マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2015.04.16
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カテゴリ: 日本史全般
<旧登米高等尋常小学校その1>

 3月の末に、私は宮城県北部の登米市を訪ねた。平成の大合併で9つの町が合併して出来た新しい市。私が訪ねたのはこのうちの旧登米町。ここはかつて城下町だったところで、明治初頭の一時期「水沢県」が置かれた。その県庁庁舎をはじめ、当時の古い建物が町の中に幾つか残っている。登米市ではこれを「みやぎ明治村」と呼んで、観光の目玉にしている。

 今回はその中の主要な建物である「旧登米高等尋常小学校」を紹介したい。ここで撮ったたくさんの写真は便宜上「歴史資料」、「校舎」、「設備」に分類した。今日はそのうち学校の歴史的資料を載せる。なお、旧校舎は「教育資料館」を兼ね、旧登米町の古い写真や民俗資料がたくさん保存されており、私もブログ用に撮らせてもらった。


絵学4.jpg

 旧校舎の版画。校舎は明治21年(1888年)に建築された。当時の洋風学校建築を代表する建物で、国の重要文化財に指定されている。特徴は校舎の中央にあるバルコニー。バルコニーがある明治期の学校建築では長野県の開智学校が有名だが、登米の校舎も堂々たるものだ。


絵学3.jpg

 純木造の2階建てで、屋根は寄せ棟造りの瓦ぶき。正面に向かって「コの字」型に造られている。廊下は1階2階とも吹き抜けの片廊下式。両端には六角形を半分に切った形の昇降口がある。(上の版画参照)


学2表札.jpg学0表札.jpg




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 校舎が建つまでの間、仮校舎として使用された養雲寺の仮校舎。「水沢県」当時の明治6年(1873年)に開校。


学7古写真.jpg

     校舎の古い写真。撮影の時期は記載されてない。


学5古写真.jpg

          こちらの写真も撮影時期は不明のようだ。


学6古写真.jpg

   昭和8年(1933年)、創立60周年を記念した同窓会時のもの。


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学8古女子教育.jpg

      一時期併設された女子教育施設の授業風景。


学9古写真疎開.jpg

 第二次世界大戦中に都会から疎開した児童が炭俵を背負って運ぶ姿。昭和19年は私が生まれた年だ。


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 国に「忠」、親に「孝」は論語の教えで、教育勅語や修身教育の基本理念だったのだろう。


学資4皇紀.jpgB.jpgA.jpg

    左は額に刻まれていた「皇紀二千六百年」の文字。右は当時発売された記念切手2種。

 明治期に入ると明治天皇を中心とした立憲君主制が敷かれ、やがて日本書紀に記された神武天皇即位の年(西暦で紀元前660年に相当)を元年として起算した「皇紀」を用いるようになった。皇紀2600年は1940年(昭和15年)に当たり、数々の記念行事が挙行された。

 教育勅語は学校教育にも大きく影響し、各学校には明治天皇の肖像(御真影)の安置場所があり、その前を通過する際はお辞儀をするなどの決まりがあった。修身教育(現在の道徳教育)もその一環である。


学資1.jpg

 教室に張られていた絵図。明治以降急速に西洋の水準に達する必要性から、西洋の生活を紹介したのだろうか。


学1校章.jpg

           教育資料館に残る同校の校章。  <続く>





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Last updated  2015.04.16 04:29:28
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