趣味の漢詩と日本文学

趣味の漢詩と日本文学

July 26, 2012
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カテゴリ: 国漢文
【本文】昔、大納言のむすめいとうつくしうてもちたまふたりけるを、帝にたてまつらむとてかしづきたまひけるを、殿にちかうつかうまつりける内舎人にてありける人、いかでかみけむ、このむすめをみてけり。
【訳】昔、ある大納言がとてもかわいらしい娘を一人持っていらっしゃったが、帝にさしあげようとおもって、大事に育てていらっしゃったが、寝殿のおそばにお仕え申し上げていた内舎人だった人が、どういう機会に見たのだろうか、この娘を見てしまったとさ。

【本文】顏容貌のいとうつくしげなるをみて、よろづのことおぼえず、心にかかりて、夜昼いとわびしく、やまひになりておぼえければ、「せちにきこえさすべき事なむある」といひわたりければ、「あやし。なにごとぞ。」といひていでたりけるを、さる心まうけして、ゆくりもなくかき抱きて馬にのせて、陸奥国へ、よるともいはずひるともいはず逃げて往にけり。
【訳】顔立ちの非常にかわいらしいようすを見て、上の空になって、この娘のことだけがいつも気にかかって、娘と付き合えないことが夜も昼もとてもつらく、病気になったと感じられたので、「どうしてもお耳に入れたいことがございます」と言い続けたので、「不思議なことをいいますね。いったいなにごとですか。」と言って部屋から出たところ、前からの計画どおりに、即座に抱き上げて馬に乗せて、陸奥の国へと、夜となく昼となく女を連れて逃げていたとさ。

【本文】安積の郡安積山といふ所に庵をつくりてこの女を据へて、里にいでつつ物などは求めてきつつ食はせて、とし月を経てありへけり。
【訳】安積郡の安積山という所に粗末な家を構えて、この女を住ませて、男は人里に出かけては食糧などは買い求めてきては女に食わせて、何年も過ごして夫婦となったとさ。

【本文】この男往ぬれば、ただ一人物もくはで山中にゐたれば、かぎりなくわびしかりけり。
【訳】この男が家を去ると、女はたったひとりで、物も食わずに山の中の家で過ごしていたので、このうえなく心細かったとさ。

【本文】かかるほどにはらみにけり。この男、物求めにいでにけるままに、三四日こざりければ、まちわびて、たちいでて山の井にいきて、影をみれば、わがありしかたちにもあらず、あやしきやうになりにけり。


【本文】鏡もなければ、顏のなりたらむやうもしらでありけるに、俄にみれば、いと恐しげなりけるを、いとはづかしとおもひけり。さてよみたりける、

あさかやまかげさへみゆる山の井のあさくは人を思ふものかは

とよみて木にかきつけて、庵にきて死にけり。
【訳】山中の一軒家では鏡も無いので、自分の顔がどうなったかも知らずにいたが、急に見ると、とても恐ろしそうなようすであるのを、とてもきまりが悪く感じたとさ。そうして作った歌、

安積山の自分の醜くなった姿が冴えてくっきりと見える山の井のように、あなたへの愛情が浅いわけではございませんが、こんなにみすぼらしくなってまで生きていとうはございません。

と作って木に書き付けて、家にもどって死んだとさ。

【本文】男、物などもとめてもてきて、しにてふせりければ、いとあさましと思けり。山の井なりける歌をみてかへりきて、これをおもひ死に傍にふせりて死にけり。世のふるごとになむありける。
【訳】男が、食い物などを買い求めてもどってくると、女が死んで横たわっていたので、とても驚きあきれたことだと思った。男は、山の井のところにあった女の歌を見て、家にもどってきて、女を恋したって死んで、女の遺体のそばに横たわって死んだとさ。これは、昔実際にあったという言い伝えだとさ。





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Last updated  July 26, 2012 09:44:47 AM
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