鍋・フライパンあれこれ美味
100万ポイント山分け!1日5回検索で1ポイントもらえる
>>
人気記事ランキング
ブログを作成
楽天市場
000000
ホーム
|
日記
|
プロフィール
【フォローする】
【ログイン】
Locker's Style
『橋の下の彼女』(1)
2009年6月5日(金)午後6時頃
日本・三津丘市近衛町・みなとや
店の軒下につり下がっている赤提灯は、真ん中あたりで大きく破れ、中の電球がのぞいていた。そのむき出しの電球に照らされた、擦り切れてすっかり色が薄くなった藍色の暖簾をめくって、入り口の戸をカラカラと引く。
店が開いてから、まだそれほど時間はたっていないはずだが、すでにテーブル席のほとんどが埋まっていた。
焼き魚の煙が充満した店の中をぐるりと見まわすと、カウンター席の隅にぽつりとひとり、こちらに背を向けて座っている男がいた。
その背中が、何が起きても対岸の火事、関わるだけ損ですよ、と言っているようだった。
そう、この人は、いつもそんな感じだった――。
そっと近づいて、肩を軽くたたく。
「おや柏葉くん、ずいぶん早いじゃないか」
はっと振り返った久保山は、すっかりシミだらけになった顔をしわくちゃにして微笑んだ。記憶にあるより、ずいぶん痩せた、というか、縮んだように見える。
「最近は定時に上がれるんですよ、不景気の数少ない恩恵の一つです」
将人は答えた。
「あいかわらず背が高いんだね」
言って、久保山は将人のつま先から頭のてっぺんまで、視線を何度か往復させた。
「低くなるわけないじゃないですか」
将人(しょうと)は隣に腰を下ろした。
「でも、顔はそれなりに老けたかな」
将人の横顔を見つめてから、久保山は嬉しそうに言った。
「そちらも、あいかわらず歯に衣を着せませんね。だってもう、あれから――」
「十年だ」将人の言葉を遮るように、久保山は大きく広げた両手の指十本を突き出した。「ちょうど今ごろだったよね。まったく早いもんだ」
その十年のあいだ、何の音沙汰もなかった久保山が、突然、将人の自宅に電話をかけてきたのが二日前。電話を切るなり、将人は何年かぶりに、あのときに撮った写真を押し入れの奥から引っ張り出した。
居間に寝転びながら当時のことを思い返そうとして、しかし将人は愕然とした。あれほど心に深く刻み付けたと思っていた記憶が、ほとんど失われてしまったことに気付いたからだ。
五年ほど前までは、どんな些細な場面も、まるで昨日のことのように鮮明に思い出すことができたというのに――。
結婚もした。子供も産まれた。だが、あの記憶だけは、何年経っても、決して色あせることはないと思い込んでいた。いつかは文章にして残したいと思いながらも、ずるずるとあとまわしにしてきた自分を呪いたい思いだった。
「そんな格好してるくらいだから、すっかり社会人になったんだね」
「ぎりぎり、といった感じですよ」
将人は苦笑いした。会社帰りに寄ったから、スーツのままだ。今の勤めのことは聞かれたくなかったので、話題を変えた。
「久保山さんは、もう引退したんですか?」
「引退してたら、わざわざ呼び出したりしないよ。今日は一応、社用なんだから」
言いながら、久保山はセカンドバッグから一通の封筒を取り出した。それをカウンターの上に置き、指で押して、将人の前まで滑らせる。
「これさ、君あてなんだよね」
封筒は空だったが、〈メトロバンク〉という英語のロゴを見るなり、記憶に蓋をしていた栓のひとつが、ポンッと音を立てて抜け飛んだ。
「何か思い当たるかね?」
将人は覚えていた――中身に入っていたものが何だったのかを――。
そして、あのときの自分が、どれほど必死に、その中身をある人に届けようとしていたのかを――。
「いったいどこからこんなものがでてきたんです?」
「あの〈商社の人〉のところからだよ」久保山はもったいぶるように、しばし間を取った。「ほら、GFCって会社あったでしょ、あそこがね、去年、ついに倒産したんだよ。それでさ、なぜだかあの会社が、系列合弁会社の債権やら社債やら株やら、いろんなもんをごちゃごちゃと持ってたものだから、あのプロジェクトに関わっていた会社が、ぜんぶ連鎖倒産してしまったわけ。文字通り、全滅だよ。なんでも、倒産直前は、あの〈商社の人〉は空手形を乱発していたらしいから、完全な確信犯だよね、まったく」
GFCが、債権や社債や株を複雑に組み合わせて所有していたのは、〈商社の人〉が、ゆくゆくは系列他社を全部乗っ取ろうと企んでいた証拠だと、社会人になって九年経つ将人には簡単に理解できた。
「GFCが倒産する一週間くらいまえにね、現地の日系企業の工場で日本食料理店を経営してた〈城村さん〉て人から、うちの社長あてに電話があったんだよ。『あの人が飛ぶかもしれないから、債権回収業者が入るまえに、今すぐフィリピンに誰かよこしなさい、それから、〈AMPミナモト〉にある、書類やら機材やら道具やらを全部引き上げなさい、ついでに、もし母屋とゲストハウスに何か金目のものが残っていれば、借金の形に片っ端から持っていきなさい』ってね」
