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マイブームは、一日を淡々と生きること。今日は買い物に行ったのです。自転車に乗ったのです。ピューと坂道を走り出した自転車。このまま一度も漕がずにスーパーにたどり着けるんだろうか?あともう少し…。あの角を曲がったら…。誰かがいてブレーキをかけなくてもいいように…。あぁスピードが緩んできた自転車がんばれぇぇ。やった!着いたっ♪それだけが嬉しい、夜のお買い物。それが淡々なのか?という質問は受け付けません。そして帰りはもちろん漕ぎます。登りの坂道です。1回2回3回4回…数えます。135回漕いだら、家に着きました。そうか~135回ぽっちなのかぁ♪近いんだね!楽しいねぇ♪いやだから、それが淡々かどうかは問わないでください。熱心にその時その時を過ごすってことね。仕事終わったあとに買い物なんてダリぃなぁ~やだなぁ~なんて思わずに(笑)自転車に跨ったら、自転車に乗ってることを楽しむ。登りだしんどいあーもういやだ!って思わないで、登ることを楽しむ。ついでに、怒ることも、泣くことも、感動することも、仕事することも、全部楽しむ。怒りなどというネガティブな感情を抱くことは悪い事だ!なんて思わずに。とにかく、今の自分を思いっきり楽しむことに全力を注いでおります。先日、「60歳のラブレター」という映画を観てきました。仕事に明け暮れて家庭を顧みなかった夫と、家でずっと待っていた妻の熟年離婚。ずっと一緒に店をやっていた夫婦に訪れた病気で、相手の有り難味を実感する夫。仕事一筋で来ちゃった女性に、見栄も外聞も捨てさせちゃうくらいの出会い。どこにでもありそうな、聞いたことがあるような話の展開なのですが、この映画は唸るようなストーリーがある映画じゃなく、心で感じる映画でした。だぁぁぁ(泣)。泣きましたぁぁぁ(*T^T*)女性は特に劇中の人に共感するってことはよくあると思うんだけど、この映画を作ったのは男性なのですよね。この映画の主役は感性だなぁって思いました。そんで、いくつになっても恋心っていうのは変わらないんだなぁって。40歳だから50歳だから60歳だから。そういう制約は何一つない。何かが違うとしたら、若い頃よりも思い遣りの幅が大きくなっているってこと。でももしかしたら世間的に考えたら「背負ってるものが多い」なんていうかもしれない。だけど、その背負ってるものって…(笑)言わずもがなですが、空想上のものですね。自分が背負ってるって思い込んでるだけのもの。非常識だって…世間体が…いい歳だって言われる…家族がある…社会的立場が…。いまさら好きだ嫌いだなんて格好悪い。ノンノン。誰に格好つけるんでしょう(笑)そのひとつひとつを、心の奥底まで降りて見つめなおしてみたら、本当にそれを大事に抱えていないといけないものなのか?って問うてみたら、見えてくるもの。自分は世間様のために生きてるのかなぁ???って(笑)映画を観て、自分は今のままでいいんだ、と改めて思った次第でございます(笑)とまぁ、私はいつも今このときをエンジョイ♪している、というわけでございます♪えへへ♪えへへ♪楽しいやねぇ♪
2009.05.31
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つーか、なんつーか。電車乗ってるだけなのに。なんで肉体は疲れてしまうんでしょうなぁ。新線が出来たので嬉しがって乗ったのはイイんですが。…。…。…。長いっっっ!!!まだ付かんのかっっ!!!寝たさ、あーあー寝たさ。もちろん寝たさ。でも乗り換えたら席なくて立っちゃったさ。でもね。お山が見えるのです。ひょ~♪緑だ緑♪ふと思いました。この山は里山か人里かというほどに人に馴染んだお山だけど。ひとつ間違って迷い込めば、人ひとりくらいは簡単に遭難しちゃうんだろうなぁと。携帯電話もない、道案内もない、日が暮れた、道がない、どこだココ!滑って転んで怪我した動けない!ワシどぉなるんだぁぁぁ!ってな具合になっちゃうんだろうなぁ。1枚の葉っぱたる人間って、自然の中では小さいねぇ。なんて思いを馳せつつ、ふと車内にいっぱいの人を見て。あ、この人たちも葉っぱなんだ。一枚一枚の葉っぱだなぁ。それぞれに立ってたり座ってたり考えたり寝たりしてるけど、本質は一緒なんだなぁ。今日は誰を見ても、葉っぱに見えました(笑)その内面にはいろいろ抱え込んだり悩んだりしてるみたいなんだけど、でも葉っぱなんだよね。そう思うと可笑しくて面白くて可愛くて。行った先では怒らなきゃならんことがあったり、厳しく指導しなくちゃならん任務もあったりするんだけど、どーもねぇ。葉っぱに怒ったって仕方ないじゃん(笑)葉っぱからの指令を葉っぱの私が担って葉っぱを指導しにいく。おもろくね???(爆)いやぁ、葉っぱはそれぞれ自由意志で生きてるんだけどさぁ…組織っていうのはほんと、不自由なもんですなぁ(^^ゞ逆に、木がこうしようって思うんだったら葉っぱを導くなんて簡単なことだと思うよ。さて春になったから芽吹くかね!なんてさ。その木は地球に、その地球は太陽系に、その太陽系は銀河に、その銀河は銀河団に、その銀河団は…果てしなく。大元の創造主が「ありのままでそのままで愛しい」と思っているのなら、私たちはありのままでそのままで愛されている。だから1枚の葉っぱは、今日も1枚の葉っぱとしてありのままに。モグモグ、グーグー、テクテク、はぁはぁ、ぐったり…とすごしてきたのであった(笑)
2009.05.27
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私の住んでいるところは、都会と呼ばれるところです。そんなわけで、昼間はココに向かって出勤してくる人たちが大勢いて、夜はこの辺りに住んでいる人たちと交代する。なので、いろんな人たちが交錯しているわけですね。っていうかね。うるさいんですケド…。夜中になると、なぜかパトカーが到着なさいます。それも1度や2度ではありません。傷害事件?痴話げんか?なんだかわからないけど、外が騒がしかったりします。以前には近所で殺人事件なんかもあったりして。毎度毎度、おまわりさんお疲れ様です。からだの底から叫ぶ声というのは人に不安感というか、心地良くないものを感じさせます。タダゴトではない感じで、生命が危機に晒されている!と感じるからですかね?群れを成す動物が誰かの雄叫びを聞いて全員が逃げ出すような、本能が逃げろ!と指示を出すような…。おそらくヨッパライだったりが叫んでいたりするんでしょうけども…。でもなんとなく。私の住んでいる世界とは薄紙1~2枚を差し挟んだ、別の世界のデキゴトのように感じます。他人事だからではなく。目の前に、実際に階段を降りていけばすぐそこで調書を取られている人がいるんだけども。ほらよくドラマとかで、自分は歩いているんだけど、周りの人が早送りみたいになっていて、全然すれ違っていてもぶつからず、素通りしていく…みたいな。あれ?ちょっと違う?なんていうんだろう…。ちょっとしたズレを感じるんだよなぁ。なんだろうね。何か厄介ごとに巻き込まれている人がいたとして、だから自分も夜道は気をつけなくちゃ!という意識はない、というか。豚インフルエンザに危機感を抱いている人がいっぱいいたとして、だから自分も防御しなくちゃ!と思わないというか。素通りしていくだろうなぁ~って思っているというか。夜道を歩いていても、木に触っていたり、星さんこんちわ♪って声を掛けていたり、まぁ他人が見たらアブナイ人なのかもしれないけど、自分自身はそれが楽しくて、ただただ幸せでホワホワしてるんだけど。もう12時過ぎてるからどんな人がいるかわからない!怖い怖い!なんて気持ちはこれっぽっちもない(笑)ただ、守ってくれている存在が、天使さんだ!ハイヤーさんだ!とは決め付けてはいない。なんだか、個別に名前を付けることに違和感を感じるからです。神様を呼称で区別することにも、あまり意味を感じないのです。別存在がそこにいるわけじゃない、と感じるから。そういう顔を持っていたり持っていなかったり。くっ付いていたり眺めていたり。私自身がそうであったり、近くに存在してくれていたり。木さんがそうであったり、星さんがそうであったり。足元の大地がそうであったり、身体を取り巻く空気がそうであったり。そういう意味では外で叫んでいる人さえも、そうであったり。取り締まっているおまわりさんも、そうであったり。えーとまぁ、とりあえず、ぜぇぇぇぇんぶ♪なんですよね(笑)ひとつの目先の事象を取り上げて吟味することに、あまり意味を感じないというか。吟味するとは、善悪を取り決めたり、対策を練ったり、頭を悩ませたり、ということ。それぞれが大きな繋がりでひとつなんだけど、それぞれが個性を持ってるんだなって。個性が豊かなことと、全部がひとつだってことは、とても相反するんだけど、それがなんだか実感するんだよね~。1本の木についている葉っぱ。それを裏返してみると、葉脈がある。その葉脈をよく見てみると、1本の木の形をしている。葉っぱの大きさはそれぞれ違い、虫に食われているもの、大きく育ったもの、今芽生えたばかりのもの…。どうして私はあの葉っぱより小さいの?なんで私だけ虫に食われてるのよ。いろいろ悩んでいるのかな?(笑)でも1本の木にくっ付いている。そして同じものをコピーしたように、葉脈として持っている。個性って、そんな違いなんじゃないかな。
2009.05.26
