全255件 (255件中 51-100件目)
【食べた日:2024年(令和6年)5月24日(金)】 ※ ホットドック 〈しらこばと工房(埼玉県越谷市増林5830-4)〉
2024年05月24日
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【食べた日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ ナシゴレン(1,000円) 〈中華料理 三喜(埼玉県越谷市赤山町1-112-1 )〉
2024年05月23日
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【食べた日:2024年(令和6年)5月23日(木)】 ※ 公式HPより 地元深谷市の特産・深谷ねぎがたっぷり。新食感のがんも 地元の深谷ねぎ農家さんの要望を受けて開発が始まった、富岡食品ブランドの主力商品「深谷ねぎがんも」。国産大豆のみを使った豆腐生地の改良から手がけ、従来のがんもに比べて豆腐質の密度が濃く、しっかりした新食感のがんもに仕上げました。ふんだんに入れた深谷ねぎとの相性もよく、ねぎの風味と豆腐生地のコラボがたっぷり楽しめます。 ※ 深谷ねぎがんも
2024年05月23日
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【食べた日:2024年(令和6年)5月23日(木)】 ※ くんせいさきいか(60g)(301円)
2024年05月23日
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【食べた日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 生ザーサイ(350円) 〈中華料理 三喜(埼玉県越谷市赤山町1-112-1 )〉
2024年05月22日
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【食べた日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ シューマイ(1個)(150円) 〈中華料理 三喜(埼玉県越谷市赤山町1-112-1 )〉
2024年05月22日
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【食べた日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ ビーフン炒め(750円) 〈中華料理 三喜(埼玉県越谷市赤山町1-112-1 )〉
2024年05月22日
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【食べた日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ レバーの竜田揚げ(600円) 〈中華料理 三喜(埼玉県越谷市赤山町1-112-1 )〉
2024年05月22日
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【食べた日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 海鮮はるまき(2本)(400円) 〈中華料理 三喜(埼玉県越谷市赤山町1-112-1 )〉
2024年05月22日
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【食べた日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ マーボーナス炒め(850円) 〈中華料理 三喜(埼玉県越谷市赤山町1-112-1 )〉
2024年05月22日
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【食べた日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 鶏肉とカシュナッツ炒め(850円) 〈中華料理 三喜(埼玉県越谷市赤山町1-112-1 )〉
2024年05月22日
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【食べた日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 中華サラダ(700円) 〈中華料理 三喜(埼玉県越谷市赤山町1-112-1 )〉
2024年05月22日
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【拝受日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 朱印 〈虎ノ門金刀比羅宮(東京都港区虎ノ門1-2-7)〉
2024年05月22日
