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2004年07月02日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
残念なことがあった。

社会学修士課程で勉強していたN子ちゃんが
日本に帰国することになった。

理由は、お母さんが病気で入院し、
手術を受けることになったからである。

お母さんの病気というのは、非常に重いもので、
手術が成功してもしばらくは治療が続くだろうという。

N子ちゃんはエッセイなどの課題は全て終わらせたものの、
まだ修士論文が残っている。締め切りは9月である。

帰国することを決めた。

手術を受けるお母さんの側にいてあげたい。
できる時に親孝行したい。

これが彼女の出した結論であった。

彼女は社会学部の帰国する旨を申し出た。
社会学部が彼女に対して下した判断は、

「とりあえず12月末まで修士論文の締め切りを延長します。
状況によっては、それ以降の延長も考慮します。
何も心配することはありません。
お母さんの看病に専念してください。」

というものだった。

柔軟でおおらかな対応であった。

まあ、日本に帰るとはいえ、
日本で修士論文を書き上げて提出すればいいのだから、
大きな問題ではないといえばそうかもしれない。

しかし私は、N子ちゃんのことは

考えさせられるものがあった。

思えばN子ちゃんの修士への道は
最初から困難の連続だった。

元々N子ちゃんはJYAとして2年前の4月にうちの学校に来た。
初日からパスポートを落として大変だったのだが、(苦笑)
彼女は通常のJYAの子とは違って、
大学を卒業してからJYAプログラムに入った。

本当は修士課程に入りたかったのである。
しかし、大学を出ていきなり修士をやる自信がなかったので
JYAのプログラムを選択していた。

しかし、JYAの場合、
大卒者の場合、4月から半年学校の英語コースに通うと、
9月から修士に入ることが可能で、
過去にもそういう例があった。

N子ちゃんがいろいろ悩んだあげく、
7月末になってわたしに
「社会学修士に入りたいんですけど」
と相談してきた。

しかし、すでに7月末である。。。。

私の留学回想録を思い出してほしい。

私が4月から準備を始めて3ヶ月で留学したのさえ、
相当な無理があった。

N子ちゃんは願書も何も出してなくて、
すでに7月末なのだ。

しかし相談されたからにはなんとかしてあげなければならない。
わたしが短期間に入学受け入れ獲得を果たすために使った、
表から裏からのありとあらゆるノウハウ(苦笑)を使って、

願書の書き方、パーソナルステートメントの内容、
推薦状に書いてもらう内容、
JYAコースの先生から社会学部の教授に
内々話をしてもらうことをお願いすること、

などなど、彼女に教え込んだ。

その結果、新学期が始まる約半月前、
つまり9月中旬になって
社会学部からようやく「条件付入学受け入れ」が
N子ちゃんに届いた。

しかし、あくまで「条件付」だ。
私はこの「条件」さえつかずに入学できるように策を弄したが、
さすがに社会学部はそれほど甘くはなかった。

その条件とは「英語の試験をクリア」すること。
うちの学校が作っているIELTSによく似た試験だ。

結果的にN子ちゃんはこの試験をクリアできなかった。。。

N子ちゃんは修士に進むことをあきらめ、
JYAコースに戻り、
10月から3月まで半年間社会学の学部聴講生として
黙々と授業に出席し、課題のエッセイ(小論文)を何本も提出した。

コースが終わる3月ごろ、N子ちゃんは再度社会学修士に出願した。
今度は、「アンコンディショナル・オファー(無条件入学受け入れ)」が出た。
IELTSもTOEICも受ける必要がない、ということだ。

N子ちゃんが半年、学部生に混じって黙々とがんばった努力を
社会学部は認めたのである。

N子ちゃんは4月から9月まで半年間、
日本で充電していよいよ昨年10月からの修士の学生として
戻ってきたのだった。

1年間のJYAとしての地道な勉強が実って
晴れて社会学部修士課程の学生となったN子ちゃんだったが、
困難は更に続いた。

エッセイなどの課題を順調にこなしていたのだったが、
今年の4月。

3本のロング・エッセイの課題を抱えていたN子ちゃんは、
そのうちの1本の締め切り1週間前になって、
風邪で倒れてしまった。

高熱が続き、腹痛が続き、立ち上がれない状態が続いた。
N子ちゃんは、これまで風邪を引いても1日くらいで回復してたそうだ。
今回はこれまでにない重い症状。

異国ということもあっただろう。
これまで半年間のきついストレスと疲労の蓄積もあっただろう。

私が電話をしても、
「はあ。。。。だめです。。。」
とN子ちゃんは言うばかり。

ついに1週間、何もできなかった。
なんとか立ち上がれたのは、エッセイの締め切りの日。

N子ちゃんは社会学部の事務所に行き、
エッセイのEXTENSION(締め切りの延長)を貰った。
3週間の延長だった。

しかし、1本EXTENSIONを貰うと、
別のエッセイの段取りにも影響する。
結局、N子ちゃんは残り3本のエッセイ全て
EXTENSIONを貰わないといけないことに。。。

N子ちゃんはその後一生懸命がんばって、
エッセイを提出することができた。

しかし、彼女の表情はちょっと暗かった。

「全部EXTENSIONになってしまったから、
やれたって気がしない。。。

元々締め切りギリギリになるまでやらなかったのがいけないんだけど。。。
私、いつまでたってもだめですね。」

この時私が彼女にかけた言葉が

「もう絶対嫌だと思える経験をすることが一番の勉強なのさ」

だった。
これは、以前「うちの学校の1年」に書いたことである。

それでも、ようやくエッセイも全て終わって、
さあこれから修士論文だという段階になった。

修士課程も修士論文になると、
自分の興味のあることに取り組める。
授業もなくなり、時間も自由に使える。
これからが、大変だけど一番楽しい時間になる。

その時に、
お母さんが倒れて帰国。。。

繰り返すが、私としても
この事態は考えさせられるものがあった。

他人事とはいえ、
N子ちゃんの修士への入学は
最初から関わった。

入学が認められず再挑戦となった時も、
がんばれと励まし続けた。

入学が決まってからも
励まし続けてきた。

いい留学にしてもらいたいと願い続けていた。

それが、無事に全てを修了する前に
帰国となった事については、
なんの感情も持つなと言われても無理だ。

なんとも残念だと思わざるを得ない。
正直、悔しい。
本当に悔しいと思う。

いや、別に退学したわけではない。
お母さんの手術が成功して、
治療がうまくいって、
N子ちゃんが修士論文に取り組める時間ができて、
無事に提出できればいいのだ。

今は、それを願うしかない。
これだけいろんな困難があって、
これだけ時間がかかったのだからこそ、
最後までやり通してほしいと願う。

このN子ちゃんの件については、
私自身についても考えさせられた。

私自身は、N子ちゃんとは対極で
電光石火の勢いだけで
あっという間に修士の学位を取って、
そのままPhDに残ってしまっている。

しかし、それはたまたまの幸運でしかないのだろう。

人生はいろんなことが起こる。
私自身、うちの学校に来てからは幸運続きだが、
それまではいろんな不運もあった。

これからまた不運なこともあるだろう。
しょせん、人生は幸運、不運、
差し引きチャラなのだと思うから。

しかし、何があろうとも、
人生は続いていく。
その時その時、できることを一生懸命すること、
これしかないんだろうな。

このN子ちゃんの件から、そんなことを考えたりした。

とにかく今は、
N子ちゃんのお母さんが病気から回復すること、
N子ちゃんが修士論文に取り組める日が再び来ること、

心から祈っています。





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最終更新日  2004年07月02日 20時53分23秒


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