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2004年10月24日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
さて、今日は「かみぽこ政治学」です。

それでは、まずはこの記事から。

『第2次小泉改造内閣:
新外交チーム、船頭多く視界不良 外相、補佐官にいらだちも

 外相、防衛庁長官が交代し、自民党の山崎拓前副総裁と川口順子前外相の2人を首相補佐官に起用したことで重厚な布陣となった小泉内閣の外交・安全保障チーム。ただ、補佐官の役割が不明確なうえ、町村信孝外相が北朝鮮に対する経済制裁をちらつかせて首相官邸とのズレが生じるなど、「新・小泉丸」の船出は早くも「船頭多くして視界不良」となっている。【高塚保、田所柳子】
 外務省待望の「政治力のある外相」として就任した町村外相は、目の上のたんこぶともいえる補佐官2人の登場にいら立ちを隠し切れない。
 川口補佐官の担当は外交。町村外相は就任後の記者会見で「国会の制約で(外国での会議などに外相が)出られないときに川口補佐官に頑張ってもらう」と語り、補佐官は「外相の代理役」だと強調。川口補佐官は「首相の気持ちをつかみながら、役に立てれば」と、「官邸主導外交」を進める構えで、早くも駆け引きが始まっている。
 山崎補佐官の担当は「首相の特命事項」とされ、何をするかは明らかにされていない。自民党の国家戦略本部が9月初めにまとめた提言に安全保障などを担当する補佐官の新設が盛り込まれ、在日米軍再編問題で政府対応の遅れを懸念した山崎氏自身が「官邸に司令塔を」と首相に進言していたことから、米軍再編問題や日朝交渉などに関与するとみられる。山崎氏も補佐官就任後、「外交・安保に集中したい」と意欲を示している。

うん。

今日は私のところで以前取り上げた
町村信孝さんと山崎拓さんに関する話。

要は、外務大臣と首相官邸に外交問題担当として入った補佐官の
微妙な関係を報じた記事である。

小泉内閣になってから、
この外務大臣・外務省と首相官邸の
外交問題における微妙な関係が
目立つようになった。

田中真紀子元外相と福田官房長官の対立。
川口順子外相の存在感のなさと官邸主導外交。。。。


前・後編に分ける。

前編では、
この外交をめぐる
外務省と首相官邸の微妙な関係の、
歴史的な経緯を説明する。


なぜこのようなことが起こるのかを
外務官僚の思考・行動パターンというものを考え、
「外務省とは何なのか」について論じたいと思う。

日本外交において、
首相官邸の主導権を握るようになった契機は、
海部内閣の頃であろう。

海部内閣における、
重要な外交課題は

「日米構造協議」

そして

「湾岸戦争」

だった。

「日米構造協議」とは、
日本のいろいろな取引の慣行、
様々な制度を全て見直して市場開放をし、
日本の経済構造改革をやってくれと、
米国の親・ブッシュ政権からの要求で
始まったものであった。

アメリカ側が要求している範囲は極めて広く、
日本のほとんど全ての省庁に関わった。

海部内閣では当初、
外務省の経済担当の外務審議官が中心となって、
大蔵省の財務官、通産省の通産審議官、
この3人が代表となって対応すれば
この協議を乗り切れると考えていた。

しかし、それでは関係各省庁間の利害調整ができず、
次第に首相官邸が取りまとめに乗り出すことになった。

そして、「湾岸戦争」。

1990年8月。イラク軍がクウェートに侵攻した。
国連はイラクのクウェートからの即時撤退を決議。

これに対する海部首相の対応はすばやく、
国連の決議に先駆けて
イラクを経済制裁することを閣議決定。

次に、多国籍軍が結成されると、
輸送協力、物資協力、医療協力
をしようということを首相官邸で決定した。

ところが、ここからが問題だった。

物資協力は通産省を通じて、
砂漠用の乗用車、住宅用資材、海水淡水化装置などを
関係業界に協力要請した。

輸送協力は運輸省だった。
ところが運輸相を経由して依頼した
日本航空と全日空が、
パイロット組合の反対で
一機も出すことができず、
結局、アメリカの民間業者に
依頼することになった。

