マダム・キヨコ

マダム・キヨコ

2021.01.03
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カテゴリ: 体験






いま、思えば 自分が 選んだ 道は 間違って いなかった。
と、
おもってます。


小さい頃は 両親に溺愛 され 我儘に 育っていた わたくし
社会に出てからも 両親が いつも 心配し かならず 近くに おりました。

欲しいものが あれば 直ぐに
与えて くれました。
感謝 より あたりまえと おもって いた その頃
両親が 鬱陶しく おもいはじめ ました。
なにか 自分が 出来る ことは ないか と 考え
両親のいる 故郷から 逃げたい 気持ちに かられました。

なにかの 資格が 欲しいと おもい 迷わず
ここ、函館で 2年間の 勉学に 励み 頑張りました。
資格を得て、故郷に 戻ろうか と おもいましたが
また 両親に 束縛 されるだろうと
函館の片田舎(漁師町)に 町の保育園に 勤めました。

勤めてから 2年も しない うちに いまの ご主人様と 結婚して
子供4人 を わたくしの 両親の ように 溺愛して
育てました。
不思議ですよね。
自分の 親と 同じように 育てるん ですもの。

自分の子供を 自分の 思い通りに 育て上げようと必死 でした。

長女が 高校生 に なって 自分の 体調が 悪くなりました。
自律神経失調症 と いう 病名 でした。
3年間 入退院 そのあと 10年間 この病名に 苦しみました。

ご主人さまは 何も しなくても いい 
体力を つけるために いろんな お稽古ごとを 勧められました。

スイミング スクール・乗馬クラブ・社交ダンス・着付け教室
など いろんな お稽古ごとに 挑戦しました。
兎に角、習うと いうことは 徹底して やる 性格。

ある時、東京の お友達が 知らない おばさんと 一緒に
わが家を 訪れたのです。
東京の お友達と おばさんは 昔からの山仲間 でした。
その おばさん、
函館山ふれあいセンターのボランティア の 有名な おばさん でした。
おばさん こそが 山をおしえてくれた 山の師匠さま です。
そのころは、函館山 2合目 まで 登ると 息切れする と いった
状態でしたが、わたくしの 負けず嫌いが 毎日のように
旧登山道を 2合目 まで 歩くのです。
それ 以上 歩くと 息切れ してしまうのです。
笑っちゃいますよね。
いまでは 考えられない でしょう。

山歩きに 慣れると 面白味が 出てきて
3つの 山の会に 入会 したり 山の講習会に 参加したり
いろいろ と 山の掟を 覚えて 道内の山を 山ガイドさんと
歩きました。
本州・四国・九州 などは 登山ツアーに 参加して 楽しみました。
日本の 山 よりも 世界の山を 登りたい。
海外トレッキング & 登山 を年に 10ヵ国 の 途轍もない 山登りを したり
トレイル・トレッキング ・ ハイキング に 参加したり
歩きたい ところは 全て 制覇 しました。
4人の子供も いつの間にか 自立して いまは 家族を持ち
わたくしと 同じように 
自分の子供を 溺愛し 習い事 ・ 塾 などの 送り迎え で 大忙しです。

毎年、年末年始は ご主人さまと  国内旅行 を します。
今年は 新型コロナウイルス で 断念 しました。

元気で 健康で あれば また 老夫婦で 国内旅行 を 楽しみに
している わたくし です。









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Last updated  2021.01.05 07:23:59
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