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NHK杯に続いて行われたグランプリシリーズカナダ大会。やはりというべきか、演技構成点における「ワールドに向けての金メダル候補仕分け」があからさまになった試合だった。
グランプリシリーズの2つの大会を通して、フリープログラムで83点、84点という高得点を得たのが高橋選手とパトリック・チャン選手。
何度も言うが、この点が妥当か妥当でないかなどという議論は、主観とスケートに対する好みが入るから不毛でしかない。
問題は、2位以下の選手との演技構成点における「点差」をどうするかなのだ。
今回のカナダ大会の男子フリーの点を見ると
1位 チャン 技術点:83.18点、演技構成点:84.14点
2位 リッポン 技術点:80.35点、演技構成点:75.16点
3位 織田 技術点:81.87点、演技構成点:74.28点
ちなみにNHK杯の男子フリーの点を見ると
1位 高橋 技術点: 74.17 点、演技構成点: 83.58 点
2位 アモーディオ 技術点: 73.74 点、演技構成点: 70.02 点
3位 アボット 技術点: 67.15 演技構成点: 76.42点
技術点がカナダとNHKでバラバラなのに対して、演技構成点は不思議と両試合で似通っている。ワールドに向けて金メダル仕分けされているのが高橋とチャンで、83~84点台。リッポンとアボットは今のところ互角で75点~76点台。その他の選手はメダル圏外。メダル仕分けの選手がよほど大崩れし、しかも自分がベスト以上のパフォーマンスをしなければ、負けは最初から決まっている。
カナダ大会、ショートで1位だった織田選手とチャン選手のフリーでの演技構成点の点差はなんと9.86点。後半にもってくるトリプルアクセルが10%増しの基礎点で9.35点だから、男子でもなかなか決められない、4回転に次ぐ高難度ジャンプをハイリスク構成で跳んだときに出る点まるまるの差をつけられたことになる。
こうした点のつけ方に真っ向から異議を唱えたのはカナダ人のエルビス・ストイコだ。「演技構成点でジャンプ1つ分の差をつけてしまう」と、どうなるか? 勝負ははじめっから決まっていることになる。そのカナダで相変わらず、堂々とこういう採点がなされる。
日本のファンはおおむねこの採点に憤慨しているが、こうした演技構成点で大差をつけるやり方を、日本のスケート連盟幹部も後押ししたのだ。平松純子氏は、「いいものはどんどん評価するように」「技術点と演技構成点を切り離して出すように」ジャッジを指導したと言っている。だから言われたとおりにジャッジはやっている。だが、あらゆるジャッジが自由裁量でジャッジングを行い、その結果として高橋選手とチャン選手を金メダル仕分けされていると考えるのはおめでたいだろう。これについても、ストイコが本当のことを言っている。「ISUは勝者をコントロールしたがっている」と。ビアンケッティ氏は「今のジャッジの仕事は、スーパーのレジ係程度の興奮度」と言っている。ジャッジはかつてのような権威を失っているのだ。
日本で高橋選手が、カナダでチャン選手が最高の評価をしてもらえるなら、ファンは喜ぶかもしれない。だが、それは試合ではなく、出来レースだ。ショートで3回、フリーで1回、計4回も転倒しても、フリー後半のジャンプの着氷がやたら汚くても、「圧倒的なスケート技術(あるいは表現力?)」で勝つのだろうか? それならば、試合などやる必要はないではないか。
あるときは「表現力」で勝ったことになり、あるときは「完成度」で勝ったことになる。点を見て、やれ「XX選手の演技は素晴らしいからこの高得点は納得」だの「いくらなんでも高すぎる。不当だ」だのとファン同士が噛みあわない議論をする。まったく不毛だ。評価している選手の高得点なら納得できる。評価できない選手の高得点は不当に見える。そこには多かれ少なかれ主観が入るから、どちらが正しいなどと軍配を上げることはできないのだ。
日本は高橋大輔だけ評価されれば、織田選手や小塚選手の評価が変に低くても満足しなければいけないのだろうか? まったく人をバカにした話だ。有利な採点をされるほうはいい。高橋選手もチャン選手もモチベーションが上がり、精神的に余裕ができるだろう。点が高ければ、メディアも持ち上げてくれるから、ますます自信がつくかもしれない。だが、他の選手は? 技術点でほぼ同等の出しても、演技構成点で10点も差をつけられては、落胆しないほうがどうかしている。こういうことをされた選手は自信を失い、精神的に追い詰められる。すると本番でも緊張で萎縮し、いい演技ができなくなる。
ストイコはカナダ人であるにもかかわらず、オリンピックでのチャンの順位は、ジョニー・ウィアーより下であるべきだったと採点を批判した。ストイコはジャンパーだから、ジャンプの弱い選手には批判的になる傾向があるかもしれない。
実際、パトリック・チャンのジャンプのまとめ方はまったくいただけない。今回のフリー、前半に決めた4回転は確かに見事だったが、トリプルアクセルの確率が悪すぎるし、後半になるとジャンプの着氷が汚くなる。これは恐らく、スケーティングにおけるチャン選手の強みである「スピード」と関係ある。スピードに負けずに跳ぶ体力があるうちは決まればきれいに流れるが、後半体力が落ち、スピードに負けてしまうとジャンプが不安定になり、着氷が悪くなる。大きく跳ぼうとするから軸も安定しない。この傾向はずっと続いており、いつも「チャン選手はジャンプがヨロヨロする」という印象が強い。「完成度」という意味では、いつも疑問符の残るフリーの演技だ。
ところがチャン選手のジャンプのGOEは見た目ほどには悪くない。3A+2Tなど、相当悪いジャンプだったがGOEで減点したジャッジが1人もいない。どころか加点されている! ファーストジャンプで体勢が崩れ、回転もギリギリで着氷が悪くなり、なんとかセカンドを付けたが、とても加点のつくジャンプには見えなかった。だが、結果は加点ジャンプ。
