気がつけば、思い出し笑い

ショートストーリー7




 ふと思い立って、電車に乗った。
 なんだか潮の香りが嗅ぎたくなって、麦藁帽子とお財布とタオルを持ってひょいっと
海へ向かう電車に乗ってしまった。

 今年の水着はまだ買ってないけれど海へいきたくなった。
 MDプレイヤーは散々迷ったあげく、部屋に置いて来た。

 ずっと変わらないようで、ちょっとずつ変わっていく窓の外の風景を見ながら、私の瞳のなかにはいつだって彼が住んでいる。
酔っぱらってもあまり顔に出ない私は、なにげなく彼とふたことみこと言葉を交わす時に心臓の音がいつもの5倍くらい大きくなっているなんてまだ誰も知らない。
 もちろん彼にさえ。

 ぼーっとできる時間があるとついつい彼のことを考えてしまう。
 “恋をしてるんだな”って最近自分でも自覚するようになった。

 恋なんていつも同じ手順だわなんて そんなにたくさんの経験をしたわけじゃあない
のにうそぶいていた。
 いつだって恋の始まりは病気だ。特効薬やお医者様もいない。

 皆で花火を見に行った帰り、ずいぶんと酔っぱらっていたので6,7人で彼の部屋に
なだれ込んだ。しばらくは馬鹿話をして大笑いしていたがやがてプラグが抜けるように突然1人2人を睡魔に襲われた。

 気がつくと隣に彼が眠っていた。私の目線の先には彼のつむじが見えてなんだかとってもいとおしい気持ちになってしまった。

 このまま朝にならなきゃいいのに。そう思ったとき、彼が寝返りを打ち、偶然にも彼の手のひらが私の手の甲に重なったのだ。

 その途端、“ああ もう降参”と私はココロの中で両手をあげた。

 その夜以降、なんだか意識しすぎてしまってどことなく彼を避けてしまっていた。
 瞳の端ではずっと追いかけているくせに。

 電車の終着駅は無人駅で、駅舎を抜けると数百メートルの砂利道の先にキラキラ光る
海が池のように見えた。
浮き輪や虫かごを売っている駄菓子屋でちょっと耳の遠いおじさんからガラス瓶に入ったラムネを買った。ちょっと迷って懐かしい緑色の瓶を2本。1本は彼へのお土産にするつもりだ。

 そして勇気を出して誘ってみよう。
 「いっしょに 海見にいかない?」

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