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視聴者を盛り上げるためなのか、TVの解説者は簡単に「この選手は年々進化する」と賞賛する風潮があるが、実際にはたとえば、その前の年に印象的なプログラムを作ったら、その翌年それと同じかあるいはそれ以上に感動的な作品を作るのは難しいのだ。
だが、安藤選手の表現力は、間違いなく年々円熟味を増している。今回のプログラムでは、魅惑的なボディラインを含めた彼女のもつ女性的な美しさ、そして高い運動能力からくるアスレチックな魅力、そうしたパーツパーツの強みが見事に統合されている。
安藤美姫といえば、ダイナミックなジャンプというイメージがあったが、このプログラムでは、彼女がダブルアクセルしか跳んでいないことを観客は忘れてしまう。アイスダンス的な要素を取り入れながら、アイスダンスにはない魅力を備えた、安藤美姫による、安藤美姫にしかできないパフォーマンス。世界に2つとない。本当に素晴らしい。
衣装のデザインもクラシカルな要素を取り入れながら非常に斬新だ。安藤選手の衣装には去年もずっと驚かされたが、今回の工夫をこらしたデザインも見ごたえがある。特に素材の質感の対比が粋だ。
襟は立ち襟がそのまま胸まで曲線を描いておりていくのだが、そこの素材はグロッシーな輝きを放って少し重々しい。その分大きく開いた背中の下と前身ごろに繊細な柄のレースをトライアングル形になるよう大胆に配し、軽やかな雰囲気を出している。透け素材のスカートはイレギュラーカットで二色になっている。襟の内側とスカートの下部は赤。そして髪飾りにも赤を入れているところがさりげなく洒落ている。後ろが長くなったスカートのカッティングも大人びてきれいだが、その下もハイレグカットで太ももをかなり上部まで見せているので、スピンを回ったときなど、肉感的な脚がより長く見え、バランスがよく、非常に美しい。
安藤選手は髪を真ん中あるいは横で、「分け目」を入れてきっちりまとめると、東洋的な顔立ちが映える。ヴォーグのモデルになったときにそう感じたのだが、今回の髪型も安藤選手によく似合っている。
「アランフェス」は本田武史の最高傑作プログラムだし、太田由希奈のプログラムも忘れがたい。だが、安藤美姫のアランフェスは競技プロの縛りから解放された、より自由な世界で展開していく。
執拗なまでに繰り返される「モナムール」の言葉。その同じフレーズを、安藤美姫のパフォーマンスが違った色に染めていく。
誰かに何かを希求するような情感表現が安藤選手はことに巧みだが、この「アランフェス」で安藤美姫は、愛を求めつつ、みずから誘惑しようとするような大人の魅力と自信に満ちている。「女性」そのものを演じてこれほど素晴らしい選手はいないが、安藤美姫の魅力はそれだけではない。リズムに合わせて大きく肩を前後させるところなどは、情感や感情といったものを超えた、生命のもつエネルギーの胎動そのもののように見える。
それでいながらときおり見せる笑顔は、誰かに向けられたものというより、自分だけの世界を楽しむ少女のように天真爛漫でもある。溌剌とした若さと成熟した落ち着きが奇妙に混在するこうした表現の色調は、十代では出せない。といって二十代も後半になってくるとまた色合いが変わってきてしまうだろう。二十代前半という今の安藤選手の年代だからこそにじみ出てくる色彩の妙かもしれない。十代のころには持とうとしても持てなかった自分に対する自信を、安藤美姫は今間違いなく持っている。
「4回転、4回転」とメディアが煽っていたトリノオリンピックの前。「4年後は真央やキム・ヨナ選手には勝てないと思う」から「スケートは20歳ぐらいでやめる」と言っていたジャンプの得意な少女が、ここまで魅惑的な大人のパフォーマーになるとは、正直想像していなかった。これだからフィギュアスケートはわからない。ときに選手は、ファンの予想を超えた変身を遂げる。もちろん期待を裏切る結果になることもあり、実際のところそのほうが多いのだが、安藤美姫は多くの日本人ファンが予想もしなかった方向で大きく花開いた。
ジャンプがないとフィギュアスケートというのはつまらない。多くの一般のファンは内心そう考えている。いくら「フィギュアはジャンプだけではない」と「通」が言っても、やはりジャンプはフィギュアの最大の華だ。だが、フィギュア史に残る過去の名スケーターの「名場面」を時間がたってから思い浮かべるとき、脳裏に浮かぶのは必ずしもジャンプではなく、ちょっとした動作や仕草、あるいは一瞬のポーズであることも多い。天才ジャンパーとして名をはせた安藤美姫も、そうした名スケーターの仲間入りをしようとしている。このEXで安藤選手は、自分にその能力があることを観客に見せつけた。
こうした安藤美姫の魅力を花開かせたのが日本人ではなく、ロシア出身のニコライ・モロゾフだったということにやや複雑な感情をもつ。あまりポジティブな感情ではない。もしモロゾフがおらず、日本人が中心となって安藤選手を育てていたら、彼女は相変わらず「4回転サルコウに挑戦する」ジャンプが持ち味の選手のままだったかもしれない。インタビューのたびに、「フリーで4回転をやるんですか」と聞き、ルールはジャンパー包囲網になっているというのに、それでも飽きもせず大技の話ばかり記事にしていたメディアの態度を思い起こすと、ますますそんな気持ちになる。
魅力的なルックスを含めて、身体で表現するパフォーマーとしては唯一無二の存在感を放っている安藤選手。表現力は申し分ないのだが、ベーシックな「滑る技術」では、ちょっとまだ物足りない部分もある。たとえば最初の部分。スパイラルポジションで片足でずう~っと滑ってきて、そのまま足替えをしてスピンに入る。この部分はまさに「滑る技術」を堪能できるパートで、これができるだけでももちろん凄いのだが、滑っているときにブレードがやや不安定なのが気になるのだ。
よく高橋選手や小塚選手のスケーティングに対して解説者が、「氷と一体になるような、伸びやかな滑り」と賞賛することがあるが、ああいうふうにしっかりと氷をつかむスケーティングスキルがあったらなあと思う。
競技プロだとエレメンツの要件を満たすためなのか、極端に身体が前に倒れてしまうことが多い安藤選手だが、このEXプログラムでは、そうした短所がいっさいなく、姿勢やポーズが非常にきれいだ。音楽にのせて丁寧に滑っているのは伝わってくるのだが、単に滑っているところでもう少しスピードにメリハリがあり、かつブレードが安定していれば、言うことないのだが・・・
だが、それはまあ、ちょっとtoo much demandingかもしれない。こうしたスケートのベーシックなテクニックというのは、「長くやっていればうまくなる」というものでもない。基礎的な滑りが上手な選手は17歳ぐらいでもうそれがかなり完成している。いや、実際にはもっと早いのかもしれない。それはちょうど、バイオリンのような楽器のテクニックの「技術的な頂点」が早いのと似ているかもしれない。
長年弾いていれば味は深まるかもしれないが、基礎的なテクニックで差があると、それは何年かかっても埋められないものになる。フィギュアも同じかもしれない。もちろん、世界女王になった安藤選手に対して基礎が足りないとか、そういうことを言っているのではない。教科書通りでない部分が味になるということもあるし、安藤美姫は安藤美姫として円熟期を迎えている。安藤選手の滑りには何の問題はないと思う人も多いかもしれない。ただ、ここまで様々なエレメンツの質を磨いてきた能力があるのだから、非常にベーシックな滑りという部分でもまだ、向上させられるようにも思うのだ。
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