海上輸送に関しても、
海員組合が拒否したため、
外国船をチャーターした。

結局、飛行機も船も
日の丸をつけて運行することができなかった。

医療協力は、
厚生省と文部省だった。
それと、医療の話に詳しい
橋本「大蔵大臣」が主導して、
とりあえず100人現地派遣を決めた。

しかし、募集すると100人集まらない。
最終的に応募者は10人だった。
それも野戦病院には
行かせられないということになった。

なぜなら、法律上、
野戦病院に行くと、
多国籍軍の戦闘行為に加わった
ということになるからだ。

それで現地には行くけど
野戦病院には行かず、
後方の病院に行くと
多国籍軍に打診したが、
後方はいらないと断られた。

極めつけは資金援助だった。

最終的に日本は、
90億ドルの協力を決め、
周辺国も合わせると
130億ドルを拠出した。

しかし、当初米国が
どれくらいの資金を要望しているかの
情報を日本政府は掴むことができず、
その間に大蔵省が査定を始めて、
10億ドルと査定した。

海部首相はその査定に基づいて
ブッシュ大統領に打診したわけだが、
大統領は失望した。

それで慌てて追加支援をして、
最終的に130億ドルを出したのだけど、
結局日本は戦争後、
クウェートが感謝を表明した国に、
入ってなかったわけだ。

長々と書いてきたけど、
ここで私が言いたいことは、
「日米構造協議」も「湾岸戦争」も、
関係省庁との調整は首相官邸が行い、
外務省が出てくる場面がなかったことだ。

それどころか、
湾岸戦争の資金援助に関しては、
米国の要望を掴むことができなかった
という決定的なミスを外務省は犯している。

これ以降、
外交問題において、
外務省が主導する場面は
どんどん少なくなっていく。

例えば湾岸戦争の反省として出てきた
「PKO協力法案」。

外務省国連局が扱う法律ながら、
自衛隊を使う話なので、
防衛庁が関係する。
また、警察も関係するし、
選挙管理などには自治体職員が入る。

そうなると、省庁間の調整を
首相官邸がやることになった。

宮沢・細川内閣の「ウルグアイラウンド」。
これも関係業界の反対を抱える農水省や通産省を
首相官邸が主導して説得する構図で、
外務省は出てこない。

例えば、ウルグアイラウンド農業交渉では、
農水省が直接交渉し、
ぎりぎりまで粘って日本の実情を
交渉に反映させるよう努力した上で、
最後に細川首相がコメの部分輸入を
決断した。

この過程には、外務省はからんでいない。。。

細川・村山内閣での、

「日米包括協議」。

これは、日本政府自身が米国の製品をどれだけ買うかという
いわゆる「政府調達」の数値目標をどうするかということが、
ここでも外務省は調整能力を発揮できなかった。

他省庁が外務省に対して不信感を持っていたからである。

「外務省はアメリカの方ばかり見て、
国内の業界が苦しんでいるのを見ようとしない。」

ということである。
だから、政府調達に関しての
各省庁の説得も首相官邸がやった。

そして橋本内閣。

橋本首相は
海部内閣での蔵相、
村山内閣での通産相として、
外交問題の処理に関して、
首相官邸の役割の重要性を認識していた。

また、村山内閣時の阪神大震災での
政府の危機管理能力の欠如も経験しており、
首相官邸機能の強化を
自身の内閣の最重要課題の1つと
位置付けたのである。

橋本内閣時の行政改革については、
中央の役所の数を22省庁から12省庁にした、
省庁再編が目立っているが、
実は首相官邸機能を強化したことが
一番の重要ポイントである。

具体的には、
首相官邸のスタッフを強化したこと、
内閣府を作ったことである。

法律に、
内閣府は他省庁より一段上であると明記し、
内閣府が他省庁に対する総合調整権を持つということを
明記したのである。

そして、総合調整の手段として、
経済財政諮問会議、総合科学技術会議、
中央防災会議、男女共同参画会議などを
内閣府の中に作った。

これによって、重要政策に関して、
各省庁間の調整がしやすくなり、
首相がリーダーシップを発揮しやすくなったのである。

今日はここまでとします。

今日書いたことをまとめます。

湾岸戦争の頃から、
外交問題に関して、
外務省だけで処理できず、
他省庁との調整が必要となり、
首相官邸が主導して処理する
案件が増えた。

主要閣僚を歴任し、
首相官邸機能の強化の必要性を痛感した
橋本首相はそれを自身の内閣の重要課題と位置づけ、
首相官邸のスタッフの強化と、
内閣府の設置を成し遂げた。

続きは明日、後編で。

ちなみに釘を刺しておきますが、
今日の文章を読んだ時点で、

「外務省はダメだ」

とかいう批判を掲示板に書き込まないように。

まだ後編がありますし、
そこで私が書くことは
外務省批判ではないと予告しておきます。

外務省を批判する書き込みをしたら、
即刻遠慮なく全部削除しますからね。
それは私が書きたいことの主旨を捻じ曲げてしまうから。

かみぽこの思考はそんなに単純ではないよ。(笑)

それでは、また明日。


今日の文章はこの本を参考に致しました。

御厨貴・渡邉昭夫著『首相官邸の決断 -  内閣官房長官石原信雄の2600日』
増島俊之・小林秀徳『証言・改革を支えるメカニズム:水面下の意思決定者を探る』






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最終更新日  2004年10月26日 07時35分19秒


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