あたたかな光と相思相愛-永遠の旅へいざなう虹粒子の流れ

あたたかな光と相思相愛-永遠の旅へいざなう虹粒子の流れ

PR

×

プロフィール

運命を変える力

運命を変える力

お気に入りブログ

お日様が西にしずん… New! よびりん♪   さん

日々の贈り物・9月 ayakawa777さん

石冢雄人のナイチン… バガボンド6449さん
ふらっと日記 とこみんさん
Four Seasons Story 12本の薔薇さん
2009.01.17
XML
カテゴリ: 詩心のある風景


「私」と「あなた」を、つなぐものって、何でしょう?

たとえば、英語で ”アイ・ラブ・ユー” なんて洒落た言葉があります。

この場合、「私」と「あなた」を、つなぐものは「愛」です。




なんだか、とても簡単な、いたってシンプルなことを語っているだけのように思えますが、
同時に、これって実は、かなり深遠な話なのだとも思います。

アイ・ラブ・ユー・・・・・「私」と「あなた」を、つなぐ「愛」

これの、一体どこが深遠なの? なんてツッコミが入りそうですね。
そうしたツッコミに対して僕は、「なんで?と言われても困るなあ」としか答える事が出来ません。
気が利いた適切な答えを述べることなど僕には出来ませんが、ただ、次のようなことは少しだけ言えます。

「あなたが、本当に、誰かと、心と心がつながったように思える瞬間って、沢山ありますか?」

そんなにそんなには多くないはずです。
沢山はないはず、と思います。沢山はないばかりか、実は、一日に一度そうしたことが自分に起こって、つい感動したり笑顔になれたりすることの方が圧倒的に多いのではないでしょうか?
少なくとも僕にとっては、そう。
誰かと、本当に、心と心がつながったように思える瞬間って、そんなにそんなには多くないのです。
きっと僕だけでなく、これは多くの人にとっても同じことがいえるような気がします。


アイ・ラブ・ユー。
「私」と「あなた」を、つなぐ「愛」というのは、ごくごくシンプルで簡単なように思えて、
だけど、簡単に思えるほど、手を伸ばせばすぐに触れることの出来るくらいに、僕らは確かな「愛」を持ち合わせてはいないものなのです。
そして、愛の意味さえも、僕らは殆ど分かっちゃいない。
それは僕だけでなく、この日記を読んでくれている、あなたも、多分そう。

きっと誰にとっても、とても難しくて、とても大事なテーマだから、
「愛」という言葉に普遍性が宿っているといっても、決して過言ではない。
僕は、そう思います。





さて話を変えて。

「アイ・ラブ・ユー」という言葉をタイトルにした映画を、ふたつ知っています。
ひとつは、フランス映画。
もうひとつは、中国の映画(原題名は「I LOVE YOU 我愛イ尓」です。

アイ・ラブ・ユーなんていうくらいだから、さぞかし素敵な恋愛映画なのでしょうね♪と思われる向きはあるかと想像しますが、
ところがどっこい、このふたつの映画は、素敵なファッショナブルな恋愛映画でないばかりか、
少々、”痛い”、映画だったりもします。

人は誰もが、生きている中で孤独を感じたり、人を好きになることの不安とか内なる葛藤をいだいたり、時に身近な誰かと心が通い合った瞬間に感じる喜びと、その後に時間を置いてから再び彷徨いこむ一人の時間というのを知っている。

子供の頃に、親から、人を愛する気持ちを大切にするようにと願いを込めて、「アイ・ラブ・ユー」と毎日のように言葉をかけられた人でも、
大人と呼ばれる年齢になると、愛の意味について、自問自答を繰り返すように、深く考えるようになるものです。
親と子をつなぐ「ラブ」は海のように青く深いかもしれませんが、
恋人同士の心をつなぎとめる「ラブ」は、時にうつろいやすく脆い。
いつだって両手に、しっかりと抱きしめることの出来るほどに、確かなものではないのです。
だから、いつだって、喜びと悲しみは交錯し、やさしい時間と不安の狭間で心がゆれる。

