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ちょっと、負け惜しみを。うーん、日本がメダルを取れていないことについてがっかりしている方も沢山いるようですし、メダルとれなくても良いじゃないかと励ましている方も沢山いらっしゃるようですね。メダルは取れた方がいいにきまってるけど、(特に選手本人にとっては)メダルの獲得数よりも、長い期間、雪に囲まれている地域が限られている温帯気候の日本から、これだけ満遍なく色々な競技に世界の水準以上の力をもっている選手を輩出できる日本は、良く頑張っているなあと、思います。だって冬のオリンピックの競技殆どが、西洋社会から生まれた競技なんですから。(身体能力の違いは変えられないですからね)勿論、五輪は参加することに意義があるだけとは思いませんし、選手それぞれの持っている力、限界をこえる快感に五輪でチャレンジしてほしいな、と思いますが、他の国から来ている選手だってそう思っている筈だから、簡単には勝たせてくれませんよね。また、「参加することに意義があると」いう考えは、発展途上国や新興国からの参加を意味している。と厳しくおっしゃる方もいるようですが、日本の場合は、ただ参加しているだけでなく、殆どの選手が標準記録を超え、それ以上に予選を通過し、入賞レベルに入ってくる人も何人かいます。韓国、中国の躍進が目覚しいので、つい彼らと比べてしまうのでしょうが、彼らは日本のように幅広い競技には参加していません。正確にはわかりませんが、日本はホッケー以外は殆どの競技に参加しているのではないでしょうか?競技の数が増えれば、それだけ其々の競技をする人口も散らばって、ピラミッドの底辺も小さくなります。競争率も低くなります。五輪のような世界大会で勝つことを目的として考えると効率がよくないようにも思えますが、日本国民にとっては、それだけ色々なスポーツをする選択肢があるんだと考えると、恵まれていますよね。(それでも、ボブスレ-、リュウジュ、スケルトンをする機会はそうそうなさそうですが。)アメリカやロシアは五輪で勝つことは、まさしく国力、経済力、軍事力を国際社会に誇示することと、同じ感覚で選手を育成しているのかも。国際社会のリーダーであることをとを示すために。(どこの国もそう? うーんそうかなあ...)それ以外の国々は..。ドイツも頑張っていますが、殆どが寒い国の人たちです。ある意味では、先進国とそうでない国とのボーダーラインに微妙に立っている国のほうが、メダルをひとつでも多くとることによって先進国であるということを証明するために頑張っているのかもしれません。高慢な見方かもしれませんが、日本が豊かになると共に、現代の日本人は、ハングリー精神がなくなったという見方と一致していると思います。オーストラリア、イギリスもまだメダル一つずつしかとっていません。オーストラリアの金メダルはカナダ出身の人がとったものです。私はカリフォルニアで、日本の五輪のニュースは殆ど見ることはできないので、インターネットでチェックしているだけですが、メダルがゼロだという少し沈みがちなニュースをチェックした後で、テレビでアメリカの五輪のニュースを見ていると、当然とアメリカの選手を中心に紹介されていますが、レースの流れの中で、他国の有力な選手も紹介されます。そんな中にちらちらと日本人選手をみると日本のニュースで言われているより、ずっと良い印象を持ちます。露出される時間も短く、確かにメダルは取ってはいないけれど、日本人はコンスタントに色々な競技に出て、世界レベルで果敢に戦っているではないか、と嬉しくも感じます。昨日のアイスダンスに出ていた木戸さんと渡辺さん、現在16位だそうですが、あの美女美男コンテストみたいなアイスダンス選手の中で多分唯一のアジア系の参加ですよね。あんなバービー人形のような選手ばかりの中にいて、どんな気持ちでしょう? 本当にチャレンジですよね、凄いなあと思います。今、五輪のオフィシャルサイトをみたら、女子カーリングのイタリアとの対戦、結果でました。勝ったようですね。凄い!あとはスイスにもう一勝すると、準決勝進出できる可能性がでてくるんですね。うーん、やっぱり勝ち進んでくれると、うれしいですね。地味なスポーツ、注目集めるのに良いチャンスですね!頑張れ、ニッポン!!
