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22025年1月29日午後9時ごろ(日本時間30日午前11時ごろ)アメリカの首都ワシントンのドナルド・レーガン空港近くで起こったアメリカン航空旅客機と米軍ヘリの空中衝突事故。日本時間1月31日正午時点で、60余名の乗客・乗員、ヘリに乗っていた3名全員の生存は絶望視されている。また、全米選手権直後のフライトであり、フィギュアスケート関係者が多数乗っていたということで、衝撃が広がっている。だが…Mizumizuが最初に驚き、今はもっと不気味だと思っている事実。それは「乗っていたフィギュアスケート関係者」の実名報道だ。事故直後に伝えられたのは、ワシントン発のタス通信からの情報で、1994年のフィギュアスケートの世界選手権ペアで優勝した元ロシア代表のワジム・ナウモフさん(55)とエフゲニア・シシコワさん(52)が搭乗していたのだという。これを読んで最初に思ったのは、「え? なんでタス通信?」。ロシアの通信社がまっさきに元ロシア代表、現アメリカ在住コーチの名前を挙げたのだ。なんでこんなに早く分かったわけ? 「アメリカの国内線」に二人が乗っていたことを?ならば、すぐにアメリカから他のフィギュアスケート関係者の搭乗名が伝えられるだろうと思った。なんといってもアメリカで起こった事故だし、搭乗者名簿があればすぐ誰が乗っていたのか分かるはずだ。だが、ことがことだけに生死がハッキリするまでは、という配慮なのか、1月31日正午現在、具体的な実名はまだ公式には発表されていない。アメリカのスケート連盟、アメリカン航空の公式サイトおよび公式Xのリリースも当たってみたが、家族や友人への呼びかけと声明ばかりだ。こういうところが、恐ロシアなのだ。この情報の速さ。そして、それを現地国に先駆けて、あえて発表する。日本なんてもちろん、日本国籍の搭乗者がいたかいないかは、「現在確認中」という、お決まりのスローテンポ。一歩も二歩も遅れる日本の情報収集能力に対し、恐ロシアの速さよ。ナウモフ&シシコワは確かにフィギュア界では有名人だ。1994年の世界選手権のチャンピオンということは、佐藤有香がワールドチャンピオンになった幕張で優勝したということだろう(実は、まったく憶えていない)。だが、すでに過去の人で、一般人にとっては「誰? それ」だろう。それなのに、ロシアは情報を的確に素早くつかんでいるのだ。これだけ個人の行動把握が速いのなら、そりゃ、暗殺もできるわな、簡単に。反ロシア政府主義者で国を出たロシア人を震え上がらせるのには、十分な一報だっただろう。「お前らがどこでどう動こうと、分かってるからな」と、暗に知らしめるための実名発表だったのではないかとすら思う。実に恐ロシい。追記:News Channel3 NowのXで、搭乗して犠牲になったと思われる選手とコーチの名前が公表され始めた模様。@Newschannel3now
2025.01.31
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手塚治虫アシスタントの食卓 [ 堀田あきお ]あっと驚く小ネタが散らばっている『手塚治虫アシスタントの食卓』。中でも1、2を争うびっくりネタは、楳図かずおにまつわるものだろう。ある日、堀田氏をはじめとするアシスタントは、手塚先生の仕事部屋の片づけを頼まれる。普段は手塚夫人以外は立ち入り禁止の部屋だ。入ってみると資料の本が床に積み上がり、すごい状態。アシスタントたちが整理を始めると、『新宝島』の初版本だの、ディズニーの原画だの、お宝がザクザクでてくる。「さすがだな~」と言いながら片づけを進めていくうちに、アシスタントの一人が思わぬものを発見するのだ。それはなんと「楳図一雄」と名前が書かれた大学ノート。中身は漫画だった!アシスタントたちは、「楳図さんの子供のころの作品だ!」「すごい大発見だ」と色めき立つ。おそらく楳図一雄少年は、手塚先生に見てもらいたくて自作の漫画を送っていたのだろう。「なんとなく先生の絵に似てんな!」とアシスタントの一人がつぶやく。楳図かずおが手塚治虫の『新宝島』を読んで漫画家を志した話は、今はかなり有名になっている。