趣味の漢詩と日本文学

趣味の漢詩と日本文学

May 15, 2011
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カテゴリ: 国漢文
【本文】よしいゑといひける宰相のはらから、山との掾といひてありけり。
【訳】橘良植といった宰相の同母兄弟に、大和の掾とい方がいたとさ。

【本文】それ、もとの妻のもとに、筑紫より女を率てきてすゑたりけり。
【訳】その大和の掾が、本妻のいる屋敷に、九州から女性を一緒に連れてきて住ませたとさ。

【本文】本の妻もいとよく、今のもにくき心もなく、いとよく語らひてゐたりけり。
【訳】本妻も、ひじょうに気さくに、後妻も憎み合う気もなく、非常に仲良く話などしあっていたとさ。

【本文】かくて、この男は、ここかしこ人の国がちにのみ歩きければ、二人のみなむゐたりける。
【訳】こうして、この夫は、あちこち地方の国ばかりを中心に外出したので、本妻と後妻と二人だけで暮らしていたとさ。

【本文】この筑紫のめ忍びて男したりけり。それを人のとかくいひければ、よみたりける、



となむ。
【訳】この九州からきた後妻が、人目を忍んで別の男と関係を持ったとさ。それを他人がとやかくうわさしたので、作った歌、

夜中に出てせめて月だけでも見なかったら男と会うことを気づかぬふりでそれとなく告げただろうに。

と言ったとさ。

【本文】かかるわざをすれど、本の妻いと心よき人なれば、男にもいはでのみなむありわたりけれども、ほかのたより、かく男すなりとききて、この男、おもひたりけれど、心にもいれで、たださる物にて置きたりけり。
【訳】こんなふうに浮気していたが、本妻は人柄が良い人なので、夫にも告げずにずっと過ごしていたが、ほかの機会から、こんなふうに後妻がよその男と関係をもっているそうだと聞いて、この夫が、後妻を愛してはいたが、気にもしないで、ただそういうものかとおもって放置しておいたとさ。

【本文】さてこの男、女、異人に物いふとききて、「その人と我といづれをか思ふ」ととひければ、女、

 はなすすき 君が方にぞ なびくめる おもはぬ山の 風はふけども

となむいひける。
【訳】そうして、この夫が、後妻がよその男に言い寄ったと聞いて、「その人と私とどちらを愛しているのか?」と問いただしたところ、女が、

すすきの穂はあなたのほうになびくように見える、意外な方向にある山から風は吹いてくるけれども。(意外にも、よその男から言い寄ってきますが、わたしの心はあなたのほうになびいていますよ)



【本文】よばふ男もありけり。「世中心うし。なほ男せじ」などいひけるものなむ、この男をやうやう思ひやつきけむ、この男の返りごとなどしてやりて、この本の妻のもとに、文をなむひき結びてをこせたりける。見ればかく書けり。

 身をうしと おもふ心の こりねばや 人をあはれと 思そむらむ

となむこりずまによみたりける。
【訳】求婚する男もいたとさ。「男女の仲はあとがつらい。やはりもう男と関係は持つまい。」などといったものの、この男をしだいに気に入ったのだろうか、この男がよこした恋文の返事などをしてやって、この本妻のところに、手紙を引き結んでよこした歌。見るとこんなふうに書いてあった、

わが身をつらいと思う心がこりないから、あの人をしみじみ愛しいと思いはじめたのだろうか。




【本文】かくて心のへだてもなくあはれなれば、いとあはれとおもふほどに、男は心かはりにければ、ありし如(ごと)もあらねば、かの筑紫に親同胞(はらから)などありければ、いきけるを、男も心かはりにければ、とどめでなむやりける。
【訳】こうして、心の隔てもなく、しみじみ親身に思っていたので、また恋に落ちたことを非常に気の毒におもっていると、男は心変わりしてしまったので、かつてのように愛情深くもないので、例の九州に親兄弟などがいたので、行ったが、男も気が変わってしまったので、引き留めもせずに行かせたとさ。


【本文】本の妻なむ、もろともにありならひにければ、かくて行くことをかなしとおもひける。
【訳】本妻が、一緒に生活して慣れ親しんでいたので、こうして九州へ後妻が帰って行くことを悲しいと思っていたとさ。

【本文】山崎に、もろともに行きてなむ、舟にのせなどしける。男もきたりけり。
【訳】本妻は山崎に、新妻といっしょに行って、船に乗せてやったりなどした。男もきたとさ。

【本文】このうはなりこなみ、一日一夜よろづのことをいひ語らひて、つとめて舟にのりぬ。
【訳】この後妻と本妻が、一昼夜さまざまなことを話し合って、翌朝船に乗った。

【本文】今は男、本の妻とはかへりなむとて、車にのりぬ。これもかれもいとかなしと思ふほどに、舟にのり給ひぬる人の文をなむもてきたる。かくのみなむありける。

二人来し みちともみえぬ 波のうへを おもひかけでも かへすめるかな

といへりければ、おとこも本の妻もいといたうあはれがり泣きけり。
【訳】いまは夫は、本妻と帰ろうとして、牛車に乗った。夫も妻も、非常に悲しいと思っていたところに、船にお乗りになった人の手紙を使者が持ってきた。それにはこんなふうに書かれていた、

九州から二人でやって来た同じ道とも思われない波の上を予定もせずに、私を愛することもなく、帰すように見えるなあ。

と和歌に作ってあったので、夫も本妻も非常に気の毒がって泣いたとさ。

【本文】漕ぎいでていぬれば、えかへりこともせず。車は舟の行くを見てえ行かず、舟に乗りたる人は、車をみるとて面をさしいでて、遠くなるままに、顏はいと小くなるまでみおこせければ、いとかなしかりけり。
【訳】漕ぎ出て行ってしまったので、返事をすることもできない。牛車は船が行くのを見て帰っていくことができず、船に乗っている人(後妻)は、牛車を見るというので顔を差し出して、遠くなるにつれて、顔は非常に小さくなるまで、こちらを見ていたので、非常に悲しかったとさ。





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Last updated  May 15, 2011 07:01:23 PM
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