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昨日は阿部敏郎さんの、大阪でのいまここ塾に行って来ました。そのお話の中でちょー気に入ったのは、「明日のことは明日の自分がなんとかする」うん!その通りだ(笑)先のことで思い悩んだり不安がっても無意味ですよ~、っていう話なんだけども。でね。もう、やっぱりっていうかなんていうか。男性性と女性性の話になったのでした。え?私のテーマ知ってるの?(爆)いやいや、今の流れがそうなっているからみんな感じ取っているんだね。いろいろな二極性があるけども、阿部さんは男と女を「二極というくらいだから対極なんですよ、対等なんですよ」とおっしゃった。世界を統合していく過程で、対極に位置するものの片方を消滅させることが統合ではないですよね。融合していってそれがひとつのものへ、統合へと至るのですよね。二極性を表すものは、どちらが上等でどちらが劣等であるということはない。元々は同じもの。表現の仕方が違うだけ。対極で対等だからこそ、どちらか一方だけにしてしまうとバランスが崩れてしまう。すべてのものに美しいバランスを見ていく、すでにいろいろな物事は美しいバランスで成り立っている、それに気付いていく、ということだよね。醜いもの、怖いもの、暗闇…も、美しいもの、素晴らしいもの、光り輝くもの…の別の側面。その存在があるから際立っていたり、見ることができたり、感じられるんだよね。これまでの世の中は男性優位社会。それが今、だんだんと崩壊しようとしている。昔々は女性優位社会。母系家族、女神信仰…。だけど、そうシフトしなくちゃならん!という話でもなく。バランスだよね。統合されていくということは、対等にまぁるくひとつのものへ…。今、女性性がクローズアップされて拡大していく感じがしているのは、今まで封じ込められて小さく小さくコンパクトに畳まれていたものを、ただ、元の大きさに広げているだけ、なんじゃないかな。自分自身の中でさえ、そういう感じがしている。今まで女性であることを嫌って、男勝りでいることをヨシ!としてきたけども。そうではない、私は私のままでいい、と心底思えるようになっている。女性を選んで生まれてきたことの意図を大事にしようと思っている。この流れに乗っていると、感情が動き出し、心の底から安堵するという感じ。「これでいいんだ、あるがままって、ほんとにあるがままでいいんだ」と納得する感じ。笑うことも涙を流すことも喜びに震えることも、なにもかも。最後の質疑応答で、阿部さんは「眠っているか目覚めているかの違いしかない」と言われた。「あるがままで良いと言いつつなぜ目覚めを促すのか?」という質問をしてみたくなった。だけどもバカらしくなって、やめた。だってそれが真理なのだもん(笑)
2009.05.25
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日を跨いで2個目のアップです♪(笑)で、ここのところナニをしておったのか?というと、もつろん仕事です。休みの日は自宅が仕事場…状態でした。休みくれ。いや、明日は休みですが。寝ますが。で、ですね。ある日の帰り道。仕事の思考さんがグルグル頭を廻るわけです。あーでもないこーでもない…と。「ん?」いきなり違和感。ありゃりゃ~。仕事のことばっかり考えてる、ワシ何してんねん(--;)ふと思考を中断します。そうすると、急に周りの音が聞こえてきます。ぶぅ~~~…車ですか。ガヤガヤガヤ…人がいっぱいいるなぁ。ソヨソヨ…夜風って気持ちいい。アジサイが咲いてるよ♪ツツジちゃんったらあんなに密集しちゃってる♪木さんに話しかける。あれれ、あなた水足りてる?葉っぱ下向いてるよ大丈夫?≪大丈夫、地球と一体だから…≫そか~。そうだよね、地面の中に根が深く繋がっているんだね。そか~。安心しきったような、自信があるような、大らかな気持ちが伝わってくる。そか~、木さんたちって全面的に地球に委ねてるんだ。しっかり繋がってるんだね。昔は、植物って種の落ちたところ、植えられたとことから動けなくて、さぞや環境に耐えているんだろうなぁ~なんて思っていた。それって、今思えば、足があって動ける人間という傲慢さだったんだな。木からしてみれば、どっしりと地球に足をつけることなく、ふらふらと彷徨っている不安定な存在よのぅぅと思われていたかもしれない(笑)≪どっちもどっちなんだよ、どっちが良くてどっちが悪いなんてない≫そういわれたような気がしたよ(笑)そして今朝見たツツジさんたちは、花のひとつひとつが、キャキャキャ♪とはしゃいでいるような、喩えるなら子ども達が戯れているような、愛らしい賑やかさを放っていた。かわいいねぇ♪素敵だねぇ♪って見ていたら、電車に1本乗り遅れた(笑)そういう自然さんとの交流を楽しんでいたりもしますが。本日は非常に疲れておりました。そして、なぜか帰りにカレーライスを食べたくなりました。でも注文したら、いわゆる牛肉入りカレーライスだったわけです。やっぱり世の中でカレーライスといえば、牛肉入りです。食べました。一瞬疲れが軽くなったように感じ…それは空腹感が解除されたからですね。でも、帰宅してから、やっぱりいきなりお腹が痛くなりました(*T^T*)あきませんな!やっぱり食べれなくなってることを実感いたしました…orzその満腹での帰り道、またも木さんとお話したんだけども。「疲れたよぉぉぉ」≪疲れたって思ってるからだね♪≫≪疲れは地面に流すといいよ≫そか~。いっちょ、やってみよう。地面に流すというか、天と地を繋ぐようなイメージ。まるで木さんのように(笑)うひょ~~~。すげ~スッキリしてきた。なるほど、木さん的発想だな!でもその後、木さんからかハイヤーさんからか、≪肉体のメンテナンスは必要、睡眠≫と降ってきました。はい。では、睡眠します。…の前に。今度はお風呂で疲れを水に流してきますぅぅぅ♪地球さんお湯さん木さんハイヤーさん、おとーちゃんおかーちゃん、いつもありがとう♪
2009.05.24
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何か導かれているようですね。やっぱりそう来ますか(笑)私の今のテーマは、どうやら「女性性」のようです。今年に入り、ず~っと何かが変化してきてるなぁと感じていたのですけども。あーそうか、そうだったのか(笑)しばらく前に読んでいたのが、性に関するスピリチュアリズム。そして昨日まで読んでいたのは、男性性・女性性から成り立つ宇宙の法則。この2冊の本は同時に購入していたのです。なぜかわからなかったけど、惹かれたんですね。タントラ。相互補完の関係性。自分のもつ女性性。女性であることの必然性みたいなものを、なんとなく感じ取り始めていたんですね。やはり、単なる肉体の相違・精神構造の相違などという目に見えるものだけじゃなく、なんだか性差には根本的に意味があるんだなってことが、分り始めたというのかな。あぁぁぁ。やっぱり全部がひとつに結びついていく感覚。そうかーそうなのかぁぁ。アクエリアスの時代であることも、やはり、とっても重要なことなんですね。光だけでは完結しない。水が関わって初めて…。太陽だけでは生きることはできない。水があって初めて…。そういうことだったんですね~。そうかぁなるほど!男性性を光、女性性を水と喩えられる。喩えるというよりも、そのもの。そして私は、光でもあるけれども水でもある。一人の人間は、男性性も女性性も併せ持っている。どちらを色濃く表現しているか、ということなんでしょう。どんどん大きくなっていく…んじゃなく、大きさを思い出していくね。グィーンってまた世界が広がった感じ(笑)言葉じゃ上手く伝わらないかもしれないけれど、もんのすごく腑に落ちてる。ほんとに、あちこちから、いろいろな方に導いてもらっているんだなぁ。その時には気付かなくても、必要なときに絶妙のタイミングで「ほい♪」と手渡されている。ありがたい!やっぱり、その時々に感じる直感というものは、大事にしなくちゃ♪ですね。直感的アンテナ、感度良好にしておかなくちゃ♪…え、いや、だからって何をするわけでも…ないんだけど( ̄∀ ̄;)
2009.05.23
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ぬこコメたくさんありがとう☆ ミルクの芸猫魂に火が付くかも!(…いや飼い主の!だろ?) で、ですね。 関西の方は目にしてるでしょう。 このところの異様な風景を…。 異様なんすよ。 顔面マスクの集団が…。 怖いよ~!豚菌より怖いよ~! ふと、昔にあったタモリの『世にも奇妙な物語』のテーマ曲が蘇った。 当たり前のようにマスクの集団に溶け込む人たち。 マスコミが、例によって「警鐘」をならした途端、誰も彼もがマスク着用する。 その意識は「不安」に根差したもの。 罹るかもしれない不安からの回避手段。 実際罹った人は100人くらい。 疑わしい人はまだ未確定。 香港A型インフルエンザが流行したといえば数万人単位。 確実に死に至る病ならまだしも…。 そこまでの不安の高まりは一体誰が意図したものなの? 不安だ怖い不安だ怖い…。 これだけの人数の不安を煽ったら、集団意識形成なんて容易いね(笑) 悪い方へ誘導してくださいってなもんだ。 大流行させてください、私達のうちから死人を出してください、って宇宙にオーダーしてるようなもんだよね? 違うかな? 学校閉鎖、交通期間でもマスク着用呼び掛け。 ほらやっぱり公共機関がそういうんだから間違ない!とみんな悪い方へ確信を深めて行く。 いや、公共機関は自分が広めたという責任を負いたくないだけだよ(笑) テキメンな予防法は、「私は罹らない」と強く確信することと、あはは!って笑うこと。 深刻な顔してマスクで防御するより、確実に効果あるよ(笑) そして。 もし罹って死んだとしたら… それが自分にとって最善だったっちゅことさ~!(爆)
