趣味の漢詩と日本文学

趣味の漢詩と日本文学

July 23, 2012
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カテゴリ: 国漢文
【本文】同じ帝、狩いとかしこく好みたまひけり。
【訳】同じ天皇が、狩りを大変お好きだったとさ。

【本文】陸奧国、磐手の郡よりたてまつれる御鷹、よになくかしこかりければ、になうおぼして、御手鷹にしたまひけり。名を磐手となむつけたまへりける。
【注】
・磐手の郡=岩手県を流れる北上川上流一帯。
・よになく=世の中に比べるものがないほど。
・になう=二つと無く。たぐいなく。
【訳】むつの国の、磐手の郡から献上したタカが、この世にまたとないほど素晴らしかったので、こよなくお思いになって、ご愛用のタカになさったとさ。

【本文】それをかの道に心ありて、預り仕り給ひける大納言にあづけたまへりける。夜昼これをあづかりて、とりかひ給ほどに、いかゞしたまひけむ、そらしたまひてけり。


【本文】心肝をまどはしてもとむれども、さらにえ見出ず。山々に人をやりつつもとめさすれど、さらになし。自らもふかき山にいりて、まどひありきたまへどかひもなし。
【注】
・心肝をまどはして=気持ちを動揺させあわてさせて。
・まどひありき=途方に暮れて方々を歩き回り。
【訳】天皇の大事なタカを逃がした大納言は、慌てふためいて探しまわったが、一向に見つけ出すことができない。山々に部下たちを行かせては探し求めさせたが、まったくいない。自身も深い山中に入って、あちらこちらと探し歩きなさったが、その甲斐もなかった。

【本文】このことを奏せでしばしもあるべけれど、二三日にあげず御覧ぜぬ日なし。いかがせむとて、内裏にまゐりて、御鷹の失せたるよしを奏したまふ時に、帝物も宣はせず。きこしめしつけぬにやあらむとて、又奏したまふに、面をのみまもらせ給うて物も宣はず。
【訳】このことを天皇に申し上げないで、しばらくはいたいのだが、天皇はしょっちゅうお気に入りのタカを御覧になる。やむをえないと思って、宮中に参上して、タカがいなくなった旨を申し上げなさったときに、天皇は何もおっしゃらなかった。お聞こえにならなかったのだろうかと、ふたたび申し上げたところ、大納言の顔ばかりをじっと御覧になって、何もおっしゃらない。

【本文】たいだいしとおぼしたるなりけりと、われにもあらぬ心ちしてかしこまりていますかりて、「この御鷹の、求むるに侍らぬことを、いかさまにかし侍らむ。などか仰せ言もたまはぬ」と奏したまふに、帝、

いはでおもふぞいふにまされる

と宣ひけり。
【注】

【訳】「けしからんことだ」とお思いになっているのだなあと、気が気でない心境で、恐縮していらっしゃって、「このタカが、探しても、どこにもおりませぬことを、いかがいたしましょう。どうしてお言葉をくださらないのですか。」と申し上げたところ、天皇が、

「口に出さずに心のなかで思うほうが、口に出していうよりも気持ちがまさっている」
とおっしゃったとさ。

【本文】かくのみ宣はせて、異事も宣はざりけり。御心にいといふかひなく惜しくおぼさるゝになむありける。これをなむ、世中の人、本をばとかくつけける。もとはかくのみなむありける。
【訳】これだけおっしゃって、ほかのことは何もおっしゃらなかったとさ。ご心中ではとても言ってもしかたがないと残念にお思いになっていたとさ。これを世間の人が、短歌の上の句のように五・七・五をあれこれ考えて付けたんだとさ。本来は、「いはでおもふぞいふにまされる」という七・七の十四音だけだったんだとさ。





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Last updated  July 23, 2012 02:29:36 PM
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