わたしのこだわりブログ(仮)

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2009年12月14日
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1866年の普墺(ふおう)戦争(プロイセン王国とオーストリア帝国との戦争)で大敗して、オーストリアは統一ドイツから排除されてしまったわけですが、それまでは ドイツと同民族同言語の国で、ドイツ連邦の盟主だった のです。

ドイツ生まれのベートーベンがオーストリアの墓地に入るのも当時はドイツ圏内なのですから、不思議ではなかったわけです。
もっともここの「中央墓地特別名誉区32A」は意図して集めた墓地ではありますが・・・。

オーストリア共和国(Republic of Austria)
ウィーン(Wien) 
中央墓地(ツェントラルフリードホフ Zentralfriedhof)

ここには世界的に知れた有名な映画 「第三の男(The Third Man)」の撮影に使われた有名な並木がある のでそこも紹介。
ウィーン中央墓地 61
カール・ルェーガー記念教会裏手の並木道。

・・・普通でさえ寂しいぞ・・・・。
ウィーン中央墓 60
並木道は第1門から旧ユダヤ墓地の横を通り教会裏に真っ直ぐ伸びています。
ちょうど季節もこの頃か?

第三の男(The Third Man)
1949年製作のイギリス映画で、第二次世界大戦直後のウィーンを舞台とした映画 だそうです。
1949年9月に開催された第3回カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得。

アメリカ映画界を代表する映画監督、脚本家、俳優だったオーソン・ウェルズが出演 。

音楽は、アントーン・カラス(Anton Karas )、オーストリアのツィター奏者で、作曲家。
「第三の男」のテーマ曲「ハリー・ライムのテーマ」を作曲。
日本ではCMに使われた事からJR山の手線の恵比寿駅の発車メロディに使われているらしい・・。
ウィーン中央墓 59

第三の男 あらすじ
第二次世界大戦後、米英仏ソの四ヶ国による四分割統治時代。
ホリー・マーチンス(アメリカ人小説家)は、ハリー・ライム(ウィーンにいる親友)から仕事依頼を受けてウィーンに来たのに、親友は自動車事故で死亡していた・・・。

彼の葬儀に出席したマーチンスは、そこでキャロウェイ少佐(イギリス軍)と知り合い、親友ハリー・ライムが水で薄めたペニシリンを横流しする闇取引の黒幕だったと告げられ、信じられないマーチスは真相究明に乗り出すと言う サスペンス・スリラー だそうです。

目撃者である宿の門衛が、「ハリーの死体を運んだ第三の男を見た」という証言を得るが、彼もまた殺されてしまう・・。
そして、現れた不審な男は「ハリー?」
・・・・・・
ラスト、「第三の男」の埋葬が再び墓地で行われる。

撮影現場は、他に、ウィーン川の坑道、プラター遊園地の大観覧車等。

中央墓地ラスト
カール・ルエーガー教会から第2門までの大通り
ウィーン中央墓地 62

お墓の整備作業員も仕事終了。
ウィーン中央墓地 63

すっかり日も暮れて・・・先程第三の男の道を歩いていた人達も帰っていきます。
ウィーン中央墓地 64

32Aだけでも紹介しきれていない墓所はまだあったのですが、地味だし聞き覚えのない名が多いので・・・名を突き止めるだけでも四苦八苦しょんぼり

下はANDERと書いてあったお墓の意匠です。(トップの部分)
ウィーン中央墓地 65
もしかしたら、オルガン奏者
ハンス・アンデル-ドナート(Hanns Ander-Donath )(1898年~1964年)
かもしれません。

中央墓地おわり。






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Last updated  2009年12月14日 20時35分33秒
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