Blue kiss

Blue kiss

夜景

夜景



「タクシーに乗ろう。」
カズキは「山路」を出ると足早に通りに向かう。

タクシー?
どこへいくのよ。

小走りで後を追いながら
心の中で悪態をつく。
タクシーでラブホに乗りつけるようなヤツじゃない。
シティーホテルを予約している筈もない。

わざわざタクシー?

「もう一軒行こう。」といった
さっきの言葉がやたら気になり始めた。
何処へ・・・

タクシーを止めてわたし達は乗り込んだ。
カズキは行き先を告げると
腕を組んで眼を閉じてしまった。
「ねぇ、何処へ行くの?」
カズキの耳元に小声で尋ねる。

「いいところ。」
「行ったことないとこ?」
「あなたは無いと思う。」
「誰といったの?」
「嫁とその友達夫婦。」

なんてムカつくヤツなんだ。
想像もしたくない光景が浮かんできてしまった。

「あ、そう。」
「行きたくなくなった?」
カズキは眼をあけて車窓から外を眺めた。
「わざわざ言うことはないわ。」
「誰と行った?って聞いたのレミさんでしょ。」
「正直に言うことじゃない・・・!」
わたしは、うんと小さな声で怒鳴った。

「いいから。」そう言って
カズキは左手でわたしの右手をギュっと掴み
指を絡めた。

なんだろ、このヒトは。

その手の中からじんわり広がる温かな鼓動が
わたしを芯から癒しに来る。

だめだ・・・
いざこうして会うとどんどん
カズキにはまり込んでいく。

わたしは車窓からずっと外を眺めている
カズキの横顔と
首都高を流れるネオンの灯りを
フレームの中に収め
ぼんやりと自分の瞳に映していた。


湾岸を降りて目的地に近づいたようだ。
カズキが財布を取り出している。
真っ暗なのに
海と陸の境界線が
ナトリウム色の街灯ではっきり見える。

優美な曲線を描くホテルは
海の中に立っているようだった。
そのホテルの正面玄関にタクシーは横付けされた。

「ここ?」ホテルは見上げるほど高かった。
「そうだよ。」

(まさか部屋をとってたりしないよね?)
妄想が始まる。
だって仕方ない。
カズキとわたしはもう、そんな間柄なのだ。
1ヶ月振りに会って
どんな気持ちになるかなんて、わかってる。

ホテルのロビーを横切って
わたし達はエレベーターホールに向かった。
36階の最上階ラウンジのボタンをカズキは押した。



ラウンジは大きな一枚ガラスが曲線を作っていた。
見事な夜景だ。
高層ビルからの大都会の夜景は何度も見たが
こんなのは初めてだった。

遠く広がる湾岸の境界、海の水面、街の灯、月の光
まるで素晴らしい絵画が
現実になったような世界があった。

黒服に迎えられて
カズキが何やら会話をしているのも
窓際のテーブルに通されたのも上の空で、
わたしは窓の外に眼を奪われていた。



カズキの頼んだシングルモルトが
2つ運ばれてきた。
「なかなかでしょ?」
カズキがにっこりして、わたしを覗いた。
「うん・・・すごい。」
「ここに来た時ね、レミを連れて来たいと思ったんだ。」

「感動する。・・・」わたしは呟いた。
「そう言うと思った。」

上品なアロマ香りを放って、テーブルキャンドルが
わずかに揺らめいている。

「気持ちいい?」
「うん・・・最高。」
「晴れていて良かったね。」
「ホント!」
「セックスよりいい?」

「この感動が?」わたしはカズキを見た。
「どお?」
「美しいお付き合いって感じになるね。」

くっ・・!
二人で噴出した。

カズキはカウチソファの端にもたれて
わたしを抱き寄せた。
「人間って、どうして一度にひとつの道しか
歩けないんだろうね。」

頭の上でカズキの口元が動いた。
静かで、やわらかで、少し寂し気な声。

「こっちは裏道・・?」
「裏というより、架空の現実って感じだな。」
夢から醒めたら、本当の現実がある。」
「わたしはこっちがホントだったけど。」
「おまえはそうだろ。」
「何よ、それ。」

またムカついてきた。
全然ロマンじゃない。
せっかくの芸術的異空間が・・・
せっかくここまで連れてきてくれたのに

何で、そんな無神経なことを
ぽろっと言うの。
だから
わたしは寂しくなるんだ。

これも、あれも本当だといって欲しいのに。
パノラマが滲んできた。


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