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【参拝日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 公式HPより 当宮は万治三年(1660年)に讃岐国丸亀藩主であった京極高和が、その藩領内である象頭山に鎮座する、金刀比羅宮(本宮)の御分霊を当時藩邸があった芝・三田の地に勧請し、延宝七年(1679年)、京極高豊の代に現在の虎ノ門(江戸城の裏鬼門にあたる)に遷座致しました。爾来江戸市民の熱烈なる要請に応え、毎月十日に限り邸内を開き、参拝を許可しました。 当時は“金毘羅大権現”と称されていましたが、明治二年(1869年)、神仏分離の神祇官の沙汰により事比羅神社に、明治二十二年(1889年)には金刀比羅宮に社号を改称し現在に至ります。 ご神徳は海上守護、大漁満足は勿論のこと、五穀豊穣・殖産興業・招福除災の神として広く庶民に尊信され、東国名社の一つとして知られています。 ※ 虎ノ門金刀比羅宮 〈虎ノ門金刀比羅宮(東京都港区虎ノ門1-2-7)〉
2024年05月22日
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【見学日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 公式HPより 領土・主権展示館は、日本の領土と海洋を守る歴史や現状を紹介する展示施設です。 ※ 領土・主権展示館 〈領土・主権展示館(東京都千代田区霞が関3−8−1 虎ノ門ダイビルイースト1階)〉
2024年05月22日
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【飲んだ日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 公式HPより おいしい十六穀甘ざけ 麹によって甘さを引き出したノンアルコール発酵飲料。砂糖や添加物は不使用ですので、小さなお子様も安心してお召し上がり頂けます。冷やしても温めても、滋味あふれるおいしさです。 ※ 雑穀甘ざけ(60ml)(200円)
2024年05月22日
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【飲んだ日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 公式HPより 白麹を使った甘酸っぱい乳酸飲料のようなあまざけ ~冷やして楽しい酸っぱいあまざけ~ 白麹は噛むとまるでレモンのような柑橘系の酸味を感じます。 これは白麹に含まれるクエン酸によるものです。 夏バテ時の疲労回復にも最適なすっきりとした甘酸っぱいあまざけです。 是非、冷やしてお召し上がりください。 白麹とは、昔から、清酒や味噌などの醸造に用いられていたのは黄麹ですが、明治の終わりころから焼酎の製造で使われるようになったのが黒麹で、その中で胞子の白い変異株を取り出したものが白麹です。レモンのような味わいのあるクエン酸を多く作るのが特徴です。 白麹から生まれる爽やかな酸味 長野県産の1等米を使用している点、酒造りの伝統を生かした精米70%まで米を磨いている点などは「無添加あまざけ」と共通ですが、無添加あまざけで使用する麹(もちろん黄麹)に白麹菌を加えて仕込んだものが白麹あまざけです。クエン酸の爽やかな酸味は特に夏などに冷やしてお飲みいただきたいです。 ※ 黒松仙醸 白麹あまざけ(60ml)(200円)
2024年05月22日
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【飲んだ日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 公式HPより 無農薬・無化学肥料の自然米を使用した、濃厚な味わい ※ 糀あまざけ(60ml)(200円)
2024年05月22日
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【飲んだ日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 公式HPより 甘さひかえめ絹ごしのようななめらかさ 石川県産契約栽培米を100%使用し、霊峰白山を源流とする「百年水」と麹のチカラで糖化醗酵させた醗酵滋養飲料。甘さはすっきりひかえめ、なめらかな口あたりが特長です。アミノ酸やブドウ糖などの栄養素を含み、毎日の健康習慣にお役立ていただけます。 ※ シルキー糀甘酒(60ml)(200円)
2024年05月22日
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【飲んだ日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 酒の聖地、日本の酒情報館で試してきました。 普段は、こんなの飲めません。 ※ 公式HPより 夢殿 YUMEDONO 夢殿は明治時代から真澄が最上の酒に冠してきた名称。 厳選した酒米を七号系自社株酵母で醸し、袋搾りの雫だけを製品化しました。希少な一本です。 純米大吟醸酒 七号系自社株酵母 兵庫県加東市山国地区産 山田錦 三割五分 十五度 雫取り 桐箱入り720mlで13,200円!!! ※ 純米大吟醸 真澄 夢殿(30ml)(700円)
2024年05月22日
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【飲んだ日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 酒の聖地、日本の酒情報館で試してきました。 ※ 公式HPより 昭和40年代の吟醸酒がまだ世に受け入れられていない時代より、ハイリスクを承知の上で「吟醸の満寿泉」と して全国の蔵元の目標として名を馳せてきた「枡田酒造店」が造る「貴醸酒」。 オーク樽で熟成された貴重な1本で、甘みを伴うさわやかな香り、ハチミツのような甘みとふくらみある味わい。満寿泉らしい非常に高貴な味わいを感じます。 ※ 満寿泉 オーク樽熟成(30ml)(300円)
