旅の途次~ちょっといい景に逢っていきませんか?~

旅の途次~ちょっといい景に逢っていきませんか?~

●遭遇記



あれはもう12年ほど前、平成という時代が幕を開けたばかりの頃、オイラは何を血迷ったか新幹線に乗っていた。客ではなく、乗務員として。

乗務員というと聞こえはよいのだが、何のことはない、タダの売り子、つまり車販嬢……じゃない! 車販野郎としてである。

アルバイトも色々なものがあるようで、たまたま某バイト情報誌にあった広告に飛びついた結果なのだが、N食堂の販売員として、東北・上越新幹線に一往復乗務することになったのであった。新幹線といえども走る列車の中はそれなりに揺れる。高崎駅への進入時には斜体が大きく傾く上にかなりスローになるので、販売ワゴンをキープするだけで結構体力を使ったりするのである。あれはれっきとした肉体労働なのだ。

さて、そんなことはどうでもいいとして、ある日のこと。その日は夕方、大学の帰りに盛岡まで乗務した帰り、上野行最終列車でのこと。グリーン車サービス【※1】を済ませて帰ってきた先輩のKさんがうわずった声で某歌手の名前を口にした。
「乗ってるのよ、グリーン車に!」
え? ウソ!! ホントですか? ってなもんで、一時ビュフェ【※2】は騒然となった。ヤダなぁ、その人、恐いイメージがあるじゃない。でっかいし、酒好きなんでしょ?
「そうなのよ。お茶なんかいらないって顔するんだもん。恐かったわよぉ。」
冗談じゃない。そんな化け物のような芸能人の乗った列車に同乗するなんて、お願いだからウィスキー販売【※3】が回ってきませんように。
「よし、じゃあ君は……おみやげワゴン、行ってくれ。」
よ、よかった~。行って来ます。

グリーン車はビュフェの隣にある。ワゴンを押しながらはやる鼓動を懸命に押さえる。よし、いっちょ行ったるか!
シューッと音もなく開くドア。さて、問題のあの人は……いない。どうやらもう一つ向こうの車両のようである。うえーん、こわいよぉ。ま、まぁ喰われることはないだろうからいいけど。
そして隣の車両。……いた! あの巨体は紛れもない。ヘッドレストから海坊主のように黒い頭がイッコ、突き出てる。その頭が右回りに180度回転する……。きゃー!!
おもいっきり 和田 アキ子さん に睨み付けられ、その場に立ちすくむオイラ。しかし、そのワゴンが酒を運んできたのではないことを悟るやいなや、興味なさそうに視線を前に戻す。こっっ、恐いよぉ。これはワガママ野郎どころじゃない。蛇ににらまれた蛙の心境というヤツだ。

何とか無事にやり過ごし、先頭車両へ。そこには一休み中のKさんの姿が。アッ子さん、こわいっすよ。
「私なんか、ビールを売ってきたんだけど、早くよこしなさいよってな感じで、ホント、こわかったわ~。」
でしょうねぇ。土産ワゴンでホントに良かった。
「隣に座ってたのはマネージャーさんでしょうね。支払いさせられてたわよ。」
うえ~、ビ、ビュフェに戻りたくないよぉ。

とはいえ、そのときはとりあえず何事もなくビュフェに帰り着いた。真の恐怖はそこから始まるのである。
「ウィスキー、行って来て」
!!! マジっすか!? 勘弁してくださいよぉ。
「12(人分)でいいよ」
はい……。

再びグリーン車。なんか、魔物の巣窟に迷い込んだ気分。意を決してドアを開ける!!
……瞬間、目が合った! ひぃぃぃ! オイラじゃなくて酒を見てるぅぅぅぅぅ!!!!
結局、注文はされなかったものの、通り過ぎる間、ずっとこっちを見ておられた。もう恐いから言い回しも丁寧に、丁重させていただきたく存じ上げたてまつりまする……ってなもんだ。

とりあえず難を逃れて先頭車にたどり着く。引き返すのに、こんなに勇気が要ったのは初めてだ。そして順々に来た道を戻る。1号車、2号車……。その日はめずらしくウィスキーの売上も好調で、再びグリーン車前まで戻ってきたときは残り2杯……。いくら何でも出来過ぎなんじゃないの? これって。

はたして、自動ドアが開いた瞬間、目があっただけでなく、手まで挙げられた。これじゃあ、他の客に残りを売りつけることもできない。彼女が座る、真ん中付近の席まで足早に、たぶん引きつった笑顔でオイラは近づいていった。神様……! どうか喰われませんように。

「2つね」
はっっっ、はいっ! いきなり注文された。思ったよりおだやかな声。あれ? Kさんが言うほど恐くないぞ??
「良かったですねぇ。丁度2つ残ってましたよ。」とマネージャー。こちらはすでに顔がかなり赤らんでいる。「私が払いますから」と出されたお金は10,000札。ちなみに金額は1杯550。それを見たアッ子さん、おもむろに頭を小突いて「バカかあんたは。売り子さんがそんな大きなお釣り持ってるわけないでしょうが。」
これにはこっちもビックリ。いきなりだもんなぁ。そしてオイラに向かって一言、
「(お釣り)大丈夫?」
優しいでないの。チョット感激。単純だなぁ。まぁ、この日はおみやげを売って歩いていたから、お釣りには困らなかったわけで、大丈夫ですよ、とお答えさせていただいたでござる。?? なんか日本語が変だ。
「そう? ありがとうね」だって。ずいぶん印象が違うじゃないの。

ビュフェに戻ってその話をすると、Kさん、
「て、ことは、ビール2本(350ml)とウィスキー小瓶1本……か。やっぱり大酒のみだわね。」
上野までの2時間チョット、居酒屋ならともかく、すごいな、やっぱ。

23:25。列車が上野に滑り込み、我々の仕事も無事終了。だけど、今日はいつもより疲れたぞ。……あれ、Kさん、それなんです?
「和田アッ子のサインよん♪3枚もらった。」
!! ちゃっかりしてますねぇ。で、3枚?
そう。私とAちゃん(もう一人の売り子の先輩)、そしてチーフの分。
ガックシ。オイラの分はなかったのね。

注
1グリーン車サービス……グリーン車にご乗車いただいた方には、ささやかなサービスをするってんで、どういうワケか車販の売り子がグリ-ン車まで行って、お茶とおしぼりのサービスをするのである(当然無料)。サービス係はそのときに乗務したメンバーで好きに決めることができる。
2ビュフェ……車販の売り物は全てここに備蓄されていて、始発駅で一定量積み込んで、車内を回りながら、その都度補充していくのである。当然、発車直後は売り子が勢揃いしているのである。
3ウィスキー販売……ウィスキーの小瓶と天然水の入ったプラカップを10~12人分、トレーに載せて列車の端から端まで一往復するという、結構ハードな任務。ワゴンじゃないのでよろけたらアウト。

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