マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2010.09.28
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 焦る気持ち 

 午前5時。花火が鳴った。「第20回秋田内陸リゾートカップ100kmチャレンジマラソン」がこうして始まった。まさかこの日の夕方、レース中に再び花火の音を聞くことになるとは思いもしなかった。満を持して、12時間台から13時間台のプラカードの所からスタートだったが、 もし「13時間台」のプラカードが用意してあれば、私は躊躇なくそこへ並んでいただろう。

 だが「秋田内陸」の制限は13時間以内。ここが最後尾なのだ。白いゼッケンナンバーの一般選手に対して、10回以上完走した「クリスタルランナー」は青。ここ「秋田内陸」では男女の色分けはない。だが、例え青いゼッケンナンバーを着けていても、完走出来る保証もない。全ては実力が物を言う世界だ。

 これまでの「秋田」への参加は7回。このうち100kmの部では4回完走している。そして1度は78km地点で、またもう1度は80km地点でリタイヤ。いずれも疲労骨折後の影響で、まだ足に痛みが残っていた頃だ。ゴールする喜びから遠ざかっていた私は、翌年堪りかねて50kmの部に出場し5時間を切ってゴールした。だが、心からの満足は得られなかった。

 その翌年100kmの部に出て12時間02分08秒での完走。これが100kmの自己最高記録になった。だがその後5年間、「秋田内陸」へは出場しなかった。同じ9月に開催される200km超級の「佐渡島一周」へ出場したり、主催者側の事情で「秋田内陸」が2年間開催されなかったこともある。またこの間に「立山登山マラニック」で生じた足の怪我と加齢は、その後のランニング生活に大きな影響を与えることになった。

 足に故障を抱える66歳のランナーが制限13時間の「秋田」に挑戦することの無謀さは本人が一番良く知っている。今の実力で簡単に完走出来るほどこのコースは甘くない。だから今回はゴールテープを切る自分の姿が、どうしても脳裏に浮かばなかった。今の私の力は13時間30分程度。その差30分をどうして縮めるかが鍵だった。結局は時間との戦いになる。

 選択肢は2つ。一つは先行逃げ切りで貯金を作る方法。だが、完走したいと言う思いがあまりにも強過ぎるため、ついついオーバーペースになる。若いうちはそれでも何とかゴール出来るが、歳を取ると最後は脚に来てしまう。本当は出来るだけイーブンペースが良いと分かっていながら、レースの雰囲気に呑まれてしまうのだ。



 ギョッとしたのがバルタン星人。彼はその格好で視覚障害者の伴走を勤めていたのだ。和服姿の「秋田こまち」は先へ行った。牛に扮したスピードランナーの姿も見えない。彼らが仮装するのは、絶対的な自信の表れだろう。そして会場で私を見つけてくれた秋田のJunさんも、とっくに先頭グループで走り去ったようだ。

 薄暗い角館(かくのだて)の街で、早朝から手を振り声を出して応援してくれる大勢の人達。5年前よりずっと人数が増えているのが嬉しい。そして武家屋敷通りの閑静な佇まいが懐かしかった。だが観光地の雰囲気を楽しむ余裕が私にはなかった。必死になって前へ前へ。まだ数km走ったばかりなのに、早くも足が痛くなって来た。やはり1度履いただけでは、新しいシューズに馴染めなかったのかも知れない。<続く>








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Last updated  2010.09.28 16:42:10 コメント(6) | コメントを書く


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