2024年05月22日
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【飲んだ日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 酒の聖地、日本の酒情報館で試してきました。 ※ 公式HPより ほんのりとした柔らかな酸味となめらかで複雑で奥深い味わいの極甘口。とても日本酒とは思えない、秘蔵の貴腐ワインかと思うような極上の味わいの貴醸酒です。 ※ 【限定品】旭興 貴醸酒 百(300ml)(200円)
2024年05月22日
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【飲んだ日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 酒の聖地、日本の酒情報館で試してきました。 ※ 公式HPより 海外で大人気の「特別純米にごり酒 Dreamy Clouds(ドリーミークラウズ)」(海外限定出荷・加熱済み商品)を一切加熱処理をせず「生」で瓶詰したお酒です。 辛口の薄にごり且つ生なので爽やかで後味サッパリ。シュワッっと炭酸も楽しめます。春~初夏の気候にぴったりのにごり酒。 ※期間限定販売 ※ 特別純米にごり生酒 李白(30ml)(100円)〈李白酒造(島根県)〉
2024年05月22日
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【飲んだ日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 酒の聖地、日本の酒情報館で試してきました。 ※ 公式HPより 江戸時代、京都伏見~大坂間を繋ぐ淀川を往復していた三十石船。その乗客に枚方周辺で小舟で近づき「酒くらわんか。餅くらわんか(飲まないか。食べないか。)」となどと酒、餅を売っていたのがくらわんか舟。当時売られていた酒をイメージして造ったのが「純米酒くらわんかうすにごり」です。 味は、大阪らしく甘み、酸味の中にも米の旨味がしっかり感じられる仕上がりです。日本酒ですがワインのような、サワーのような味わいです。開栓時は微発砲が感じられます。 甘味、酸味、旨味のあるしっかりした味わい ※ 純米酒 くらわんか うすにごり(30ml)(100円)
2024年05月22日
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【飲んだ日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 酒の聖地、日本の酒情報館で試してきました。※ 公式HPより 高精白の米の旨み、新酒のフレッシュさ、吟醸の上品な味わいをお楽しみください。 一度飲んだら忘れられないお酒です! メロンやマスカット様の香り、濃醇な旨味 ※ 純米吟醸酒 釜屋 雫滴釜屋(30ml)(200円)
2024年05月22日
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【飲んだ日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 酒の聖地、日本の酒情報館で試してきました。 ※ 公式HPより 愛知県産「若水」の究極の姿を希求 ※ 純米吟醸 吟雫(ぎんしずく)(30ml)(200円)
2024年05月22日
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【飲んだ日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 酒の聖地、日本の酒情報館で試してきました。※ 公式HPより 佐渡市で一番小さな蔵が醸す人気の定番純米酒 果実様の香り、柔らかな舌さわり ※ 純米生酒 至(いたる)(30ml)(200円)
2024年05月22日
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【訪問日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 酒の聖地にやってきた。 ※ 公式HPより 日本の酒情報館は、日本酒・本格焼酎・泡盛・みりんの 魅力のすべてを「見て・触れて・体験する」 ことを通じて世界中の人に知っていただくことを目的としております 日本の酒情報館には、酒の製造に関する情報をはじめ、酒に関する最新情報が集まっています。 酒蔵ツーリズムに関する情報、各地で開催されている様々な酒のイベント情報、酒が買える店の情報など、酒のコンシェルジュとして皆様のご質問にお答えします。 大吟醸酒・純米吟醸酒・純米酒・古酒・スパークリング清酒・貴醸酒など、全国各地の様々なタイプの日本酒、芋・麦・米・黒糖などの本格焼酎や泡盛、そして酒蔵の造る様々な果実のリキュールを常時50アイテム程度、1杯100円からお試しいただけます。 選ぶのが難しい方のために、バラエティー豊かで少しお得な3種セットもご用意しています。銘柄は入れ替わりますので、いついらしても違うお酒を味わっていただくことができます。 〈日本の酒情報館(東京都港区西新橋1-6-15 日本酒造虎ノ門ビル1F)〉