2006年02月20日
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私はながら作業が好きなので、近頃は、パソコンに向かっている時は、オリンピックのニュースをつけたままにしておいて、興味のあるレースがはじまると注意を向ける。いや、実を言うとアメリカにはオリンピックの情報ばかり専門にながすチャンネルが決まっていて、殆ど一日中繰り返し、五輪に関するニュースを流すのだが、視聴者の注意を逸らさないために、録画した各種目の面白そうなところを、少しずつ流すのだ。つまり、フィギュアスケートだったら、始まりから終わりまで一気に見せずに、最初のグループの出来の良さそうな数人のパフォーマンス30分程をみせたあと、次はスピードスケートの予選の主だったところを30分ほどみせ、次はスキー競技の予選、そしてショートトラックの予選。忘れたころにやっとフィギュアスケートの第二グループをみせてくれる。そうすると、フィギュアスケートだけをみたい人も、見逃したくないので、ずーと同じチャンネルを見続けなければならないのだ。普段は余りテレビを見るほうでないので、特に決まって見たい番組があるわけでもないので、チャンネルを変える必要がないので、あまり問題はないのだが...。(なんてことはない、実をいうと、半年前の引越しの時にテレビのリモコンを失くしてしまい、今はテレビのところまで行ってチャンネルを変えなくてはならないので、面倒臭がっているだけなのかもしれないが。)五輪用のチャンネルをつけたままにしておくと、時々思いがけない裏話が聞けて得をしたような気がすることもある。例えば、昨日のスピードスケート男子1000メートルでアフリカンアメリカンで初めて個人競技で金メダルをとったシャニー・デービスの(このシャニー・デービス、アメリカのスケートチームの中で、孤立していることでも話題になっていますよね。金メダルの表彰式でも、喜びを押し殺した表情が印象的でした。)ベストフレンドはアポロ・オーノだとか、3日前のスノーボード男子クロスで金メダルをとったセス・ウエスコットの親友もアポロだとか。勿論私はアポロの友達でも、親戚でもないけれど、日系人であるアポロが皆から好かれているのを聞くのは嬉しい。アポロに対する注目度は、4年前の韓国選手が失格になった問題も関連して、今回の五輪でもとても大きいと思う。でもメディアの彼に対する扱い方などを見てると、その注目度が、4年前の問題からの人気だけでなく、彼の人格からきているということを、垣間見れるような気がするのだ。昨日の男子ショートトラック1000メートルの決勝で、一位、二位が韓国の選手で、アポロは三位に終わった。ゲーム後のインタビュー、NBCのスタジオに招かれてのインタビューで何度も、「今回は韓国の二人の選手が組んで、最後にアポロにわざと追い抜かせない様にしたと感じたりしなかったか?」と、何度も聞かれていたのだけれど、その質問に対して、「どこの国の選手もレースに2人以上が一緒になると、お互いを助けようとする傾向があって、その傾向が特に強いのが韓国で、それが少ないのがアメリカのチームだと思う。「韓国の選手が、僕にだけは勝たせたくないというのは強く感じてたから、それはありうる事かもしれないけど、それ以前に、彼らは充分強かったんだよ。」「それよりも、ショートトラックは運やタイミングが大きく勝負に影響するから、1500メートルの時みたいに決勝に進めないこともある。それを考えれば、最後まで勝負のかかったレースに参加できて、僕はハッピーだよ。たとえそれが金メダルでなくてもね。」「それに僕は、4年前に、金も銀ももらっているから、今度は銅メダルがそろって嬉しいよ。」といっていた。コメンテーターの質問に引っかからずに、正確に注意深く、でも自然体で自分の気持ちを伝えようとしているアポロの姿を見て、とても頼もしく感じました。ところで英語ですが、アポロのお父さん、ユキさんのオフィシャルブログがNBCのウェブサイトに掲載されているのを見つけました。<http://www.nbcolympics.com/accessapolo/index.html>昨日は、韓国選手の金銀メダル獲得の祝辞から始まっています。ユキさん、こうやってアポロを育てて来たんだなあといった、一端が見えるようで、またこれも優しい気持ちにさせてくれます。スピードスケートのシャニー・デービスに対するユキさんからの祝辞ものっています。よろしかったらご覧になってはいかがですか?
