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マカオのオカマことshanghai-kです! とある痴呆都市に潜伏中。以前2年間程住んでいた思い出の場所に、久しぶりに出張で訪れた。中国を去り、日本に帰ることを決意した。明日この場所を離れ、別の痴呆都市に潜伏する。今後はもうこの場所を訪れることはないと思われる。という訳で今夜がこの場所でのラストナイトだ。この場所で出会った友人と食事をしてから、決死の覚悟で一人とある場所へと向かう。その場所とは、魔物、妖魔、魑魅魍魎の類の巣窟であるKTVという魔界だ。この場所に一歩足を踏み入れると、五感を狂わされ、心を乱され、財布からお金を吸い取られ、体からエネルギーを吸い取られ、変な液体を飲まされて体を破壊され、魔物の手先となり、廃人と化す末恐ろしい世界だ。今まで魔物に取り憑かれ、廃人となった人を数多く見てきた。という自分も以前この魔物の巣窟で、魔物に心を奪われ、心と体が制御不能になりかけて、このままだと完全に魔界の河に堕ちて溺れそうな状況に陥り、必死に魔界から脱出してこの地から遠ざかった。あれから2年程経過しただろうか?2年の間に自分はどれほど成長しただろうか?魔物に対抗すべく確固たる自分が築き上がれただろうか?そして、魔界も門を開き、魔物の巣窟へと踏み込んだ。階段を登ると、たわわな果実を強調した綺羅びやかな衣装に身を包んだ妖艶な魔物達が、僕を魔界へと誘う。空いている席へと案内され、かつて自分を魔界へ引きずり込もうとした、2年前と同じ魔物と、血井魔魔と呼ばれる魔物の親玉が隣に座る。細くしなやかな指をそっと僕の手に絡ませ、ミニスカートからスラリと伸びる美脚とたわわな果実を見せつける。心の奥底を見通すような潤んだ瞳で微笑まれながら、魔法がかかった琥珀色した液体を口に含んで体に取り込む。久しぶりだの、何してただの、いつ帰るんだだの他愛のない会話をしながら、グラスを傾ける度に、魔境の奥深くへと入り込んで行く。ふと気づいた。ここは本当に「魔物の巣窟」なのだろうか?もしかすると、「天使が舞い降りる天国」なのかも知れない。。。この上ない安らぎ、喜び、至福感に心と体が包まれて溶けこんでいく。この世が鬼や魔物がうごめく地獄であるはずがない。天使や天女や妖精達が戯れる天国のような世界なのだ。。。そして、いつの間にやら神の雫でできたワインとやらを天使達がシャワーを浴びるように流し込んでいる。そんな天使達を眺めて、一緒に戯れながら、心地よい気怠さに包まれながら、幻想と現実の世界を行き来していた。ふと気づいた。いつの間にかに天使達が飛び去ってしまった。空になったボトルと中途半端に注がれたグラスだけが、目の前に並んでいる。はて、ここは本当に「天使達の集う天国」なのだろうか?もしかするとやはり、「魔物の巣窟」なのではなかろうか?一人ポツンと取り残された放置プレイの空間で、ぼんやりと考えていた。-----------------------RAS(Reticular Activating System 網様体賦活系)という単語を知っているだろうか?もちろん僕は知らない。脳の中にあるフィルターの機能であり、フィルター(RAS)によって、必要な情報と必要でない情報を識別し、フィルターを通って初めて情報を入手している。自分が今まで築いてきた経験、感覚、思考、感情といった、個人的な固有の認識パターンにより物事や世界を認識している。要は、歪んだフィルターで世の中を見ており、「重要なもの」しか見えないし、「自分が見たいように」しか見えない。言い換えると、歪んたフィルター越しに鏡に映しだされた自分自身を眺めているのだ。世界とは個々のフィルターで彩られた、その人独自の世界であり、人が存在する数だけ、異なった世界が存在するのだ。僕が思うに、世界とは、フィルタ越しに眺める頭の中の幻想だ。単なる、物質や行為を頭の中で好き勝手に概念化したイメージだ。パソコン上の世界で言えば、0と1が並ばれた情報を単語なり、形なり、音なりに変換して意味づけているだけだ。「天国」とか「地獄」なんてものが本当に存在するのだろうか?それらも脳というフィルターを通した幻想なのではなかろうか?