「私」と「あなた」を、つなぐ「愛」。
アイ・ラブ・ユーというのは、本当はいつだって、そうした不安定な心の上に成立している。
これが真実なのだと思います。

だから、上に記した、ふたつの「アイ・ラブ・ユー」という名の映画は、痛い映画なのです。



このふたつの映画の主人公、一方は男。もう一方は女。

フランス映画の「アイ・ラブ・ユー」では主人公の男はプレイボーイで、愛する対象に困ってなどいない青年なのですが、ある日偶然に拾った小さなバービー人形のようなおもちゃに心惹かれます。
その小さな可愛らしい人形は主人公に向かって、ボタンを押すと優しい声で ”アイ・ラブ・ユー” と囁いてくれるのです。いつだって、自分の気の向いた時に、ボタンひとつで優しく ”アイ・ラブ・ユー” と。
この人形は面白いなあと思った主人公は、だんだんと、心の中がその人形に支配されてゆきます。
まるで、この世で最も大事な存在であるかのように、どこに行くにも、遊び相手の女性の部屋にいく時も、その人形をポケットに忍ばせるようになるのです。
しかし、様々な心の紆余曲折をへた後、主人公は途方もない虚しさに襲われます。
そして映画の最後に、彷徨うように主人公は海へでかけ、波打ち際で大声で泣き崩れる。


砂浜


中国映画の「アイ・ラブ・ユー」では主人公は女性です。
こちらの映画の主人公は、前述したフランス映画の男と異なり、愛の対象は人形ではなく、自分の夫。
人間なのだから、人形などと違い言葉も交わせるし、想いも通じ合うはずなのですが、しかし、この夫婦は気持ちが擦違ってばかり。
擦違うだけならまだしも、主人公の女性の愛が一方的に強いがために、夫との心の隙間が大きくなってゆきます。
”もう、別れよう” 
そんな言葉を繰り返すようになる夫。
”あなたの本当の気持ちが知りたい”
そう、繰り返す妻。
平行線をたどりながら、いつまでたっても寄り添うことのない二人の男女の心。距離ばかりが膨らんでいっても、しかし彼女は前向きな姿勢を忘れない。
ある日、主人公の女性は突飛な行動に出ます。
日増しに自分を避けるようになってゆく夫の体をロープで縛り・・・・・・・。


この、ふたつの「アイ・ラブ・ユー」に纏わる映画には共通点があります。
それは、
”アイ・ラブ・ユー” の ”ユー” が、 ”ユー” になっていないことです。
”ユー” は、そこにあるようで、ない。

愛の対象の欠落が意味するものは一体何かというと、これは実はものすごく奥の深い話になってくる。

つまり、アイ・ラブ・ユーの、”ユー” が欠けるということは、
同時に ”アイ” さえも見失ってしまうということ。
上のふたつの映画の主人公たちは、「アイ・ラブ・ユー」ではなく「アイ・ラブ・ミー」、もっと言ってしまえば、I WANT TO LOVE MEな心の過程にいるわけです。



アイ・ラブ・ユーの、
「アイ」 と 「ユー」 をつなぐ 「ラブ」。

「LOVE」の意味、
そして「ME」ではなく、「YOU」をLOVEすることの意味とは?





I LOVE YOU 我愛イ尓ウォ・アイ・ニー etc

国によって色々な表現、言葉があると思いますが、
日本語でいうところの、
「わたし」は「あなた」を「愛している」の間にある、「愛している」って、
あるいは、
英語でいうところの、
”I” と ”YOU”  の間にある、”LOVE” って、

一見、簡単なように思えて・・・、だけど、すごく深い気がしませんか?





















では、また次回の日記で逢いましょう。







>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

今夜に「I LOVE YOU 我愛イ尓」という中国の映画、若い夫婦の愛に関する少しねじれた物語を観て、ふと10年くらい前に観た「アイ・ラブ・ユー」というタイトルのフランス映画を思い出しました。

ひとくちに、アイ・ラブ・ユーと言っても、そこには実に深い人間のドラマがあるのだと思いつつ、
自分という人間と、それを取り囲む周囲の誰かの存在をつなぐ、「ラブ」に、今日の日記では少し想いを馳せてみました。
けっこう重要なことのように思えてきたからです。僕ばかりでなく、きっと誰にとっても、大事なことのような気がします。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇











お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2009.01.18 00:55:18


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

バックナンバー

・2026.10
・2026.09
・2026.08
・2026.07
・2026.06
・2026.05
・2026.04
・2026.03
・2026.02
・2026.01

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: