misty247

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2007.08.15
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カテゴリ: 自然を表現する文
 今回は「大台ヶ原山」を特別に繰り上げて紹介します。


/\/\/\[大台ヶ原山]/\/\/\

 大台ヶ原は高原地形です。昔は大平(オオダイラ)と呼ばれ大平原となり大台ヶ原と変わり、ご丁寧に山がついて大台ヶ原山と呼ばれるようになった、とあります。今は「大台ヶ原」に山がついたりつかなかったりと混在状態のようです。
 大台ヶ原は、奈良と三重の県境になる台高山脈の南に位置し、日出ヶ岳(執筆時は秀ヶ岳)の1694mを最高地点とします。

・昔の人が端的に大平と名付けた通り山上は広い高原で、樹木が繁茂しているのは雨量のせいである。この高地から流れ出る大杉谷や東ノ川が渓谷美をなしているのも、激しい浸食を促す雨量のせいかもしれない。大台ヶ原に登って雨に遇わなかったら、よほど精進のよい人と言われる。町で一年かかって降る雨をここでは一と月足らずで降ってしまうのである。

 昔の山のガイドブックを見ますと、大台ヶ原とくれば大杉谷が欠かさず紹介されています。大杉谷は三大渓谷(清津渓谷、黒部峡谷、大杉峡谷)のひとつで、豪快な滝を無数に連ねる渓谷に沿って一日では歩きとおせないほどの長距離を歩くコースです。
 ところが残念なことに、この道は2004年の台風で登山道が崩壊し、以来、登山禁止になったままです。
 奈良から三重への道といえば名阪自動車道。天理から亀山まで無料で走れる高速道路のような道は、別名「千日道路」と呼ばれていて「1000日間で完成させる」という目標のもと急ピッチの工事で開通された道です。トンネルを掘り、橋を架け、道を通し、全長約73kmを千日で完成させました。あれだけの規模の道が千日でゼロから出来上がったのですから、大杉谷登山道が崩壊後千日経った今でもまだ復旧されないということは、修復させようという動きがないからでしょう。
 直してもまた壊れるからか? 三重県が金をかけて直して、通行者が主にお金を落とすのは奈良の大台ヶ原だからか? 直しても死亡事故は毎年何件かは発生し、その都度訴えられるのは馬鹿らしいから「通行禁止」? 壊れてきた自然を回復させる目的で数年放置? と、理由をあれこれ推測してしまいます。


・牛石ヶ原と呼ぶ広濶な原は一面ミヤコザサで覆われて、そのあちこちに大木が立ち残り、一種の自然公園の趣であった。一隅に寝牛の形をした石があるので、牛石ヶ原の名がある。石の近くに神武天皇の銅像が立っていた。この伝説的な天皇が大和のこの地を経て東に向かったといわれているからである。その原を横切って細長く突き出た大蛇グラの岩鼻の上に立つと、すぐ眼下は深い谷に陥ち込んで、その向うに絶壁をなしているのが蒸籠グラ(せいろぐら)と千石グラである。

 大杉谷と筏場は通行禁止。西大台が利用調整地区になり小処から来るのも難儀。大台ヶ原山はもうドライブウェイで山頂に上がって、東大台を回遊するだけの地となりました。大台ヶ原山の山をとって大台ヶ原に戻すべきときがきたようです。

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※ 私の東大台レポ(昨年秋)は コチラ からどうぞ。





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Last updated  2007.09.03 11:34:29
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