2009.05.19
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なんで猫ちゃんって、箱とか袋とか、好きなんでしょうなぁ?あの閉塞感がたまんない?身の安全が守られてる感じ?今度、みるくに聞いてみたい。でも「入りたいから♪」って返ってくるのがオチだな( ̄∀ ̄;)そりゃそーだね、アイスを食べてるときに「どーして食べてるの?」って聞かれたら「食べたいから」としか…あはは☆で、えーと。お入りになっています。寛いでらっしゃいます。「袋、好きでんねん」とおっしゃってます。でも、持ち上げてみると…。ちょーかわええ♪足の裏が!肉球がっっ!!!しかも、まんざらではない様子。持ち上げられても、くつろいでいます(笑)だって...なめてるもん!(笑)アレですかね、ゆらゆらする感じがよけいリラックスを呼ぶんでしょうか??wひたすら舐めておりました。あんまりぶら下げてるのも可哀想かと下ろしたら…。やっぱり袋、好きみたい♪頭かくして尻かくさず!出てまっせケツww袋を見つけると目ざとくすっ飛んでくる、袋大好きぬこのみるくさんでした。ご出演ありがとぉ~♪(爆)
2009.05.18
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土日がお休みだったのでプチ~な旅行に参りました。「ええ温泉あるねん!行く?」という話から始まって。ありがとー。行くーもちろん行くー。と乗り気になったのは私(笑)再びオモロイ仲間たち3人で温泉を目指すことに。高速道路、安くなってるですね?土日限定?遠距離だと安くなる?システムはよくわからないのですけども、なんだかそうらしいのです。そんなわけで、遠出をする人が増えてるのでしょうか?色んなナンバーの車を見かけました。山あいを抜けていくので、トンネルがたくさん。そのたびに光に出て行く瞬間を収めようと何度もチャレンジ。山を巡るように通る道路、山を繰り抜いて走り抜けるトンネル。どちらが山への影響は少ないんだろう…なんて、ふと思ったりして。目前に山が迫ってきて、その懐の中にスッポリと包み込まれる。電車でも感じるけど、「今、山のお腹の中にいるんだ…」って(笑)小雨がパラついたりしていたので、山はしっとりと緑がキレイでした。モヤが掛かって、遠くまで続く山並みが美しい。四国のお山は、やっぱり日本昔話のような、地面から隆起した、地球の上に山があるんだなぁと感じられるかわいいお山が多いですね。そうなんです♪四国に上陸してきたのです♪瀬戸大橋っすね~。前回の四国は、この道路の下にある線路を通って渡ったのですが、今回は上の道路から。大きな橋脚が何本も続いていて、海の上を渡る。近く遠くに小さな島がいくつも見えて、瀬戸内海って、ステキだよね。海が身近に感じられる。讃岐富士や、琴平山や、大きい山小さい山を通り過ぎて。着きました。道後温泉。行かれたことはありますか?この建物には絶対千と千尋の、釜ジィがお湯を沸かせているに違いない。神様がお風呂に浸かりに来てるに違いない、と思わせる風貌。皇室の方々専用風呂もあるそうな。一緒に行った人が教えてくれたんですが、その昔、ヤマトタケルノミコトがヤマタノオロチと戦って傷ついたときに、大黒さんが現れてこの温泉に連れてきてお湯に付けたら治った…という謂れがあるそうです。なので、浴場に描かれた絵には大黒さん。そんで、鶴。なんで、鶴?それはわかりませんが…。風光明媚とか露天風呂とか、そういうオマケはないのですが、これだけの人が集まってくるお湯ってどんなのだろう?白濁もなく硫黄臭もなく、サラリとしたお湯でした。そして大変混みあっておりますが、ワタクシは瞑想させていただきます(笑)お湯に半身浸かって、お湯から感じてみたんですけども…。これはもしかしたら修験僧とかの想いだったのかもしれないけれども、「女風呂など邪道だ」という意識をキャッチしてしまいました(笑)ここは四国、お遍路さんも立ち寄るという温泉。昔々は弘法大師の教えとともに修行されていた方が利用していたのでしょうか。「え?」と感じたワタクシ、空海さ~んと呼んでみました。≪オトコもオンナもない(笑)≫という感じでした。やっぱり空海さんは包み込んでくれるような感じがするなぁ。嬉しいなぁ。とかく温泉というと効能なんかに気を取られがちですが、もうそこにお湯があるということ。地下水があって、地熱が温めてくれて、初めて触れることのできるもの。地球からの、おとーちゃんおかーちゃんからのプレゼントなんだなぁ…ここでお湯に浸かれていることって幸せだなぁ。などと思いつつ、出たり入ったりを繰り返し。いや、でも、ものすっごい暑いのですよっ!ドキドキするのっすよ!アカン倒れる。そんな楽しい温泉を過ごし(笑)松山市内を走るぼっちゃん電車というのを撮り損ね。あ~通り過ぎた!やっぱり四国なので、うどんを食べて♪抹茶アイスを食べて帰路についたのでした…。そして、眼前に迫り来る、可愛らしい讃岐富士。ちょーラブリーですよね!飯田山という名前で標高442mくらいみたいです。でも、すっごいカッコええお山でした。登ってみたい…。でもすごい急勾配(笑)ほんとにこの辺りは、ポコポコとお山が生えてるように点在していて、ステキな景色。壮大な山間部とはまた違った、里山っていう感じが素敵です。そして名残惜しく四国とお別れをして、また海を渡る。夕暮れ時、晴れていたら夕陽がキラキラしたのかなぁ~と言いつつ、しっとりと雲に覆われた瀬戸内を眺めて、その優しい風景に癒されました。橋の途中のサービスエリア、島の上に降りていくのです。そして、橋を見上げることができるんです♪ライトアップされていて、ずっとずっと続いていて、そして足元には海。私!今!瀬戸内海の真ん中にいる♪って感じで素敵でした。で、もちろん、うどん食べました(笑)そこから本州岡山に渡り、東を向いてひたすら帰ってきました。走行距離900キロ弱。聞くところによると、大阪から仙台まで行ける距離だそうです!(爆)一日でどんだけ移動すんねん…(^^;ひゃ~楽しかった♪四国、すてき♪
2009.05.17
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スマちゃんも書いてましたけど。今日の太陽さんは、なんだか釘付けになっちゃいましたね!それまでにもうすでになぜか胸の辺りがじわ~んとしていたんですよね。たぶん、ちょー久しぶりに音楽を耳に突っ込んで聞いていたからだと思います。そして電車でゴトゴト移動中、太陽さんの周りに大きな虹の輪っかを発見。またなっちゃいました。全てが愛しい感覚に。もうこうなっちゃったら、何を見ても感動しちゃうんだよねぇ(^^ゞ窓から見える風景に。カバンを斜めに提げた学生。自転車を押すおじいちゃん。トラクターを操作するおじさん。地域活動をしている集まっている人たち。畑の縁に座り込んでいる人。走ってる電車。乗ってる人。昔住んでいた場所。光ってる湖。霞んでる山。隣で話してるおばさんたち。人間の細胞。水の張られた田んぼ。ケムトレイルの何本もの筋雲に寄り添う龍雲ちゃん。光る太陽。受ける地球。ここにいることのできる自分。全部全部が愛しい。ええもちろん、電車の中で外を見ながら涙を流す、アヤシイ女になってましたとも(笑)だって、ウルウル感動しちゃうんだもぉぉ~~ん(*T^T*)このスイッチ、時々入っちゃうんだよね(^^ゞ(^^ゞでも、今日の太陽さんは、このスイッチを入れちゃうくらいに、優しくて包み込んで与えてくれていたよね。ステキだった♪
2009.05.15
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人間世界のイザコザなんて、あっしにはカンケーねぇことでござんすにゃ♪ そらそーだにゃにゃ~ん♪
2009.05.14
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帰宅しております。なんだか今日は一段と凹むような会議で、やり切れなさを抱えて解散。「あ~ぁ…」「ふぅ~…」「……」な空気が漂う中。モチベーションをアップしよう!と発破かけられてもなかなかね~(笑)最後にいつも明るいTさんが、「大変だけど頑張って!」と声を掛けてくれて少し復活しました♪彼はいつもナイスなタイミングでエエ言葉をくれますなぁ(笑)別地区担当の女子と一緒に新幹線に乗って、アレコレ感想述べ合って帰ってきました(笑)や~、今回はどっぷり仕事の3日間で、かの黒イルカミーティングも明治神宮参拝も皇居ウォーキングもどなたかに会うこともできないままの帰阪となりました…orz肉体的にはぜーんぜん疲れてないんだけど、精神的に疲れました…(泣)石ちゃんには癒されたけど♪明日、また会えるわ~ん♪しかしこう、経済社会的問題…いや派閥的争い?を間近に見せ付けられると疲弊します。争う必要は、本来まったくないんだよ。それぞれが「良くしていこう」という気持ちでの出発点。何が違うかというと、「視点」が違うだけ。それぞれの立場での視点。そして私たちにも私たちからの視点がある。それが少しずつ違うだけ。だから私がずっと感じていたのは、もっとグローバルな視点をみんなが持てたらこの小さな世界でのいざこざは消えるんだけどなぁ~ってこと。目先の問題に振り回されないで。どこを目指すのか、もう少し俯瞰的に眺めたらいいのに…。そしてお互いを認め合ったらいいのに…。「いつもありがとう」って気持ちからスタートしたらすごく気持ちいいのに…。みんないつだって戦闘モードだよ…。こちらから声を掛けようにも、冷たい気を発してピリピリと近付くなオーラをまとっている。