旅の途次~ちょっといい景に逢っていきませんか?~

旅の途次~ちょっといい景に逢っていきませんか?~

○道中


 前回のタイトル《馬籠(前編)》は間違いです。正しくは全編(苦笑)でしたね。お詫びして訂正いたします。では続きをどうぞ。

物事を知らないワガママ野郎の単独行
 ~木曽路徒歩紀行・第8回 道中(馬籠→妻籠《二里》前編 馬籠~馬籠峠)~

1997年5月2日

 馬籠宿を出はずれるとバス停があり、数多くの観光客が次の便を待っている。今までの私ならばその列の後ろに続くのだが、今回はそうはいかない。まぁ、時間の制約なしに自分の裁量のみで旅を続けられるというのは、ある意味贅沢な旅なのかもしれない。運動にもなるしね。メリットはそれなりにあるわけだ。行動時間とその範囲が限りなく狭められてしまうというデメリットもあるにはあるけど……。それは気にしないことにする。楽しけりゃいい……楽しいかなぁ……?? なんてね。

 足元に多少の疲労を感じてはいるのだが、まだ歩き始めてから数時間……数時間!? 考えてみれば朝7時半に中津川に着いてから悠に6時間は経過しているわけだ。こりゃ疲れるのも無理はないかな。でもまだ日暮れには早いし、それに何より観光地丸出しの馬籠にはできれば泊まりたくない気持ちもあった。というわけで、ここでヘタるワケには行かなくなってしまった。往古の人たちは一日に一体どれくらい歩いたのだろうかと考えながら、バス停脇の細い路地へ足を踏み入れる。

 路地はチョットだけ登り坂になっている。盛土というか、土手のてっぺんに登るような雰囲気だ。とはいえ、まわりは田畑に囲まれているので周囲を見下ろすという感じではない。ただ、右手やや下方で自動車の音がするのでなんとなく高いところにいるなという実感が持てるだけだ。この辺りは「陣場」と言い、小牧・長久手合戦の折、徳川方の菅沼・保科・諏訪の三将が陣取ったところだとか。そういう目で見ればこの土地は確かに広い。前述した馬籠城は、この位置からであれば馬籠集落を挟んで恰度対岸に見下ろすことができるだろう。これは格好のロケーションといえる。もっとも、現在では家や樹木に邪魔されているし、肝心の城塞が跡形もないので、もはや「推して知るべし」の領域を脱しないのだが。

 やがて道は林に囲まれたかと思うと、石畳の下り階段でもとの国道に合流してしまった。なんだ。つまらん。『独案内』によると、中山道は国道をまたいで再び林の中へと姿を消すようだ。車通りがそれなりに多く、見通しの悪いカーブの連続する道だというのに、やってくる車は結構なスピードで通過していく。信号機と横断歩道は当然ない。あったら興醒めるだろうなぁ。ありがたく感じることは間違いないだろうけど。アブナイので注意しながら、結構な勇気でもって横断した。

 道の反対側、ガードレールのとぎれ目から細い路地が延び、小脇に小さな案内板がある。明らかに昭和の代物だ。わかりやすいのはいいけどさ。あんまりご丁寧だとかえってイヤだな。まぁいいや。先に進もう。ここからは峠道だ。しばらくのあいだ林の中や田圃の中を上り続ける。国道が度々右から左へ、左から右へと交差する。それだけこの上り坂が急だということだろう。いつしか道は築堤の体をなし、2~3メートル下に小さなせせらぎが単調な風景に仲間入り、よいアクセントをつけていた。

 街道筋に小屋が見えてきた。脇に水車を持つ文字通り「小さな」建物である。水車塚といい、昭和8年に建てられたものだとか。水車は元気に水をかき回していた。

 この辺りから道はその傾斜をますます急なものにしていき、一歩を進むのにそれなりの気力を要するようになってきた。ふと見ると、前方に集落が見える。久しぶりの民家だ。峠集落に入ったということか。『独案内』によると、この集落は宝暦3(1753)年以来火災がなく、そのため江戸時代のままの建物が多いという。確かにそうだ。家の作りのみならず、水場(※1)らしきものまである。さすがに窓や戸はサッシなどに付け替えられてはいたが、昔の佇まいがそのまま残っている感じがした。

 とはいえ、やけにひっそりとしている。テレビの音が小さく聞こえるから、廃村になっているわけではないようだが、どことなく排他的なというか、あまり長くここに居ちゃいけないんじゃないか、という妙な気にさせられてしまう雰囲気があった。宿らしき所もないし、安政年間の旅行ガイド『五海道中細見独案内(安政2/1855年)』にある「赤飯名物」を売る店も見当たらない。馬籠~妻籠間をバスであっさり峠越えしてしまうような時代だから、間の集落がその恩恵からこぼれてしまうのも無理からぬ話だといえるだろう。私の目的もここで赤飯を食うことではないので先を急ぐことにしよう。

 峠集落を後にして、2本の足はひたすら北を目指して規則的な運動を続けている。ただ、馴れない山道と長時間の歩行、日頃の運動不足が祟り、必ずしも順調な道行きとはいかなくなってきた。この辺りは街道と国道が合流しており、歩行者はガードレールもない車道脇(つまるところの路側帯だ)を歩かなくてはならない。アスファルトの上は土と違って足を踏み下ろす旅にそのショックがダイレクトに体にはね返ってくるので、歩きやすい反面、非常に疲れる。しかも峠道にありがちなカーブの連続で神経は常に車に向けられるため精神的にも必要以上に消耗するのだ。充分な休みもとらずに歩き出してしまった自分の迂闊さを呪いながら歩くこと数分、大きく左にカーブする道の脇に一軒の茶屋らしき建物が。馬籠峠のてっぺんまで上り詰めたのだ。我ながらよくやったなぁ、としみじみ。ここから先は下りとなる。ようやく峠道の半分……と思いきや、純粋な距離としては、馬籠~妻籠間の1/3程度を消化したに過ぎないのであった。

 【第9回へ続く】
 【第7回へ戻る】

※1 水場……木や石で囲われた2~3m程度の小さな水槽。共同井戸のようなものと言っていい。スイカを冷やしたり洗濯用水にもする。須原宿に多数残っているのだが、それはまたいずれ。ちなみにこの集落の水場はいずれかの家の個人所有のもののように見えた。

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