https://bunshun.jp/articles/-/74668以下、上からの引用(インタビューの一部)ファンの間では有名な「小学五年生の時、手塚治虫の『新宝島』を読んで漫画家になることを決意した」、「しかしすぐに手塚離れを意識し始めた」という一連のエピソードに、今一度掘り下げるべきものがあるように感じました。『新宝島』は戦後漫画の出発点と言われてきましたし、手塚治虫とはまさに日本マンガ史の「正統」ですよね。そこからどのような影響を受けたのか、あるいは受けなかったのか、おうかがいできますでしょうか。楳図 影響はね、受けないように気を付けていたんです。もともと僕は小さい頃から本が好きで、町の中に貸本屋さんが三軒あったけど、全部借りまくって読んじゃったというような子供だったんです。漫画もいっぱい読んでいました。それで、小学五年生の時に近所のお祭りへ行ったら、露店でベーゴマとかビー玉とかいろいろ並んでいる中に、本が売っていた。それが、手塚治虫さんの『新宝島』でした。それまで僕は漫画が好きでただ読んでいただけなんですが、『新宝島』を読んだ瞬間に目覚めちゃったんですよね。「あっ、僕も漫画家になろう!」と思ってしまった。 あまりにも面白いから、『新宝島』だけじゃなくて、『火星博士』だの、『ロストワールド』だの、『来るべき世界』だのと、当時出ていた手塚さんの作品をなんとかして手に入れて、読みまくりました。ところが、友達に「漫画を貸して」と言われて、いやだぁと思ったけど貸してあげたら、後で「返して」と言っても「借りた覚えがない」と言う。子供心に、世の中のいやな面を見せつけられてしまいました(苦笑)。 でも、僕はもうその時、「中学になったらデビューしたい」と思っていたんですよ。そうすると、手塚治虫は面白いけれども、その影響を受けてしまった僕というのは、手塚治虫のコピーになってしまう。それはイヤだなと、子供心に思っちゃったんです。友達が本も返してくれないし、だったら意識して離れよう離れようとしました。だから、手塚治虫は小学校の頃に読んだ漫画しか記憶になくて、『鉄腕アトム』は読んだけれども、たまに似ていると言われることがある『火の鳥』なんかは全然読んだことがないんです。(引用終わり)藤子不二雄がプロになる前、手塚治虫に自作の漫画を見てもらった逸話は有名だが、楳図かずおもそうだった、という話は手塚治虫からも楳図かずおからも聞いたことがない。送った本人ももらった当人も忘れてしまっていたのかもしれない。生前の手塚治虫が、売れっ子になったあとの楳図かずおを評価していたとも思えない。いや、むしろ楳図かずお作品には否定的だったのではないかとさえ思える。だが、アシスタントが楳図少年の漫画ノートを手塚治虫の仕事部屋で「発掘」したということは、手塚がそれを捨てずに長年持っていたということで、なにかしら才能の片鱗を楳図少年に見い出していたのではないだろうか。藤子不二雄Aの『まんが道』から『愛しりそめし頃に…』は、自伝的フィクションの大傑作だが、この中で藤子不二雄Aは手塚治虫の『新宝島』が自分たちの一生を決めたと繰り返し述べている。『愛しりそめし頃に…』の一場面。才野茂(さいのうがしげってる)は藤子・F・不二雄。藤子不二雄Aこと安孫子氏のパートナーにして『ドラえもん』の生みの親。同じく『愛しりそめし頃に…』から。左上の少年が赤塚不二夫、右下が石ノ森章太郎。のちに「ギャクの神様」「漫画の王様」と呼ばれる漫画家になる二人の道を決めたのも手塚作品。彼らが手塚チルドレンだということはよく知られているし、手塚治虫との交流も名高い。楳図かずおは、はやくから意識的に手塚漫画を「読まなくなった」と語っている。それは手塚治虫という絶対的存在の影響から逃れるためだ。また、漫画家になり、作品が認知され出してなお、編集者は楳図の原稿を取りに来てもくれず、自分で送っていたのだとか。そんな扱いでも、「自分の漫画は雑誌の売れ行きに貢献している」という自負が楳図を支えていたと自ら語っている。若いころから天才の名を欲しいままにし、決まった「手塚番」が常にやってきて、遁走すれば追いかけてくる漫画界の一大スター手塚治虫とのなんという扱いの違いか。晩年になって楳図かずお作品は、主にフランスで評価され、それに伴って日本での名声も高まったように思う。完成された楳図漫画は手塚漫画とはまったく違うが、子供時代にわざわざ自作の漫画ノートを手塚治虫に送っていたという事実を鑑みるに、楳図かずおもやはりまごうことなき手塚チルドレンの一人だったということだろう。
2025.01.18