今まではそんなことなかったのに。何かが硬直している感じ。個別だとそうでもないのに、塊になると、小さいながらも集団意識を形成するようです。だから、なんともモヤモヤしたものを感じて仕方なかったのです。なので休憩時間、一人になって空を見上げながら。ハイヤーさん、これ、どうなってるんでしょうね?≪流れに任せてみたら。目の前のことはギフトだよ。今、最善が起こっている。何が最善なのかを見てごらん。心の眼で。渦に巻き込まれないで。思いっきりこのゲームを楽しんでごらん≫そうか…。ありのままを眺めてみよう。そんなイメージをもらえて、息詰まっていた気持ちが少し楽になった(笑)「あいつらはさぁ~勝手なことを言ってるわけさ」「でもだからって、私たちは権限を剥奪されてやることだけが増えるんでしょう?」「まぁでもボスがそういう評価をするんだから仕方ないよ」そういう言葉の数々を聞いていて、辟易してきてたので。つい言っちゃいました。「でもみんな、良くしていこうとしているんだから…」と一刀両断でぶった切って、熱く自我の語り合いをしていた場を、白けさせちゃいました!(爆)実際、与えられる仕事は今以上に理不尽な状況になりそうです。それを真に受けて、イライラブツブツ言うのはもうしんどくて。やることをやる、それだけでいいじゃん。帰る道で「今回おとなしかったですねぇ、もっと言ってくれるかと思ってたのに」といわれた。だって今回は、『流れに任せる』が私の中での主題だからねぇ(笑)流れに逆らってもしんどいだけじゃんwノホホ~ンと自分の持ち場で、自我争いに巻き込まれず、ホコホコと楽しく仕事をしてるのが一番幸せだよ、ワシ♪(爆)あ、でも一言、私の自我が「許せんっ!」と思ったのは。「みえさんは『怒りキャラ』ですから」(--;) (--;) (--;)もうワシこれからなぁぁぁんにも言わんぞっ!絶対言わんっっっ!(あ、やっぱり怒ってる???爆)
2009.05.13
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トレジャーハンターもたいがいにしとけ!とJクン♪に突っ込まれるかもしれません…。目がテンになるほど送りつけてやりました♪明日、びっくりせぇよ♪うしし!(爆)いや、たぶん喜んでくれると思います。てか、願います(笑)で、ですね。東京二日目。本日もトレジャーハンティングを楽しんだ後、会議です。「○○したらどうですか?」「じゃあそうします」え?なんで即決すんの??(笑)昨日今日も、私の発言が即採用されちゃったけど。ほんまにそれでええんかい??(^^; てか、みんな意見言おうよ、東京まで遠路はるばる来てるんだから…。ワシがしゃべり過ぎなんかな?wそんな感じでなんだかサクサクと話は進んでいきましたが。「なんかまだみんなやる気あるなぁ」と上司。もっとやる気喪失してると思ってたみたい。てか、それはキミだけじゃないのかい?かなりおとなしいと思ってたけど、やる気失ってたのか…。そんで、ですね。夜にほかの人たちが昨日私が視察に行ったところに行くという。私もどうか?と誘われたけど、2日連続同じところに行っても仕方ないので、ほかの仕事にあたることにした。私の店に転送する品物をピックアップに行ったのでした。それがっっっ!!!石ちゃん♪ひゃ~~ん♪私がどれほど目を輝かせていたか、想像できましょう!え~アレもほしい、コレもほしい、わ~どうしよ、どの子を連れて帰ろうぅぅぅ!ダンボール箱にキレイに並べて、部屋に連れて帰りました。そしてもっちろん、検分という名のスキンシップ♪一個一個梱包を解いて、並べて鑑賞。上の写真に納まりきらないほど、持って帰ってきた(笑)ひゃ~~~ん♪かわいい!アンタかわいいわっ!虹入ってるやん♪すてきぃぃぃ♪あかん、売り物なのにかわいすぎるやんか…(T_T)アメジストちゃんとクリスタルちゃんとローズクォーツちゃんとセレスタイトちゃん♪こりゃ展示スペースにワシら(ワシとJクン♪)釘付けやなぁ…。今日は一晩、この子たちとともに過ごします♪♪♪うひひひ(^з^)仕事の役得なのか、もっと石と戯れたいという願いがかなっているのか、今後も常にこの子たちの仲間が続々とご来店される見込みもできたし、自分の物にしなくても、いつも石たちと一緒に居れる環境ができつつあります。基本、お金を払って自分のものにすることには、あまり執着していないのです。私の身近に石がいてくれたらそれで満足なのです。だから、お買い上げされてしまうまでは、ともに過ごそうねという感じです。願わくば、石を愛してくれる人の手に渡したいけども…。今は丸玉アメジストちゃんと一緒にいます。この子はクラックがきれいに入っていて、あちこちに虹を見せてくれています。そのクラックは見ていると宙に浮いた膜のようにも見えます。回しているとふいに面が現れて、キラキラと虹の光を発します。だけどもその浮いているように見える虹色に光る面も、硬い石の中の物質。でも自分の目には透過した光が入ってきて、物質の塊には見えなくなる。割ってみたらそりゃ、塊だったんだなぁってわかるでしょう。けれど割ってしまったら、今まで見えていた虹は見えなくなる。物質であることの不思議。非物質である光の不思議。その二つが存在しないと、私の目には虹色の光は見えません。物質が低次元で光が高次元、ということさえも関係ないことに感じてきます。やっぱりすべてが存在している、この世界、宇宙、すべてがありがたいことなんだなぁ…と、沸いてくる気持ち♪ワシゃぁぁ、幸せだなぁぁぁ♪(*T^T*)
2009.05.12
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明け方から出発をしまして。新幹線は左側の座席。え、もちろん富士山側(笑)しかしながら、寝たのです。ねむねむだったので、寝ちゃいました。京都以降の意識はございません。でもですね。ふと目覚めました。大きな川が見えました。川の名称看板が見えました。「ふじがわ」え???と思って見渡すと、デデーン!!と富士山が。。。びっくらコキましたよ!あまりのタイミングの良さに(笑)雪の帽子のきれいな富士山。少し霞んでいましたが頂上まではっきりと。眠気と戦いながら、通り過ぎるまでみつめました。キレイだねぇ、富士山って…見えなくなった瞬間に再び眠りに落ちて(笑)東京駅まで行くつもりが、気が変わって品川で降りて。東京って!!!難しいんだからっ!!!同じ線名なのに、行きたいトコ通らないんだからっ(泣)しゃーなしで東京駅で降りて乗り換えました。ほな最初から新幹線で東京駅に行ったら良かってん!と自分にツッコミつつ。ええ経験しました、東京では線名に惑わされてはいけないということがわかりました(笑)で、仕事です。戦闘モードにはならないで、とりあえずホケラ~と。わからないことを素直な気持ちで質問する。すると、素直なお返事が返ってくる。そういうことです。「じゃあナンですか!こういうことですかっっ」なんて語気を荒げるとコワイ会話になる。そういうことです。明日もそんな調子でホケホケしとこうと思っております(笑)あ、業務連絡。えらい面倒くさいシステムになるよ、要覚悟。しかしながら意図することはわかるので、協力体制で行きます。やってみて難点があればまた報告改善ということで。より良くしていこうという意識からの出発なので、私は良くなるような気がする。そして宝の山を掘り返して、うほうほ♪言いながら集めまくる。業務連絡1 どえりゃ~コトになってるので届いてもあまりの量にビックリするな(笑)業務連絡2 うさぎんトコもいるもんあったら言ってちょうだい♪気がつくとあたりには人影もなく…。え。みんな帰ったんかい!(爆)やばいやばいアカンアカン、ワシだけやんけ!事務所に戻り退勤をして、次なる業務へ。電車に乗りました。視察して来いといわれた場所に着きました。見ました。買いました、あ~ぁ(笑)次なる場所も行きました。見ました。質問しました。観察しました。買いました。あ~ぁ(笑)やっぱりドコでも買っちゃうワタクシ(^^;場所は新宿、ここはそやからドコやねん!ワシ今どこやねん!どれ乗ったら帰れるねん…トホーに暮れる疲れた女が一人…。駅構内をクルクルして、ええいどれでもエエわい、こんな感じやろ!と乗ってみました。間違えたら戻ったらエエねん。そやそや。どーも東京に来ると、大阪弁がよりいっそう発揮されます(笑)それがまた、アータ。乗ったら、なんと1本で乗り換えなしで帰れる電車だったのですよ。まぐれ。いや必然。ていうか、ハイヤーさんったらありがとう♪なんだかよろしい具合に、東京一人旅、地図もないのにスムーズでした。そんなわけで、眠気が限界に来てるよ~と目が訴えてくるので…寝ますzzZ(--)おやしみなさい~♪
2009.05.11