2006年02月19日
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今日は久しぶりに、ジムに泳ぎに行ってきました。今までは、一日おき位の割合で1km~2kmコンスタントに泳いでいたのですが、ここしばらく、約一ヶ月半くらい怠けていかなくなっていたのです。久しぶりに行くと、見慣れたメンバーが、どうして暫くこなかったんだとか、何かあったのかと色々聞いてきます。いや、ただ怠け者になってしまっただけなんだ、と応えるのだけど、会う人会う人に聞かれるので、同じことを応えるばかりでは面白くないと、「現実逃避のため、一ヶ月半眠り続けてたんだ」とか、「ちょっと月に旅行に行っていた」と応えてみました。その中で“現実逃避で眠り続けていた”というのは、日本的感覚らしくて、皆一瞬反応に困っているようで、ちょっと申し訳ないなと思いながらも、アメリカ人の困惑している様子をみるのは興味深く、楽しんでしまいました。でも念のために付け加えると、私は、これを悪意や、からかう気持ちからそういうことをしているのではありません。私は、異文化間コミュニケーションを通して、ちらちらと微妙な違和感というか、文化背景の違いからくるズレみたいものを感じるのを、楽しむ傾向があるので、同じ楽しみをアメリカ人にも提供しようとしているのです。 でも、アメリカ人はそんな細かいことには関心はないかもしれないし、ちょっと押し付けがましいかもしれませんね。さて、スイミングですが、私は水との相性が非常に良いらしく、久しぶりに泳いだにもかかわらず、1km~2km泳いでも、全く疲労感を感じないのです。フィットネスジムのプールなので少しプールが短く、25ヤード。1ヤードが91.44cmですのでメートルになおすと多分22.5メートル位なのだと思います。それで1kmを計算するのが面倒なので、大体30~40往復すれば、良い運動になるかな位に考えて泳いでいます。はじめの20往復をクロールで、残り10~20往復をプールが空いていたら背泳で。バックで泳ぐのは、私のリラクゼイション時間で、半分は手も使って泳ぎますが、残り半分は、私の体がギリギリ浮かんでいる速度で、足のキックだけを使って、ゆったり夜空をみながら泳ぎます。(言い忘れましたが、このプールは屋外にあるのです。)その日によって違う夜空を見ながら、ゆっくりぷかぷか両手を大の字にひろげて浮かびながら、泳ぐのです。まわりから見たら、変な奴にみえるかもしれませんが、これは私が、現実の世界にいながらにして、自分が宇宙の一部だと感じたり、一瞬異次元の世界に入いりこんだような錯覚を感じられる不思議な時間なのです。きっと夜の海で泳いだらもっと不思議な感覚を味わうことが出来そうだなと思ったりしますが、やっぱりプールで浮かんでいるから安心感があって楽しめるのかなと思います。皆さんも、誰もいない屋外プールで泳ぐ機会があったら、夜空を見ながら泳いでみたらいかがでしょうか?
2006年02月16日
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何がなんでもありなのか?昨夜、オリンピックのアルペン複合をみていたら、アメリカの選手がスタートするときだけ、妙にうるさいがなり声が聞こえる。選手がスタートゲイトに立ってから、スタートするまで(スタートしてしばらくしても続く)「カモン テディ! ゴウ!テディ! ゴウ!ゴウ!ゴォーウ!!! 」なんて掛け声が聞こえる。(このテディは、テッド・レガティのこと)なんだか随分にぎやかなコーチがいるんだな、と思っていたところ、NBCのコメンテーターのいうところ、なんとプロの俳優(コメディアンらしい)が、選手のモチベーションを上げる役割の為に使われているという。60代後半くらいの恰幅の良いおじさんで、名前は聞き逃したのだけれど、声が朗々というか、がなり声というか、かなり大きい。選手を発奮させるための役割に、俳優使うってことを思いつくアメリカ。さすがだなあ~、と感心してしまいました。私が見た限りだと、アメリカの選手がスタートゲートに立って、さあ行くぞ!という段になるまで、控えめにゲートの後ろの方に立って直前になって、あの掛け声が始まるるように見えた。あの狭いゲートで、選手の邪魔にならないようにしながら、効果的に声を掛けるようにするには色々気をつかうだろうなあ、なんて考える私はやっぱり日本人なのかしら。日本人選手だったら、それぞれ好き嫌いがありそうだし、中には、「うるさくて集中できない」と嫌がる選手もいるかも。でも、アメリカ人でオリンピックに出るような選手が、そんな繊細な事いっていたら、男をやめろ、と突き放されるかも。(アメリカで男でいつづけることは、ある意味どこの国より大変なことのように感じることがあります。話はズレますが...)それとも、日本人に限らず、他の国の選手も「アメリカ人の精神構造は理解できない」と言っているかもしれない。多分、明日以降のアルペン競技でも、選手を発奮させる仕事は続くと思うので、アメリカ選手のスタートする時にゲートの後方にいるブロンドの大柄なおじさんに注目してみてはいかがでしょうか?