高田馬場の小さな町中華、第一飯店。何の変哲もない店だが案外人気店らしく、お昼時は並んでいる人の姿も見かける。ここの「特製上海焼きそば」は手塚治虫が考案したという触れ込みになっている。もちろん、食べましたとも。「海鮮とキノコの旨味たっぷり」という宣伝にたがわない味。全体の味付けも濃いめで、いかにも昭和風。しかもすごいボリューム。これを食べるときは朝食を抜いて、遅めのランチタイムに行くようにしている(つまり、もうリピートしているのだ)。個人的にはキノコ類が豊富なのが気に入っている。シイタケ、キクラゲ、ストローマッシュルーム…自分ではなかなかここまでキノコ類を入れた料理は作れない。ボリュームが凄くて、食べ終わるころには、「さすがに飽きた。もうしばらくはいいかな」と思うのだが、あ~ら不思議。しばらく経つとまた食べたくなる。『手塚治虫アシスタントの食卓』にも、この店の焼きそばのエピソードが出てくる。店の名前は変えてあったが、テーブルといい、料理といい、イラストは明らかに第一飯店。『手塚治虫アシスタントの食卓』を読むと、手塚プロダクションが高田馬場にきてから、周囲の飲食店がいかに潤ったかがハッキリわかる。なにせ、大勢のアシスタントが会社のお金で豪勢に食べまくっているうえ、関連業者や編集者も押し寄せるから、当然、喫茶店など利用するだろうし(なにせ待ち時間が長い)、いやはや、一人の大天才による「高田馬場飲食店」への経済効果はいかばかりだったのかと。藤子不二雄A&藤子・F・不二雄によるエッセイ『二人に少年漫画ばかり描いてきた』でも、自分の仕事を手つだってくれた駆け出し漫画家に対して、手塚治虫が若いころからお金を惜しまず美味しい食事をふるまっていた様子が日記風に書かれている。藤子不二雄Aは、「(アシスタント代をもらったうえ)こんなにごちそうになってばかりでいいのだろうか」と思ったそうだ。漫画を一大産業にのし上げたのも手塚治虫だし、日本アニメの先駆者となったのも手塚治虫だし、グッズ販売が「儲かる」商売だと世に知らしめたのも手塚治虫のキャラクターだし、アシスタント分業制を採用して漫画の量産に道を拓いたのも手塚治虫だし、のちに大物となる有望な漫画家の卵を編集部に紹介したのも手塚治虫だし、漫画の神様が直接・間接に日本の経済に及ぼした影響ははかりしれない。そして、「グルメブーム」なんてものが起こるはるか前に、こうやって食をつうじて、地元の経済を回していた、というのも業績のひとつに挙げたいくらいだ。
2025.01.15

高田馬場に行くと、青柳の「更科」を買うのだが、同時に絶対寄ってしまう店がある連珍というタロイモスイーツ専門店だ。Mizumizuがタロイモスイーツに初めて出会ったのは、チェンマイ。日本では食べたことのない、重めの独特の食感、控えめな甘み付け。非常に気に入った。日本ではほとんど売られていないのだが、人形町と高田馬場には専門店がある。一番好きなのは、タロイモプリン。二層になっていてタピオカも入っている。こちらはタロイモのロールケーキ。タロイモを使っていないスイーツもある。手前の雪花もち。奥はタロイモボールで、タロイモそのものの風味が一番味わえる逸品なのだが、賞味期限が短く、しかもバラ売りしないで4つセット。すぐに硬くなって風味が落ちる、まさに生菓子なので、なかなか買えないでいる。こちらは「パンナコッタ」といって売ってるお菓子だが、全然パンナコッタではない(苦笑)。練乳を固めてココナッツを振りかけたスイーツ。タロイモは使われていないが、好みの味なので頻繁にリピートしている。ガランとしてるが、そのわりに整頓されていない店内(失礼!)でイートインもできる。「タロイモって何ですか?」と聞いてるお客も多いが、店員さんはあまりうまく答えていない。「台湾のお菓子…」とか(笑)。いや、それは表の看板に書いてあるって。タロイモを知らない方のために書くと、色は紫芋に似ているが、サトイモの仲間。そう聞いて食べると、多分納得できる風味だと思う。そこそこお客は来ているが、やや「そのうちなくなってしまうかも?」感のある店。お店に高級感がないのに、値段が高めなのも、もうひとつ流行らない理由か…タロイモスイーツの魅力、もっと日本人の間に浸透してくれたらな、と思う。
2025.01.12