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車に乗り込み海へとGO!しました。本来の目的は釣りなんですが。到着したら、早朝につき、なんと清々しいことか!(爆)ええもちろん日頃は爆睡している時間です。ひんやりと肌寒いくらいの風の中、釣り人たちは早々にボートでお出かけ。残った組は…設営隊、いや早々に寛ぎタイム。で、私はと言えば、草むら探検隊。カメラを片手に引き寄せられるように、ピヨピヨチュチュチュチュピーチクピチピチピチ…っと朝のご挨拶に忙しい鳥さん達の声のするほうへ。いや~鳥さんは難しい!何がって?写真に撮れないっすよ!あ…と気付いたときにはあちらも気付いてらっしゃる。1歩でも踏み出そうもんなら、パタパタパタ!と飛んで行ってしまわれまする。鳥さんたちの声のする広場には一面のお花が、たぁくさん咲いていました。その草むらで休憩なさってるみたいです(笑)で、やっぱりココは虫さんだろ!と探しましたらば。みーくん師匠のように撮れているでしょうかっっ!…いや、まだまだだけど(^^ゞハチさんがいました。でもなんかおケツの模様がシマシマじゃなくて格子だったの。ミツバチさんの一種だとは思うんだけど…。そして、ですね。そうこうしているうちに寛ぎ隊のところに釣り人たちが帰ってきて、かなり早めのランチ。で、ですね。「乗ってみたら?」と言ってもらって、私も船に乗せてもらえることに♪♪♪二人乗りの小さいボート、海面が近くてもんのすっごい楽しかったのですよ!緩い波がモワ~ンと押し寄せて、海面近くのお魚さんが見えて、沖の堤防近くまで岸を離れて遠出した感覚(笑)今まで堤防釣りしかしたことがないのでとっても新鮮♪で、釣果ですが。えーと、お魚さんと戯れた…という感じでしょうか。エサをぶら下げて、海底近くのお魚さんとコンタクトを取った…という感じでしょうか。「元気かい?」「あぁ元気だよ!エサありがとう♪」…って感じでしょうか?いわゆるボーズという…orzあ、たまには地球を釣りましたよ!(それは根がかりっつーのw)でも、サオ先をツンツンってつついてくれる手応えや、海面スレスレをメバルの赤ちゃんが泳いでいたり、堤防の壁に貝やらヤドカリさんがいたり、海はなにやら賑やかな様子でしたが、クーラーの中は寒々としておりました。釣り人は釣れないと面白くないようだけど、私はすでに大満足しておりました(笑)その後もみんなで飲み食いタイムを過ごし。しばし、のんびりとした空気が流れ。しかしワシゃ野原で出来ず、近くのトイレを借りにいったのですが。その帰りに、どーしてもさっきから登りたくてウズウズしていたロックガーデンに登頂。いやロックガーデンじゃないけど(笑)どっかから運んできた岩なんでしょうね。無造作に積み上げられているのですよ。登れと言わんばかりに。登れって言ってるでしょ?ひゃ~♪見晴らしがいい♪っても5mもないんだけど(笑)こんな感じ。登っている姿を見て興味を持ったようで、「登ったらよく見える?」「気持ちいいですよぉ!」とお勧めしたら、登って行きました(笑)「そこに山があるからだ」と同じく、やっぱり岩がそこにあったら登らなくては!背後には山、目前には海、そして真後ろには岩♪そりゃ登らないと(笑)そして、近くに停泊していた大きな貨物船が出航することに。「どこまで行かれるんですか?」なんていうやり取りも面白かったけど、大きな船の離陸の様子もとっても興味深く拝見いたしました。ロープが外された!イカリがデカイ!などとワイワイ言いつつ見学。大きな船体をピタリと操るのは、やっぱりさすがの職人技ですよね~。(枝ちゃうよw)だんだんと小さくなる船を見送りました。そして、オコチャマなワタクシは、またウズウズしてきちゃったので。「どこ行くの?」「写真撮ってくる!」と堤防を移動。こんな貝殻いっぱいの岩があちこちにゴロゴロいるんですよ!うわ~と眺めること、しばし。湾の中で、3段背面飛びをする魚さんがいたり。チャポン、チャポン、チャポン。わ~上手じょうず♪あ、飛んでたのはあなたの友達ちゃう?ボラさんかなぁ?と思うんだけど、インタビューには答えてくれませんでした(笑)近所の子ども達が出てきて磯で遊んでいる姿を見て、う~ん羨ましいなぁと感じたり。網を振り回したり、棒切れでつついたり、いろいろと遊んでいましたよ。うちの子なんて、自然の素材で遊んだりなんてしたことないもんね。魚は海に棲んでるもの、っていう知識はあっても実感はしてないのかも。今度は反対側の堤防を目指してテクテク徒歩したりして。先っちょまで行きたかったけど、途中で途切れてて断念(笑)ウさんがね、いっぱいいたの。いっぱいいたから人が入りにくいところなんだろうなぁと思ってたけど、行けないのか(笑)そんなこんなで楽しく過ごしましたが、日も高くなり暑くなって来たので撤収。ひゃ~楽しかったYO♪トイレはちょっと困ったけどね(笑)帰ってきてから爆睡したのは言うまでもない。ていうかそんなこと言ってないで明日の出張の準備しろ。…あい(--;)
2009.05.10
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満月でした。今日のお月様は、うさぎではなく、にっこり顔でした。そして見れば見るほど、口元が動いているように見える。なんだ?何をにっこり伝えてくれているんだ?とにかく、目を離せずにずっと見上げて歩きました。ビルの影でお月様が見えなくなったら、ほっこりした気持ちになって♪にゃ~。明日は朝早くからお出かけ、そしてあさってからは東京に参りまするのじゃ。えっと。いつ出張の荷物、用意すんねん。資料も何にも用意してないぞ?しかもむっちゃ早い新幹線やぞ。乗れるのか??あ~今回の出張はどーも気乗りがしないのっす。高波荒れ狂う中に、わざわざどーして行かなくちゃ…(T_T)ボーっと聞いてるだけで、時々瞑想とかしてたらええやんな?な?(なにアカンってか、電話で伝えたやろ頑張って吠えてこんかい!とな?)あ~なにやらテレパシーが飛んできたようですが。ホケラ~と瞑想なんかしてる相手に文句なんて言いたくなくなるでしょ。あははあははって笑うしかなくなるでしょ(それは呆れてるんじゃ…笑)仕事で行くんだけども、仕事する気がしない。あー意味なくね?(笑)いやもう、あ~んな話やこ~んな話がテンコ盛りなことはわかっている。わかってんのさっ。だがしかし、だがしかし…。今回の東京、明治神宮の太鼓を聞きに行きたいなぁと思ってたけど。そういう時間が取れるかどうかもわからないのだ(T_T)やだもぅ。もしも時間が取れたら、ひょっこりこっそり出没するかもしれません♪とか言ってる場合じゃないや。はよ寝よ。はよ寝な。あかんあかん!あっしは明日早朝よりホケラ~に磨きを掛けてきます♪♪♪
2009.05.09
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えーとですね大きな声では言えませんが、今日は飲んできました♪ディセンショ~ン♪(爆)てかね、えっとね、今日は朝から真面目に講習会を受けていたわけです。でもね、なんかね、すっごい私には不要な気持ちが沸いてきて仕方なかったので。あまりに眠くなって仕方ないので瞑想してました。むっちゃイイ具合に瞑想タイムをくれてありがとう♪って感じでした。だいたい講習内容は「大規模災害が起きた場合の対処法」って感じだったの。だから私には無関係に思えて仕方なかったの。だって私はそういう場所に居合わせることなんて、ないもの。そういうわけで、今ここに存在することを講習中に実感しておりました。カサカサとめくられるテキストの音。パチとペンを机に置く音。講師が喋る声。近くの公園で遊ぶ子供の声。そういうものに、全身の神経を張り巡らせておりました。オモロかった(笑)でねでね!うちのスタッフ、Jクン♪が。書くなっていうけど書いちゃう♪「ユルそう」て!!(爆) 私もやってみたよ♪ という記事に書いた、1年後の手紙っていうのをやりたいっていうから、職場でこっそりやっていいよってお許しをして。それがもう!爆笑だったわけですよ!どこが爆笑って、「デートの最中に食べられる植物を探すのはやめてね」という一文が!何を隠そう、その前日にご飯を食べに行って、食後に道端に座って二人でアイスを食べてるときに、つい何気なく花壇を見ながら私が「この花って食べられるのかなぁ?」とつぶやいていたからです!!wやっぱり!花まで食うのかよ!!あまりにナイスなタイミングの一文で、もう吹き出しちゃって。とか言ってたら。今日の講習会、ずっと座ってて息が詰まるので、休憩時間に児童公園に出たわけです。そしたらかわいい花が咲いてたわけです。わぁ♪と思って画像を撮ったわけです。そして…。ふと見ると…。こんなものが…。…ていうか、ココ思いっきり大阪市内ですけど。しかもフツーの児童公園ですけど。なんで???(爆)あまりにこれまたナイスなタイミングで、道端にキノコがあるなんて。そりゃ食べれる植物を探すなっていっても、見つけちゃうんだもん!(爆)さっそく彼女に見せましたらば。キノコに大ウケしてくれたのち、「私、思い出したんです。昔スカンポ食ってました!」(爆)やっぱり食ってたのかっっっ!!!!(爆)「レンゲの密吸ってる写真、ありますけど!」(笑)やっぱり…見抜かれておったなwいや、ワシも吸ってたけどぉぉwっていうかね。ここのところ、フツーに職場で私のブログの話が、フツーの会話のように出てくるのが不思議でしゃーない(笑)電話を掛けてくるヤツは、「お疲れ様です、さすらいのウサギです」って言う?フツー?どんな会社やねん!!!もう、オモロすぎー!(笑)こんな楽しい職場に誰がしたっ!?ええ、元はといえば私ですが、何か?(爆)
2009.05.08