2006年02月15日
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米国フィギュアスケート代表のミッシェル クワンが五輪出場を辞退した。従来の右足の故障が悪化したためだという。代わりに出場する選手はエミリー ヒューズ。前回の五輪金メダリスト、サラ ヒューズの妹だ。「なんという因縁だろう」とうなっているのは私だけだろうか。3週間前の日記、“Battle of Giants”のExtra Commentで、ミッシェル クワンとサラ ヒューズのことについて触れている。4年前のソルトレイクシティでのオリンピック、フィギュアスケートで、誰も期待でしていなかった、サラ ヒューズがノーミスの演技で、5度の世界選手権で優勝し、五輪でも優勝することを期待されていたミッシェル クワンの目の前でいとも簡単に金メダルをとり、アメリカ中が彼女の快挙を祝福していた中、ミッシェルが悔し涙を流しながら、サラにお祝いのハグをしていた姿に、胸が痛んだという話である。ミッシェルが出場を辞退したという決断の背景には彼女の複雑な思いがあると思う。オリンピックに出るレベルに行き着くまでのきつい練習を経験してきた選手だったら、誰だって、オリンピックに出場したいと思うだろう。ミッシェルが米国でのオリンピック代表選考会に参加せずに代表に選ばれたことに対して、批判もされていた。その代表選考に関しては、若い選手に機会を与えるため、辞退するべきだとか、色々な意見もあるようだが、私個人の意見は簡単である。若かろうと、ベテランだろうと、五輪で最も力が発揮できる可能性のある人間が選ばれれば良いと思う。(それに、金メダルをとったサラ ヒューズは金メダルをとった後、さっさと引退している。彼女の例に関していえば、これでは若い選手に機会を与える意味はないのではないかと思う。)そして、選考会側が、たとえミッシェルが高いジャンプを跳べなくとも、故障が回復しさえすれば、彼女の完成度、表現力はまだまだ世界で戦えるレベルと判断したのだろう。ミッシェルも13歳で天才少女と呼ばれていた(当時は年齢による五輪参加の制限はなかった)時代があった。リレハンメル五輪出場選手の補欠として全くスケート靴を履く機会を得ずに帯同した経験がある。彼女の五輪2回の出場の経験で、その2回とも金メダルの有力候補だったミッシェル。(残念ながら、どちらも、同じ米国代表の若手に金メダルをさらわれた。)それでも、彼女が出場を断念するのは、ミッシェルにとって、五輪は、ただ参加さえすれば良いのではない。米国の代表として勝たなければならないというプレッシャー、責任感、現実を直視する彼女の冷静な目が出場を辞退するという決断に至ったのではないかと思う。この期に及んで、出場を辞退を発表すれば、大騒ぎになることが分かっていても、自分に勝つ力がないと判断したら、補欠のエミリー ヒューズが米国から駆けつけて準備ができる期間内に発表するべきだと考えたのだろう。女子フィギュアスケートショートプログラムまで、一週間。ミッシェルの体調が回復する可能性もあったかもしれないのに、決断をしたのは、米国代表の責任感からで、最悪の状況を考えてのことだと私は思う。これ以上、まわりを混乱させないよう、できるだけ早く選手村を離れるつもりだといっていたミッシェル。フィギュアスケートから離れた生活など、彼女にできるのだろうか?最後まで、強い心で記者会見していたミッシェルの未来が明るいものであることを祈っている。
2006年02月12日
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またまた、カクタス盆栽です。オリンピックが始まりました。突然、私の島国根性がむくむくと湧き出してくる時です。とはいっても、私のテレビでは、アメリカ代表の選手を中心の放映する番組しか見ることができないのですが。日本人が活躍すると、つい興奮して、語ってしまう私を、余裕の微笑で「へーよかったねー」とか「へーすごいねー」と軽く受け流すアメリカ人の友達。このときばかりは、私は自分をナショナリストではないかと感じます。金メダル有力候補がいたとしても、時差の関係で生放送すらしないアメリカ。 こんなところにも、お国柄の違いを垣間見て、「いやあ、あなた達にとって、メダルの一つや二つ、そんな大騒ぎするほどの事でもないことはしってますよ。」