黒パンダの旅行記

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Kuropanda

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2006/02/04
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カテゴリ: 雑文 - 重い話し
以下、長文の上にまとまってないです。。。



ぼけっとBBCを観ていたら、
デンマークの新聞にムハンマドを風刺した漫画が掲載された件、フェリー沈没と並んで大きなニュースになってました。

↓≪参考≫Yahoo News米国版(なぜかYahoo英国版のこの記事がアクセスできないので。。←中国からだけですか?)
http://news.yahoo.com/s/nm/20060203/ts_nm/religion_cartoons1_dc;_ylt=AkyRzs4ASi2F5Gvn9esyHJN34T0D;_ylu=X3oDMTA5aHJvMDdwBHNlYwN5bmNhdA--

去年の9月末にデンマークの新聞に載った風刺漫画が、今になってイスラム諸国に知れ渡り、各国・各地で抗議活動(半分暴動)が起きているそうです。

根本にあるのは、偶像崇拝を厳禁のイスラム教と、ばりばり偶像崇拝のキリスト教社会の「感覚のずれ」ですね。。。しかも、英米側のニュースでは途中からは論点が「表現の自由」に切り替わってしまっています。「宗教に敬意を払いつつも、表現の自由は護られるべきだ」と。

ん?なんかひっかかります。

問題は、今回載った風刺漫画が「マスメディアに載せる”適切な範囲”を逸脱しているか?いないか?」じゃないんでしょうか?



確かに「何を描いたって良い」のは大事なんですが、権利と義務から言えば、
そこに「他者の権利を過度に侵害しない範囲で」が付くはずです。
欧米マスメディアも「差別」「名誉」などには普通、注意(権利侵害がひどいものは掲載しない)を払っていますよね。。。

で、「不適切」なものを載せてしまった場合、責任者は非難されたり、訴えられたり、責任を取らされてクビになることもある。

これは、言論の自由に対するブレーキです。


今回のポイントは「宗教」、特に「預言者ムハンマドの肖像化」と「風刺漫画の題材としてテロの犯人のように描くこと」に対して、ムスリムが「イスラム教の信者としての名誉を傷つけられた(=漫画は偏見/差別を助長した)」として撤回と謝罪を要求できるかどうか?、またはマスメディアはどこまで無神経に「他人の宗教のタブー(=デンマークの人口の97%はキリスト教徒だそうで)」に踏み込んで良いのか?、という点だと思います。


欧州で認められる宗教的な「権利」については正直良く解りませんが、「信仰の自由」は通常「何を信じようと勝手だが、それを他人に押し付けないこと」で、そこには「 信じない人々が何か言った時に、それを自分達の価値観で無理やり変えようとしないこと 」も含まれると考えるのが自然です。

となると、そこは確かに欧米メディアが言うとおり「表現の自由」なんだから、イスラム社会の抗議は不当だ、となりますね。

ただ同時に「他人の信仰を不必要に傷付け・侮辱しないこと」も表現する側の義務としてあるんじゃないでしょうか?

「この漫画はそこまで、載せる必要性が高い内容か?」

「ムスリムへの偏見を助長する「言葉(絵ですが)の暴力」になっていないか?」

個人的には内容と時期を考えると載せるべきでない内容と思います。
載せてしまった後の処理としては「金銭賠償などはしないが、宗教的感情を傷つけたことに対し遺憾の意を表明する」などの文章を掲載、これくらいのレベルではないでしょうか。

相手の非常に敏感な部分に対して「言葉(・・・絵ですが)の暴力」を振るっておきながら、それを欧米メディアが「表現の自由」と言う一段高いステージで正当化しようとしている、どうもそんな胡散臭さをこのニュースからは感じてしまいます。


イスラムでは「 神も預言者も、形(絵)にすること自体、良くないことだ
(昔、新婚旅行で イスタンブールとローマ のはしごをしましたが、モスクとバチカン宮殿比べれば「偶像」の扱われ方の違いは一目瞭然です)


で、これを知ったイスラム社会が過剰反応を起こすと、まるで「イスラム社会が言論の自由を攻撃」みたいに報道。結果、欧米社会&イスラム圏外の国の、イスラムに対するイメージが悪化、と。

どーも、型に嵌っているというか、「キリスト教側に都合の良い」筋書きです。(普通に見る情報は全部キリスト教側のメディアからですから当たり前ですが。。)


描かれてたのがムハンマド、ってのもやらしい。
イスラムでのアッラー(神さま)は、キリスト教&ユダヤ教の神様と全く同一の「神」とされているので、それは風刺してないことになります。

それにしても、
映像を見てて「去年の反日デモは平和だったなー」と思ってしまいました。

宗教的な怒りに比べれば、一政府の宣伝工作で起こせる怒りなんて、大したことないのかもしれません。



以下、余談。

私は典型的な無宗教人間(=他人様の教えなんて聞かん。)なのですが、それだけに、大学生の頃、パスカルさんの「人は宗教的信念を持ってする時ほど、喜び勇んで、徹底的に、悪を行うことはない」との名言に興味を持ちまして、今後も無宗教を続ける(?)からには、「宗教を創めた人達(=新しい価値体系を創り出した人達)」と「宗教を信じる人達(=既製品の価値体系を採用した・護っている人達)」のことも知っといた方が良いな、と、専門外ながら、結構本を読み漁ってました。

当時、オウムの事件とかもありましたし。

で、一応コーランもちょこっと読んだ(読み出して、すぐ挫折して、概略説明本に頼る)んですが、、後発だけあって、なかなか合理的に出来てるんですね。イスラム。教義も「~しなければならない」の後に必ず「ただし、○○の場合はその限りではない」と「融通」の部分があり、現実的です。

普通に信じる分には、一番「理屈が通って」ます。この宗教。

ただ、自らを「キリスト教の後継」的な位置付けにおいているので、キリスト教とは根本的に相性が悪い。。。「勝手に後継するな!」ってな感じです。キリスト教(&ユダヤ教)からすれば。

で、今、キリスト教系の強引アメリカさんが世界を仕切ってて、イスラム系国家も力で言うこときかせようとするので、石油利権などの「カネ」を護りたい側(結局、全ての政治紛争はカネがらみ)は反発するが、軍事的弱者としては反撃策もゲリラ的になる、で、それを民衆に対して正当化するために「宗教」を利用、と。。。収拾のつけようがない状態になる訳ですね。。



ほんと、宗教は利点も多いですが、最も妥協が難しい分野でもあるだけに、厄介です。元々出来合いの製品だから、簡単に変更できないんですよね。変えちゃうと確固性(=頼りがい)が無くなってしまう。
また、所詮はカネ絡みの紛争を「正当化」し、民衆を巻き込むための道具として利用されやすい。。


人類全員が「既成の価値観セット」である「特定の神様の教え」なんてのに従わずに、色々影響を受けながらも、「自分で取捨選択したオリジナルの価値観セット」を作るのが、一番良いのでは、と思いながらも、そんな大変なことをみんながやってたら社会が回らんな、とも思ったり、、、(ほぼ)無宗教の某日本とか今住んでる国とかは結局、拝金主義(=お金が神様)に陥ってるよな、と思ったり、この話題を書き出すとまとまりません。止まりません。。。


駄文にお付き合い頂きありがとうございました。
お礼にとりあえず、誤植ネタを一個、「身だしなみでヤンスUPでやんす」





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Last updated  2006/02/05 03:27:47 PM
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