2004/01/08
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カテゴリ: 国内小説感想
 それほど面白そうなテーマでもなく、興味を惹く作家名もないので今回はパスするかと思っていたところ、年末年始の図書館一斉休館の前に大量に本を借りそこね、結局買った。ところ、「再発見」という名にふさわしく、第二期中一番内容の濃い一冊であった。

・中山義秀「あやめ太刀」
・梶山季之「族譜」
・中野重治「第三班長と木島一等兵」
・新田次郎「八甲田山」
・富士正晴「足の裏」
・城山三郎「調子はずれ」
・佐多稲子「疵あと」
・黒井千次「椅子」

・辻原登「松藾」

 富士正晴、石原慎太郎の前半が良いなあと思っていたところ、最後辻原登という聞いたことのない作家にぶっ飛ばされた。「なんだ?」「なんだこれは?」「なんだこれはなんだ?」「誰だこの人?」「なんでこんなものを?」と、読む間中驚き呆れ続けていた。藤枝静男の『田紳有楽』にしろ『空気頭』にしろ、読むとかなり面食らう作品だという予備知識を持って読んだが、これはまったく油断していたところへの不意打ちだった。あまり本を読まない友人に深沢七郎「楢山節考」を貸したら、「電車で読み始めたら止まらなくなって、駅のベンチで最後まで読んだ」と嬉しい感想を寄越してきた。それと同じ経験を私は『松籟』で味わった。まだ正月気分の抜けきらない駅のホーム(1月4日)とはいえ、終電までにまだ一時間ほどあるのに人影少なく、さほど寒くない日だったのに体がどんどん冷えてきて、小説内の人物たちと同じようなことになってしまわないかと不安になった。しかし手袋つけたらそんな気分も治った。


それからハマゴウの中に車座になり、ジャンケンをした。最初の拳で海外事業部の青柳ひとりグーで、あとの十四人全員がパーを出して勝負はついたが、その後はグー、チョキ、パーが入りまじって、いつまでもけりがつかない。案内人がチョキを禁じるとすぐ片がついたが、それではおもしろくもなんともない。
~中略~
それからハマゴウの中に車座になって、ジャンケンをはじめる。最初の拳で経理課の小出がパーで、あとの十四人全員がグーを出してひとり勝ちだったが、その後はグー、チョキ、パーが入りまじってけりがつかず、箱庭がチョキを禁じるとすぐ片がついて、つまらなくて立ちあがった。
~中略~
 調理台からうまいぐあいに大ぶりの生きのいい鰺を一尾すくねた黒猫のトッポは、民宿の奥さんのどなり声を尻目に、勝手口を抜けて物置と食堂の間の隘路を走り、前庭から松林の中へと逃げ込むつもりが、ちょうど門から箱庭とコスメ化粧品の一行がどやどやと入って来たので、あわててとっつきのヤツデの葉かげに身を翻した。箱庭にはこれまで何十回、いや何百回と蹴りとばされたことだろう。
~中略~
トッポは頭を食べおえた。ひとしきり舌なめずりしたあと、再び鰺をくわえなおしてヤツデの葉かげから首を出し、一歩二歩と影から体を引き抜き、そのまま一気に駆け抜けようとしたとき、小旗を巻きながら箱庭が大勢の客を従えて門から入って来たので、あわてて再びヤツデの葉かげに引っこんだ。あいつにはこれまで何百回、いや何千回蹴飛ばされたことだろう。

辻原登『松籟』より


 落丁ではない。昔、話がループしている「月下の棋士」一巻を読んだことがあるが、そういうことではない。僅か3ページの間に、壊れたレコードのように上の文章が出てくる。「この話はちょっと普通とは違いますよー」という挨拶だ。旅館を舞台にしたいささか尋常からはずれる世界の中で進む物語に特別な意味はなくオチも劇的なものではない。終末の雰囲気漂う小説内の登場人物たちのバックにラスト、巨大な「END」という文字があらわれる星新一の短篇のようなものを嫌な予感と共に想像していたが、いい意味で裏切られた。明確なオチはいらない。


 私の知っている二・二六のある革命家は、無期刑で十年監獄に坐っている間に一つだけ結論を掴んだ、といっていた。人間の進歩を妨げる最大の悪は観念だ、と。ある大きな寺の隅の寓居の書院であぐらのまま茶をたててくれながら彼はそういった。
「獄の中に十年坐って覚ったのはそれだけだ。それで、俺のやったことは間違いだったと自分でいい渡せたのさ」
 すべての観念から自由であり得る人間、その強さ。しかし、その強さを獲得した時、その人間にとってすべての他者他物は不要になるのであろうか。

石原慎太郎『院内』より


 新田次郎『八甲田山』も、事実の持つ力強さに溢れていて面白い。





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Last updated  2004/10/29 12:56:34 AM
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