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手塚治虫アシスタントの食卓 [ 堀田あきお ]堀田あきお氏が「あまりに美味しくて」残っていた分を全部食べてしまったというお菓子、「更科」。高田馬場の青柳という和菓子屋のスペシャリテ。手塚治虫のお気に入りだったらしい。確かに、美味しいのだ、この更科。過剰な期待をして食べると裏切られるが、素材の上質感もあって飽きの来ない味。皮のもっちりしっとり感はMizumizu好み。高田馬場に行くたびに買っている。青柳には、手塚治虫キャラにちなんだ創作和菓子もある。コレ↓ 誰だか分かりますか?(笑)ちょっと食べすぎちゃった感はあるが、アトムなのだ。中身は栗餡。手塚治虫先生が亡くなったあとに考案したご当地(?)饅頭といったところ。高田馬場はアトムの生誕地なので。皮はかためで中身がしっかり入っている。古風な和菓子。これまた強烈なインパクトはないが、あれば食べてしまう。ウランちゃんもある。こちらは和三盆を使った餡。Mizumizuにはやや中身の餡子が多すぎる。個人的にはアトムの栗餡のほうが好き。お土産用の包装紙。最初はこんなふうに箱で買ったが、2回目からは自分用だけバラで買っている。高田馬場からは少し歩くが、アトム像の看板があるので分かりやすい。風が強い日に行ったら、このアトムがいなくて、通り過ぎてしまった。小さい店だ。和菓子屋なので、もちろん他にもいろいろある。でも、やはり「更科」が一番。
2025.01.11
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手塚治虫アシスタントの食卓 [ 堀田あきお ]数ある「手塚治虫関連本」の中では、やや地味な扱いの『手塚治虫アシスタントの食卓』。手塚治虫って作品も面白いけど、本人もぶっ飛びにオモシロイ――ことを世に知らしめた『ブラック・ジャック創作秘話』ほど話題にはならなかったが、実際に手塚治虫のアシスタントを務めた漫画家が描いた作品ということで、取材から手塚治虫像を独自に組み立てた漫画とは違った醍醐味がある。「食卓」とタイトルにあるとおり、会社の経費で好きなものを食べていいという、手塚プロダクションのアシスタントたちの恵まれた食生活がメインのうらやましー境遇には驚くし、パンツ一枚で原稿を持ってくる漫画の神様のリアルな姿には笑うし、アニメに手を出して(かつ漫画の連載も同時進行で)ヨロヨロになってしまう人間・手塚治虫の仕事にかける情熱と超人的エネルギーには「これで60歳まで身体がもったのが逆に奇跡?」と今更ながら信じられない気分になる。だが、そうした手塚治虫メインのエピソードとは別に、ちょこちょこと出てくる脇役(?)のエピソードが実に効いているのだ。たとえば、チーフアシスタントの福元一義氏。『手塚先生、締め切り過ぎてます!』の著者でもあり、もともとはプロの漫画家(しかも売れっ子だった)。『手塚先生、締め切り過ぎてます!』は、このブログでも何度か取り上げたが、堀田アシスタントから見た、仕事人としての福元氏は、まさにプロ中のプロ。アシスタントを束ね、背景をメインに手塚作品を作画の面で大いに支えている様子には感嘆してしまう。常に複数の締め切りに追われ、ときに感情的になる天才・手塚に対し、福元氏は常に冷静沈着。部下の新米アシスタントが「それ面倒くさい(やりたくない)」とわがまま言えば、「そうか、じゃ、俺がやるか」と責めもせず、淡々と自ら仕事をこなしていく。用意した食事にも手をつけず(というか食べるのも忘れて)仕事をする、その集中力は半端ではない。またマネージャーの松谷氏は、のちに手塚プロダクションの社長になるだけあって、公私にわたって手塚治虫を支えている。手塚治虫から困りごとを相談されれば、「分かりました。なんとかしましょう」と安心させ、原稿が遅れて殺気立つ編集者から手塚を守る防波堤となり、アシスタントたちの不平不満を聞き、手塚治虫が制作に集中できる環境を守り続けている。人当たりがよいので、調整役にはぴったり。ルックスもよいので、夜の街ではモテたという。手塚治虫がしょっちゅう「松谷氏はどこですか?」とキョロキョロしている様子は傍から見ていると微笑ましいが、松谷氏にかかるストレスは大変なものだったらしく、辞表を「お守りがわり」に常に身につけていたのだという。そうした手塚神を支える使徒キャラクターも素晴らしいが、『手塚治虫アシスタントの食卓』でMizumizuが最も感銘を受けたのは、手塚治虫の老いた父君の姿だ。