と思ったり。冬のオリンピックはそれぞれの国の経済力の差が、より顕著に出る大会なんだなあ、とも感じました。夏のオリンピックの陸上競技はお金はなくても、場所さえあれば走る練習はできますからね。(勿論気候の違いも大きいですが。)こういう国際的な大会をみると、日本はアジアの一部なんだと、当たり前のことを、改めて感じます。そういうことを考えながら、開会式をみてると、メダルの獲得数はそれほど問題でなく、(身体能力の違いは変えられないですからね。)世界の標準記録を超える選手をこれだけ輩出できる日本は、良く頑張っているなあと、手前味噌で感心した私。日本人でよかったと思える瞬間に、もうひとつのカクタス盆栽の写真をのせることにしました。
2006年02月12日
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なんだか最近、手を抜いて、自分の植物を紹介する習慣がついてきたようで、「あれあれ、このままだと植物紹介のブログになってしますのだろうか!?」と心配していますが、園芸好きなのも事実なので、逆らわずにやっていこうと思います。でも、長々と文章を書くことも好きなので、時間に余裕があるときは、植物なしの日記も書きたいと思います。では、今日は、ネイティブアメリカン御用達、アガビです。 アガビ、センチュリープラント (Agave americana) 写真の向こうにブーゲンビリアが見えますが、その向こうに本当は太平洋が見えるはずなのですが、曇り空だったため、はっきり写りませんでした。そしてその海の向こうには、日本が…とそうは簡単にはいきませんね。たぶん、あの海の向こうはフィリピンかインドネシアがあるのかな、と思います。この多肉植物のアガビは、アメリカの南西部、メキシコのいたるところに生息しておりまして、昔からネイティブアメリカンの生活必需品の大切な資源だったようです。鋭いとげがペンの役割をしたり、針になったり。中身が繊維状になっているため、その繊維が糸になったり、またはそれを使って、生地を編んだりしていたようです。アガビのファイバーから作ったサンダルなんだか、日本の草鞋みたいですねえ織物をする女性アガビの葉の中心に沿った柔らかい部分は料理の材料として食されました。アガビのジュースはからは、薬が作られ、メスカル酒やテキーラの材料としても有名です。アガビ、センチュリープラント(Agave attenuate)もっとも一般的なアガビは、センチュリープラント(Agave attenuata)と呼ばれるものですが、私はそれを育てていないので、そのハイブリッドの写真です。(葉の両脇がクリーム色で縁取りされていますね。本来のセンチュリープラントは縁取りがありません。)以前の日記でも、言いましたが、私はサボテン、多肉植物類を使った庭造りが大好きで、この庭を作ったのですが、実をいうとあまり花には興味がありません。でも私の住んでいる家の家主さんが花を好きなので、折衷案で、アガビのそばに、白い花を植えました。でも、この花も普通のマーガレットのような花に見えるかもしれませんが、アガビと同じくらい乾燥した土壌につよい頼りがいのある花です。アガビは育つのはゆっくりですが、特にこの写真のアガビ(Agave americana)は大きくなると直径2メートルほどになります。そして充分成長した後に、株の中心から太い枝(Shoot)のようなものが20~30メートルの高さに突き出てきて、その先に花を咲かせます。花を咲かせているアガビ この枝が遠くからみると、一本だけ空高くそびえていているし、花の付き方が、なんだか松のように見えて格好良いのです。でもドラマティックなことにこのアガビ、花を咲かせて、実をつけた後には、死ぬ運命が待っているのです。一般のアメリカ人には、あまり人気のない植物のようですが、この素っ気無く、大胆なシルエットとブルーグレイのアガビは私の大好きな植物の一つです。
2006年02月08日