〈AMPミナモト〉――その社名を聞いて、将人の閉じていた記憶の扉がまたひとつ、大きな音をたてて開いた。
〈城村〉という名前を聞いて、そのいかつい顔も思い出した。当時から、〈商社の人〉とは一線を引いて接しているようなところがあった城村だから、口車に乗せられることなく、そんな事態にも、とことん事務的に対処したのだろう。
「それでさ、言われたとおり、いろいろと引上げてきたまではよかったけど、転売しても値がつかないようなものばかりだったからね、ずっと手付かずのまま、会社の倉庫に置きっぱなしだったんだよ。でも先週、倉庫の配置換えをやることになってね。とにかく片付けないとってことで、いろいろと整理してたら、そいつが出てきたってわけ」
言って、久保山は〈メトロバンク〉の封筒に顎をしゃくった。
「つまり、だめになってしまったわけですね、あのプロジェクト」
あの陽気な従業員たち――。
彼らは、いったい、どうなったんだろう――。
久保山は頷いた。
「とっくだよ。〈ミツオカプロジェクト〉は、もう何年もまえから死に体だったんだ。君とはあれっきりになってしまったから、知らないのも無理ないだろうけど。いやぁ、君には本当に悪いことをしたって、私はずっと思ってたんだよ」
「なにも久保山さんが謝ることないじゃないですか」将人は思わず笑ってしまった。久保山には何の責任もない。「それどころか、感謝してるんです。あの仕事をもらえたからこそ、今の僕があるようなものですから」
〈今の僕〉も死に体だろうに――言ってから、将人は思った。
「そう言ってもらえると、私も気が楽になるよ」
久保山が微笑んだ。
タイミング良く運ばれてきたビールで、二人は乾杯した。
「正直に言うと、あのプロジェクトが今も立派に続いていて、久保山さんは今夜、僕をもういちど通訳で雇うために呼び出したんじゃないかと、期待してたんです」
そう持ちかけられたら受けるつもりで、将人は今日、ここに来ていた。
「そんな話ができれば良かったんだけどさ、あいにくうちの会社は、あの〈商社の人〉に、きれいさっぱり騙されちゃったわけだ。残念だけど、もう通訳を雇うこともないんじゃないかな」
〈商社の人〉と久保山が呼ぶ、壮年の男の顔は、今でもはっきりと思い出すことができる。
とは言っても、十年前の姿だが――。
「久保山さん、当時から『このプロジェクトは無謀だ』って声高に言ってましたもんね」
久保山が慌てて口に人差し指をあてがった。
「それ言っちゃだめ、誰が聞いてるかわからないから。ここ、〈ミナモト水産〉の社員たちがけっこう使うんだよ」
すみません、と将人は頭を下げた。
「辰三(タツミ)さん、お元気にしてますか?」
将人は、てっきり辰三も久保山と一緒に来るものだと思い込んでいた。
久保山が渋い顔になる。
「あいつもさ、かわいそうなやつだよ。あのプロジェクト、始まってからずっと赤字続きでね、何年ものあいだ、まったく利益がでなかったんだ。それで、フィリピンへの投資は間違いだったんじゃないかって、社内でもうわさになってさ――もっとも、あの〈商社の人〉は、自分の会社の経営が傾いて、だからこそ、うちの社長に儲け話を持ってきて、うまいことそそのかして金をむしりとったんだって、私は思ってるんだけどさ――とにかく、もしプロジェクトが失敗に終われば、うちの会社が投資した金は、まるまる消えてしまうことになるでしょ。たっちゃんはね、それを自分の責任だと思い込んじゃったみたいで、責任を感じて、バカみたいに飲むようになって、胃と肝臓をやられちゃって。それでも酒をやめなくて、ついでに腎臓まで壊しちゃって――あげくの果てには、こっちも、ちょっとね」久保山がこめかみを人差し指でつついた。「つまり、ボロボロになっちゃったわけよ」
そういえば、あの人は妙に責任感が強くて、人情深くて、思い詰めるようなところがあったな、と将人は思い出した。
「辰三さん、まだ仕事は続けていらっしゃるんですか?」
久保山はそれには答えず、話題を変えた。
「君もあっちでは大変だったらしいね、〈商社の人〉にいじめられてさ」
今度は将人が、苦笑いを返事の代わりにした。
「しかしだね、職安から、『御社の通訳の求人に応募したい方がいる』って電話をもらったときの驚きといったら」
久保山が大きく手を広げた。
あの求人を職安で見つけたときの驚きと興奮を、将人は、昨日のことのように思い出した。
「そうそう、今日は君に渡すものがあるんだった」
久保山は、どこか演技がかったしぐさで両手をたたき合わせると、膝の上のセカンドバッグをあさり始めた。
「君、サンパブロのゲストハウスに、いろいろ置いてきたでしょ。あの年の十月に、また戻るって話になってたから」
「ああ、そういえばそうでした」
言われて思い出した。確かに、寝室のクローゼットの中に、汚れた服を置いてきた――というか、捨ててきた。