2024年05月22日
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【見た日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 公式HPより 溜池櫓台跡は、江戸城外堀に3つ設けられた隅櫓のうちの1つです。江戸城隅櫓はいずれも主要な道に面した場所につくられていました。残る2つの隅櫓は、筋違門と浅草門に所在していましたが、どちらも取り壊されており、唯一この石垣だけが現存しています。ただしこの櫓台も、以前は東側に溜池落口の櫓がもう1つあり、一対だったようです。 一対の溜池櫓台は、1636年(寛永13年)に因幡鳥取藩(現在の鳥取県)藩主池田光仲によって構築されたという記録が残っています。かつて、この地点は近世初期には外桜田門を起点とする小田原道が通り、溜池上水の起点にもなるなど、江戸城の防備と都市政策の両方にとって重要な地域でした。地形の上でも、この地点は東側に広がっていた溜池一帯を見下ろすことができる位置にありました。 溜池及び周辺の堀は明治時代に埋められましたが、近隣の文部科学省構内には3か所の石垣が残っており、かつての外堀の姿をしのぶことができます。 ※ 溜池櫓台跡 〈溜池櫓台跡(東京都千代田区霞が関3-8)〉
2024年05月22日
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※ 公式HPより 千代田区教育委員会が有形文化財に指定する「工部大学校阯碑」が霞が関3丁目の霞が関コモンゲートにあります。 ここは江戸時代虎門内延岡藩邸を中心とした地域で, 言わば日本の工学発祥の地です。そして、東京大学工学部の発祥の地です。明治6年(1873), 工業分野における日本人の人材育成を目的として工学校(工学寮内に設置)が開校し、同10年(1788)には工学寮が工部大学校と改称されました。 工部大学校では, 土木・機械・造家などの学科が, イギリスから招聘された外国人教師によって教授されていました。 しかし同校は明治19年(1886)に帝国大学と合併してその工科大学となりました。 現在の東京大学工学部の前身です。 「工部大学校阯碑」は千代田区内において日本最初の工業技術教育機関が設置された場所を示しつつ, その歴史を後世に語りかけてくれます。 さらに震災で倒壊した建造物の廃材を素材としていることで, 震災によって大きな打撃をうけた 千代田区の歴史をも伝えてくれているのです。 ※ 工部大学校阯碑 〈工部大学校阯碑(東京都千代田区霞が関3-2-1 霞ヶ関コモンゲート西館敷地内)〉
2024年05月22日
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【見た日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 公式HPより 東京メトロ虎ノ門駅付近には、外堀の石垣が数か所に残っています。もともとは高さ9mほどの石垣が続いていましたが、現在はその一部が点在するのみです。ここでは長さ20m、高さ7.4mの石垣を保存したうえで一部を埋め戻して虎ノ門駅の文部科学省連絡通路内で展示されています。説明板には当時の石積工法や工事について記されています。 この石垣は、1636(寛永13)年、佐賀藩主鍋島勝茂らによって江戸城の総仕上げとしてつくられたもので、石垣表面には石を割った矢穴や担当した大名家の刻印が見られます。 ※ 江戸城外堀跡 石垣(地下展示室) 〈江戸城外堀跡 石垣(地下展示室)(東京都千代田区霞が関3-2)〉
2024年05月22日
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【見た日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 見学する時間はありませんでした。 ※ なんかの街宣していました 〈国会議事堂(東京都千代田区永田町1-7-1)〉
2024年05月22日
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【見た日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 公式HPより 観光スポット 定番スポット 公園 さくらの名所 紅葉の名所 国会前庭の名の通り国会議事堂前にある庭園です。洋式庭園の北庭と日本庭園の南庭に分かれています。 北庭は江戸時代の初めには加藤清正の屋敷があり、後に彦根藩井伊氏の上屋敷となり大老井伊直弼が居住した場所です。中心には三権分立を象徴するシンボルとして三面の時計塔が建てられています。「憲政の神様」尾崎行雄の業績を称えて建設された尾崎行雄記念館を前身とする憲政記念館もこちらにあります。 敷地内には日本の土地の標高を決める基準「日本水準原点」や、江戸の名水として知られた井戸「櫻の井」など重要文化財や旧跡などもあり、散策に最適です。 ※ 江戸の名水「櫻の井」 〈江戸の名水「櫻の井」(東京都千代田区永田町1-1)〉
2024年05月22日
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【見た日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 公式HPより 日本水準原点の近くには、「甲、乙、丙、丁、戊(ぼ)」と名づけられた一等水準点が5点あります。「丁」は地上にありますが、他の4つの水準点は、普段は鉄の蓋で覆われています。このうち「甲、乙、丙」もまた重要文化財に指定されています。 ※ 一等水準点 丙 〈一等水準点 丙(東京都千代田区永田町1-1)〉