これもルール上、間違いではない。マイナスの要素とプラスの要素を引き算、足し算して、プラスの要素がなお勝ると考えれば、加点してもいいのだ。だが、こういう不自然は加点は、チャン選手とキム・ヨナ選手のジャンプ以外では見た記憶がない。
ショートのときだったか、実況のアナウンサーが、チャンは去年もトリプルアクセルをなかなか決められなかったという主旨の話をしたが、それでワールド2年連続銀メダリストなのだから、恐れ入る。
3回も転倒したにもかかわらず、40点近いトップの演技構成点を得たショートのあとのインタビューでチャン選手はこんなことを言っている(記事は こちら )。
「それ(転倒があったにもかかわらずメダル圏内に入る演技構成点が与えられたこと)は、練習の重要性を示している。ジャッジは僕がこのプログラムを演じきれることを知っているからね。それ(点数)は、ジャッジが僕にうまくやって欲しがっていることを示しているんだ。安心したよ。もちろん少し元気付けられた」
3回しかないジャンプの要素で2回転倒しても、40点近い、全選手トップの演技構成点がもらえるなら、それは元気になるだろう。それは置いておいて最初の部分、ジャッジの「想い」まで選手が代弁するというのに驚く。練習がどうのこうのと、ジャッジはチャンがよい練習ができていて、プログラムを演技切れる力があることを知っているのだそうだ。それを、ジャッジではなく選手が堂々と言っている。
さらに優勝が決まったあとのインタビュー(動画は こちら )。
0:58秒当たりで、チャンは、「僕たちはジャッジと連携して仕事をしている」とにこやかに答えている。インタビュアーもまったく自然に流している。
これが今のフィギュアの実態なのだ。特定の選手が堂々と「ジャッジとコネクションをもちながら仕事している」と発言し、誰も問題視しない。We've been workingと現在完了の進行形で言ってるから、それは一過性のアドバイスやご意見伺いではなく、持続的・継続的にやっているということだ。
もしこんなことを選手が言ったら、日本だったら大問題ではないだろうか? ジャッジは公正、中立が立場のはずだ。選手とは一定の距離を保つべきというのが暗黙の了解ではないかと思う。だが、実際には(日本でも)スペシャリストに選手が意見を求め、スペシャリストが手助けすることはよくあること。それどころか、スペシャリストがコーチをやっているのがフィギュアという競技だ。
日本の場合は分業体制がかなり確立している。佐藤コーチや長久保コーチ、山田コーチがスペシャリストとして採点する側に回るなど考えられない。彼らはコーチ業だけでプロとして認められているからだ。
だが、たとえばカナダ在住の日本人スペシャリスト天野氏はコーチもやっており、振付師でもあるという。常識的に考えて、これはおかしい。ジャッジというのは「裁判官」だ。裁判官が被告の顧問弁護士を兼ねるなどということが、司法の場であるわけがない。ところがフィギュアスケート界では「あり」なのだ。
人材が少ないフィギュア界でそれぞれの立場が完全に独立していない(できない)というのは、現実問題として仕方がないのかもしれない。問題はそのかかわり方とかかわっている人間の立場の強弱だろう。ルール策定に絡むISUの重鎮、つまりは「力のある人物」と密接に連携して仕事のできる選手、そうしたツテのない選手で、採点が大きく変わってくるとしたら? もとより公平性など求めるべくもない。
あるいは、ある選手のコーチをしていた人物がスペシャリストを務めたとして、その試合に元教え子のライバルがいたとしたらどうだろう? 本当に「公平に」ジャッジするだろうか? あるいはそうと信じられるだろうか? 世の中は、性善説を信じるジャッジ贔屓のおめでたい人間ばかりではない。
プルシェンコの「つなぎ」について工作メールをまいたとされるジャッジが、振付師ローリー・ニコルの親友だということは、スポーツジャーナリスト田村明子氏が明らかにしたが、それについて当のジャッジは、「確かに親友だが、それは問題ではない」と言い放ったという。常識で考えれば、大いに問題だと思うが、そうした常識はお偉いジャッジには通用しないらしい。
演技構成点はほとんど「固定点」になっている。だが、実際には固定されている選手と極端に上下する選手がいる。
たとえばジャパンオープンのフリー。
1位 リッポン 技術点:84.27点、演技構成点:82.36点
(カナダ リッポン 技術点:80.35点、演技構成点:75.16点)
2位 高橋 技術点:73.47点、演技構成点:85.72点
(NHK 高橋 技術点: 74.17 点、演技構成点: 83.58 点)
これを見ると高橋選手の演技構成点は、固定といっていいだろうが、リッポンは7.2点も下がっており、評価が定まっていないことを示してる、ように見える。
まだヨーロッパの男子選手が出揃っていないので、高橋・チャンのほかに誰がメダル仕分けされるのかはハッキリしない。だが、出来レースができつつあるのは確かだろう。メディアは金メダル仕分けされた選手だけを過剰に持ち上げて人気を保とうとする。ところがファンのほうは、こうした出来レースにはウンザリしているのだ。
そして、フィギュア人気はますます下がる。今年のNHK杯のチケット争奪戦はすさまじかったようだが、日本でのこの人気も、恐らく今年限りだろう。
皮肉なことだが、そのほうがフィギュア競技のためかもしれない。どんな採点をしようと客が押し掛けている限り、ISUが反省などする必要はないのだから。
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