趣味の漢詩と日本文学

趣味の漢詩と日本文学

April 2, 2013
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カテゴリ: 国漢文
【本文】下野の国に男女すみわたりけり。
【注】
・Aわたる=Aしつづける。
【訳】むかし、下野の国に男女がずっと一緒に暮らしていたとさ。

【本文】としごろすみけるほどに、男、妻まうけて心かはりはてて、この家にありける物どもを、今の妻のがりかきはらひもて運び行く。
【注】
・としごろ=長い間。長年。
【訳】長年一緒に暮らしているうちに、夫が新しい妻をこしらえて、すっかり心変わりして、この元の妻の家にあった家財道具を、今の妻の元へ一切合切運んで行った。

【本文】心憂しとおもへど、なほまかせてみけり。


【本文】ちりばかりのものも残さずみな持て往ぬ。
【訳】塵ほどの家財も残さず全部持って行ってしまった。

【本文】ただのこりたるものは、馬ぶねのみなむありける。
【訳】ただ残っているものといえば、飼い葉桶だけであったとさ。

【本文】それを、この男の従者、真楫といひける童を使ひけるして、このふねをさへとりにおこせたり。
【訳】ところが、この夫の家来が、真楫という少年を使いとして、この飼い葉桶までもとりによこしたとさ。

【本文】この童に女のいひける、「きむぢも今はここに見えじかし」などいひければ、「などてかさぶらはざらむ。主おはせずともさぶらひなむ」などいひ、立てり。
【訳】この少年に元の妻が向かって「おまえも、もうこの家には顔を見せないのだろうよ」などと言ったところ、真楫が「どうして伺わないということがございましょう。ご主人さまがおいでにならなくても、きっとお伺いいたしましょう」などと言って立っていた。

【本文】女、「ぬしに消息きこえむは申てむや。文はよに見給はじ。ただ、言葉にて申せよ」といひければ、「いとよく申てむ」といひければ、かくいひける、

「『ふねも往ぬ まかぢもみえじ 今日よりは うき世の中を いかでわたらむ』と申せ」といひければ、男にいひければ、物かきふるひ去にし男なむ、しかながら運びかへして、もとの如くあからめもせで添ひゐにける。
【注】

・ふね 「馬ぶね」と「船」の両義をもたせる。
・まかぢ 召使いの少年の名に船の「かじ」を言い掛けた。「かぢ」「わたる」は「ふね」の縁語。
・あからめもせで 脇目もふらずに。つまり、よその女には目もくれず、この元の妻ひとすじに愛する、ということであろう。
【訳】元の妻が真楫に向かって「旦那様に伝言したとしたら、申し上げてくれるか。手紙で書いても決してお読みにはならないだろう。ただ言葉で申し上げよ」と言ったところ、真楫が「しかとよく申し上げましょう」と言ったので、こんなふうに言った、

「『船もどこかに行ってしまった、楫も見あたらない(うまぶねもよそへ行ってしまった 真楫も姿を見せないでしょう)今日からはつらいこの世をどうやって過ごしていこうかしら。』と申し上げよ」と言ったので、その伝言を真楫がご主人様に言ったところ、家財道具をなにもかも持って行ってしまった夫が、そっくり元通りに運び返して、かつてのように、仲むつまじく浮気心もおこさずに寄り添って暮らしたとさ。





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Last updated  April 2, 2013 03:56:50 PM
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