2024年05月22日
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【見た日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 公式HPより 国土地理院は、国会前庭にある「日本水準原点」の隣に、電子基準点「東京千代田」を設置し、2018年3月26日から、準天頂衛星システム(みちびき)やGPSなどの観測を始めます。都心での測量が効率化するとともに、全国の標高の基準である日本水準原点の変動をモニターできるようになり、大きな地殻変動が生じた場合でも円滑な測量が可能になります。 電子基準点は全国に1,300箇所設置され、東京23区では「足立」、「練馬」、「世田谷」にありますが、今まで都心にはありませんでした。今回の千代田区永田町への設置により、都心で電子基準点を用いる測量の観測時間を半減できるなど、測量の効率化が可能となります。 社会基盤の海外展開の一つとして電子基準点への関心が高まっています。都心の交通の便の良さを生かし、来日した関係者に対する、電子基準点のショーケースにもなります。 電子基準点「東京千代田」は、我が国の標高の基準となっている「日本水準原点」と同じ地盤に設置されており、その変動を衛星測位でモニターできます。万一、首都直下地震等によって都心の標高が変わっても、衛星測位により従来の水準測量より遙かに早く変動量を把握でき、その後の測量が円滑に進みます。 ※ 電子基準点「東京千代田」(東京都千代田区) 〈電子基準点「東京千代田」(東京都千代田区永田町1-1)〉
2024年05月22日
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【見た日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 公式HPより 日本水準原点の近くには、「甲、乙、丙、丁、戊(ぼ)」と名づけられた一等水準点が5点あります。 「丁」は地上にありますが、他の4つの水準点は、普段は鉄の蓋で覆われています。このうち「甲、乙、丙」もまた重要文化財に指定されています。 ※ 一等水準点 丁 〈一等水準点 丁(東京都千代田区永田町1-1))
2024年05月22日
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【見た日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 日本の高さ(標高)の基準点となる、水準の原点が年1回だけ一般公開されるので、見てきました。普段は、扉が閉じられてます。 場所は、東京都千代田区永田町1丁目1番(国会前庭北地区)です。 ※ 公式HPより 日本水準原点は、日本における高さを決めるための基準となる点であり、測量法施行令(昭和24年政令第322号)第2条第2項において、その数値が定められています。 我が国の高さ(標高)は、測量法により、東京湾の平均海面を0mとして定義されています。 しかし、測量のたびに、平均海面を求めることは効率的ではありません。 そこで、地上に固定するため「日本水準原点」が、1891年(明治24)にかつての陸地測量部内(東京三宅坂)に造られました。これが、実質的な高さ(標高)の原点です。 全国の主要な道路沿いに設置されている水準点の高さは、この日本水準原点に基づいて水準測量により決められ、この水準点がその地域において行われる高さの測量の基準となります。 日本水準原点は、長く標高の基準となることを考慮し、地震時の上下変動を最小限に抑え、水平変動を減少させるため、地下約10mを超える基礎を打ち、基礎の煉瓦積と周囲の地盤の間に細砂を充填して築かれています。 また、温度変化に伴う伸縮の影響を抑えるため、基礎部分にはコンクリート、煉瓦、硬石を用い、基礎上部には堅くて丈夫な花崗岩台石に甲州産(現在の山梨県)の水晶板をはめ込み零位尺としています。零位尺のゼロ目盛りの高さを24.3900mとしています。 日本水準原点と日本水準原点標庫は令和元年に国の重要文化財に指定されました。 同年には土木学会選奨土木遺産にも認定されています。 日本水準原点の近くには、「甲、乙、丙、丁、戊(ぼ)」と名づけられた一等水準点が5点あります。「丁」は地上にありますが、他の4つの水準点は、普段は鉄の蓋で覆われています。このうち「甲、乙、丙」もまた重要文化財に指定されています。 原点数値の変遷 1891年(明治24年)に水準原点を設置した際に、原点数値は24.500mと定めました。 しかし、1923年(大正12年)の関東大震災で大きな地殻変動があり、1928年(昭和3年)に原点数値は24.500mから24.414mに変更しました。 1949年(昭和24年)の測量法施行令制定により24.4140m と定められました。 2011年(平成23年)に東北地方太平洋沖地震に伴い、原点数値は24.3900mに改定しました。 ※ 日本水準原点 ※ 日本水準原点標庫 〈日本水準原点一般公開(東京都千代田区永田町1-1)〉
2024年05月22日
