全3件 (3件中 1-3件目)
1

薩摩川内市国分寺町の「薩摩国分寺史跡公園」を訪ねた。天平13年(741)聖武天皇のみことのりにより國家の平安を祈念して諸国に建立されたもので鹿児島にはもう一つ大隅国分寺跡(拙ブログ2015年6月22日に訪問記あり)がある。 僧寺と尼寺があるが、ここは「薩摩国分僧寺跡」だという。ここの創建は奈良時代後期であると推定されている。しかし早くに衰微したが、室町時代は国府天満宮として存在した。しかし、豊臣秀吉の九州征伐で襲撃され全勝する。その後、江戸時代になって島津斉彬の弟・久光(国父)によって再建され泰平寺の末寺として存続するが、明治の廃仏毀釈で廃寺となった。尼寺の跡はいまだに確認されていない。 昭和19年(1944)の塔跡の国指定から昭和43年(1968)~55年(1980)の発掘調査、昭和51年(1976)~59年(1984)の環境整備事業、昭和57年(1982)寺域の追加指定を経て昭和60年(1985)「薩摩国分寺史跡公園」として開園した。 私が訪ねた今年1月8日には薩摩川内市川内歴史資料館において30周年記念企画展「薩摩国分寺への想い」が開かれており、発掘物など貴重なものを見ることができた。薩摩国分寺鬼瓦、平瓦、軒丸瓦、ほか文書など。 薩摩国分寺説明版 中門跡説明版 中門跡基礎部分復元 金堂跡説明版 金堂跡基礎復元 講堂跡説明版 講堂跡基礎復元 塔跡説明版 塔跡基礎復元 公園一部 先に見える煙突は中越パルプ(株)川内工場 公園一部
2016.06.25
コメント(9)

薩摩川内市中郷2丁目2-6にある薩摩川内市川内歴史資料館を訪ねた。上の写真はその全景だが、パンフレットから写し撮ったものである。内部の写真は写せないので、屋外の石造物を紹介したい。 下は石敢當。拙ブログで県下の石敢當を何回も紹介してきたが、中国が発祥で現在も沖縄や鹿児島に多い。鹿児島では新興住宅地にも現在も造られ続けている。 T字路や三叉路の突き当たりに石敢當を設け魔除けとし、魔物の浸入を防ぐとされる。 左右の二体は田の神と思われる。真ん中の石像は正体不明。特に十字状のものが彫られているのが気になる。 二体の仏像が収まっているが、重そうなものが頭上にある。 石風呂二個。 五右衛門風呂(復元) 石祠と灯篭。石祠には愛宕大権現(愛岩大権現)とある。 井戸の枠と思われる。 長崎堤防説明版 これらは、近辺が都市化する中で、近辺のものがここに集められてこの地に安住の地を得たものと思われる。次回は道路を隔てて隣接する薩摩国分寺跡を紹介する。
2016.06.19
コメント(9)

今年も我が家の雑草園にノウゼンカズラが咲いた。今年の花は一際綺麗で可憐に見える。 それは、昨年8月の台風でウッドデッキが傾いた時に支えてくれたヤマモモの木に巻きついていて毎年梅雨時に咲き私たちの目を楽しませてくれていた。 台風の後、ウッドデッキは撤去、ヤマモモの木は上の写真のように、ほとんど裸になるくらいに庭師さんに切っていただいた。そのときは慌ただしくてノウゼンカズラが巻きついていることまでは気が回らず、庭師さんにも残すようにお願いした記憶はない。こうして今年もきれいな花を見たことで、ああ 無事だったのかと感慨深さと同時に昨年の久しぶりだった大きな台風を思い出している。
2016.06.17
コメント(7)
全3件 (3件中 1-3件目)
1