こころの金メダル

こころの金メダル

「いのち」の学習

「いのち」の学習



 殺人事件(それも凶悪な)がニュースで報道されても、別に何も感じなくなってきています。

ゲームの中では、人間は簡単に死んでしまいますし、生き返りもします。

「人は死なない、死んでも生き返る」と思っている子が、本当に存在している事実もあります。


 そこで、5年生というこの時期に「いのち」というものについて考えさせてみる授業をうってみました。

授業の中で「生きるってどういうことやろ?」「いのちがあるっていうのは何なんやろ?」「死ぬとはどういうこと?」というような大人でも難しいような質問もしたんですが、子どもらは本当にしっかりと考えていたと思います。

 そのことは「子どもらの感想」によく現れていると思います。




【授業の展開】(2時間扱い)


 事前に保護者の方に依頼して「誕生した時の様子」と「名前の由来」について書いてもらう(全員に)



 半紙に毛筆で名前を書き黒板にだして、「これはA君の名前だが、この名前がついたのは~ということがあって・・・」というように紹介していく。

 (全員は無理なので6~7人ぐらい)

 「名前っていうのは、家の人の願いや希望が込められているんやな。

それは誰にとっても言えることなんやな」ということを強調する。

 (1人1人が大切な存在であることを、ここで押さえる)



 次に、阪神大震災の話をする。

多くの方々が亡くなった、悲惨な災害であったこと。

ここで、今のこの子らは、ちょうど阪神大震災の年に生まれているということで、もしも震源地がもっと近かったら、自分たちだって「いのち」を落としていたかも知れないということに触れる。


 そして、1枚の新聞記事を読ませる。その内容は、



 あの日を境に、大山有里(26)の母乳はぴたっと止まった。1月16日夜。11字ごろ、生後1ヶ月の次男に、その日最後の乳を飲ませた。いつもは10分ぐらいで飲みやむのに、なぜか20分以上も吸い続けた。乳首が切れて血がにじむほど強く吸い続けた。

 6畳間で、長男の亮太(2)を間にはさみ、土木会社員の夫、慎一(32)と有里は川の字になってとこに就いた。次男の泰明は、有里の隣に置いた高さ50センチの木製ベビーベッドの中。たっぷりおっぱいを飲み、泣き出す気配もなかった。

 ドーンという音と同時に、慎一は有里の横まではねとばされた。2階が落ちてきた。夫婦はベビーベッドと壁の間に身体が入った。有里を外に連れ出すと、慎一ははうようにして戻り、手探りでベッドにたどりついた。

 ベビーベッドは、上のさくがボキボキに折れていた。頑丈にできていたのか、台座と床板はしゃんと残っていた。その上で、泰明は死んでいた。亮太は隣の4畳半との境で見つかった。亮太に覆いかぶさるように有里の母、生賀範子(54)も死んでいた。出産間もない娘のために、和歌山の実家から来ていた。




 これを読んだ後で、感想を聴く。

(ただ単に「かわいそう」というものよりも、もっと深く考えさせる)

 「地震で死んでしまった泰明くん」「今、生きている自分」この2つを対比させながら考えさせていく。

「いのち」って何やろ?



 「生きてたら、もっとがんばらんなあかん」「自分は死ななくてよかった」「いつ死ぬかわからないと思ったら恐い」「1つしかないいのちを粗末にしたらあかん」などなど、いろんな意見が出る。



 ここで、「自分のいのち」と同様に「他人のいのち」もとても大切なことであることを伝える。そして、「その大切な他人のいのちを、ないがしろにしているという行動はないか?」と問う。


 「ケンカしてたたく」「体当たりする」などなどが(主に男子から出る)
そこで、これを問う。


 「言葉で、相手のいのちを危うくしているようなものがあるのと違うか?」一同シーン。その後「あいつのことムチャクチャ言ってる」「キショーっていつも言う」


「ふ」「もっとキツイ言葉あるやろ、よく聞くで」

「死ね!」とか言う。「殺したろか!」とか。

「ふ」「相手に対してそれを言うっていうのは、一体どういうことなんやろう
な?」と投げる。

その後、考えさせる。



 こういう受け答えの時間の後、次の文章を読み聞かせる。これは、保護者の方に書いていただいた「誕生時の様子」の中の一部です。不覚にも私自身が読みながら涙がこぼれました。

 最初にこの文章を見た時に、「これはヘタな授業はうてない」とすごいプレッシャーがかかりました。だって、こんなにすごい武器を手にしたわけだから・・・。この武器をどこでどのように投入しようかということを1週間ぐらいずっと考えていました。


 その手紙がこれです。



 ここに書くことは、ママにとって非常につらいことなのだけれど、改めてA(自分の娘)に、また5年生の皆さんに「いのちの重み」について考えてもらえるための、少しでもお手伝いができたらと思い筆を執ります。

 Aには1つ上のお姉ちゃんがいます。生きていてくれるなら、今は6年生になりますね。彼女は、ママのお腹の中に10ヶ月と10日、生きていました。3150gでした。普通、ヒトの誕生は、お母さんのお腹の中で10ヶ月を過ごしますね。けれど彼女は、なかなか産まれてくる気配を見せず、予定日を10日も過ぎていました。お腹の中の居心地が良すぎたのでしょうか。9日目にお腹が痛くなり始め、病院へ向かいました。

 が、なかなかお産がすすまず、陣痛促進剤というお薬を使用されました。そのトラブルでしょうか、難産の末、産まれた時にはオギャーと泣いてくれませんでした。小さな身に、人差し指1本で心臓マッサージをされましたが、蘇生することはありませんでした。「泣いて、お願い」「オギャーと声を出して」と叫ぶ思いと、今ある現実を人ごとのように見ていました。その小さな身体は温かかった。けれど、洗ってきれいにしてもらって、再び抱きしめた時には冷たかった。とても冷たくなっていました。「この子は死んじゃったんだ」という認めざるをえない現実をつきつけられました。もし生きていたら、重い障害を持って生きていくことになると言われました。