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今日は偶然できたお目出度い寄席植えの写真を紹介します。 お目出度い寄席植え 一昨年購入したシクラメンを夏越しさせることができたので、スネークプラントと寄席植えしました。これは実は、3株のシクラメンを一緒に植えているのですが、植え付けるときには、どの株が何色のシクラメンの花をつけるのかわからなくなってしまい、適当によせたら、紅白のおめでたい配色になってしまったのです。シンプルなものがなんでも好きな私は、実はあの白地に赤の日本の国旗、個人的には大変好きなのですが、(あの国旗について、色々いう人はいるようですが)どうも、花の色の紅白は、なんだかいただけないなあ…と私のなかでは、少し不評なのです。とはいうものの、元気にきれいに咲いてくれたので、あまり可愛くなくても、自分の子供は可愛いと思う親ばかな気持ちで、紹介しました。うしろの背の高い植物、スネークプランツは、大学のHorticulture Science(直訳すると“園芸科学”になってしまうのですが)のクラスで、色々な植物をどうやって、繁殖させるか、という実技を先生が見せてくれた時、縦長のスネークプランツを10cm単位に切って、ピートモス差し込んで見せてくれたのですが、授業後、バラバラになった植物や、ピートモスをゴミ箱に捨てようとしている先生を、“もったいない精神”の日本人(私)が止めて、家に持ち帰り、育てたのがこのスネークプランツです。後ろ側からみると、挿し木をした当初の10cmのままの部分が残っています。 後ろ側 このスネークプランツ、半日陰~日陰の場所ではとても強い植物で、どの植物と組み合わせてもバランスが良いので重宝して色々な植物と組み合わせています。生け花に使っても、効果的です。挿し木にする場合も約2カ月位で根がつきだしますし、1年もすると、この写真のように若い葉が出てきて、見てくれもよくなりなすので、皆さんも挿し木にして増やしてみたらいかがですか?
2006年02月07日
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昨日、載せたカクタス盆栽の写真をお褒めに預かったので、また調子にのって、南カリフォルニア版門松の写真を載せたいと思います。 南カリフォルニア版門松 この背の高い植物は、カリフォルニア グレイ ラッシュといいまして、(ラテン語で、Juncus patens)地中海気候の南カリフォルニアの乾燥がちな気候にも、少し湿度の高い気候にも合う、柔軟性の高い植物のようです。 上をちょんぎる前のカリフォルニア グレイ ラッシュ 外観は少しホーステイルにもにているかもしれませんが、ホーステイルのように、あまり水分を必要としませんし、繁殖率も高くないので、他の植物を脅かす恐れがないので、安心して地下植えできます。でも、どの程度寒さに強いのかはわかりません。 ホーステイル 5年前に購入した、時は80cmくらいの高さだったのですが、地面に直接植えたら、居心地が良いらしく、私の背より高くなりました。去年の暮れ、涼しい季節に株分けするついでに、日本の習慣を真似て、家の玄関にこんな風に飾ったら、門松の役割でもするかしら、植えてみました。両脇のポインセチアは、一昨年のものを株分けして、上手く夏越しできたので、一緒に飾ってみました。近所の人たちにも、南カリフォルニア版門松は新鮮らしく、Krishna丸がまた変わったことをしているとのぞきにきたり、このカリフォルニア グレイ ラッシュが、実はここカリフォルニアでもあまり一般的に市場にでていない植物なので、少し分けて欲しいと言ってくるひともいます。玄関のドアに彫ってあるイルカの彫刻をみると、私が凄く素敵な家に住んでいて、優雅にくらしているように思われるかもしれませんが、そうでもありません。60代後半の神父と心理学者の夫婦が住んでいるこの素敵な家の一画(ガレージの屋根裏部屋に台所とシャワーをつけてもらって)にただ同然の家賃(といっても、相場の1/3位の家賃で)で暮らしています。わたしとは別に、庭師を雇っていますので、私が、庭の手入れを義務的にする必要はないのですが、私がそこに住んでいる限り、気が向いた時に植物の手入れをしたりするので、庭がきれいに保たれると喜んでくれているようです。
2006年02月05日