彼については、「厳格な人だった」「息子が漫画を描くのに反対で、やっと漫画家・手塚治虫を認めたのは、晩年。『陽だまりの樹』を描いてからだった」というような話はよく出ている。漫画の神様の父親に対する態度は冷ややかで、対照的に母親のことはほとんど崇拝しているということで、エディプスコンプレックスと絡めて批評する知識人もいたのを覚えている。歴史上の人物を取り上げて、「エディプスコンプレックスのなせるわざ~」などと囃すのが流行っていたときがあるのだ。最近はあまり聞かなくなった。今は発達障害だとか、パーソナリティ障害だとかいうのがはやっている。ま、歴史に名を残すような天才はだいたい奇人だし、普通じゃないですからね。こういう論評、まじめに聞く必要もないだろう。そーゆー意見もあるということだ。手塚治虫によれば手塚父は、「女遊びで母親を泣かせた」そうだが、『手塚治虫アシスタントの食卓』で息子に引き取られた老父は、社交的でファンをもてなす役割を買って出ている紳士。治虫には、「おさむちゃんと呼ばないでください!」とか「そんな恰好で(お客様の前に)でないでください!」などと怒られてばかりいる。息子が「偉くなる」のは父親にとって誇らしいことだろう。だが、「偉くなりすぎる」のは?漫画の神様と呼ばれる存在にまでのぼりつめ、なお不眠不休で仕事をする息子を見守る年老いた父親の、息子を思いやる短い言葉には無力感と寂寥がにじんでいる。どんな言葉かって? それは本書を読みましょう。あまり描かれたことのない、天才・手塚治虫の老いた父親の実像を知ることができる。それが『手塚治虫アシスタントの食卓』を重要かつ稀有な作品にしていると思う。
2025.01.08

年末に宝塚に行ったものの、手塚治虫記念館は年末は閉館(そのかわり元旦から開館)。それでも、外にあるキャラクター像なら拝めるだろう、ということで、散歩がてら宝塚ホテルから行ってみた。花の道にはジャングル大帝のプレートも埋め込んである。そろそろ暗くなってきたので、火の鳥がライトアップでもされているかな? と思ったが、さすがにそれはなかった。階段を下りてすぐのところにあるレオ像を拝む。これ、台座も含めて自宅の庭に飾りたい…手塚治虫キャラクターの中で最も好きな、ジャングル大帝レオ。いろいろなレオグッズを集めているが、その中でもおススメをいくつかご紹介。最近発売されたグッズで、非常に使いやすかったレオのマグカップ。波佐見焼きなのだが、波佐見がこのところ幅広い層に人気だというのも頷ける。それほど重くなく、ハンドル部は持ちやすく、形も完全な円筒形でないところが飲みやすい。たかがマグカップ、されどマグカップ。高級感を追求するのではなく、軽やかでモダンなデザイン性と使いやすさにこだわった逸品。この手のアイテムは売り切れ御免になることが多いが、まだネットで買えるよう。https://www.tezuka-shop.jp/shopdetail/000000002589/ct189/page1/recommend/こちらも気に入っている本革のキーリング。レオもカワイイが、丸っこく平べったい皮革のパーツが握りやすく、つまりバッグに放り込んでも行方不明になりにくい。案外使いやすくてちょっと驚きだった。お次は「ぬいぐるみはお尻だよね」と言って、ぬいぐるみを全部お尻を前に向けて飾ったという「格の違う変態ぶり(注:誉め言葉)」を見せつけた世紀の天才・手塚治虫のお得意のポーズのレオ。ビニール製のこのポーチは塗り薬や飲み薬、リップクリームやハンドクリームなどを入れて愛用している。最近ガチャに登場したレオのカプセルトイ。「すわらせ隊」の名がついている、安定感のある小さな置物。これが欲しくて原宿のガチャまで行ったMizumizu。4種あるアイテムのうち、レオ→ユニコ→アトム→ピノコの順で欲しかったのだが、ピノコばかり4つも連続して出てきて「ムキー!!」と叫びそうになった。周囲の方々が動揺しては申し訳ないので、自制した。Mizumizuはピノコよりチョコラが好きなのだが、チョコラの出てくる『ドン・ドラキュラ』は、ピノコの『ブラック・ジャック』とは人気が雲泥の差らしく、まったく商品化されない。残念だ。『ドン・ドラキュラ』のようなバカバカしい話、大好きなのだが。ついでに美少女チョコラが蝙蝠に変身するところなんて、なかなかエロくてよろしいのだが…あまりチョコラの魅力をつまびらかにすると、ロリコンのヘンタイだと思われるので、やめておこう。