趣味の漢詩と日本文学

趣味の漢詩と日本文学

June 5, 2011
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カテゴリ: 国漢文
【本文】亭子の帝、鳥飼の院におはしましにけり。
【注】
・鳥飼の院=大阪府三島にあった離宮。
【訳】宇多天皇が、鳥飼の院におでかけになったとさ。

【本文】例のごと御遊びあり。「このわたりのうかれめどもあまた参りて候なかに、声おもしろくよしあるものは侍りや」と問はせ給に、うかれめばらの申すやう、「大江の玉淵(大江音人男)がむすめといふものなむ、めづらしうまゐりて侍る」と申しければ、みさせ給に、樣かたちもきよげなりければ、あはれがりたまうて、上にめしあげ給ふ。
【注】
・うかれめ=遊女。うたいめ。貴人の屋敷などで歌舞などを演じた芸能人。
・大江の玉淵=大江音人(おとんど)の子。従四位下、丹波の守をつとめた。
【訳】いつものように詩歌管絃の遊びをなさった。「この付近の歌いめたちが、大勢参上しております中に、声が美しく由緒ある者がいますか」とお問いになったところ、歌いめたちが申しあげるには、「大江の玉淵の娘という者が、珍しく参上しております」と申し上げたので、ごらんになったところ、姿かたちも上品でこざっぱりとして美しかったので、称賛なさって、御前にお召し上げになった。


【訳】「そもそも、おまえが大江の玉淵の娘というのは本当か」などとご質問になり、「鳥飼」という題で列席の人々に和歌をお作らせになった。

【本文】仰せたまふやう、「玉淵はいとらうありて、歌などよくよみき。この鳥飼といふ題をよくつかうまつりたらむにしたがひて、実の子かとはおもほさむ」とおほせたまひけり。
【訳】お言葉を下さることには「玉淵は非常に気が利いて、歌なども上手に作った。この鳥飼という題を上手に詠んだら、そのときは玉淵の実の子とお思いになろう」とお言葉を下さった。

【本文】うけたまはりてすなはち、

あさみどり かひある春に あひぬれば霞ならねど たちのぼりけり

とよむ時に、帝ののしりあはれがり給て、御しほたれ給ふ。
【注】
・「あさみどりかひある」に「とりかひ」を詠みこんである。
・かひ=「甲斐」と「かひ(植物の芽)」の掛詞。
・たちのぼり=霞が「たちのぼり」と「立ち上がって御殿にのぼる」の掛詞。
【訳】仰せをうけたまわって、さっそく、

と詠んだときに、帝がしきりに感動なさって、感涙におむせびになった。

【本文】人々もよくゑひたるほどにて、醉ひ泣きいとになくす。
【訳】列席の人々も十分酒に酔っていたこともあって、酔い泣きなさることこのうえなかった。

【本文】帝、御袿一襲・袴たまふ。
【訳】帝はウチキ一枚と袴を玉淵の娘にお与えになった。


【訳】列席のありとあらゆる大貴族・親王・皇女・四位五位の者たちが、「この玉淵の娘に着物を脱いで与えない者はこの座から立ち去ってしまえ。」とおっしゃったので、片っ端から身分の高い者も低い者もみんな、玉淵の娘の肩に着物を掛けたので、掛け余って、二間ほどの高さに積んで置いておいたとさ。

【本文】かくて帰り給ふとて、南院の七郎君(是忠親王七男源清平か)といふ人ありけり、それなむ、このうかれめのすむあたりに家つくりてすむ、ときこしめして、それになむの給ひあづけける。
【訳】こうして、宴が終わってお帰りになるというので、南院の七郎君という人がいたが、その人が、この玉淵の娘が住む近所に家を構えて住んでいる、とお聞きになって、その南院の七郎君におっしゃって着物を預けたとさ。

【本文】「かれが申さむこと院に奏せよ。院よりたまはせん物も、かの七郎君がり遣はさむ。すべてかれにわびしきめなみせそ」と仰せたまうければ、常になむとぶらひかへりみける。
【訳】「玉淵の娘が申しあげるようなことを、帝に奏上せよ。帝からお与えになるような物も、例の南院の七郎君のところへつかわそう」とのお言葉を頂いたので、常に玉淵の娘を見舞い世話をしたとさ。





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Last updated  June 5, 2011 07:22:31 PM
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