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どういうわけかここのところ「蛍の光」が気になっていて。「あれはドヴォルザークの作品じゃないの?」と思っていたが、どうやら違うようだ。私が勘違いしていたのは、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」の第2楽章、「家路」だった(笑)で、その「蛍の光」、調べてみました。スコットランド民謡で、日本語の歌詞は明治初期に作られたようだ。本来は、旧友との再会を喜び酒を酌み交わす…とかいう歌詞だそうです。で2番は、あんまり楽しくなっちゃって、踊れるようなアップテンポになってるそうです。踊っちゃうくらいのノリのいい蛍の光ってなんだかいいなぁ。しかし、いつの間にか日本では、お別れの歌として定着してますね。我々の知っている歌詞は「ほたぁぁるのひぃかぁぁあり、まぁどぉのゆぅきぃぃぃ♪」って感じですよね?まぁ良くしっていて2番を聞いたことがあるかなぁ?くらい。1.蛍の光窓の雪、書読む月日重ねつつ、いつしか年もすぎの戸を、開けてぞ今朝は別れ行く2.止まるも行くも限りとて、互いに思う千萬(ちよろず)の、心の端を一言に、幸くと許り歌うなりでもこの曲には3番も4番もあったそうです。3.筑紫の極み陸の奥、海山遠く隔つとも、その眞心は隔て無く、一つに尽くせ国の為4.千島の奥も沖縄も、八洲の内の守りなり、至らん国に勲しく、努めよ我が背、恙無く場所を日本国土に限った作詞となっているので、愛国主義・軍国主義色濃厚として、戦後は唄われなくなったそうです。でもこれをさぁ、地球規模で捉えたら、今のまんまなのにね。海山が我々を隔てていたとしても、心は隔てなく、ひとつに尽くそう地球のため♪陸も島も地球の内なんだから、自分の務めとしてみんなで守っていこうよ♪みたいなさ…。惜しい!じつに惜しい!(爆)ていうかウィキによると、3番の歌詞は元々「かはらぬこころ ゆきかよひ」だったそうで、それを「男女の間で交わす言葉というクレームがついた」ために、真心は云々に置き換えたそうで。なんちゅ~想像力…( ̄∀ ̄;)男女の間と限定してしまった人、広義の愛を狭義の男女間と決め付けるあたり、自分の内面(妄想?)が暴露されてますよ!(爆)でもなんでお別れの時に「蛍の光」なんでしょうか?開けてぞ今朝は別れ行く、という歌詞から?定番化していて、この曲がなると出なくちゃいけない!という心理にさせられるから不思議(笑)「図書館・博物館などの公共施設や、商業施設で、閉館・閉店時間直前のBGMとして鳴らす。暗黙に客の退出を促している。また、自衛隊の駐屯地祭や航空祭などでも終了時間に同様の理由でBGMとして流されることが多い。 」でも、知ってました?外国から来られているお客様には通じない、っていうことを…(爆)日本人なら誰しも知っているから~と思っていたら全然店を出て行かない?…と思って見てみると外国のお客さん、なんちゅことがよくございます。イギリスやアメリカでは大晦日のカウントダウンに歌うんですってよ!オクサン!だったらさしづめ日本は毎日大晦日なのか???ってなもんですね!(爆)国が違えば文化も違う、ってところでしょうか。ふと思いました。メロディだけでも感動する曲はたくさんあります。そこに歌詞という色合いをつけると、途端に限定されたものになるのだなぁ~と。あえて言葉を乗せることによって、深い思いを抱く歌詞もありますが。やはり、言霊、言葉には「意識」や「意図」が含まれているのですね。ならば自分の発する言葉・言霊を大事にしたいものですな!ということで、これは言葉なのか声なのか。哀愁なのか愛嬌なのか。では!ネコ様がた、よろしくどうぞ~♪Musashi's「蛍の光」
2009.05.06
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なんっていうか。昨日が久しぶりのオフ会だったからなのか。浄化されまくったというかですね、なんていうかですね、もう仕事する気になんない(笑)パワー酔い?今までそんな経験はないのですけど、帰りの電車に乗った途端、ブログお遍路中の携帯を握り締めたまま大阪まで熟睡。そして明けて今日は、なんだかとっても気だるい一日でしたwまるで1週間のGW明けの仕事初日のような…。って私の休みはたった1日だけだったのだけど。だからというわけでもないですが、寒い日だと言われていたにもかかわらず、ノースリーブに短パンという格好で、気合いだけでも入れようかと…いやタイツ穿いてましたけど(笑)そんなボケボケ調子だったからなのか。うちのお猫さまのご飯の追加を忘れていたらしく。普段は山盛りに入れっぱなんですけど。帰って器を見たら、ない。空っぽ。急いで器にカリカリを入れて「ごめんね~ご飯入れたよぉ」と声を掛けても出てこられません。奥の部屋でゴロゴロなさってます。なんでやねん?と見ると、薄暗い部屋の奥になにやら固まりが。電気を付けてよく見ると。おや?玄関の下駄箱の上に置いてあったはずの、5kg入りのエサ袋が絨毯の上に転がっている。え?そしてどうやら噛み千切ったらしい、穴が開いている。あれま?えーと、この状況は…、ってことは…、アンタまさか。自分で袋を床に落として、どうやらご飯だと気付いて、カミカミずるずるカミカミずるずるとベランダ近くまで引きずって行き、とうとう噛み千切って中のエサを食べた、というのかい?まじで?でもお腹も空いてない様子で、器に入れたエサには見向きもしないしなぁ。まぁええよ、ビニール袋好きだから、噛み千切ることはあるだろうってのはわかったよ。でもさぁ、これを自分で運んだの?あんな遠くまで?どしてその場で食べたなかったの?え、まさか誰か入ってきた?いやいや鍵は全部私が持ってる。ってことはアレ?大家さん?だったらネコ居るのバレたら退去させられる(笑)やばいやばい、じゃなくて不思議なんですけど。というテレパシーをネコ様に送ってみた。「だってお腹減ってたもん」というお返事でした(妄想)いやそれじゃブツを運んだ答えになっとらんし!wまぁええわい( ̄∀ ̄;)なんだか知らんが、器が空っぽになって腹減って、「あっそーだ!」と閃いて下駄箱に飛び乗って、袋を落として運んだんだと思っておこう。二足歩行で、えいや!と肩に担ぎ上げて、トットットと運んでいる猫。ぷぷぷ♪想像したらオカシクなってきた!(爆)それにしてもやるなぁ~うちのミルクさま(笑)↓コヤツですよ、コヤツっ!
2009.05.06
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というわけで、本日は☆TSU☆さんと集う会が開かれました~!w集まってくださったのは、まさべえにぃさん、M&Sさん、ワイルドストロベリーさん。5人で目指しましたのは、下鴨神社。まず腹ごしらえをしつつ、リコネクションはどーだった?ピリピリした?と感想を伺い。その後に移動しはじめたら、さっそくリコネの効果が出た!!!のか?私たちが到着すると同時にバスが滑り込んできて、地下鉄に乗ろうとしたら地下鉄がやってきて、こりゃ便利♪(笑)☆TSU☆さんといたら、ナイスタイミングで乗り物が来るね!と盛り上がり(笑)面白い効果を発揮してくれました♪今回なんとなく京都と聞いて、下鴨神社に行ってみたいなぁ~と思っていたら、みんなが「いいよ」と言ってくれまして。近くを通りかかることは何度かあったのだけど、未だに行ったことがなかったので。この時期に、皆さまご存知の「流鏑馬」(やぶさめ)というのが行われるんですね。馬に跨ったまま矢を射るという、アレです。それは惜しくも5月3日だったらしく、現場を見ることはできなかったのですが。車通りから1歩境内に足を踏み入れると、木と土の香り。小雨が降っていたので、よけいに匂い立つような森林の香り。キリっとした空気感の境内能舞台が二つもありました「表参道」と書かれた文字を「散歩道」と読むワタクシ(笑)「なんか散歩道っていわれたらカワイイっすね~(爆)」と受ける☆TSU☆さんwその散歩道のほうではなく、「こっちのほうがそそられますね♪」とまさべえにぃさんが言う森林ちっくな方へ向かう。糺(ただす)の森市街地に忽然と現れる森林。柵のすぐ横には民家が見える。森の中には樹齢何年?というくらいの大木。そのすぐ脇を車が通り過ぎる。うわー太い!大きい!すごいね~といいながら散策。 神事に使われた磐座船形の島が森の中にありました。他にも祭祀の石組みが残されている場所など。昔から神域として守られてきたから、この大木も私たちの目の前にあるのだなぁ。不思議なでっぱりのある木が多くて面白かったです。左は、でっぱり具合がどーも女性のおっぱいのように見えて…(笑)右は、なんだか頭を土の中に突っ込んで逆立ちしている足のように見えて…(笑)そんで、これも女性ちっくなニュアンスの木↓みんなそれぞれ、木を触ったり眺めたりと楽しんでいる様子。この場所に、いまここに、存在していましたね♪雨に濡れてかわいい花も♪ ↓で、これ、なんだかわかります??河合神社という境内にあった、壁の木の屋根の上に、生えていた苔です。雨だったせいもあってか、しっとりとした緑がイキイキとあちらこちらに。あ、それから↓コレ!ココを馬に跨り弓矢を射る、流鏑馬コースみたいです。おそらく2日前は人でごった返すくらいの活気と混雑だったろうと思われる場所は、今日は静かに佇む森のヒトコマでした。ずっとコースにそって歩いていくと木の台があり、「ここでファンファーレを鳴らすんですよ~♪」とアホなコメントをしていたのはワタクシです(笑)そして移動を開始し、市街地を抜けて行こうと、川を渡ります。ピンボケだwていうか、フツー川を渡るのなら橋じゃないの?という突っ込みはナシでひとつ。ワタクシが「アレで渡りたい」と提案いたしました。子どもかっ!www↑渡り中の☆TSU☆さん。てかそっちじゃないし、こっちだし!(笑)この飛び石ちゃんたちを、みんなでぴょんぴょん♪と順番に渡って行く。「やっぱりココはお約束で誰か落ちないと!」なんて言ったりして(笑)雨で濡れた石、ツルッッ!なんてことはなく、みんな無事対岸に渡りきりました。このまま車道を歩いていくのもなぁ…なんて言ってると、ワイルドストロベリーさんが「この近くに京都御所がありましたよね」と。わぁなんと!ワタクシは本日、下鴨神社か京都御所のどちらかに行けたらいいなぁ~と思ってましたの。移動開始場所と移動目的場所の間に、ちゃんと御所があるなんて!