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【見学した日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 公式HPより 警視庁では、広く皆さまに東京の安全を守る警視庁の様々な活動を知っていただくために、警視庁本部見学コースを設定し、案内を行っています。 ふれあいひろば警視庁教室(映像視聴)、通信指令センター(110番受理)、警察参考室(資料展示)を見学しました。 ※ 警視庁 〈警視庁(東京都千代田区霞が関2-1-1)〉
2024年05月22日
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【見た日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 警視庁のバスのナンバーが、さ110です
2024年05月22日
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【見た日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 日本の中枢です。 ※ 法務省※ 農林水産省※ 国土交通省※ 経済産業省※ 財務省※ 警視庁
2024年05月22日
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【食べた日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 今日の昼食です。 ※ 公式HPより 厳選した宮城産のお米を使用した柔らな餅に赤えんどう豆をちりばめ、北海道産小豆のなめらかなこし餡を包んだ創業時からの看板商品。餡・生地すべて自家製で保存料・添加物などを一切使用していないので、出来立ての美味しさをその日のうちに味わいたい。 ※ 豆大福(280円) 〈有限会社 岡埜栄泉(東京都港区虎ノ門3-8-24)〉
2024年05月22日
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【食べた日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 今日の昼食です。 ※ どら焼き(260円) 〈有限会社 岡埜栄泉(東京都港区虎ノ門3-8-24)〉
2024年05月22日
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【見た日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 たまたま通りがかりにありました。 ※ 公式HPより 日本で最初の公立学校である鞆絵(ともえ)小学校 江戸が東京と改称されたばかりの慶応4年(1868)7月、新政府は教育の重要性に着目して、東京府に対し「算筆稽古所」を起こし、教導の者を選び読書算の初歩を教えるように指示を出します。「其府ニ於テ小学教育之道施行可致候事」といい、町役人の配慮を求め、経費支弁を保証して、翌明治2年(1869)2月には『府県施政順序』を制定して「小学校ヲ設ル事」を府県の施政の大綱の一つに掲げました。 翌月には、東京府は中小学校取調掛設置を命じられ、12月小学教育施行について調査を行いました。翌3年3月、源流院以下6か所の寺院をあてることとし、6月8日多少の修正を経て小学開設の布達に至ります。源流院は江戸初期からの増上寺子院で、境内北辺の御成門東側(現芝公園1丁目1番)にあり、小学第一校はこの源流院内に創設されました。 明治4年7月文部省設置で中小学校はその直轄となります。12月23日付直轄校開校布達の冒頭に、芝増上寺内源流院小学第一校があって、授業料月二分、科目は書算筆三科、稽古毎日五時間、男子生徒8歳から15歳、女子生徒8歳から12歳との旨が記載されています。 翌5年学制発布にともない、一年を経ずして11月小学第一校は「第二中学区第一番小学」として府管轄に戻り、校地も西久保町に移りました。明治6年4月12日「第一大学区東京府管下第二中学区官立学校一番小学鞆絵〈ともえ〉学校」となり(町名の巴を嘉字に変えた)、その後校名は「鞆絵尋常高等小学校」、「鞆絵国民学校」、「鞆絵小学校」などと変遷しました。 平成3年港区立鞆絵小学校は、桜小学校・桜田小学校と統合し、御成門小学校が開校しました(平成6年に桜川小学校、平成7年に神明小学校も統合)。 ※ 港区立鞆絵小学校校舎跡 〈港区立鞆絵小学校校舎跡(東京都港区虎ノ門3-6-9)〉
2024年05月22日
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【訪問日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 港区立みなと科学館 〈港区立みなと科学館(東京都港区虎ノ門3-6-9)〉
2024年05月22日
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【訪問日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 公式HPより 気象科学館では、気象や地震の観測機器や日本の自然を体感できるシアター、防災知識について学べる装置などを揃えています。 また、解説員(気象予報士)が常駐しており、気象や地震に関する疑問をたずねることもできます。館内の展示物については気象科学館展示のページをご覧ください。 ※ 気象科学館 〈気象科学館(東京都港区虎ノ門3-6-9 気象庁2階)〉