意匠が気に入っている眼鏡拭き(トレシー)。古いものだが、ちゃんと役割は果たしてくれる。ジャングル大帝のセル画。バックライトで照らして飾りたいと思って購入したが、適切なものが見つからずに今のところ適当に飾られている。この絵柄は版画にもなっている。欲しいが、高い…「初期手塚」のレオの絵。このポーチはチャックを開くと内側に「全集版」の名場面がプリントしてある。その名場面とはレオが王子としてジャングルの仲間に歓迎されるところ。このあたりの手塚タッチは、冴えまくっている。もうね、原画は国宝級ですよ。だが、その名場面、このポーチの印刷が悪すぎだった。なので、名場面のレオを切り取ってオリジナルのポスターにしたものを、どうぞ。『リーディング音楽劇ジャングル大帝 レオ編』。このデザイン、手塚治虫の描いた「王子登場」の場面のレオを忠実にトレースし、そこにオリジナルのレンダリングを合わせている。素晴らしい力作。で、今年はルネ編が初演となる。再演のレオ編は見ることができたのだが、初演のルネ編は半日でチケット完売になって、入手できず。とほほ。早めの再演、求む。ジャングル大帝レオの新作グッズが出ると、ほぼ間違いなく買ってしまうMizumizu。手塚治虫のキャラクターグッズがいまだにあちこちから次々出るところを見ると、この手の「手塚バカ一代」が結構まだ全国にいるのだろうな。
2025.01.04

宝塚土産の決定版と言えば、やはり乙女餅でしょう(そうなのか?)。手塚治虫先生ご用達という乙女餅、前回、おそるおそる少量の箱を買ってみたのだが、あ~ら不思議。Mizumizu本人が気に入ったのはもちろん、あまり甘いものは食べないMizumizu連れ合いからも「美味しい」と評判だった。きび粉も入っていて、独特の食感。切るのが難しいが小さく切ってゆっくり食べると、じんわりと甘みと旨味が舌の上で広がる。奇をてらわず、飽きの来ない味。今回は二度目で、20個入りを購入。年末に帰省してきた弟たちにも好評だった。日持ちは1週間とか。次も必ず買うでしょう。店がJR宝塚駅に近いのも助かる。
2025.01.03
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ベルサイユのばら カレー 3種セット 景品 セット 目録 パネル イベント 新年会 忘年会 結婚式 二次会 宴会 福引 抽選会 ゴルフコンペ ビンゴ大会 グルメ景品 景品ゲッチュ!宝塚と言えば、『ベルサイユのばら』。『ベルサイユのばら』カレーなるものができたという話はネットでゲットしていたのだが、あまり売っているところがない。が、宝塚ホテルにはありました。それも一番無難なバターチキンカレー。『ベルサイユのばら』に影響を受けた(多分、宝塚歌劇ではなく漫画のほうだろうと思っているが)と言っていた大学時代の友人がいたので、彼女へのお土産と自分用に1つずつ購入。手塚治虫記念館は年末は残念ながら営業していなかった(年始は元旦からやるよう)ので、宝塚ホテルのショップにあった唯一の手塚治虫土産、キャラクタークッキーも買いました。それに、宝塚劇場をかたどった付箋。『ベルサイユのばら』カレーはまだ食べていないのだが、以前、新大阪駅の改札の外にあるパントリーという店でアトムカレーが売っていて買ったことがある。もちろん、宝塚の手塚治虫記念館でも買える。で、レトルトカレーなんて全然期待してなかったのだが、このアトムカレーが案外イケたのだ。今回は残念ながら買えなかった。イケたと思っても二度目に食べると、「そうでもないな」と感じたりすることも多々あるので、もう一度ぜひ買って、最初の印象が二度目も通用するかどうか確かめたいのだ。次回は絶対買うぞ。手塚治虫キャラクタークッキーは食べました。一番好きなキャラクターはレオで、次はユニコなのだが、それぞれ1枚ずつしか入っておらず、ややガッカリ。1枚になるか2枚になるかは、ランダムに決まるから選べないと注意書きがショップにあった。まったく普通のクッキー。個人的には好きなタイプのクッキーだが、といって美味しすぎて食べすぎることもないのが逆にありがたいかも(笑)。最近やたらと増殖してる、変に凝ったご当地土産よりよっぽど良い。案外リピートするかも。
2025.01.02
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