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しばらくの間、少しあわただしいので、手抜きして、わたしのガーデニングの一部を紹介したいと思います。 カクタスボンサイ(サボテン盆栽) 私は、サボテンや多肉植物がが造りだす、彫刻的な、造形的なシルエットが好きで、よく私の庭のデザインに使います。(決して、手軽だからというばかりではないんですよ。)そして、その造詣的なシルエットが、日本庭園のゆったりとしたスペースの中に、効果的に配置される岩や木のような役目を果たすのではないかと思い、こんなの鉢植えををつくり始めました。自分で勝手にCactus Bondai(サボテン盆栽)と名づけて喜んでいます。普通の盆栽より、手入れも余り要らないし手軽なので、アメリカ人の友達に、プレゼントすると、とても喜ばれます。
2006年02月05日
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私には、カリフォルニアに来て以来、7年間親しくしてもらっているスティーブという友達がいる。前の日記で書いた、 The Tao of Steve その2の 怠け者のスティーブとも、26年前に短期交換留学生としてホームステイさせてもらった家の しかめっつらのスティーブとも別人だ。(こちらには、名前のバリエーションが少ないのか、スティーブだのマイク だのジョンだのという名前の人がたくさんいて混乱しますね。)そのスティーブがこの間、約一年と半年のバックパックを担いでの貧乏世界旅行から帰ってきた。スティーブは、テレビなど、ほかの人の目を通して描かれた海外でなく、自分の目で、それぞれの国、地域の姿を感じ取ってみたいと、ポルトガルから始まってギリシャ、アフリカ、中東、南アジア、19カ国をゆっくり廻ってきたのだ。そのスティーブ、その旅行の一環として、日本にも行った。正確にいうと、2年前の暮れから正月にかけての私の日本への帰省に同行したのだ。スティーブ曰く、日本にも、いきたいけれど、日本の物価は他の国に比べるととても高いので、普通に旅行したら、彼の用意した旅費の1/3位が日本旅行で消えてしまうだろう。それに、かれが本当にみたいものは、普通の日本人の生活なのである。平均的な日本の家庭がどんな生活をしているかを見ることよって、その文化、歴史的背景を感じ取ってみたい。そうするには、田舎でなくては駄目なのだ。どこの国でも都会は、西洋の文化を進んで取り入れる傾向がある、そんな西洋化された生活を見ても面白くない。そういうスティーブは、以前から私が、私の家は田舎だと言っていたことを覚えていて、私の家に連れて行ってくれないかと頼んできたのだ。面倒くさがりの私は、どうせ日本に帰ってもどこに遊びに行くわけでもなく、家でごろごろしているだけだし、どこの家でも、暮れから正月にかけては、日本らしい行事がある季節だ。そして、何より好奇心旺盛な私の家族はスティーブの滞在を面白がるだろう。私の家族は両親と兄夫婦、その3人子供達、計7人が同居している。弟は(参照兄と弟)家から車で10分弱のところにお嫁さんと暮らしている。私の家自体は、昔ながらの古い造りではないが、いまだに炭炬燵を愛用しているし、毎年暮れには、親戚に配るための餅を臼でつく。知的探究心が強く、お坊ちゃま育ちでないスティーブは、私の田舎者の家族との交流を楽しむだろう。そして、なによりも、私の3人の姪っ子(当時16歳~10歳)の良い刺激になるだろう。そんなことを考えながら、私はスティーブをつれて帰省することを決心したのだ。スティーブの滞在の中で、一番の目的はスティーブ自身が、日本を知ることだった。しかし、一ヶ月間スティーブの通訳として過ごし、彼の目を通したものを、日本語に置きなおしたり、反対に私の家族が話す日本語を英語に置き換えるというプロセスを繰り返しているうち、西洋文化を持っている人間がどんな風に日本を見るかという、ありきたりのようだけれど、実はとても新鮮な体験ができた。また、私の体験とは少し違うだろうが、私の家族や近所の人たちが、手軽な異文化コミュニケーションを体験ができたのではないかと、勝手に私は喜んでいる。一ヶ月のスティーブの日本探検の内のいくつかを、少しずつ紹介したいと思う。まずは、ゲートボール篇から。私の実家について、一週間後、私とスティーブは私の父の妹が経営している民宿が主催した、ゲートボール大会に出場した。そう言うとなんだか立派に聞こえるかもしれないが、実をいうと、私の家から歩いて10分程の古い田んぼにゲートボール用のコートを8面はっただけの大会会場である。参加者の平均年齢も多分70歳くらい。