2024年05月22日
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【食べた日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 誰でも食べられます。 しかも、朝8時30分から、朝ごはんが食べられます。 お役所ご飯、ステキ。 ※ 朝食(450円)※ 大盛りごはん※ 納豆ドーン 〈気象庁食堂(東京都港区虎ノ門3-6-9)〉
2024年05月22日
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【拝受日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 朱印 〈西久保八幡神社(東京都港区虎ノ門5-10-14)〉
2024年05月22日
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【参拝日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 ※ 公式HPより 寛弘年中(1004~12)に、源頼信(多田満仲の三男)が、石清水八幡宮の神霊を請じて、霞ヶ関のあたり(榎坂とも)に創建したという。太田道灌の江戸城築城に際し(築城は長禄元年・1457)、現在地に遷された(諸説あり慶長5年とも)。徳川秀忠(徳川二代将軍)正室の崇源院(諱は「江(ごう)」・「お江」・浅井長政とお市の方の三女・家光の生母)は、慶長5年(1600)、家康・秀忠の関ヶ原の戦での戦勝と安全を祈願し、その報賽として社殿建立の遺志を残しており、家光公御代寛永11年(1634)、社殿が造営され、同時に御神体の木像(八幡宮座像・仲哀天皇座像・神功皇后座像)と明 王像(不動明王立像・愛染明王座像)も奉納された。(享保8年(1723)の火災により焼失) 元和5年(1619)には時の鐘が建てられたが、寛文10年(1670)に割れてしまい、現存はしていない。享保8年(1723)の火災の翌年には土蔵にて社殿が建造されたが、文化8年(1811)にも火災に遭い、文政元年(1818)に再建されている。この二回の火災により宝物・旧記等はことごとく失われた。また、その間にあっても明和3年(1770)・文化12年(1815)・文化13年(1816)には境内で大相撲が行われ、落語や講談で有名な阿武松緑之助(おうのまつみどりのすけ)も相撲を取っている。 明治維新の神仏分離までは、八幡山普門院と称し、東叡山の末寺であったが、江戸八所八幡の一つに数えられ、八八幡詣(ややはたもうで)として多くの参詣を受け、周辺は門前町として賑わった。 また、天保9年(1838)刊行の「東都歳時記」8月15日の項に当時の祭礼の様子が次の通り記されている。『毎年神輿産子の町を渡し、 西久保大通りへ御旅所を儲けて十三日より御旅出あり。今日放生会をなす。町々より隔年踊りねりものを出す事、丑卯巳未酉亥の年なり。』 昭和15年、皇紀2600年を記念して、境内を整備し、玉垣・神楽殿・御輿庫が新築された。祭礼には門ごとに軒提灯を下げ、牛車にのせた御輿が氏子中を練り歩いた。市兵衛町(六本木一丁目あたり)の偏奇館主人荷風散人(永井荷風)は、その日記に「西ノ久保八幡宮祭礼にて近巷賑かなり」「飯倉八幡宮の祭礼にて馬鹿囃子の音夜ふけまで聞こゆ」など記す。 昭和20年3月、戦災により、社殿はじめ御輿庫、社務所を焼失、5月神楽殿も焼夷弾の直撃を受けた。終戦当日は、焼野原に建つトタン葺の仮社殿で大祭式を終え、数名の参列者とともに、玉音に接するありさまであった。氏子の町々の復興とともに昭和28年8月社殿を総桧木により復興、同29年町内御輿庫再建、同時に手水舎を時の氏子総代山田信治郎氏奉納、同37年末社稲荷社・人麻呂社を復興。同40年国道一号線拡幅工事に伴い、鳥居・石灯籠および熊谷橋の移築。同51年8月社務所を木造瓦葺で新築した。 平成23年1月、御鎮座一千年奉祝事業の嚆矢として男坂玉垣を修復、同8月奉祝記念大祭斎行、同12月奉祝記念碑を建立した。 平成27年7月には戦災により消失した御本社神輿を復興。平成29年8月11日、戦後初めて御本社神輿の神幸祭を行った。 令和の御大典を奉祝し、令和元年より社殿ほか神社施設の建て替えおよび境内整備事業、「令和の御造替事業」を開始。社殿は戦後復興時の様式を踏襲し流造の本殿と幣殿、拝殿を連結した複合社殿(権現造)により再建され、令和3年10月29日本殿遷座祭を斎行した。 ※ 西久保八幡神社 〈西久保八幡神社(東京都港区虎ノ門5-10-14)〉
2024年05月22日
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【見た日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 歩いていたら、階段がありました。 ※ 雁木坂(がんきざか) 〈雁木坂(がんきざか)(東京都港区麻布台1-7あたり)
2024年05月22日
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【見た日:2024年(令和6年)5月22日(水)】 写真撮ったら、警備していた警察官に、撮影はご遠慮くださいと言われました。 ※ 在日ロシア大使館 〈在日ロシア大使館(東京都港区麻布台2-1)〉
2024年05月22日
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