わたしのこだわりブログ(仮)

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2009年12月07日
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帰りに、ミッド・タウンにあるToshi Yoroizukaのケーキを持ち帰りましたぺろり
近日写真撮って公開予定。

オーストリア共和国(Republic of Austria)
ウィ
ーン(Wien)
中央墓地(ツェントラルフリードホフ Zentralfriedhof)

ヨハネス・ブラームス(Johannes Brafms)
 (1833年5月7日~1897年4月3日)
19世紀ドイツのハンブルク生まれの作曲家、ピアニスト、指揮者。
ウイーン中央墓地 19
シューベルトの目と鼻の先に墓はあります。そして左隣はヨハン・シュトラウスト2世の墓。
生前二人は非常に親交があり、シュトラウスはブラームスの良き理解者であったそうです。お墓も隣で良かったですね・・・。

1897年4月3日、肝臓癌の為ウィーンで永眠し、この中央墓地に埋葬。

ドイツ音楽の「三大B」(バッハ(Bach)、ベートーヴェン(Beethoven)、ブラームス)と言われ、ブラームスはベートーヴェンの後継者とし評されるようです。
ウイーン中央墓地 20
墓石のレリーフは、天使が壊れたハープを手に嘆いている所だそうです。
バラの生花が一輪添えられて・・・ファンかしら・・・・。


カール・ミレッカー(Carl Millocker)
(1842年4月29日
~1899年12月31日)
ヨハン・シュトラウスやズッペと並ぶ当時のウィーン・オペレッタを代表する一人。
ウイーン中央墓地 21
1864年にグラーツのタリーア劇場の指揮者に就任、その後 ブダペストのドイツ劇場やアン・デア・ウィーン劇場での指揮者にも就任。

職務のかたわら,歌曲や多くの短い劇作品のための付随音楽を作曲。
有名な作品として、オペレッタ「乞食学生」を作曲、舞台を手掛ける。

ウイーン中央墓地 23

1883年以降は作曲に専念して、ウィーンのオペレッタ黄金期をけん引。

墓石はちょっと豪華。
ウイーン中央墓地 22
ミレッカーの墓所は大通り沿いで建築家ハゼナウアーのほぼ隣。

グラーツのタリーア劇場の指揮者には、スッペの推薦により就任するが、そのズッペの墓はすぐ裏手にあります。

フランツ・フォン・スッペ(Franz von Suppe)
(1819年4月18日~1895年5月21日)
ベルギー系オーストリアの作曲家,指揮者。オペレッタとその序曲で有名。

中央墓地に墓石は数あれど、ミレッカーの墓石に形がとても似ています。
ミロッカーが真似たのかもしれません。
ウイーン中央墓地 24

オッフェンバックの作品に続いて,正統的なウィーン風オペレッタの作曲、第一人者とされる。
ウイーン中央墓地 25
胸像からはみ出ているのは楽譜です。

つづく






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Last updated  2009年12月09日 01時21分26秒
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