 でも、それでも良かった。生きていてほしかった。今年の5月20日が12才の誕生日でした。13回忌というんだそうです。そろそろ一人前の天使になっているのかもしれません。生きて、この世の試練にあうこともなく、天国で楽しく過ごせるように決められていた子だったのかもしれませんね。

 パパとママにとって、5月という月はとてもつらい月です。未だに言えることはありません。けれど、その翌年の6月に「オギャー」と元気な声をあげて、生きて産まれてきてくれたAと妹のBがママたちの宝です。この世に生を受けて、辛いことも苦しいこともあるだろうけれど、生きていたら、また楽しいこともあるはずです。喜びも味わうことができるでしょう。努力することもできます。生きているんだものね。いくらでもがんばり次第で、自分の人生を切り開いていけるはず。

 どうか、今ある「いのち」を大切に生きていってほしいと願います。彼女の名前は彩華と名付けました。一瞬にして短いいのちだったけど、彩やかなきれいな華のようでした。そして今度は、その華がやっと咲いて、我が腕に抱くことができたのがAです。彩華は、きっといつも見守っていてくれる事を信じて疑いません。何かのお役にたちますでしょうか。




 という文章です。

「お役にたつ」どころの話ではありません。

こんなすごい文章を手にできたということに深く感謝しました。

これをどのようにして子どもに「食べさせる」か。責任が重かったです。



 ただ、なんとかいい展開で授業が流れて、これを読んだ後、教室中が一瞬シーンと水をうったような静けさになったことを記憶しています。

その瞬間、「良かった!」と思いました。

担任していて、うれしい瞬間ですね。

苦労して、考えて考えて授業を構築していったかいがありました。


 以下、授業後の子どもの思いや気づきです。




【子どもの気づき】


*いのちはとても素晴らしいものだと思った。

いのちがなくなればムチャ悲しいんだと思った。

家に帰ると「おかえり」と言ってくれるお母さんが、そんな苦労をしていたのだから、いのちを粗末にすることは、お母さんやお父さんに、とても失礼なことだと思った。


 それに文章の最後の方で、先生が泣きそうになっているのがわかった。

世界で一番自分を心配しているのは、お父さんとお母さんだなと思った。

お母さんが妹を産む時、毎晩病院に行っていて、帰る時いつも弟は泣いていた。

いのちがどれだけ大切かわかった。



*人間は、たぶんやけど、約3億人の中から産まれたのがぼくたちで、ぼくらが生きているということは、1/3億の確率で産まれて、ほんとにぼくらはすごい人なんだと思った。

そんないのちを、ぼくらが体に悪い食べ物とか食べて、寿命を減らしているということは最悪だ。

その約3億人の人にうらまれても仕方がない。

自殺なんかしたら、3億人の人に地獄に落とされるかも知れない。



 ぼくらが産まれてきた分、約3億人の人に、ぼくらが産まれなかった分、「長く、ちょっとでも長く生きていてくれ」と言って見守っていてくれていると思う。


 ぼくが車にはねられた時も、ヘタしたら死んでるかもしらんのに、約3億人の人が、守ってくれたと思う。

だから、約3億人の分をしっかりと生きたい。

大人になってもタバコを吸わないと思います。

約3億人の人にうらまれないように、しっかりと生きたいと思います。



*私は今の話を聴いて、今、当たり前のように生きているけど、自分たちのお母さんたちが、私たちのことを産んでくれなかったら、「今ここに自分はいないんだなぁ」と思った。

だから、それだけ重大なものだから、絶対に自分のいのちは粗末にしないで、大切にしていこうと思った。


 他にも必ず自分のいのちを大切にしている人がいるから、世界から「犯罪」というものがなくなってほしいと思った。

病気にかかっている人の病気も治してあげたいなと思った。



*最後のAさんの話がこころに響きました。

ぼくは真剣に聴いて書きました。

今の話を聴いて、今でも、いのちを取り替えて順番交代に生きていってあげたいと思う。

でもぼくはいのちを落としたくはありません。


 でも、今の話を聴いている時にAさんが泣いていました。ぼくは経験がないからわからないけど、なんとなくAの気持ちがわかります。

この紙に書く前まで、Aはずっと泣き続けていました。

それをみんなは見ていたと思います。


 ぼくも、これから「自分のいのち」「他人のいのち」を大切にしていきたいと思います。



*いのちは、一生に幸運と幸運に幸運が重なって生きている。
けど、ほんの少しの不運によっていのちを落とすこともあります。

でも、いのちは1つしかない。

今、思うと、戦争やテロや殺害などで、何百・何千・何万といった人たちがいのちを落としています。

 人は人によって一生というものは違います。

でも、一生には変わりありません。

だから、産まれてすぐに死ぬ人もいるし、90年生きる人もいます。

でも、同じ人生です。

 もう死んでしまった
人のためにも、ぼくらがしっかりと生きなくてはと思います。


 本当に、人というのは「罪のある動物」と思います。



(Aさんの気づき)
*人が産まれてくるということは、周りの人たちには不安がいっぱいだ。

でも、元気で産まれてきてくれたら、その不安がなくなり喜びに変わる。

でも、誰もが喜びを感じるわけではない。

お姉ちゃんや泰明くんみたいに、産まれてきていのちを落とす場合もある。

だから私は、お姉ちゃんの分も、今あるいのちを大切にして生きていこうと思いました。

人にも「殺すぞ」とか「死ね」など言わんとこぉと思いました。





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