桜の森の満開の下

桜の森の満開の下

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Calendar

Category

Archives

2026.10
2026.09
2026.08
2026.07
2026.06

Comments

はんびゃーぐ @ Re[1]:ママ(11/18) ともさん >この物語はおもしろいです。 …
とも@ Re:ママ(11/18) この物語はおもしろいです。
はんびゃーぐ @ Re:はじめまして(06/29) saku5319さん > 可愛い、お話。私も転…
saku5319 @ はじめまして  可愛い、お話。私も転校した事あります…

Favorite Blog

まだ登録されていません
2007.02.04
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類


酒を飲むとあなたは変わった。より饒舌に攻撃的になり、私をダメな男だと傷つくほどヤジった。
「仕事もない、才能もないで、これからどうすんだよ三十のおっさんがッ」
 私は黙ってイカを口に運ぶ。目尻に涙が滲んだのはわさびが効いたからだ。
「バイク事故って、あんたほんとは死のうとしたんだろ?」
 あなたはそう言うと私の肩をげんこつで叩きながら、ガハハと笑う。で、中ジョッキをウンウン煽り、また中トロを頼む。ゲパッとげっぷを出す。どっちがおっさんだよ、私はあなたに酒を勧めたことを後悔しつつ、心の中で文句を言う。
 私は、本当に死のうとしたんだろうか。
 ・・・分からなかった。あのとき私は友人から譲り受けた中型のバイクを、ただひたすらに真っ直ぐ走らせようようと決めたのだった。もう何があってもブレーキをかけないでおこうと。
 死のうとは思わなかった。急に停滞するのが嫌になったのだ。笑われるかも知れないが、恐らくそうやって、自分が世の中から取り残されていくような焦りや敗北感を吹っ切ろうとしたのだ。でも言い換えればそれはあなたの言う通り、死のうとしたのと一緒なのかも知れない。
 私がそのことを告げると、あなたは自分で言ったくせに、んにゃそりゃ違うと首を横に振った。
「違うね、あんたみたいなダメな男に死ぬことなんか出来っこないわ、あんたは単純に逃げてみただけよ、現実から逃避したの、自殺ってそんな簡単に出来るんもんじゃないんだから」
 寿司屋を出たあと、私は酔っ払いのあなたを落ち着かせるため喫茶店に誘ったが、あなたは公園に行くのだと聞かなかった。モアモアと黒い緑に囲まれた園内は不思議なほどしんとしていて、入り口のずっと先の、中央にある切れ掛かった外灯の明滅音がくっきりと耳に届いた。ちょっぴり眠そうなあなたの表情に、明滅する外灯が微妙な変化を与える。光の加減であなたの顔が不機嫌そうになったり寂しそうになったりする。そっとあなたの手を握ると、私はもう何も考えることが出来なくなる。あなたの柔らかい手を取ったまま、私は無意識に立ち止まっている。
 夜の公園で、私はあなたにキスをした。
 同棲を始めてすぐ、私はあなたの意外な一面を知る。あなたは小さな子供のように暗闇を恐れた。重苦しさに夜中ふと目覚めると、あなたが全身で私の腕にしがみついている、ということが何度も起きた。
「大丈夫?」
 と尋ねても、あなたは返事も身じろぎもしない。寝ているのかと思って顔を覗き込むと、うっすらとまぶたを開ける。その目が、怯えている。
「怖い夢でも見ちゃった?」
 と私。ちょっと間を置いて、
「・・・チゲえよ」
 と掠れた声であなたは否定する。チゲえよ、何でもねえよと。でもその返事とは裏腹に、私の腕をつかむあなたの手は熱く汗ばんでいる。ヘンだなとは感じつつも、その矛盾を突き止められぬまま私は再び夢の世界に引き戻されていく。眠いから。そんなことを幾度となく繰り返した。
 結局あなたは自分の口から電気を点けたまま寝て欲しいとは言わなかった。震えるほど暗闇が苦手なのに、そのことに私が気づくまで黙ってじっと耐えていたのだ。
 あなたは素直じゃない。ほとんど頑固だ。だけどそれはあなたが居候の身の私に、ものすごく気を遣っているのだとも取れなくはない。そう考えると、私は何だかむず痒くなる。
 我々の住むマンションの部屋の窓からは、一晩中白い明かりが漏れている。いつあなたが帰ってきても大丈夫なように、誰も部屋に居なくても夜は電気を点けてある。朝が来るまで、あなたから暗闇を奪うために。
 私は、あなたが暗闇を怖がる理由を知らない。
 始めて一ヶ月も経たないうちに、私はパン屋のアルバイトを辞めた。ある日突然、何時間も立ち通しでパンを袋に詰める作業が馬鹿馬鹿しくなったのだ。あんな単調な作業は俺のやる仕事じゃない。
 私は日中、部屋で映画を観たり外でパチンコをするようになった。その間、籍を置いている事務所から撮影の話が何本か入ったが、全部断った。エキストラで、浜辺に三日間拘束されてギャラが五千円とか、そういうやつだからだ。以前はそんなちゃちな仕事でも結構喜んでやってたなと、パチンコをジャンジャカ鳴らしながらふと思う。だけど思うだけで、店内のうるさい音楽や立ち込めるタバコの煙と一緒ですぐに気にならなくなる。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2007.02.04 17:37:56
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: