める。
「えぇと・・・Ｓは普通にドアを閉めようとしたところに、○○（自分の名前）が手を出したんだな？」
昨日のことを簡単にまとめたが、明らかにおかしかった。
あのドアの閉める速度は普通ではない。そういってもＳはそれを固辞する。
「でも、○○が手をガラスの前に出さなければ良かったんじゃん？」
担任が言う・・・納得はできない・・・が、反論できなかった。
確かに手をガラスの前に出す方が馬鹿だったのかもしれない。そのときはそう思ってしまった。しかし手を下のほうに出していれば、衝撃で手首にダメージが残ったはずだ。それを後になってから思いつく・・・つくづくダメな男だ俺は。
担任が書類に何やら書きはじめる。すると【加害者：○○　被害者：Ｓ】
と書いていく。
そう、 俺が加害者 にされていた。
どういうことかと詰め寄ると
「だってお前がガラスの高さにまで腕をあげてガラス割って、怪我させたんだぞ？」
このとき初めて、教師に対して殴ろうかと思った。
要するに俺はガラスの部分でドアを押さえようとしただけだ。通常ならそれでガラスが割れるはずもない。今まで割れてないのだから。
それが割れたのは勢いが普段より強かったからだ。そしてガラスが割れるほどに勢いを強くしたのは他ならぬＳである。
それを言おうとしたが、どうせＳがそれを認めず、担任からは【俺がＳに罪をなすりつけようとしてる】と見られそうだったから言わなかった。
Ｓは一年の頃から自分に都合の悪いことは決して認めない性格だった。だがそれはいつも些細なことだったが、今回は些細ではない。医療費だって払っているのだ。
こうゆう真面目な場面でも自分のやってしまったことを認めないのだ。
この日を境に、担任への態度とＳへの対応が大きく変わった。
この怒りは今でも・・・いや、一生おさまらないだろう。
唯一の救いは、ガラスを割ったことが不問になったことだろう。
こうして、俺が罪を被りながらこの事件は幕を閉じた。

ちなみに、あと２，３ｍｍほどで動脈を切っていたらしい。

◆動脈付近裂傷事件　完◆

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