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2006/10/19
「紅つけ指」 俺がもし・・・・ (都合により予定を変えました)
(6)
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紫音が穏やかに明けて暮れる。
訪れる客にも迎える華にも日々変化があるにも関わらず、何食わぬ顔で佇む空間。
それは悦史に手を振ってから二日目の晩だった。
活気の上昇が早く、下方のワインレッド、真ん中のミラー、トップから落ちる光色が
いつもより鮮やかに映る。
彼等は曲線を織り成す華達を追いかける。 作られたキューブに運ばれるボトル、
交わされるグラスに笑顔が何よりのツマミになっていた。
日常を脱ぎ捨てた男達は鬱屈を解き、少しのハードルを越えてきた華に癒しを求める。
純子は白と黒の大胆な切り替えのタイトスーツで、優雅にキューブの光を浴びる。
そうして対角線上にいる美月をちらりと見る。
夜の世界に降りてきたばかりの美月のお気に入りを、純子は何度か美月に貸した。
「今日はこれにする! いい? 純子さん・・いつもいつもごめんなさい・・
初給料が入ったら、クレジットで買う。 マネージャーの言葉に甘えて、それから
純子さんにもすっかり甘えて・・・」
「そんなことはいいのよ。 サイズが合うから良かった! ねえ、これ好きなの?」
「ピアノの鍵盤みたい・・・白黒はっきりしていて、めりはりついてて、、、ね!」
そんな会話を交わした頃から輝きを増していった美月が、儚げな表情で浅島の席に
添っていた。 艶やかな唇を魅せる明海が、浅島と美月の間で少しのジェラシーの距離を
保とうとしている。
「どうって事ないわ!」 明海の仕草がそう語る。
「美月ちゃん・・」 言葉の変わりの合図だった。
日暮がこぶしを軽く耳にあてた。
暗号に見えてならなかった。 直感が空間を数ミリずらした。
「事務所ですか? ピンク電話?・・」
「事務所・・」
日暮はろくに顔も見ずにフロア-に消えてしまった。
浅島と明海に「ちょっと・・・」と言い残し、ピアノの後ろを速やかに歩いて事務所入った。
黒い受話器を持った。
「もしもし!・・」
「金沢警察の小室と申します。 突然ですが、、クラブ紫音の美月さんですね?」
「金沢・・?! はい、美月ですが?」
「林崎悦史さん、ご存知ですね? あなたの名刺がありました。」
「彼が何か! 何かあったんでしょうか!?」 美月の前に黒い雲が覆った。
「事故です。 あっ、命に別状ありません。 ただ・・地元の署まで来ていただけますか?」
「病院は何処です?! 教えて下さい! 怪我は? 怪我はないんですか?!」
表情が変わった。 足が振るえ、受話器に力が入った。
大きな欠伸をしながら支配人が入って来た。
「落ち着いて下さい・・・、とにかくこちらの署でお待ちしてます」
「支配人! 早退します! マネージャーに伝えて下さい。 急用だって!」
「ちょっとー! ・・・」 支配人を振り払い、何をどうしたのかわからぬ状態で外に出た。
雨で路上が濡れていた。
空車もタクシーが目の前を通り過ぎて行く。
「何なの! 止まって!・・・行かないで!」
ブレーキの音の後、後方の扉が「待ってました」とばかりに開いた。
偶然だった。
あの晩の運転手が振り返った。 上原の牙を交わした純子と美月を乗せた孤独の走り屋。
「お見事ですね!」 そう言って軽く微笑んだ男がいた。
「あなた、、でしかた? どこまで?」
「警察! 急いでくれる?」
「はい、・・・あなたはいつも危険と隣り合わせだ」
不安定な身体で助手席のシートを後ろから抱き抱えた。
無言の男が夜の街を急いだ。
乱れた髪から雨の雫が滴った。
硬い塊に囲まれながら美月は急いで階段を上がった。 張り裂けそうな心臓が悲鳴をあげる。
取って付けたような間仕切りの奥にやっとの思いで腰掛けた。
「大丈夫ですか?・・濡れてますよ」
刑事の冷静に腹を立てながら、呼吸を整えよ!と自分に言い聞かせた。
「美月です! 彼の病院は? 会わせて下さい、お願いします! どうして、、どうして
金沢なんですか? ここは・・違う街です・・」
「落ち着いて下さい! 貴方の本名を聞かせていただけますか?」
「・・・」
「警察です。ここは・・そういうところです。 ある事件が絡んでいます。 その為に
我々はここにいるんです。 もう解決に向かいますが、、念のため」
「高田美波です。 美波・・・です」
遠ざかっていた自分を口にした。
気のせいか、まるで他人の名前を呼んだような気がした。
もう一人の男がペンを走らせる。 (とっくに調べているくせに、、?それは無理か?)
「林崎悦史さんは、お客様ですね? あるいはそれ以上の・」
「そうです! だから会わせて下さい。 何も隠しません! 彼が何をしたんですか?
事故は何処で何時?」
一変した空間の中であの度胸の引き出しが開いた。
次に来るであろう「ひた隠し」への覚悟はすでに出来ていたのかもしれない。
それでも、ろくなことがないのなら、今、この場から立ち去りたい!
片っ端から病院を探せばいい。 そういう衝動に襲われながら美月はゆっくり腰を上げた。
「お待ち下さい! 大事なことを伝えてない。 さあ、、掛けて。」
「・・・」
「病院、、病室にはご家族がいらっしゃいます」
「家族...?」 血が引いていった。
水槽の底から足が離れた。
「はい。 奥様と4歳になる息子さんです・・・ただ、貴方の名前を呼んでいました。
頭を強く打っています。 異常はありませんが、ただ・・・あなたご存知だったでしょう?
彼が記憶喪失だった事を」
「・・・はい・・・。 戻るんですか? 記憶?」
「さあ・・・。 林崎の事にかかわりが無い、、今のあなたはそういう事ですね」
どうでもいいことを凹凸のない言葉で並べているのか、少しの哀れみが隠れているのか
「名前を呼んだ」・・・その言葉だけを繰り返しながら、あの晩のことを思った。
photo by
yuu yuuさん
「俺が、もし・・」
「ん? なーに?・・」
「いや・・」
たくましい腕を枕に聞いた悦史の言葉は重かった。 だからその後、空いた右手を隣の
胸で這わせながら、言いかけた独り言を追い払おうとした。
「きれいさっぱり忘れてあげる! 」
裏腹が叫んだ。
緩やかな下り坂を心のカカトが独り歩きしていく。
何処で飢えを凌ごうか?
何を思い巡らせようか?
濁りきった川に沿って、行く宛てもなくとぼとぼと歩くのか?
少し目じりが落ちた刑事が咳払いを一回すると、そのまま俯いた。
うろたえながら冷静を作る健気な月が色を失っていった。
予感がせせら笑った。
「ざま-見ろ!・・・」
(今にきっと! 運命、あなたこそ、、今に泣きを見るのよ! 私を見くびらないで!)
結論は出ていた。 自分が自分である為のそこに、必死で辿り着く為に・・・
美月は泣いた。 閑散とした空洞に静々と涙が散っていった。
続く (明日、「悲嘆...引き換え」)
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最終更新日 2006/10/23 10:51:21 PM
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