(笑)なんだか申し合わせたようにスムーズぢゃないですかっ♪車道から1歩入ると、これまた全然空気感の違うスペース。「おお~」「うわ~」と歓声があがる(笑)「ここ、なんだかやっぱり皇居に似てますね!」「うんうん!似てますね!」広大な敷地を使って、広い間隔を置いて点在する木、草原のような広場。雨も上がり、スーハースーハーと深呼吸したくなりました。ええ、しましたけど(笑)そんな広い中でも砂利道を通らず草原ちっくな場所に入り込むワタクシたち(笑)こんなにキレイな緑が豊富にあって、これまた大きな木がいっぱいで。銀杏や松や楓や、えーとえーと、とにかくキレイでした。まさべえさんに「無駄に広い」と言わしめた道。(笑)人も少なく、犬の散歩やチャリンコで通り抜ける人が散見する程度。そしてこれもお約束?空を見上げると…。大きなかぁちゃんに寄り添うように小さい龍雲ちゃんが。大きなかぁちゃんは画像に収まりきりませんでした(笑)なんかもぅお花たちが優しくて幸せ感いっぱいで、草ちゃんにふわふわの上を歩いても良い?と聞きつつ、クローバーで埋め尽くされた緑の上を歩いて。ビウリポ♪(空色さんちのジェイちゃん語w)そして、どっかでお茶しよう…と探していたら、これまたなんともステキな店。京野菜をシュークリームにしたプレートというのを頂きました。京味噌、壬生菜、竹の子、山の芋、黒豆のシュークリーム。味の想像がつくでしょうか?そりゃやっぱりシュークリームなので甘いのですよ♪雨の京都もなんだか落ち着いて良い感じでした。立夏ということでもう夏が始まったらしいのですが、今日は五月雨の中の散策でした。M&Sさんの六甲登山話や、ワイルドストロベリーさんの物作りの話、まさべえさんには山グッズ情報をもらい、そして、新幹線までまだ少し時間があるという☆TSU☆さんと二人でみっちり濃いぃぃお話もしたりして、大満足の一日を過ごすことができました。堪能しましたなっ♪ご一緒くださった皆様、ありがとうございました♪♪♪
2009.05.05
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私が2つ前の記事で、呼び習わされた名前を言うと遠い存在に感じるので…と書いた理由。それはね。神さまを指して固有の名詞で呼んでしまうと、それまでの固定観念や自分の中のイメージや先入観・知識などが邪魔をして、自分の直感を遮ってしまうことがあるんだろうな、と感じるからなのです。そうすると、寸前まで私のカラダを包んでくれているように感じていた温もりが、遠いところに行っちゃって、そう、例えば天国とか言う場所にね。頭上の遥か上空から、小さな小さな私たちを見守っている偉大な存在になってしまう。そうすると、相対的に自分は小さく小さく感じられて、本来の大きさを把握できなくなっちゃう。でも、おとーちゃん・おかーちゃんと呼べば、ちょー身近でそれこそ親身になって子どもを見守ってくれている温かい柔らかい優しい存在だと感じられる。単なる言葉の綾なのかもしれないけれども、それがなんだかピッタリに思えたのでした。私の感じた、神さまという存在は、そういう温もりのある存在なのでした。そして、もうひとつ。これは井沢元彦氏からの受け売りなんだけど(笑)古来の書物に秘められた、ある法則。それは、時の権力者の編纂によって意図を持って作られているだろう、ということ。どういう意図かといえば、それは明白に、「自分の正当性を主張する」というもの。侵略戦争を吹っ掛けた側が勝利したとしたら、蛮族を排し、神の使いが勝利したと言い。吹っ掛けられた側が勝利したとしたら、蛮族を追い払い、神風によって勝利したと言い。そこに神がかりであることを主張すると、非常に自分たちの立場を優位にしやすい。神の意図である、と。古来の神話には、事実に基づく内容も多々あるだろうと思う。昔の有数のチャネラーがゲットした情報だっただろうから。でも、それを上手い具合に自分の権力維持に用いて、庶民に頒布したであろうことは、今の政治状況やマスコミ体制、他国の報道ぶりを見ても、わかりやすぅぅって感じですよね。こんなに情報網が発達した現代でさえ、世論操作や民衆サブリミナルなんかが行われているのだから、昔の情報過少の時期の書物だとすると…。自分にエエように書きますやんか。そんなんしたことない?上司への報告書とかに、ちょちょいと上乗せしちゃったり。自分のミスが発覚しないように操作しちゃったり(笑)いや、私はないけどっっっ!(←力みすぎw)なので、昔の日本書紀だとか古事記だとかも、信憑性のほどは怪しいと思うのです。縄文人を僻地に追いやり、拡大していった弥生人の子孫たちが、神話として作り上げていたとしたら。天照大神にしても卑弥呼説があるけれども、書物の字面だけを見ていては見落とすもの、目くらましなものが、あるんじゃないかなぁ?と思うわけです。天皇家を神様として祀り上げることで、誰がその利益を受け取るのか。天皇家であり、その周りの豪族であり権力者であり、その後には担ぎ上げている幕府であり…。もちろん、天皇家も神様の子孫です。そして同じく私たちも、神様の子孫なのです。いや子孫というよりも、神様から派遣されている社員みたいなもんです。代々受け継いだというよりも、直属で配置されているのだと思います。なので古来の神様のイメージを辿ると、自分が今、神を感じている感覚を捻じ曲げてしまう、直感・インスピレーションを信じず、知識に偏ってしまう恐れがあるなぁと感じていたわけです。八百万の神にはそれぞれの個性があり、いろいろなことを司り、采配し、ずっと見守り続けてくれていると思います。有り難いことには違いない。でもそれは、私たちが個性豊かに存在しているのと、結局は同義なのだと思います。決して軽んじろと言ってるわけじゃないことは、お分かりいただけますよね(笑)ただ、自分の位置を必要以上に貶めることはないよ~と。神様が遥か上の上の上にいて、自分は下の下の下に這いつくばってるわけじゃない。一緒にいるの♪ココに、一緒にずっと一緒にいるってこと。すぐそばに。あるいは、一体として。私の中にも神様はいる。あなたの中にも神様がいる。だからこそ、八百万の神様なのだ。
2009.05.04
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今、瞬間、私は私という肉体を見下ろしていた。喫茶店でコーヒーを掻き混ぜる肉体。その感覚は、目の前で話し込んでいる二人の女性やテーブル、ついたて、石の床と何も変わらない、ひとつの物質。特別「自分」と意識することのない、他の塊と何も違わない、ひとつの肉体として。そしてそれを見ている意識は、空中1.5mくらいにふわふわ浮いた、全体とひとつの意識の中にある。全体の目で物質全般を平坦な穏やかな心持ちで見守る中にいて、自分の肉体を見ていた。今は私の中に戻ってきたけれど、不思議な感覚だった(笑)まるで…絵画のなかに切り取られた中に自分の肉体も入っていたような。それが特別のものではなく、単なる構成要素のひとつとして。あぁ、なんだ。やっぱり肉体は物質なんだ。意識はひとつと合体してるんだ。実感した。
2009.05.04
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そんでわ、仕事でお疲れ&ご飯食べてきて深夜…ですが、いつものように更新(笑)で、ですね。今まで、宇宙意識、恒星意識、惑星意識、というものが漠然として捉え難かったのですが。なんとなく身近に感じられるようになってきました。おとーちゃん、おかーちゃん、なんですね♪肉親のおとーちゃん、おかーちゃんもいるけど、そうじゃなくて。もっとスケールのデカイ、おとーちゃん、おかーちゃんですね。それこそ、自我を超越した次元での親。何度か転生した私たちを最初からずっとずっと見守ってくれてる親。その、おとーちゃん、おかーちゃんが、1人や2人じゃなく、たくさんいるってこと。大元は宇宙の中心なのだろうけど、それぞれが役割を持って存在している。恒星だったり銀河だったり惑星だったり、木だったり人だったり。その違いなだけで、根本は一緒なのだろうけど、個性を持って存在している私たちのように、恒星も惑星も銀河も、個性を持って存在しているってこと。緻密に計算されて構成されている自然のひとつひとつが、「親」たちが生み出した産物であり、そのひとつが人類であり。その人類に属して、今存在しているうちの一人が私自身であり。今のこの瞬間を目指して生まれて来れているラッキーに気付くと、なんと嬉しくて有り難いことか。それだけココに居させてもらえていることに、責任感と感謝の気持ちが沸くなぁ。といっても、ホワホワしてるだけなんだけど…。その、ホワホワが大事なんだなぁと気付くわけです。私の役割、使命、なんていうと真面目に気難しい顔して検討しなくちゃいけなくなるかもしれないけれど、そうじゃないんだな。どういう世界にしたいのか。それだけを真面目に真剣に思い描くだけでよくて、その実体はホワホワ。だって、ホワホワしている世界でいい、って思っているからだね。説明しよう!ホワホワとは!いつもニコニコしていて、楽しくて、幸せで、ポワワ~ンと気分が良くて、みんな仲良くて、和気藹々としていて、「ね!」といえば「ね!」と通じて、ケンカ?なにそれ?みたいな世界。え?わからん?親たちは、子ども達が幸せで笑いあって楽しく過ごしていることを望むだろう。決して憎みあって血の涙を流して、戦闘に出て苦しんで死んでいく姿は望まないだろう。そしてその子ども自身も、自分たちがどうありたいかを実現したいだろう。それをそのまま実現していけばいい。それだけのことだ。親たちは、ずっとそれを望んできた。拒否して受け入れず、ずっと苦しみの道を選んできたのは、子ども達のほうだ。拒否さえしていなかったかもしれない。自分で考えることすら放棄していたかもしれない。だけども、具体的に自分はどうありたいのか?と考えたら、答えは至極簡単だよね。幸せで楽しくてホワホワしていて、全てあることに感謝して生きていたい。親の気持ちが、とてもとてもよくわかった。神さま、それは親なんだよね。全面的に受け入れ無償の愛を与え続ける存在。そして私たちは神の子なんだよね。愛されて存在を許されていることにさえ気付ければ、ただただ嬉しく有り難い。神の子、すなわち神から個性を与えられているひとつの細胞。心筋なら心臓を二の腕なら腕を太ももなら足を動かしている。どこの細胞であろうと、どこの細胞と個性が違おうと、大元のひとつに繋がっていることは皆同じ。大元から切り離されれば存在していることが出来ない。言い換えれば存在しているからには、大元と繋がっている、ということだ。おとーちゃん、おかーちゃん、別名はいろいろあるね、イザナギイザナミ、天照大神、えーとえーと、昔から伝わる神話に出てくる方々や、スピの世界で呼ばれている名前なんかも…。そうやって呼び習わされた名前を出すと、遠い存在に感じてしまうから。私は、「おとーちゃん!おかーちゃん!ありがとう!ほんまありがとう!」という気分でいこー!と思う(笑)月も太陽も地球も夜空も神さまも…「おとーちゃん!おかーちゃん!ほんまありがとうっ!」
