こっぱんの日記

こっぱんの日記

2007.01.12
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カテゴリ: 美術・博物・展示
今日は、午前中は雑事、午後から外出して、高島屋で「山田洋次の原風景」展を見、本町のシモジマ、梅田のヨドバシカメラなどを覗いた。

山田洋次は、寅さんシリーズ「男はつらいよ」48作をはじめ、「幸福の黄色いハンカチ」、「たそがれ清兵衛」から最新の「武士の一分」まで、79の作品を作った監督である。今回の展示会では、これらの映画が作られた時代背景を紹介しながら、作品作りにかけた山田洋次の意気込みを紹介しようとするもので、全作品のポスターの展示をはじめ、ロケーション風景、小道具、セットなどが展示されていた。山田洋次が映画作りを語る19分のオリジナルビデオも上映されていた。

山田洋次は昭和6年豊中市で生まれ父親が満鉄勤務のためまもなく奉天に渡り、新京に移り、大連を敗戦を迎える。昭和22年引き上げ、宇部で中学生活を送り、25年東大に入学。学生中は映研で映画を研究史、29年松竹に入社。昭和31年、「峰の子」の脚本を書き、33年に書いた「月給13000円」が映画化された。以後、35年「黄色いさくらんぼ」「日本よいとこ」、36年「張り込み」「ゼロの焦点」「遺族」などの脚本を書き、映画化されていく。

(満鉄では、敗戦まで、職員14万人、家族を含め50万人が生活していたが、追われるように日本に帰ることになった。機関車も客車も駅も立派なものを残して)

山田洋次の監督としての最初の作品は、昭和36年の「二階の他人」続いて「下町の太陽」。「男はつらいよ」の第1作は昭和44年に始まった。これが48作まで続く。この間、昭和52年には「幸福の黄色いハンカチ」、55年には「遥かなる山の呼び声」を作っている。平成10年には、藤沢周平シリーズが始まり、「たそがれ清兵衛」「隠し剣 鬼の爪」「武士の一分」と続く。

初期の映画には、ハナ肇が活躍し、脇役として有島一郎、佐山俊二、石井均、左卜全など懐かしい顔ぶれが出ていた。

会場には、くるまや全景のドールハウスの展示もあり、また、くるまやの茶の間のセットを再現したものも置かれていた。ここだけは、撮影自由で、ちゃぶ台に坐って記念撮影する人もいた。

私は、「男はつらいよ」の数本のほかは「幸福の・・」くらいしか見ていなかったが、山田洋次の人となりを知ることができ、また、懐かしい時代にタイムスリップすることのできたいい展示会であったと思う。

写真は、パンフレット(左)、映画ポスター、くるまやの茶の間セットの一部(右の方にトランクが置かれてある)
070112yamadayoji.jpg




展示会を見たあと、心斎橋のシモジマへ行ったが、現在改装中で、仮店舗が本町に近いところにできていてそちらに行ってみた。心斎橋の店より格段に大きく、品揃えも多いようだ。

そのあと、ヨドバシカメラ梅田へ行き、店内をいろいろ見てまわり、光沢用紙、プリンタインク、ネームシール用紙などを買った。







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Last updated  2007.01.13 09:54:56
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