マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2010.02.24
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 沖縄本島那覇市の山下町第一洞穴から出た古い人骨は女児のもので、今から3万2千年前のものらしい。場所はNAHAマラソンのスタート、ゴール地点である奥武山運動公園の直ぐ傍。こんな場所に?と訝るほど小さな洞穴だ。宮古島ピンザアブ洞穴から出た人骨は2万6千年前のものとのこと。この洞穴は旧上野村の少し内陸部にあるようだ。

 この他にも沖縄からは古い人骨が出ている。沖縄本島南部にある八重瀬町の港川人骨は男女4体で、放射性炭素法による測定で1万8千年前から1万6千年前のものであることが分かっている。こうしてみると今回石垣島で発見された人骨が、わが国最古のものとの報道は怪しいようにも思える。

 だが、何故沖縄から古い人骨が次々に発見されるのか。それは沖縄の島々は隆起さんご礁から成り立っているためだ。つまり島全体がさんご礁が変化した石灰岩で出来ていて、極めて人骨が残り易い、つまり腐り難い条件を備えているために他ならない。港川人骨も発見されたのは石灰岩の採掘場だった。

 今回のニュースで改めて調べてみた結果、昭和25年に直良信夫が発見した葛生原人は、平成13年の再調査で14世紀から15世紀の比較的新しい人骨であることが分かったそうだ。戦前に発見された明石原人の人骨の方は戦争で行方不明になったが、これも科学的な方法で再調査したら、一体どうなるのだろう。

 「内地」で最も古い人骨は1万4千年前のものとされる静岡県の浜北人骨のようだ。沖縄県出土の前述の人骨は全て旧石器時代のもので縄文人とは違った特徴があるようだが、浜北のものは比較的縄文人の人骨と近い由。「内地」で古い人骨が残り難いのは、酸性度の強い火山灰で人骨が溶けてしまうからのようだ。びっくり

 その縄文人のDNAがどこのものと似ているか最近調査した結果、北日本に住む人のものはロシアの沿海州周辺の部族のDNAに近く、南日本に住む人のDNAはオセアニア大陸に住む人のものに近いと言うことが分かったそうだ。これも最近のニュースだが、詳細な報告ではなかった。

 縄文人は主に狩猟生活を送っていたと言われていたが、三内丸山遺跡からの出土品によって集落の近辺で「栽培」を行っていたことが分かっている。彼らはアイヌ人や沖縄の人達と極めて良く似た風貌をしている。またDNAの構造も近いと聞いたことがある。

 その後中国大陸や朝鮮半島から稲を携えて日本列島に渡って来た弥生人は、縄文人とは全く風貌が異なる。眉毛や体毛が薄く、鼻は扁平で胴長。それらの特徴は北方的な適応の結果だと言う。つまり寒冷地で長く暮らすと凍傷を防ぐために体毛は薄くなり、冷たい空気を一気に吸い込まずに内部で温めるため鼻は低くなり、寒さで消化が遅くなるため腸が長くなった結果胴長になるのだそうだ。

<続く>





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Last updated  2010.02.25 04:25:41 コメント(6) | コメントを書く
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