第八十八段
【本文】
むかし、いと若きにはあらぬ、これかれ友だちども集まりて、月を見て、それが中にひとり、
おほかたは 月をもめでじ これぞこの 積もれば人の 老いとなるもの
【注】
〇いと若きにはあらぬ=あまり若いというわけではない。「ぬ」は、打消し助動詞「ず」の連体形。
〇これかれ=この人やあの人。『土佐日記』「かれこれ、知る知らぬ、送りす」。
〇おほかたは=とおりいっぺんには。いいかげんには。
〇めでじ=愛でるのはよそう。「めで」は、見て楽しむ意の「めづ」の未然形。「じ」は、打消意志を表わす助動詞。「月をもめでじ」の「月」は、天体、「積もる」の主語の「月」は、月日。
〇積もる=積み重なる。
【訳】
むかし、あまり若いというわけではない男が、この人やあの人、友人連中が集まって、月を見て、その人たちの中でひとりが、次のような歌を作った。
月をいいかげんには賞美しないようにしよう。それが積もれば老いになるのだから。