Sky in Australia
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子供たちが18になったらそれぞれ家を出て、そうしたらまた私の時間が持てる!と私は勝手にそのマイルストーンを目指して育児をしていると先日書いたところですが(子供たちが小さい今を楽しまなくてどうするの?というお叱りの声が聞こえてきそうですが)、でも今日ふと思ったんです。子供たちが家を出て夫と二人だけになってしまったら、今までのように日本語でしゃべる相手がいなくなるな、と。日本人と結婚しているオージーの多くは日本語を理解し、ある程度しゃべることが出来るのが普通です。もちろん程度に差はありますが、日本語がある程度出来る人がほとんどです。そんな中うちの夫はほぼ全くと言っていい程日本語がわかりません。そうなるとまた英語のみで生活する日がやってくるのかぁ、とちょっと淋しくなりました。そしてほぼ毎日食べている和食。リチャードは食に関しては本当に楽な人で、あれば煮物だろうとお味噌汁だろうと普通に食べてくれる人なので(これはオージーにはとても珍しいです)、それをいいことにいつも和食を作っていますが、やっぱりたまにうちでは出ないステーキなんかを外で美味しそうに食べています。先日海がとても嬉しいことを言いました。私が煮物を作っていると台所にやってきて、”この匂い、ぼくの部屋までくるよ。すごいじゃ~ん!いい匂い!”と。私の料理を喜んでくれるということ以上に日本の味や匂いを理解してくれるという意味で母感動です。料理だって家族が喜んで食べてくれれば作り甲斐もあるというもの。それがそう、やっぱり子供たちが家を出て行ったら、ステーキはないけど仕方なしに(笑)私の料理を食べる夫と自分のためのみに御飯を作らなくてはなりません。麺類に御飯とか、餃子に御飯なんていう組み合わせも理解してもらえませんから、そういう時御飯を食べるのも私だけになるのかぁ、なんて。最近はリチにビーチに子供たちを連れて行ってもらうことが多いのですが、カイがこんなことを言いました。”やっぱりママも一緒に来て。だってパパと海に行くとボディーボードで波に乗るやり方を教えてもらえるから嬉しいけど、ママが来たら思いっきり日本語でしゃべれるから嬉しいんだもん。”と。こうして日々日本語でしゃべったり、和食を食べたりする喜びを共有できる家族。と~っても大切です。大げさに聞こえるかもしれませんが、異国の地に住む私が自分は一人じゃないって感じることの出来る瞬間。今は日々の生活の中で普通に見過ごしてしまいがちだけど、やっぱりそういう家族がいなくなるっていうのはある意味淋しいことなのかもしれませんね。確かに英語でお友達と話している息子も楽しそうですが、日本語が上手なお友達と遊ぶ時はまるで水を得た魚のように何だか生き生きとしているような気がします。学校に行くようになってからも日々まだ半分は母親とべったり一緒に過ごす訳で、やっぱり彼にとって日本語というのは大事なものなのかなと思います。子育てって色んな段階で色々な発見があって面白いですね。
January 15, 2012
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