農家の農閑期の一番の娯楽であるゲートボールに少し腰の曲がりかけたおじさんや日焼けを気にしてツバの広い帽子を可愛くかぶったおばさん達が楽しそうに集まっている。私の叔母はちょっとした町の人気者である。強いリーダーシップを持っているが、物事に拘らない陽気な性格なので、誰からも好かれるらしい。そんな叔母が、マイクを片手に「1番コートにウサギさんチーム、2番コートに昔の別嬪さんチーム…」などと紹介しているところに、私とスティーブが到着すると、日本語が全然わからないスティーブにおかまいもせず、「はいはい、スティーブ、スティーブはゲートボールの達人チームに入ってくださーい。」とゲートボールのルールも全く知らないスティーブを無理やり押し込む。私は参加者が、差し入れに持ってきたタクアンやおでんをいそいで口の中にほう張りながら、スティーブの後を追いかけてルールの説明をする。私もろくにルールを知らないので大変である。ルールも知らない割にスティーブのスティック捌きは中々上手い。初めてなのに、チームの戦力の一たんを担って、得意満面でゲートボールをする。チームメートにも褒められてご機嫌だ。(私も後で挑戦してみたが、下手くそだった。)一通りの試合が終わって、お昼の時間だ。叔母は民宿をしているので、簡単な昼食が参加者に配られる。赤ら顔の飲兵衛のおじさん達が、スティーブにも湯のみ茶碗についだ日本酒をすすめる。残念ながら、スティーブは一切お酒は飲まないので、丁重にお断りしたが、スティーブはおじさん、おばさん達に気軽に話しかけられて(勿論、日本語で)とても嬉しそうだ。(実は日本に着いて早々のうち、私の友達に紹介したり、近所を連れて歩いたりしてみたのだが、若い年代の方達は、恥ずかしがってあまりスティーブに話しかけようとしなかったのだ。まあ、日本語を喋れないスティーブにもモンダイがあるのだが、日本で人とコミュニケーションを取る難しさに直面して、ちょっとがっかりしていた矢先である。)スティーブは、「おじさん、おばさん達、みんな優しいねえ。ああやって お酒をすすめたり、冗談をいったり しながら、僕と繋がろうとしてくれるんだねえ。」とか、「ゲートボールは、働き者の農家の人たちの、農閑期のちょうど良いエンターテインメントとして定着した文化なんだねえ。」といっている。私は、「エンターテインメント!? 文化!?」とあまりの立派な言葉に驚きながらも、「まあ、確かに、カラオケが文化なんだから、ゲートボールも文化だよね。」と思ったり、田舎のおじさん、おばさんの冗談を、“人が人と繋がろうとしている優しさ”から来ている、と解釈しているスティーブを、見て感心してしまいました。違う文化をもっているからこそ、表面的な部分を通り越して、純粋に核にあるものが見えるのだ、と。一種のカルチャーショックです。現代の日本の若者が、スティーブと同じ状況に置かれたら、どんな反応をするのでしょう? “おやじギャグ!”と笑ってくれたら、まだ良いほうで、殆どの若者は田舎者のおじさんやおばさん達に注意も向けないのかもしれません。その日、スティーブから受けた、カルチャーショックを早速、夕飯の時、家族に話しました。私の姪っ子たちは目を白黒させて、話を聞いていました。今まで、適当に愛想笑い(私の姪っ子たちも、子供の割りに調子が良いのです。)をしながら、聞き流してきた田舎のおじさん、おばさんの冗談は、“人が人と繋がろうとしている優しさ”から来ているのか...どこまで、姪っ子たちが理解してくれたか分かりません。今はまだ無理かもしれませんが、いつか、ひょっとした拍子にこの事を思い出して、自分と違う価値観を持った人や、違う表現の仕方をする人を敬い、根底にあるシンプルな気持ちを理解しようとする優しくて大きな心を持ってくれたらなあ...とたまに帰ったとき位、いつもお世話になっている兄夫婦の子育てに、少しでも貢献できたらと思っている叔母さん(私)は思いました。スティーブを連れ帰ったことで、面倒な思いも色々しているだろう、私の家族が、それが、何でもないことのように思えたら、スティーブ訪問は、スティーブにとっても、私の家族にとっても大成功です。これからも、時々、スティーブ訪問のエピソードを書き加えていくつもりですので、又のぞきに来て下さい。ではまた。
2006年02月01日
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