2009.05.03
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えー本日は、本日こそやっとこお休みのため。悲しくもいつもと同じ時間に目覚め。たので。掃除洗濯…はそっちのけで、なぜかビーズの整理を始めてしまいました。整理とはココにあるものをソコに移す作業。ええ、決して捨てません(笑)3mm、4mm、5mm、6mmと分けまして。白、赤、青、黒、と分けまして。丸いの、四角いの、ブラブラするの、間に挟むの、と分けまして。パッケージの山が(^^ゞ袋1杯になりました…。あ、捨てるのあった。パッケージ。パンパンで入りきらない…と思っていたケースが、案外スカスカに。今まで、要らないもの(パッケージ)を後生大事に仕舞い込んでいたわけで。えーとここからスピ的な話の展開に持っていくには。「いらないものを捨てると本質だけ残る」とか振っていくことは可能ですが、そういう言葉遊び的なことはしない(笑)えっとね。整理整頓って、性格もあるんだろうけど能力でもあるって思うんだよね。片付けようと思っても、これって結構センスや能力の問題だったりする。小学校の頃から「片付けましょう!」だの「整理整頓!」だのの標語はよく教室で見たけれど、その方法論を事細かに教えてもらった記憶って、なくない?「では、どうやって?」と疑問に思ったりしませんでしたか?じつは今、困っていることがあります。≪整理整頓能力が著しく低い人に、整理整頓してもらう≫にはどうしたら?モノを片付けるという物質的な事柄だけではありません。書類処理・時間配分・判り易いようにメモを書く・頭の中を整理して物事を伝える などなど、整理能力の要求される場面は、仕事という面においては多分にあるわけです。自分はといえば、性格上細かくモノを分類するなんてのは、無類に好きなわけです。ちょー好きなわけです。ツラをキレイに一列に並べる、なんて一日やっとけと言われればずっとやってます。昔、内職をやってたことがありまして、プラスチックで出来たデコボコのものを、ビニール袋の中に1列に並べるなんて、フツーしないでしょ?ってのを、キレーに並べて悦に入ったりするような、そういうヒトでしたの♪(爆)なもんで、整理が出来ない人がわからないわけで。どうやって指導したらわかってくれるのかが、わからないわけで。昨日も書いたけど、究極的には出来ようが出来なかろうが、実は問題じゃないんだけど。本当なら「まぁええがな出来へんでも~( ̄∀ ̄)」と思うのだけど。でも業務上、出来るようになってもらいたい。なにしろ、3次元的貨幣経済型会社の中の一員として組み込まれている現状なもんで。ワシの役目はそれを指導する、ってことになるわけで。でも、自分自身が整理できないヒトの構造がわからないのだよ…。どういうトコが理解できなくて、どこのツボを押したらピンと来るのかってのが。あるいは、どうやったら注意散漫にならずに以前に言われたことを思い出せて、行動に移せるのかが。そして、苦肉の策として言ったのは、「自分の行動に疑問を持ってください」はぁ?どういう意味?って感じですが。日頃は「自信を持て」とか「自分を信じろ」と言うのですが。その前段階ですね。自分を見つめると、力足らずで不安になる…っていう人には「自分を信じろ」と言うけど。自分を見つめたことすらない人には、まず無意識で行動しちゃってる自分に「疑問を持て」と。そういうことです。まるで機械のように、脊髄反射のように、脳を通らずに手足を動かしているような場合。「ん?これでいいのか?」と自己点検作業をまず、やってほしいのよ~と。壊れているものを発見した場合。手近な袋に入れて、ポイと置いてしまう。「ん?これでいいのか?」と思わなければ、そこで終了。「ん?これでいいのか?」が発動すれば、以前に書いたメモを読み返したり、誰かに聞いたり・・・という次の段階の行動が発生する。気付きの第一歩ですよね。まず、自分で自分にそのキッカケを与えてください、とお願いしました。本当に「お願い」なのです。それを自分のものとして取り入れられるのは、自分だけなのだから…。さて、それすらも「記憶」倉庫の奥底に放り込まれていないことを願うばかり。とか仕事のこと考えてないで、風呂入ってこよ~っと♪
2009.05.02
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なんでわからないのだろう?どうしたらわかってもらえるのだろう?と、努力することはあるけど。究極の話をしてしまっては、身も蓋もないのだろうけども。「わかることさえも、本人次第」なんだよね、実のところ。ぶっちゃけてしまえば、わかろうとわからなかろうと構わない。それは、仕事の話でも真理の話でもなんでも一緒。話して伝えることで、頭で理解することはできる。でも、体感すること・会得することは、本人次第。「あぁ!これか!」とポンと膝を打てるのは、本人だけ。言葉で伝えることは、「言葉」でしかない。感覚で伝えようとしても、他人に成り代わることができない。もしも自分が良い香りだと思っていて「いい香りだね♪」と言ったところで、それと同じ感覚を感じているかどうかを比べることは出来ない。「どういう風にいい香りなの?」と聞かれて、「甘くて少し香ばしくてそんでもってちょっと刺激臭が混じってて…」と言葉で説明しても、それを体感として感じることは出来ない。瞑想中に胸の辺りがポワワ~ンと熱くなって光の渦に包み込まれて…と話したところで、同じ感覚を共有できるわけでもない。会得も悟りも至福感も、自分ひとりのものなのだ。だけども同じ感覚を味わった経験のある人同士なら、あぁソレはアレだな!と感じられるものがある。「ソレ」と「アレ」が同じものかどうかは、この際どうでもイイわけだ。なぜならそれは自分ひとりの感覚だから。他人の「ソレ」と自分の「アレ」を比べて、見劣りがするとかニセモノかもしれないとか、そういう心配をする必要さえない。なぜならそれは自分ひとりの感覚だから。ただ「ソレ」やら「アレ」やらを体感した人から見ると、また未経験の人のことはわかる。それは以前、その同じ境地にいたことがあるから。クロールが出来なくて、5m進んだら水飲んじゃってアップアップしてて「苦しい!」と言ってる人がいたとして、泳げる人がそれを見たら、「あぁ昔は自分もそうだった」って思う。でもその当のアップアップしてる人は、らくらく泳げる感覚っていうのはまだ掴めない。そして自分が泳げるようになるのは遥か遠い先の話のように思う。でもいざ泳げるようになると、なぁんだこうすりゃイイのかって感覚でわかる。そんで、左手の上げ方が誰かと違うから間違ってるのか?って気にしなくても、泳げていることには変わりない。そんなもんさ。ただ、言葉で伝えたくなるのは、その足をバタバタさせてる力加減をもう少し抜き気味にしたら?とか言うことで、「んん?そうなのか?」と意識を向けてチャレンジしてみるきっかけを作っているに過ぎない。そう、きっかけ。体感するのは本人自身。本人しか経験できない。「そんなこと言っても足に力入れてるほうがやりやすい」と思う人は入れ続けるでしょう。「んじゃ一回力抜いてみようかな」と思う人はチャレンジするでしょう。結局は、自分がやるかどうか、だけなんだよね。全ては自分が決めている。今日の過ごし方も、幸せの感じ方も、笑うか笑わないかも、体感にチャレンジするかどうかも、このブログを読むかどうかも…(笑)---------------ココからは仕事の話です---------------------(爆)「はい、それは知ってます」私はそういう言い訳はキライだ。知ってるのにどうしてやらないの?そう聞くと「やらない理由」をあれこれ考え出してくる。私はそんな「理由」を聞きたいわけじゃない。「それは知ってる」のに「やらない」のは。やらないことを選択している、だけじゃないか。もしくは、やることを忘れていただけじゃないか。やりたくないならやらなくてもいい、忘れていたのなら思い出せ。コトはシンプル、ちょー簡単。そして、やりたくないのなら・・・うちの職場にいるのは無意味だな。けけけw
2009.05.01
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