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メディチ家(Medici)とは、ルネッサンス期のイタリアのフィレンツェにおいて、銀行家、薬種問屋、政治家として、フィレンツェに君臨した一族です。その巨大な財力でミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ボッティチェリ等の後世に残る芸術家を支援し、育て、保護し、ルネサンスの文化を育てる上で大きな役割を果たした一族としても知られています。
フィレンツェにあるこの墓は、メディチ家の歴代当主の墓で、新廟と旧廟からなっています。広大な八角堂である旧廟は財力と権力にものを言わせ、大理石や宝石によって床や壁が飾り立てられ、天井はフレスコ画で覆われています。新廟は1520年から1533年にかけてミケランジェロによって建てられました。
新廟右手にロレンツォ豪華王の孫ウルビーノ公ロレンツォ2世(1492~1519)の墓があり、向かい側にロレンツォ豪華王の三男ネムール公ジュリアーノ(1478~1516)の墓があります。
「曙と黄昏」(あけぼのとたそがれ)
ミケランジェロは瞑想の姿勢をとるウルビーノ公ロレンツォ2世の像下に「曙光」を象徴する女性像と「黄昏」を象徴する男性像を配します。下の写真です。
写真プリントを上からデジカメで撮影したので綺麗ではありません。あしからず、参考まで・・。
「昼」と「夜」
ジュリアーノの像には力と指導力を。彼の像下には「昼」の象徴として男性像、「夜」の眠りを象徴して女性像が置かれています。写真下
私は数あるミケランジェロの作品の中でもこのテーマある作品がとても気に入っています。こんなお墓に入りたいものです。
ミケランジェロ・ブオナローティ(Michelangelo di Lodovico Buonzrroti Simoni)
(1475~1564)イタリアルネッサンス期の彫刻家、画家、建築家、詩人であり、ルネッサンスの三大巨匠の一人です。(他の二人はレオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロ・サンティ)
画家としては、バチカンのシスティーナ礼拝堂の天井フレスコ画の「天地創造図」と壁画の「最後の審判」が有名。
建築家としては、バチカンの「サン・ピエトロ大聖堂」、「カンピドリオ広場」の設計が有名。
彫刻家としては「ピエタ」、「ダビデ像」、「モーセ像」など多数あり、彫刻家としての面のほうが、クローズアップされているかもしれません。
下はバチカン美術館にある「サン・ピエトロのピエタ」です。
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