「天国」とか「地獄」なんてものが自分の外側にあるのではなく、すべて自分の内側にある自分で生み出した幻想なのではなかろうか?実際に目の前にあるのは、単なる物質と行為が形を変えて変化し続けている現象に過ぎない。ただ、そんな現象をありのままに観続ければよいのだ。なんて事をぼんやりと考えていた。-----------------------しばらくすると、また天使が舞い降りてきた。やはりここは、「天国」なのだ。。。今日で会うのも最後のお気に入りの天使さんとお話をする。お腹が減っているとの事なので仕事が終わったら、最後にご飯を食べながら色々とお話しようということになった。天使はまたどこかの場所に飛び立ち、また、一人ぽつんと放置プレイが始まった。そして閉店の時間になり、一緒に食事に行く約束をした天使を待っていると、別の天使が表れて、「天使さんはもう帰ったよ!」と一言。彼氏だか、お気にの常連さんだかわからないが、その人と一緒に帰って行ったとの事。なぬっ ---ヽ(`Д´)ノ--- < モウ カエッタ?1700元というお会計だけが手元に残った。最後の日でもう来ることもないのに、挨拶すらない?2時間で1700元?1700元あれば、肉まん1700個食える。何なんだここは。。。((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル.この世に天国なんて存在しない。やはりここは、「魔物の巣窟」だ。((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル.もう2度と来るか!と思いつつ、最後にお会いでき、お話できて楽しかったし、出会えた事や今までの経験などに感謝している自分がいる。やはり、「天国」とか「地獄」なんて自分の頭が生み出した幻想だ。自分自身の中にある、欲望、下心、邪な心、不満、怒り、嫉妬、迷いといった、自分の中から湧き出てくる感情、想念、思考が具現化されて、鏡に映し出されているのだ。以前の自分であれば、心が大きく揺れ動き、様々な感情に自分が翻弄されるのだが、不思議な事に、第三者の視点で、現状を冷静に観察していたり、自分の感情や思考を冷静に観察しているもう一人の自分がいる。全てを疑い、全てを受け入れ、分離や偏見や思考や観念という自我みたいなものがが薄れていき音、香り、味、手のぬくもり、情景、感情の変化、思考の変化それらにただ、気づいているような達観した存在の自分がいる。言葉で表すのは難しい。。。これが、 「あるがままの全体的知覚」のような感覚なのだろうか。。。KTVとは、魔物の巣窟というような思いは変わらず、無駄な時間とお金を使うくそみたいな場所に変わりはない。そんな場所に、今までさんざんお金と時間を使って来たが、それも何らかの必然で、何かの気付きを得るための経験だったのかも知れない。KTVなる場所は、自分が生み出した幻想で、中国だとか世の中も全て自分が生み出した幻想だ。そんな幻想に気づき、幻想を全て疑い、幻想を全て受け入れていると、ほんの少しだけ新たな境地に踏み込めるのかも。まぁ何をするのも無駄なことなどないのだ。。。色々と経験させてくれてありがとう。もう、KTVだの、この痴呆都市だの中国に思い残すことはなさそうだ。日本へ帰ろう。。。
2015年01月24日
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おせちもいいけど、蘭州ラーメンもね! shanghai-kです!お正月だが、日本のテレビも見ないし、全くお正月感がない!子供も寝たし、暇なのでブログでも書いてみよう。。。さて何を書こうか?お正月と言えば、凧上げだ。凧上げにちなんだ内容でも書いてみよう。言葉の魔術師たる自分は、いくつかの題材さえあれば、ブログを書くなんて朝飯前田のクラッカーっていうか、いつも朝飯を食べないので、朝飯前っていう意味がわからん。。。冷蔵庫の残り物で美味しい料理を作る一流主婦のように「凧上げ」と「人生」なんて食材があれば、ブログなんてあっという間に書ける。うちの嫁だって、タコと人参があれば、タコ揚げと人参のオイスターソース炒めみたいな、一風変わった料理をすぐ作れる。前置きはさておき、とりあえずブログを書き始めよう。半年前程に暇なので公園で凧上げしているのをボーっと見ながら考え事をして、写真を撮っていた気がする。まずは、shanghai-k秘蔵写真集の中から必要な写真を選んでみよう。っていうか面倒くせー。。。 ---ヽ(`Д´)ノ---
2015年01月02日
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ウォーキングディクショナリー (物お尻博士) ことshanghai-kです!とある知人達がいる。とある人との会話はつまらない。とある人との会話は面白い。とある人はTVのドラマやワイドショー、ファッション、グルメ、風俗、パチンコの話なんかの自分の周りの狭くて不快な話で、ごちゃごちゃしてわかりにくい。なんだか面白くない。とある人は幕末明治の歴史、経済、人生、哲学色々なジャンル、多角的視点の深い話でシンプルにまとまっていてわかりやすい。なんだか面白い。独断と偏見だが、僕がが面白い人だなと思う人とは、その人独自の世界観を持っていて、それを人に伝えて気付きを与えられる人だ。違いは何だろうか?読書量と経験値の差だと思われる。知識、教養、他人の思考の塊である本を読んでそれらを吸収し、多くの人と会い、多くの仕事や問題解決をし、自ら行動、体験して経験を身に着ける。読書をして他人の思考回路を知り経験をして試行錯誤し自分なりの思考回路を確立し揺るぎない自分の世界、価値観が生まれるのだ。読書(他人の思考)+経験(自分の体験) = 自分の世界死ぬほど本を読み、死ぬほど仕事し、死ぬほど遊び、知識+経験の質と量とバランスがとれている人って面白いと思う。そんな人とお話しすると、多角的な観点から物事を見て、相手に対して様々な角度からの気付きを与えられ、得るものが非常に多くて面白い。一方本なんて読まず、テレビばかりみて一方的なでありきたりな視点でしか見れない人との会話は何も得るものがなくてつまらん。。。要は、本を沢山読んでいる人って頭がいい。頭がいいとは、以下のような能力だと思う。・洞察力 物事の本質を見抜く力・推理力 正誤判断が素早く的確に出来る力・分析力 考えを深く掘り下げられる力・発想力 一見関係ないような事から違う物を関連付ける力・長期記憶力 記憶を長期的に記録できる力・瞬間記憶力 記憶を短期間のみ記録できる力・処理能力(理解力) 議論等でロジックの成り立ちを見極める力・処理速度(回転力) 議論等のロジックを素早く纏められる力・瞬発力 一見関係無いような点からヒントを見つけたりする力・想像力 イメージ を脳内で沸かせられる力・創造力 イメージを具現化する力・伝達力 理解力とイメージの言語転換能力、それを相手に伝える為の術を知ってる力・論理的思考力 物事を順序立てて考えられる力 世の中で一般的に成功していると言われている人は、shanghai-k独断と偏見だが、本を沢山読み、頭がよい人だと思う。まぁ もっと、「本を読め」っていう事が言いたい。そして、何のために本を読むかと言えば、自分の世界を人に伝えて残していくことなのかも知れない。そして、こんな短い文章でお分かりかと思われるが、自分はほとんど本なんて読まず、知識もなく、尻滅裂、誤字脱毛ばかりの非論理的でいかにも頭が悪い文章で、会話もつまらないし、内容が水たまりのように浅い。ちなみに本なんかも読むが、中国で日本の本なんて売っていないので、ひたすら同じ本を繰り返し読んでいる。ジャンルも偏っており、仏教関連、クリシュナムルティ関連の書籍なんかばかり読んでいる。誰とも話が合わん。。。恥的ブロガーではなく、知的ブロガーを目指すべく、古典、歴史、経済、小説等もっと様々な本を読むこととしよう!という訳で、先日上海に古本屋さんで大量の書籍を購入し、家で読んでいると、嫁から、「本ばかり読んでいないで、子供の面倒や家事でも手伝え!」なんて怒られた。。。ごもっともだ。子孫繁栄のため、子供を生み、子供を育てている母親である女性の言葉は正しい。。。本なんて読む必要はない!本なんて読む暇があれば、まぁ もっと、「嫁の心を読め」っていう事が言いたい。それこそが、成功の秘訣だと思われ。。。
2015年01月29日
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