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5月23日、23時38分、肺炎のため亡くなりました。3月に大腸がんが発覚し、手術を拒否し、残りの人生、手術してまで生きようと思わなかったのかもしれません。86歳でした。 癌で血便が大量に出て、体力を消耗していたため、肺炎に勝つことができなかったみたいで。お医者様も、「肺炎が治る前に、命が尽きる可能性が高いでしょう」とおっしゃってましたし、覚悟をしなければと思っていました。 兄の希望で、延命措置は行わない、と。酸素吸入と点滴だけで入院から1週間後でした。 痩せ細り。。。力自慢だった父の体は、うそみたいな細さでした。大腸がんで体力消耗し、元々脳梗塞後、リハビリをせず、つかまらないと歩けない状態でしたから、寝たきりになってしまい、そこからどんどん痩せて行ったのだろうな。 兄は反抗期の頃から、父と会話はほとんどしませんでした。肺炎で高熱が出ていることも気付かず、介護士さんが様子がおかしいと気付き、熱を計って高熱だったので、兄に告げ救急車を呼び、兄が同乗して病院へ。 その時の父は、兄の話では呼吸で精一杯で、話も出来ない状態で、病院に運び込まれた時点で、危篤状態。 突然の出来事で、私もびっくりしました。 父は頑固で怒りっぽく、兄は小さい時よく殴られたらしく、確執がありましたから、仕方ないと言えばしかたありません。私も母に人ごみに入って行っては、つないだ手を振り払われたり、おかずを捨てられたり、嫌い、と何度も言われ、未熟児で生まれて命が危なかったとき死んじゃえばよかったのに、とも数回言われました。私は母と確執がありました。夫婦仲も悪く、いつもいつもケンカしていて、母と兄は、厳しすぎる父からのストレスで、一番弱い私に当たりストレス解消。早く家を出たいと願ってばかりの娘でした。 そんな家でしたが、やはり父が危篤、そして亡くなってみると、父は父なりにすごく頑張っていた、と思います。意地っ張りで見栄っ張りで、言葉も少なく、本当の気持ちを言えない父でした。最後の最後まで、何も語らず逝ってしまいました。 天国で、大好きな釣りをしながら、楽しく過ごして欲しいと思います。
2015年05月27日
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