「辰三さんに、『戻ってくるつもりがあるなら置いていけ』みたいに言われたものですから、仕方なく」
したり顔になった久保山がセカンドバックから取り出したのは、しかし衣類ではなく、折りたたまれた紙の束だった。
「あれ? 服じゃないんですか?」
「服も置いてきたの? じゃあ多分、たっちゃんのとこに持ってった荷物に混ぜちゃったな。また今度、もらってきますよ。それより、これ――」久保山は、紙の束を留めていたクリップをはずして、そのうちの一枚を広げた。「読ませてもらったよ。何の書類か確認しなきゃいけなかったからね」
その紙に書き綴られている悪筆は、まぎれもなく将人のものだった。
「これはもしかして――」
「いやはや、時間を忘れるほどの名作だったよ。しかし最初に読んだのが私でよかったよ、他の従業員にこんなの読まれたら、それこそ一大事だからね」
こんなものがなぜ残っているんだろう、と首を傾げて、将人ははっと思い出した。書類は丸めずゴミ箱に放り込むと、あの気の利く家政婦――名前が思い出せない――は、捨てずにベッド脇の小棚の上に戻すのだ。
ということは、あの〈商社の人〉も、これに目を通したのだろうか――。
「こうも丁寧に日記をつけていたなんて、君もずいぶんマメな人なんだね、見かけに寄らず」
「日記というか、もともとは手紙のつもりで書いていたものだったんですけど、途中から日記みたいになってしまったんです」
何枚かにざっと目を通して、その内容のあまりの細かさに、将人は自分で驚いた。字こそ、今でも直らない悪筆そのままだが、気持ちを書き残したい、絶対に忘れたくない、という気迫が、筆圧の強い一字一字から滲み出ている。
「これをあの人の家に置いてくるなんて、君もずいぶんいい度胸してるね」
「確かにそうですね」将人は苦笑いした。「でも、本当にありがとうございます。これ読んだら、きっとあのころのこと、いろいろと思い出せますよ」
久保山が、パチンッと手をたたいた。
「正直に言うと――」久保山は将人の口調を真似た。「今夜、私が君を呼び出したのはね、その日記の内容について、山ほど聞きたいことがあるからなんだよ」
それから、将人は自分の書いた日記を、ビール片手に、時間も忘れて読み続けた。久保山は相当読み込んだらしく、ページの最初の一行か二行に目を通しただけで、残りの行に何が書いてあるのかを、「ああ、この場面ね」などと言って、すらすらと語り、将人が一枚読み終えるたびに、そのページに書いてある内容について、矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。
初めはそれをわずらわしいと感じていたが、ページが進み、酔いもまわってくるにつれ、将人はいつしか、聞かれる前に、自分から語るようになっていた。
昨日まで岩のように固まっていた記憶が、少しずつ掘り起こされ――岩は粘土になり、泥になり、泥水になり――いつしか、透き通った水になった。記憶の湖の、澄んだ水の底に見えてきたのは、疲れ切って出がらしのような顔をしている今の自分とは似ても似つかぬ、夢と希望に目を輝かせた、血気盛んな若者だった。
すべての始まりは、職安で見つけた、あの緑色のファイルだった。
十年前の、あのひと夏の思い出――。
次へ
トップへ
ジャンル別一覧
出産・子育て
ファッション
美容・コスメ
健康・ダイエット
生活・インテリア
料理・食べ物
ドリンク・お酒
ペット
趣味・ゲーム
映画・TV
音楽
読書・コミック
旅行・海外情報
園芸
スポーツ
アウトドア・釣り
車・バイク
パソコン・家電
そのほか
すべてのジャンル
人気のクチコミテーマ
ゴルフ
木津川カントリー白③☆後半柳生コース…
(2025-11-22 06:25:20)
GOLF、ゴルフ、そしてgolf
🔥焚書に興味を持った。世代間ギャッ…
(2025-11-21 12:53:28)
プロ野球全般。
お別れの会
(2025-11-21 19:00:05)
© Rakuten Group, Inc.
X
共有
Facebook
Twitter
Google +
LinkedIn
Email
Design
a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧
|
PC版を閲覧
人気ブログランキングへ
無料自動相互リンク
にほんブログ村 女磨き
LOHAS風なアイテム・グッズ
みんなが注目のトレンド情報とは・・・?
So-netトレンドブログ
Livedoor Blog a
Livedoor Blog b
Livedoor Blog c
楽天ブログ
JUGEMブログ
Excitブログ
Seesaaブログ
Seesaaブログ
Googleブログ
なにこれオシャレ?トレンドアイテム情報
みんなの通販市場
無料のオファーでコツコツ稼ぐ方法
無料オファーのアフィリエイトで稼げるASP
ホーム
Hsc
人気ブログランキングへ
その他
Share by: